第拾話 希望の空へ


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「All’s right with the world」

「一応訊いてみるけど…本っ気で、この装備でネルフに喧嘩売る気だったの?」
 葛城ミサトは、ヴィレの実働部隊が詰めているビルの一室にプールされていた装備をざっと眺めて小さく吐息した。
 表向き、人工進化研究所…ネルフ向けの資材の調達・搬入を請け負う貿易会社であるが、実際にはペーパーカンパニーであるらしい。3階建てのこぢんまりした建物は1階こそ申し訳程度の事務所らしいものが しつらえてあったが、他の階は取り壊し寸前の廃ビルのように空部屋ばかり。それでいて巧妙に隠蔽された地階はよくここまで詰め込んだなというくらい『武器庫』であった。
 しかし、その武器というのが。
 ネルフは本気で身の丈数十メートルの怪物を相手にするつもりで、湯水のごとき金銭を投じた武装を整えていた。ネルフとしてはあくまでも主戦力はエヴァで、その他は支援兵器にすぎなかったようだが、ミサイルの類はもとより、戦車や戦闘ヘリ、駆逐艦などまさに兵器の見本市のようであった。
 対して、ヴィレの装備は。
 数だけは武器庫にぎっしりという感じで詰め込まれていたが、拳銃に始まって自動小銃、手榴弾、大口径のライフルがある程度で…まあ、テロ止まりとしか言い様がない。
「そりゃネルフだってどっちかっていうと技術屋集団で、決して戦闘のプロって訳じゃないけど…これじゃ端っから勝負にもならないんじゃない?」
「そーは言われても…葛城さん」
 ミサトの厳しい指摘にたじたじになっているのは青葉であった。青葉自身、この『テロ止まり』の装備でさえやや扱いかねている。慣れないモノを持ち歩いて背筋の凍る思いを味わったのが記憶に新しいだけに、拳銃でさえ持ち歩くことを躊躇するぐらいだ。
「…そもそも、真っ向から大喧嘩しようという話ではないからな」
 その声は武器庫の入口に立っていたミサトの後ろから聞こえた。階段の上、廊下の照明のため逆光になって俄かにはシルエットにしか見えなかったが、聞いたことのある声だった。
「えーと…」
「ああ、いらしてたんですか」
 青葉が相好を崩す。
「…え、冬月 教授せんせい!?」
 ミサトの声が跳ね上がった。階段をゆっくりと品の良い老紳士が降りてくる。人工進化研究所に副所長として入っていたが、夏の事件の後始末として、行方を眩ました碇所長の身代わりのようなかたちで当局に拘束されたと聞いていた。
「ご無事だったんですか…」
 ミサトとしては副所長云々というより、父親が例の事故で急逝した関係で一時あれこれと世話になった時期もあったので、噂を聞いて気に掛かってはいたのだ。
「こういうかたちで会うことになるとは思わなかったな、葛城くん。…いやはや、余り長生きをするものではないよ。まったく、えらいところに担ぎ出されてしまった」
 渋面に苦悩をにじませて、苦々しくぼやく。
「え、じゃあ教授も?」
「まあ、私はお飾りに座らされているようなものさ。俄には信じがたい話ではあったんだが、私の名前はネルフの離脱組をまとめておくには好都合だったようでね。慣れないことばかりやらされて、肩がこってかなわんよ」
「はあ…」
 続ける言葉がなくて、ミサトは思わず間抜けな相槌を打つことになってしまった。失踪同様に職場を辞めてしまった青葉がヴィレにいただけでも十分驚いたが、冬月教授の事情はその上を行く。
「実働部隊に参加するそうだね。まあ、なるべく怪我しないようにな」
「あ、はい…」
 武器庫を前に怪我するなも何もないものだが、教授のふっきれたように穏やかな顔を見ていると、思わずツッコミ損ねてしまう。そこへ覗いたのがユイだった。
教授せんせい、本当にすみません。無茶なお願いを受けて頂いて、本当に感謝していますわ。
 ごめんねミサトちゃん、私の説明が悪くて…。そもそも、ヴィレの実働部隊っていってもネルフ本部全体を武力制圧するような仕様にはなってないのよ。どっちかっていうと、こそっと潜り込んでなるべく穏便に中枢を抑えちゃえ、っていうのが基本方針なの。まあ、それくらいなら『テロ止まり』の人員や装備で十分だしね。まあ、この場合下手に大火力があったところでどうしようもないし。
 本音をいうと、出来るだけ流血沙汰は避けたいの。第一、人類の未来を何とかしようっていうのに、人類同士で傷つけあうっていうのはどう考えても間尺に合わないでしょ?」
「そりゃ正論ですけど、中枢っていうと…」
「当然、分からず屋の所長某のことに決まってるわ」
「はあ…」
 きっぱりと言い切られ、さすがのミサトも天を仰いだ。どうにも、ここまでの話を聞いている分には、世界中が犬も喰わない夫婦喧嘩に巻き込まれてしまったような印象を拭えない。
「ゼーレが実体を喪い、各国を牽引するだけの指導力は消失したわ。そうなると資金供給は途絶えてくるし、ゼーレの描く夢に賛同しなくなる国も出てくる。そうなればゼーレの下部組織であるネルフは自壊するしかない。
 あの人はそれが判っていて、ゼーレが壊滅したときに調達できるだけの資金を搾り取っている。ただ、そんなもの長続きするわけがない。そこも折り込み済みと考えたほうがいいでしょう。だから、予定を繰り上げられるだけ繰り上げるつもりなのは間違いないわ。『使徒』の殲滅という死海文書の契約を棚上げにしてでも、サードインパクトを誘発するつもりなのよ。…カヲルくんの絶望を利用してね。
 そうなる前にあの人の身柄を抑えて、簀巻きにしてでもジオフロントから引っ張り出してしまわないと」
「簀巻き、ですか」
 一瞬奇態なモノを想像してしまい、ミサトが失笑しかける。だが、ユイは至って真面目だった。
「あの人も子供っぽいと言うか、一途というか…一生懸命なんでしょうけど 焦点ピントがずれてるのよね。
 私のことも、直接接触実験で汚染されてもとの私じゃないと思っているみたいで、私の言うことはまともに聞いてくれないの。…その状態で、地下で押し問答やったって不毛だわ。間違いが起こる前にとりあえず隔離して、頭冷やしてもらわなきゃ。…そんなわけで、ミサトちゃん。遠慮は無用よ。横っ面張り倒してでもひっぱってきて頂戴。
 幸いなことにはとても強力な協力者もいることだし、ね」
 高階が垣間見せた渋面の理由を、ようやくというか納得したミサトであった。

