第四話 Lunatic Fuga


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「All’s right with the world」

「・・・あれ、綾波、休みなの」
「どうやらカヲルもらしいわよ。おまけに、あの転校生も。それとね、噂じゃ古典の青葉先生が姿を消してるんですって。・・・・一体どうなってるのかしらね」
 楽しい夏休みを中断させる登校日。最後に会った日の会話のこともあり、ひょっとして傷つけてしまったのではと気に病んでいたシンジは、レイの姿が教室にないことがひどく気にかかっていた。
「家庭科の課題のことで聞きたいことがあって、何日か前にTELしたのよね。そしたら留守電だったのよ。次の日も駄目だったし。旅行にでも出かけてるのかしらね。そんなこと、全然言ってなかったけど・・・」
 そういうアスカの表情も少し怪訝そうだった。

***

「・・・・この莫迦、大嘘つき・・・・・!!」
 エリア外もしくは電源OFFの旨をアナウンスする受話器に向かって、葛城ミサトは静かに毒づいた。
 酷い言われようをしているのは、無論加持である。
 またあの兄妹が消え、そして転校生が消え、今度は教員まで消えている。これで「迷惑をかけない」でいるつもりなら、あのニヤケた面をいっぺん吊し上げておくべきだろう。
「・・・」
 机に伏せ、沈黙した電話を見つめるミサト。
「・・・・何とか言ってみなさいよ。一体何を抱え込んでるの。
言わなきゃわかんないでしょうが・・・!!」
 そうつぶやいたとき、ばたばたと日向が入ってくる気配にミサトは身を起こした。
「どう、何かわかった?」
「ダメですね。シゲルの家は留守電になってるけど、アイツよく自分で切り替え忘れるとかで、一定回数コールしてでなかったら自動で留守電に切り替わるようにしてるから・・・何とも」
「・・・それにしても、青葉君みたいなひとが無断欠勤っていうのもおかしな話よね」
「実直ですからね、あれで結構・・・。でも、シゲルが預かってた転校生も消えてるところをみると、何かあったのは確かでしょう」
 考え込むミサト。
「・・・失踪・・誘拐・・・殺人・・・どうもぴんとこないわね」
「か、葛城さぁん・・・」
 物騒な科白を至って淡泊に言い放つミサトに、日向がたじろぐ。このひとのとっぴな言動には慣れたつもりでいたが、さすがに見知った人間の行方を予言するには不吉過ぎる。
「青葉君って家族居ないわけ? 長いこと連絡なかったら、さすがに家族が動くんじゃないの?」
「アイツは殆ど天涯孤独ですよ。まあ・・・ミズカさんが生きていれば・・・話は別だったんですけどね」
「誰よそれ」
「あ、葛城さんはご存知なかったでしたっけ・・・・。あいつね、いちおう婚約してたんですよ。それも、相手誰だと思います?」
「勿体つけないでよ」
 ミサトとしては、今はシャレがきく気分ではないのだ。冷然と言い放たれて、日向が頭をかく。
「・・・冬月教授の娘さんだそうですよ。もっとも、シゲルの奴が出会った頃は母親の姓を名乗ってたらしいですけど」
「・・・そういえば、そんな話もあったわね。亡くなったんだったっけ」
「ええ、事故で。落ち込みようが凄かったですよ。・・・一時ひどく身を持ち崩してたなぁ・・・。でも完全に教授との往来が途絶えたわけじゃなくて、時々連絡があったみたいですよ。だから、例の転校生を下宿させるって話も別に違和感なかったですね」
「・・・・『冬月』タカミか・・・・」
「いつごろ養子になってたのかとか、詳しい話は知りませんけどね。いずれワケアリでしょう」
 ミサトの脳裏に過日、シンジを見舞いに行った病院ですれ違ったときの、にっこり笑い、一礼して病室に入っていったタカミの顔が浮かぶ。
 リツコもタカミについては何か知っているようではあった。無論、副所長である冬月の身内というデータ以上のことを知っているという保証はなかったが。
「いずれにしても、調べてみないとまずいかもね」
 そう言って、ミサトは立ち上がった。

***

「serial-02のシグナル消滅点の同定はまだなの?」
「すみません・・・第三新東京市の旧市街辺りということは間違いないんですが・・・」
「機能していなくても・・・いいえ、機能していないからこそあれを人目に触れさせるわけには行かないわ。急いで頂戴」
 モニターディスプレイの青い光を受けている上司の横顔に、表情らしいものはない。マヤにしてみれば、それが複雑だった。
 視線を転じて目前の水槽に横たわるものを見、そして目を伏せた。
 ――――わたしたちはなんというものを造ってしまったのだろう。
 それは暫く夢見るような表情で水面をみつめていたが、ややあって緩慢に目を閉じた。