***

「…出てこない」
 不満を隠そうともしないタケルが、絡め捕ったミサイルを無造作に投げ返してぼやいた。まるで安売りされる低反発枕のように軽々と投げられてしまった対地ミサイルは、目前の青い四角錐の建造物…ネルフ本部に衝突して爆発を起こす。四角錐の一辺が派手に抉れて無様な骨格を晒した。
「飽きた。何で奴ら出てこない」
 他でもない、通常兵器の大廉売に不平満々のタケルの傍で、タカヒロがタブレットを操作しながら周囲を見回す。
「まーそう言うなって。こないだ、ちっこい方はお前が結構な数を伸しちまっただろうが。やっこさんたちだってそうそう気軽に出撃できんだろ」
「全部破壊しろっていわれた」
「だから、今格納庫…ケイジっつーんだっけ?探してるから。どのみち全部潰さなきゃならないんなら、起きてうろうろされるよりケイジにいる間にケイジごと片付けられた方が楽でいいじゃないか。 …あ、通路めっけ。えーと、本部施設に向かって左斜め下、軽ーく抉ってくれ!」
「わかった」
 タケルがゆっくりと息を吸い込み、気合いと共に地面を蹴りつける。
 地響きと共に直径数十メートルはあろうかという巨大な火球が出現したかと思うと、一瞬で消える。ただ、そのあとは火球が存在したあたりだけすっぱりと球形に切り取られたように消滅していた。
「お、さすがだね。…あ、しまったなー。またエレベーターごと吹っ飛ばしちまった」
 タカヒロがやれやれといったふうに頭を掻く。切り取られた地面の断面に、通路の残骸が覗いていた。

***

 エレベーターの天井を仰いだまま沈黙してしまったタカミを見遣り、イサナはかつて、彼が狂気の一歩手前まで追い詰められた時のことを思い出していた。
 あの時は、『観測』の能力と感応系能力の制御不全からオーバーフローを起こしたのだと判断した。それはマサキやミサヲとも共通の見解で、外界の刺激から遮断して一時眠らせるべきだという結論に達したのだった。
 それは、あの時点では決して間違っていなかった。あの時点からすれば遙か未来の、起こるかどうかもわからない破滅に向き合うなど、正気で出来ることではない。自分達が何者であるのか、という情報を読み取ったあと、つい最近まで敢て『観測』をしてこなかったサキは正しいのだろう。
 だが、だからこそ…このタイミングでの覚醒だったのではないか。
 見てしまった破滅を、能動的に回避しようとしたからこそ…眠りの安寧を破り、再び踏み出すことを選択したのではないか。
 イサナは慎重に言葉を選び、口を開いた。
「…破滅を回避できたら、またもう一度出会えばいい」
「イサナ…」
「見える、というのも、大変だな。だが、世界がいくつ存在しようが、今俺達はここに生きているし、これからもここで生きていく。だったら今できることをして、未来に繋げるしかないだろう。起きてしまったことを嘆いても始まらん」
 至極まっとうな正論という代物は、聞かされる方にしてみれば却って腹が立つ場合もある。…だが敢て、イサナはそこを外すことをしなかった。今のタカミになら理解できると、そう思ったのだ。
 タカミがゆっくりと息を吸い、顔を上げた。
「…さすが碩学、言うことに重みがありますね」
 そこには、まだ弱くはあったが笑みがある。タカミは何かを振り払うように軽く頭を振ると、改めてエレベーターのコンソールに目を遣った。
「さて…僕らが最深部に降りるまで、エレベーターが保ってくれればいいんですが」
「全くだ。まあ、あのサキが『遠慮無用』って言い切ったからな。タケルあたりは、サキの怪我を見て若干キレ気味だったし…レミは暴れる気満々ときた。おまけに60分後にはヴィレの実働部隊が乗り込んでくるらしいから、それまでにはなるべくあとは撤収だけ、という状況を作っておきたいところだな」
 頭痛をこらえるような表情でイサナが唸る。
「そうなると、カヲルくんが素直に起きてくれるかどうかが問題ですね。状況が状況なので無理もないですけど、相当ふてくされてる感じでしたから」
「…わ、私、がんばります! いつもは起こされるほうだったけど…」
 拳を握るレイを見て、タカミが破顔してその頭を軽く撫でる。
「アテにしてるよ、姫様」
 その時、エレベーターが揺れて停止した。非常灯に切り替わり、がくがくと揺れながら少しずつ降下していくが、コンソールには警告が明滅し、最寄りの階で停止するとの 機械音声アナウンスが流れた。
「…うまくいかないもんですね」
「扉が開いたら、その向こうで保安部が銃口を並べてた…というのは勘弁して欲しいが」
「状況、確認します」
 コンソールに手を触れて、タカミが目を閉じた。
「最深部とは言いませんが…思ったより降りられたみたいですね。警備部が動いてる様子はありません。…扉、開きますよ」
 到着を知らせるチャイムは電源が切れかかっているかのような捻れた音に変わる。開いた扉の向こうには、がらんとした闇が口を開けていた。
「…ここは?」
「旧ケイジ。…放置された区画のようですね」
 闇が口を開けているその向こうへ、細い通路キャットウォークが延びていた。
 イサナがライトで照らしてみるが、闇の奥は見えない。足許を照らすのが精一杯であった。通路の上下左右、途方もない空間が広がっていることだけは判る。
「空気が淀んで気持ちが悪いな」
「同感です。どのみちもう少し降りなければならないようですし…向こう側に、動くかどうかは判りませんがもう一つエレベーターがあるようです。行ってみるしかなさそうですね」
 ひたすらに闇。その奥に潜むのは、墓場の静寂であった。
 エレベーターの非常灯、そのぼんやりした光から遠ざかると、少しずつ目が慣れてきた。 怖々こわごわとタカミの後をついて歩いていたレイが、不意に喉奥でひゅっと笛のような音をさせてタカミの上着にしがみつく。
 それは、巨大な兜に見えた。
 単眼であったり、逆にいくつもの眼を備えていたり…装甲に覆われて素体が見えないのは幸いと思えるほどの凶悪な輪郭フォルム。レイが怯えたのも無理はない。下に広がる空間には、どうやら胴体も続いているものと見えたが、腕が出ているべき部分は虚ろであった。目が慣れるに従って、それはひとつではなく通路に沿って並べられているのがわかる。進むうちに、胴体すらもなく、首の下は椎骨を纏わらせた脊髄がぶらりと垂れ下がっているだけのものも見えた。
「試作段階のものが、遺棄されているだけのようですね」
「拾い集めた組織片からいくら身体を作ってみたところで、魂のないモノが動くことはない。だが、彼等は何とかそれを実現しようとした…その足掻きがこれか。…あまり趣味のよくない見世物だな。こんなのと取っ組み合いせずに済んだのは幸いだった」
 イサナが辟易したように視線を逸らす。タカミの上着を握りしめたまま身を固くしているレイを振り返って、タカミが言った。
「怖かったら目をつぶっていても構わないよ。手を引いてあげるから」
「だ、大丈夫。一寸びっくりしただけだから」
 そう言う声もわずかに上擦っていた。しかし、気丈に顔を上げて歩き出す。
「…おい」
 ふとイサナが立ち止まり、視線でそれを示す。気づいたタカミはさり気なく立ち位置をずらした。ワンテンポ遅れてレイも気づいたが、視線を上げる直前、上手なリードでピルエットが出来たときのように身体の向きが変わっていた。
「ごめん、一寸むこう向いてて?」
 タカミの言葉に、ようやくそのことに気づいたくらいだ。
「ど、どうしたんです?」
 思わず、レイの声が上擦る。
「あ、大丈夫だよ。別に動きやしないと思うけど、暗闇でいきなり対面するには少々心臓に悪いモノがあっただけ。はいそのままサイドステップ、1、2、3、はい正面!」
 なんだかよく分からないうちに、気がつくとレイは目的のエレベータが視認できるところまで来ていた。扉の前まで来たとき、後からイサナがやや足早に追いつくのが聞こえる。
「どうです?」
「『仮面』は皹割れている。生成後に形態が維持できなかったのか、形成不全だったのかは解らん」
「まあ、そんなところでしょう。彼等が『仮面』を備えた個体を生成できたのなら、ここまで話はこじれなかったんでしょうし。
 行きましょう。さて、エレベーターが動いてくれればいいんですが…ああ、動いてくれそうですね」
 コンソールに手を当てて、タカミが言った。
「目的の場所まで降りられそうか?」
「ここらあたりは、ごく初期に使われていた 区画エリアらしくて…記録がすごくいい加減なんですよ。おまけに、建て増しに建て増しを重ねた感じの造りで、殆ど迷路です。…ああ、でもなんとかなりそうだ。最初のエレベーターが使えてればここまで面倒臭いことにはならなかったんでしょうが…ま、それを言っても仕方ありませんね」
「…一応、あとでタケルは叱っとこう。ここまで後先考えないのも困る」
 苦い顔で、イサナが唸った。
 エレベーターの扉が開く。乗り込んで、扉が閉まるまでの数秒…レイはふと彼等が見せまいとした闇の奥を透かし見たが、そこには黒々とした闇が口を開けるばかりだった。