***

 ――――――眩しい。
 急激に肺の中へ空気が流れ込んだような感覚に、思わず咳込んだ。しかしその動作さえも、ひどく重い。身体が、自分の身体ではないような・・・・。
「・・・・・まだ、生きてる・・・・?」
 タカミは何故となく、自分の掌をみつめた。そしてその掌のむこうに、自分と同じ顔があるのにぼんやりと気づく。焦点機構の悪いカメラのように、ゆっくりと像を結ぶ。
 銀色の髪と、紅い瞳。
「・・・そう、生きてるよ・・・まだ、ね」
「・・・渚・・・先輩・・・・・?・・・・・」
 身体を起こそうとして、頭さえもまともに上がらないことに愕然とする。
「・・・・・・・・!?」
「覚えていないのか?」
 カヲルの問いに、タカミはすこし濁った笑みをして答えた。
「・・・・いいえ、覚えていますよ、まだ・・・。助けてくれたんですね。ありがとう」
「・・・尋かなければならないことが、たくさんあるからな」
「それでも、嬉しいですよ。・・・随分と、ご老体がたの行動が早かったんですね。ご迷惑かけちゃって、すみません」
「・・・やはり、君の仕掛けか」
 タカミはそれには答えず、低く笑った。そして緩慢に身を起こす。カヲルはさっとベッド脇に置かれたモニタ画面に目を走らせた。・・・覚醒して5分と経っていないのに、もう正常値に戻っている。
 その視線に気づいたか、タカミが言った。
「驚くには当たらないでしょう。・・・・あなただって同じなんだから。17th-cellから造られた、仕組まれた子供。最後の『Angel』、渚 カヲル」
 挑発されているとしか思えないもの言いに、カヲルの手が一瞬だけ膝の上で固く握りしめられる。だが、努めて静かに、カヲルは問うた。
「では、君は何だ?」
「・・・・それを僕も考えてるところですよ。やだな、怖い顔しないでください。なにもケムに巻こうってんじゃありません。・・・本当なんです」
 髪をかきあげ、額にかかる髪がもとの色に戻されていることに気づいて吐息する。
 ―――――その時。
「・・・・気がついたのか?」
 後ろのソファで毛布にくるまっていた人物の声に、二人が身を固くする。それぞれが、別の意味で。
「・・・・青葉、さん・・・・・!?・・」
 先に言葉を発したのは、タカミのほうだった。しかしそれは、絶望の声音だった。
「・・・まきこんで、しまったんですか・・・・?」
 カヲルはそれへは何も言わず、席を立った。

***

 数分後、人数分のコーヒーをいれてきたカヲルは、蒼い顔で部屋のドアを閉める青葉とはちあわせた。
「・・・彼はあなたに、何かを喋りましたか」
 青葉は、蒼い顔のままかぶりを振った。
「・・・『ごめんなさい』以外は何も・・・・」
 さもあらん。カヲルは顔色ひとつ変えず、ドアの前に立った。
 ・・・そのあまりに平然とした動作が、青葉をついに激発させた。
「・・・・・一体何なんだ!? 何が起こっているというんだ!? ・・・・なぜ警察を呼ばない? これは明らかな傷害事件じゃないか!?」
 タカミに問えなかった分が、カヲルに向けられていた。おそらくそれは、問う方も問われる方もわかっていただろう。
「・・・・・なんとか言ってくれ・・・・!・・・」
 終いのほうは、絞り出すような声音だった。
 視線を重厚なドアに固定したまま、しかしカヲルの声は対照的に淡々としている。
「・・・あなたをなるべく係わらせまいとする彼の気持ちを、汲んでやってください。・・・それと、警察なんて知らせるだけ無駄です。相手にされないか、最悪、彼ひとり拘束されることだってありうる」
 さすがに一瞬、呼吸を飲む。だがそれを振り捨てるように声を高くした。
「・・・・だから何故!?」
 今度こそカヲルは答えず、おざなりなノックをして扉を開けた。

***

 Machine-Organism Direct Interface System(MODIS)に関する検索結果。
 ―――MODISと人格移植OS開発との関わり。
 ―――MODISに係わった主な研究者グループについて。
 ―――MODISのアンチテーゼとしての、人格移植OSの下位AIの研究について。
 ―――MODISの機能評価と汎用性について。

 決して多くはない検索結果を丁寧に見返しながら、高階マサキは苦虫を噛み潰したような顔のままディスプレイを凝視していた。
 公式に、システムを「人間」に運用した記録などないし、ましてや成功例など。すでに生命倫理に抵触するとされた技術に関する記録など、公開されたネットで見つかるわけもないが・・・・。
 十中八九、あのDIS端末は作動していたと考えるべきだろう。では、本体は? 端末の挙動をおそらくは把握していたはずだから、おそらく日本国内、それもこのごく近くに存在しているはずだ。・・・・・適当な研究施設、守秘機能・・・・それらを併せ持つ大規模コンピュータとなると、思いつくのは。
「・・・・やめた」
 ふいにそう呟き、高階は集めた資料を圧縮して顧客であり悪友である人物に送り付けた。
 あとは奴の仕事だ。