***

 地上。開戦の狼煙―レミが灼いた電子錠の基板が発する白煙―が上がってから、60分が経過しようとしていた。
「そろそろヴィレが突入する頃合いだな」
 ナオキが時計から夜景に視線を移して呟いた。
「邪魔になんなきゃいいけど」
 ミスズが事も無げに言った。
「生け捕りに拘らなくったって、レミ姉にさっくり消し炭にしてもらうとか、タカヒロに骨も残んないくらい灼いてもらうとか、そのほうがコトが早くない?その方が後腐れないから私達も安心して暮らせるじゃない」
 可憐な顔で容赦の無いことを言い放つ。
 意図的に抜かれている目的語が、自分の父親を指していると判っているから…聞いているシンジとしては胸腔に霜の降りる思いを味わう。
「俺も心情的にはミスズに賛成だけど、サキが『世の中の物事は好悪すききらいだけで決められない』ってさ」
 待機任務というのは却って疲れるものだ。ナオキは夜景を見据えるのにもすぐに飽きて、ごろりと仰向けになった。曇りがちではあるが、冬の星はその隙間からも冴えた光を放っていた。
「どう転ぶにしても、この一件が落ち着いたら俺達はこの街を出ることになる。どうせなら、遺恨は残さないほうがいいということさ」
 これはユウキである。こちらは、最初からずっと研究所の規制線に巻き付けられたランプの明滅を目に映したままだ。
「街を出る…やっぱりそうなるんだ」
「ヴィレとの契約があるから、すぐに何かが起こることはないにしろ…それも碇ユイ博士一代の話だろう。将来碇ユイ博士が舞台を退けば、後継者が俺達をどう扱うか判ったもんじゃない。今は『契約者』でも、いつ『被検体』としての目を向けられるか」
「私達、今なら負けないけど」
 憤然とするミスズをかえりみて、ユウキは柔らかく笑み、それからまた視線を遠い光の明滅に投げた。
現生人類リリンすべてと喧嘩するのも疲れる話さ。喧嘩しなくても生きていけるなら、そのほうがいい。そうやってこの五十年ばかりはうまくやってきたんだ。これからも出来ないことはないだろう。ただしそれには、相応の準備が必要ってこと」
「んー…ここでの生活もそこそこ気に入ってたのになぁ…」
「永遠に戻ってこれないってことはないさ。そうだな、五十年も経ったら、俺達のことを憶えている者もいなくなってるだろうし、その時気が向いたらまたここで生活するのもいいだろう」
「そだねー…」
 蹲っているのにも飽きたミスズも、ごろりと仰向けになって冴えた星を眺める。…が、近づく気配に飛び起きた。
【のんびりしてるわね】
 彼女は、音もなく現出した。折り目の効いたアリスブルーのスラックスと同色のロングコート。セミロングの髪はその一瞬だけふわりと広がり、降り立つと落ち着いた。
 シンジも、今更驚かなかった。
「ユキノ姉…と、幻身のほうか。今どこ?」
 足は投げ出したまま、ミスズが訊ねた。
【本部の中。皆一応、大きなトラブルなしで進めてるから、こっちの様子見に来たの】
 ユキノは 反響定位エコロケーションに近い方法で周囲を把握する能力に長けるが、 二カ所同時存在バイロケーション能力も持っている。本体は通常の移動手段しかとれないが、幻身は座標さえとれれば何処にでも出現させることが出来る。この場合の座標は、 同族ネフィリムの存在だ。…逆を言えば、自身で行ったことがなく、同族のうち誰もいない場所に出現することは出来ないということでもあった。
「トラブルなし…にしては先刻えらい振動が伝わってきたけど…レミ姉がやらかした?」
 ナオキが笑いながら問う。
【はずれ、タケルがジオフロントにクレーターつくっただけ。前回だいぶタケルが伸しちゃったからかしら、α型が出てこないみたいね。おかげで焦れたタケルがキレかかってて、タカヒロが手綱とるのに苦労してるわ】
「量産型も今のところ沈黙か」
【例のウィルスが機能してるみたい。タカミはどのくらい保つものか判らないから量産型も早めに始末してって言ってたけど…タケルたちが派手にやらかした所為で、最初の想定ルートが一部使えなくなってるって。ヴィレも突入してくるし、ちょっと微妙になってきたわね】

***

「…判った。まあ…予測範囲内だな。遠慮無用って言ったのは俺だし、役割上、派手な方が良かろうさ。とりあえず、姫さんには怪我させるな。お前らも怪我すんなよ」
 苦笑いしながらスピーカーモードにしてあった電話を切り、マサキはゆっくりと足を組みかえた。
「まあ、お聞きの通り」
 リツコの蒼白な顔は、傷の所為だけではなかっただろう。
「エヴァ本体とその操縦システムをすべて破壊する…のね」
 半ば呆然と、呟くような声。…自身の傷を抉るのも、他者の傷に塩を擦り込むのも、苦痛なことにかけてはあまり大差ない。この上ない居心地の悪さに自分自身の表情が硬化するのを感じながら、それでもマサキは口を開いた。
「咎めだてされる謂われはないと思ってるがね」
 押し出すようにしてようやく紡いだ言葉もまた、ひどく硬い。むしろ、彼女の声のほうが淡々としていた。
「それについて、反論はないわ」
「あなた方が南極で暴発させた第1使徒アダムの組織片…それと多分、ゼーレが隠匿してた第2使徒リリスの本体。そこから作り出した『汎用ヒト型決戦兵器』エヴァンゲリオン…『使徒殲滅』のための切り札。俺達としては、俺達自身を護るためにどうあっても叩き潰しておかねばならない。俺達を鏖殺した後、どういう使い方をするつもりだったかなんてのはこっちの関知するところじゃないし…悪いが、あなた方は別のところから、救いを探してくれ」
「救い…ね。それはもう、私の仕事ではないわ。私がやりたかったことは…もう終わっている。
 私はもう、誰にも必要とされていないんだもの」
 膝の上で組んだ指先に視線を落とす。ひどく疲れたような表情。マサキは彼女を不当に問い詰めているような心地悪さを噛み潰して言葉を継いだ。
「…当初は、 アレ・・に人間を載せて運用する予定だった?」
「エヴァの操縦システムには、人格移植OSが使われている。それは、所詮培養した組織片の寄せ集めでしかないエヴァの身体を、個体として活動出来るよう統合するという機能を持っていた。それでも生きたヒトとして動く為にはやはり魂が必要だったの。
 何故なら魂のないモノは生存し続けることはできないし、目的を持った行動をすることもない。だから、魂のない人形は、それがいかに精巧であっても人形の域を出ることは出来ない。…だから、魂を宿らせることを考えた。魂を持つ人間を核に据えることによって、人形が自身を人間だと錯覚させるために」
「…でも、こちらでは決してうまくいったわけではなかった」
「エヴァと同調シンクロして魂の代わりとなれる者には厳しい条件があった。ただひとり直接接触ダイレクトエントリー実験を成功させ、エヴァ初号機との同調を成し遂げた碇ユイ博士にあって、他の被験者にはなかったもの…それは、潜在的な精神感応系の能力」
「…なるほど」
「日常生活上で意識的に使用出来るレベルであったら、ATフィールドを自在に扱える訳ではない私達は、おそらく精神の平衡を失うのでしょう。あくまでも潜在的であることが重要であったのかもしれないと…母は分析していた。
 おそらく精神感応系の能力そのものがATフィールドの随意的な行使と何らかの関わりがあるのかも知れない。通常、私達は自分自身を保つためにATフィールドを維持しているけれど、精神感応系の能力者は恐らくある程度それをコントロールし…状況にあわせてハードルを下げることができる。彼我の境界を曖昧にしてしまうことで、初めてエヴァと同調シンクロが成立する…そう考えたの。
 理論上は渚カヲルや綾波レイならばエヴァと自在に同調出来るはず。それこそ、シンクロ率を自由意志で設定することさえ出来るでしょう。でも、兵器として運用するなら個人の資質に依存することは極めて危険。
 ならば、最初からATフィールドが存在しないAIなら、容易に同調しエヴァを操縦させることが出来る。そこが出発点になったの。ヒトに等しい、人工知能artificial intelligence。…来たるべき戦いに、無人の兵器で備えることが出来るのなら言うことはない。人類にとっては至極都合のいい話だったわ」
 最初は機械音声のようだった彼女の言葉に、多少人間らしい抑揚が生まれてきたのに微かに安堵しながら、非道い内容なかみに気が重くなってくる。…概ね、予想と相違なかったとしても。
「だから、『ダミーシステム』だった…。つまり、あなた方のAIは最初からエヴァに搭載されることが前提で開発されていたということか」
「…そうね、そうなるわ…。でも、母も私も、エヴァについてそれほど固執していたわけじゃない。極端な話、ダミーシステムによるエヴァの運用は私達の研究の最終検証実験以上の何物でも無かった。たまたま、同じところへ行き着いたというだけのことよ。私達が目指したものはヒトの真似をする機械ではなく、ヒトに等しい…人格移植OSすら騙せる程に完璧な知性体だったのだから。
 ひどく傲慢なプロジェクトね。…ヒトを造ろう、というのだから。まさに、神への挑戦だった」
 ゆっくりとおもてを上げて、陶然と微笑む。涙痕鮮やかな目許は、凄艶でさえあった。
「…狂っていると…思う?」
  つよい…だが、怖ろしい女性ひとだ。眩暈すら覚えながら、同時にマサキは背を冷汗が滑り落ちるのも感じていた。だが、口にしたのは別のことだった。
「…何がまともで、何がそうでないかなんて…俺達にはわかりかねる」
「ごめんなさいね。長い割につまらない話を聞かせてしまって」
 ふと、先ほどまでと同じ、深く翳った疲労の色濃い表情に戻る。
「…エヴァシリーズを破壊するつもりなら、一つ一つ壊していては間に合わない。量産機にはある程度の自己修復能がある。コアを潰すか、ダミーシステムを完全に沈黙させた上でないと、壊す端から再生するわ。
 制御出来ない兵器など有り得ない。強大な力を持つエヴァを制御するために、私達はあらゆる可能性について検討し、対策を講じた。その中には、ダミーシステムの暴走も含まれている。その対策として、一つにはダミーシステムとエヴァの制御システムを遮断する方法、二つ目はエヴァそのものを自爆させる方法…そして、ダミーシステムを一括消去する方法」
 一気に話してしまった、というていのリツコが静かに両手で顔を覆い、微かに肩を震わせる。
 俺が泣かせた訳じゃないぞ、と心の中で誰かに言い訳しながら、マサキは彼女の悲嘆を静かに傍観していた。かけるべき言葉はない。あったとしても、それを口にするべき者は別にいる…この悲嘆を拭う責任を持つ者は。
 損な役回りだ。片腕まともに動かなくても、自分がジオフロントへ降りれば良かった。心中そんなことをぼやきながら、マサキは口を開いた。
 鬼と罵られようが、ここは譲れない。…生き残るために。
「…貴女なら、方法をご存知とお見受けするが」
 リツコの肩が震えを止めたのが判った。このつよさ。
 俯いたまま、顔を覆っていた手を静かに膝の上に置く。その表情は脱色された髪に遮られて見えない。膝の上の両手は握りしめられてはいたが、震えてはいなかった。
「…あの子が、MAGIの呪縛から自らを解き放つために敢て私達に使わせた『槍』。あれの発展型が、ダミーシステムの中には予め組み込まれている。MAGIにはその解錠リリースコードをエヴァシリーズに一斉送信するプロトコルがあるわ。パスワードさえ判れば、発令所からでなくとも起動できる筈」
 そこで、彼女は一旦言葉を切った。
「そうね、私が出来ることがひとつだけあったわ。回線が繋がるということは、データ転送も可能な筈でしょう。
 …彼等の端末に接続可能なタブレットをひとつ、貸してくださる?」

***

「やってるなー…」
 遠雷のような振動を感じ取って、カツミがぼやく。
「他人事みたいに言ってないで、さくさく進むわよ。これだけやっちゃったんだもの、幾ら何でも迎撃態勢に入ってるわよ。場合によっては 標的ターゲットが起動しちゃってるかも知れないわ」
 タブレットをカツミに抛り投げながら、レミが再び走り出す。カツミはそれを器用に受け取り、バックパックに滑り込ませてレミに続いた。
「それにしてもさー、どうしてタカヒロとタケルがαーエヴァで、俺達が量産機なのさ。あのデカブツを木っ端微塵にするなら、絶対あっちのコンビが向いてると思うけど」
「いくらタケルの莫迦力でも、トータル十機以上ある量産機をいっぺんに粉々って訳にはいかないでしょ。ちまちま壊すほどの時間は無いわ。制御システムから壊した方が効率はいいわよ。システム弄るならあの二人には不向きじゃない?」
「そりゃそーか」
「それと、αのほうは…『ケイジごと熱処理・・・できるのがベスト』ってサキが」
「げ、それってタカヒロの奥の手が今回黙認ってことか…うぁ、近寄りたくね」
「出来れば『中身』と対面したくないし、させたくないってとこでしょ。私だってイヤよ。でも、あの二人を組ませとけば、色々言わなくっても十中八九、一括熱処理って方法を採るだろうってのがサキの読みね、間違いなく」
「サキって…パッと目には昼行灯だけど…結構、策士だよな」
「あら、今頃気づいたの? そうじゃなきゃ、ゼーレ相手に半世紀以上鬼ごっこやってられるもんですか」
 至極明快に断じて、レミは足をとめた。扉はシャッターで閉鎖されている。ある程度以上のIDでなければ開かない仕組みなのだろう。
「ここから先は、偽造IDも効くかどうかわかんないわね」
「ま、とりあえずやってみる?」
 カツミが勢いよくカードスロットに偽造カードを滑らせた。 表示灯パイロットランプが神経質な明滅を続けていたが、不機嫌なブザー音がしてスロットの直上にある小さなディスプレイに真っ赤な×印が出た。
「駄目だこりゃ」
「退がって、カツミ!」
 レミの警告と、カツミが咄嗟に側方へ飛び退すさるのと、扉が内側から巨大な白い手に突き破られるのがほぼ同時だった。
「わ、危ねぇ!」
「やだ、本当に起動してるわ。この狭いところでこんなデカブツ動かすなんて、ネルフって組織は何考えてんのよ!」
「いやぁ、ある意味ウチも言えた義理じゃねえけど。でも、本当に後先考えないよなぁ」
「感心してる場合じゃないでしょ。何機かわかんないけど起動してる以上、プランAは破棄!プランBいくわよ」
「了解!」
 白く大きな手が引き抜かれ、あとにはぽっかりと巨大な穴が開く。そこへ躊躇なく飛び込んだレミとカツミの前にケイジの広大な空間と、量産機の凶悪な顔が立ち塞がった。
 ケイジ全体の高さから言うと、上から1/3程度の高さに通路は開いていた。後方で次々と量産機が起動シーケンスに入っているのが見て取れる。まさに、2体目が拘束具から離脱しようとしているところだった。ずらりと並んだ量産機の反対側の壁面には 通路キャットウォークが通っており、その中程に制御システムのハブステーションが見えた。
「じゃ、いくわよ!」
 レミが雷電を纏いながら跳ぶ。青銀色の長い髪がふわりと浮き上がり、1体目の手首、肘、肩と三段跳びで頸部後面へ回り込んだ。
「おとなしくなさい!」
 容赦のない雷撃が量産機最初の一体を貫く。機体は短く痙攣して沈み込むが、ケイジには十分な広さがないから反対側の壁面に頭部を打ちつける格好になる。そのままずるずると頭部で壁を削りながら床面に僅かに残っている冷却水の中へ沈んでいった。
 レミは油断無く頸部に乗ったまま見据える。その間にカツミがハブステーションへ到達した。
「緊急停止…えーっと…あ、無理だわこりゃ。レミ姉ごめん、もーちょいがんばって」
「ちょっと、何よもう!」
 カツミは操作盤直下の蓋を開けると、タブレットの画面と首っ引きで一つのケーブルを選び出した。
「規格が合わなかったら笑ってやる!俺には直接インストールとか無理だかんな!!」
 タブレット側面のカバーを弾くと、選び出したケーブルを差し込む。その時、レミの短い悲鳴が聞こえてカツミは危うくタブレットを取り落としかけた。
「レミ姉!?」
 拘束具から離脱したばかりの2体目に詰め寄られたレミが、倒れた1体目の頸部からやむなく後退しようとして足を滑らせたらしい。
「いいから早いとこやっちゃって!こんなのいつまでもまともに相手出来るわけないでしょ!?」
 すぐに立て直して2体目の延髄部分に雷撃を叩きつけながら、レミが叫ぶ。
「はいはい!」
 幸い、タブレットと選んだケーブルの規格は合致したらしく、タブレットの画面には『STAND BY』の文字が明滅していた。
「行け!」
 カツミが明滅する文字をタップした直後、2体目が前のめりに倒れる。痙攣しながら1体目の上に折り重なるようにして沈んだ。
 レミが雷電をあたかも天女の領巾ひれのように纏ったまま、カツミのいるハブステーションに降り立った。
「やったの?」
「わわっ、レミ姉ってばそこでストップ!んなカミナリ持ったまま近づいたら、タブレットがいっちまうよっ」
「あら失礼。久しぶりだから加減が効かなくって」
 ややわざとらしい哄笑と共にレミが纏う雷電が霧消する。浮き上がっていた髪もさらりと肩に流れた。
「…怖いなぁ、もう」
 ぶつくさ言いながら、カツミはケーブルで接続されたままのタブレットを抱えて表示を確認していた。
「怖いといえば、タカミも結構コワい奴だよな。こんな短時間で、敵の兵器のコントロールを奪っちまうんだから」
「まあ、タカミにしたら一種のけじめじゃないの?…ダミーシステムって結局くだんのAIのなれの果てなんでしょ。そりゃ、気持ち悪いわ。私でも同じことしてたでしょうよ。ま、私の場合できたかどうかが微妙だけど」
「かつて自分だったモノを?」
「過去の自分を抹殺したくなる心理なら、理解できなくもないわね」
「わあ、不健康。過去の自分を抹殺したら、今の自分がいなくなるじゃん?」
「… 修辞技法レトリックってものが理解できない単細胞、もしくはド理系は黙ってらっしゃい」
「何か今、ものすごい理不尽な叱られようをした気が…うわ!」
 タブレットを取り落としかけたカツミから、レミがそれをひったくった。
「…何コレ、プログラムが修復されてってるじゃないの!」
 レミがタブレットからケーブルを引き抜く。それと同時に、レミの付けていたヘッドセットからコール音がした。
「Yes…ああサキ? 駄目ね、量産機のほう、ダミーシステムに修復プログラムが走ってるわ。やっぱり、エヴァ本体の手足引き千切らなきゃ駄目?」
【状況は了解してる。それについては、『開発者』の協力が得られることになった。10分後に再接続、それまで何とか凌げ。そろそろヴィレが突入を開始してるから、事態がややこしくなるぞ。喰おうが引き千切ろうが構わんが、怪我すんな!】

***

【西館連絡通路、消滅】
 ようやく像を結んだ発令所のモニターには、本部の目と鼻の先、途方もない 隕石孔クレーターを穿たれた地面の姿が映し出された。そこにはもう動く者の姿はない。
「終わった、のか?」
「莫迦、こっちが終わっちまったんだろう。さっき投げ返されたミサイルで最後だったのに…」
「じゃあ、奴らは何処へいったんだ」
「決まってる、この本部内に侵入されたんだ」
 絶望のさざめきが低く流れる。不機嫌な低い声がそのさざめきを圧した。
「…エヴァの進捗状況は」
「α、量産型共に、起動シーケンスでエラーが起きてリトライしています。量産型は一度起動したのですが、プラグ周囲…一瞬ですが過電圧がかかってリセットされてしまいました。ウィルスの混入が疑われます」
「ウィルス?」
「未確認です。今のところ侵入の形跡が認められません」
「判った、各班現作業を継続させろ。量産型ケイジには私が行く」
「えっ…」
 作戦部オペレータの声が上擦った。…では、自分は誰の指示を受ければ良いのか?
 そこを確認しようと振り返ったとき、碇司令の姿は既に無かった。開いた口がふさがらないというのはまさにこういう状況を言うのだろう。この組織の無茶苦茶ぶりにはもう慣れたつもりだったが、戦闘配備中に指揮官不在、などというのは無茶苦茶以前の話である。
「お前が一番階級上だろ、お前が責任者って事じゃないのか」
「莫迦いえ、お前も同じだろ」
「着任期日でいったらアンタが先じゃないのか」
「こういう場合、マニュアルだったら…」
 俄に、発令所は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。しかし、突如として耳をつんざく轟音と共に発令所下部の扉が吹き飛んで、水を打ったような静寂が降りる。
 建材の破片が粉塵となって舞う。その中から、硬質な足音が響いてきた。
「武器を棄てて投降なさい! 抵抗しなければ危害は加えない!」
 それは、発令所の人間なら聞き慣れた声だった。
「…葛城さぁん…作戦部長ぉぉ…」
 半泣きになって、作戦部の多摩が一番最初に両手をあげた。

***

 タケルのくしゃみがだだっ広い廊下にに反響して、思わずタカヒロがつんのめる。
「ほら、辺り構わず埃立てるからさぁ…」
 周囲には粉塵が舞っている。先刻入口がわからないものだから強制的に入口を作ってしまった名残だ。実際にやったのはタケルだが、指示したのは他ならぬタカヒロである。しかしそこは棚上げにしてタカヒロがぼやいた。タケルは全く意に介していない。
「やっぱり、出てこない」
「いーじゃないか、楽に仕事が済む方が。…はい、ここね。タケル、ここの扉、一寸蹴飛ばしてくれ」
 タブレットの画面から目をあげ、タカヒロが目の前の重厚な扉をコンコンと叩く。
「思いっきりやってもいいか」
「こういうときだけ訊くかよ。好きにしろ。どうせ、扉の向こうのモノもぶっ壊すんだ」
「判った、退いてろ」
 タカヒロがタブレットをバックパックに放り込み、そそくさと通路の曲がり角まで後退する。タケルがゆっくりと息を吸い、気合いと共に扉を蹴りつけた。
 扉は見事に吹き飛び、周囲壁面一帯に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「はい、お疲れさん」
 そこは薄暗い回廊を思わせる空間が広がっていた。天井高と幅に比べて奥行きが異常に長い。その片側の壁は計器が、もう片側は長さ2メートル半ほどと見える直方体がずらずらと並んで立て掛けられている。今の衝撃で壁は亀裂が入っていたが、棺を思わせる直方体はヒビひとつ入っていない。
「…存外丈夫そうだな。一体いくつあるんだ。一つひとつ潰していたら、時間を食うぞ」
 タケルが鬱陶しげに呟く。『αケイジ』と呼ばれる施設であることは、タカヒロもタブレットで確認済みではあった。
「…α型エヴァ…ATフィールドの物理防御は無理らしいし、DIS端末だっけ?チップを介してMAGIに制御されてなかったら、LCL外では形状の維持さえ出来ないらしいけど…実は危うくサキを膾にしかけたのってこいつらなんだよな。起こしちまうときっと厄介だし、とりあえずLCL抜いて…って、おい!」
 タカヒロが自分の失言に気づいたのは、タケルが憤怒の形相で撓めの姿勢に入っているのを見たときだった。
「循環パイプって、あれだな」
 棺の一つ一つへ向けて外部から引き込まれている径の大きいパイプを言っているのだろう。
「多分そうだ…って待てってば!」
 …制止は間に合わなかった。タケルが発した衝撃波は整然と並んだ循環パイプを片っ端から引きちぎり、橙赤色の液体を部屋全体へぶちまける。振りきった腕を返す動作で今度はコントロールパネルに派手な亀裂が入った。血の匂いのする液体は床一杯に溢れ、先ほど破った扉から外へ流れ出していく。扉を破った段階でけたたましい警報音が鳴り続けていたが、それが他の区域まで伝播していくのが判った。
「そりゃ、手間を掛けすぎるとまずいっちゃまずいんだけど…まあいいか。知ぃらないっと」
 その時回廊の向こうの扉が開き、ネルフの 職員スタッフと思しき人間があたふたと出てきた。
「おっといけね…あんたら、死にたくなかったら引っ込んでろよっ!」
 タカヒロは両手の間に凄まじい光を放つ球を作り出した。眩し過ぎて大きさも定かでないそれに驚いたか、ネルフ職員が出てきたときと同じように 這々ほうほうていで引っ込むのを見届け、水浸しの床の上にそれを放り投げる。
「大気圏内使用禁止とは言われてるけど…αーエヴァは必ず殲滅しろって、サキの厳命なんでな。悪く思うなよ…ま、 なるべく・・・・迷惑かかんないようにするからさっ」
 部屋の中心に極小の太陽が顕現する。タカヒロはタケルの襟首をひっ掴んで後方へ飛んだ。