第拾壱話 神は天に在り…


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「All’s right with the world」

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【…話にならん。レミに代われ】
 ヘッドセットから伝わるマサキの声はあくまでも冷静だった。
「サキ!」
「そこまでよ」
 向こうの音声が聞こえた訳でもなかろうが、タカミの反応リアクションから大体の見当をつけたらしいレミがさらっとタカミの手からヘッドセットを取りかえす。
「状況を整理するわ。本丸攻略組は『渚カヲル』の身柄は確保できたけど、抜け殻。タカミの読みだと抑制されてる身体を離脱して、この本部のどこかにはいるみたい。ただし、ダメージでかくて私達どころか姫様だって認識できない可能性あり。退避先としてはダミーという線が濃厚だけど、大半は処分してしまっているわ。あと、量産機のためにセットアップされてプラグの中にいるやつぐらいしか残ってないはずよ。
 あと、考え得るのは何?」
 サキが考えるような間を置いた。
【…タカミに戻るように伝えてくれ。予定通り、ダミーシステム全破壊コマンドを発動させる。とりあえず撤収だ。ヴィレは発令所の制圧に成功したが、碇司令を取り押さえるには至ってない。そっちに向かってる可能性がある。奴独りで何が出来る訳でもない筈だが、あのおっさんの処置については碇ユイ博士に一任する約束だ。ややこしいことになる前にひとまず退け。
 …坊やについては、身体があるなら最悪でもサルベージって方法がある】
「了解」
 通話を切って、レミが宣言した。
「予定通り再接続。それから撤退よ。最悪、彼は帰ってからサルベージする。タカミは本体に戻りなさい。ソフトの移植するのと訳が違うんだから、気楽にぽんぽん身体乗り換えてると本当に戻れなくなっても知らないわよ。これ以上ごちゃごちゃ言うなら私が黙らせる。 了解Okey?」
 有無を言わせぬ迫力、というのはまさにこれをいうのであろう。実際に、レミの手元には既に蒼白い雷電が閃いていた。その火花よりもさらに危険な色彩が、優美な笑みを浮かべたレミの両眼にある。
「了解…」
 レミの脅しに屈したというより、サキのプランの正しさを諒解したというのが妥当であったろうが、タカミは素直に頷いた。ただ、項垂れたようにも見えたが。
 …だが。
「レミ…!」
 タカミがはっとしたように顔を上げ、前に踏み込んだ。その動作で、レミが気づく。カツミがその悪意の源に気づいて脇に吊っていたホルスターの中の銃把に手を掛けたが、完全に出遅れた。
 壁面を横断する作業用通路のひとつに、それはいた。
 髭面の、壮年の男。それは憎々しげに彼等を睥睨し、その銃口を向けている。
 広い空間に、数発の銃声が反響した。
 だが、弾丸は澄んだ音と共に霧消した。橙赤色の光壁に阻まれて。
「…なんというていたらくだ」
 その声の主は、まさしく降ってきた。中空に開いた闇から突如として。
「イサナったらナイス! 実は計ってたでしょ」
 レミが手をった。
「笑ってないでレミ姉!こっち準備できてるんだけど」
 使い慣れないモノに頼るよりは、より確実な射手に委ねるが勝ちと断じたか。カツミは既に数十の氷塊を作り上げていた。研究所で警備員相手に準備したよりもやや大きい。
「あーもう、判ってるわよ!」
 レミがやや面倒臭そうに右手を一閃させた。宙に浮く氷塊は雷電の領巾ひれに絡め捕られ、一瞬で加速した。爆ぜるような音がして無駄弾ひとつとてなく命中する。
 標的が作業用通路の上で頽れた。
「お前ら、鈍すぎだ。こんな ひどマイナスの意思が近寄っていて、誰も気づかなかったなんて…」
「しゃーないだろ、俺もレミ姉も感応系の能力には疎いんだから。それよりイサナ、 叱言こごとは後だってば!」
 降り立ったイサナが早速説教を始めるものだから、カツミが焦れたように声を張り上げる。
 射線に割って入ったタカミが、初弾で倒されていた。左肩を貫通したか、仰向けに倒れた肩の辺りから、隻翼を描くように床に緋色が広がっている。カツミが浮き足立つのも無理はない、凄惨な有様であった。
「莫迦、なんで防がないのよ!? …っていうか、さっさと戻れって言ったでしょ!」
 レミが傷を診て目許を険しくする。
「どっちも無理だ。…だからやめておけと言った」
 イサナが吐息と一緒に呟いた。
「はぁ!? 何よそれ。あーもう、機材ないしミサヲ姉もいないしっ!カツミ、手ェ貸しなさい。とりあえず止血よ」
「おれ? …ああ、はいはい」
 言われて、カツミも気づいたらしい。レミに指示された箇所へ向けて能力を解放する。瞬時に、傷が凍り付いた。
「これでいい?」
「上出来よ。それじゃついでに、あそこで伸びてるおっさんも丸ごと凍らせといて。ああ、あとで解凍出来る程度によ。一応、殺すなと言われてるから」
 まるでスーパーの買い物を冷凍庫に入れておけというような口調でレミが言い放つ。カツミがいいのか?という視線をイサナに送ったが、イサナもそれを沈黙で諾を示した。カツミが頷いて立ち上がり、タラップへ向かう。
「さてと。…で、どういうこと?」
「…こういうことだ」
 イサナはタカミの傍らに膝をつくと、プラグスーツの襟を緩めた。頸部に、黒いチョーカーが嵌められている。金属的な光沢。内部にある何らかの電子機構を窺わせる、紅い光が明滅していた。
「何よ、この趣味悪い首環チョーカーは」
「Deification Shutdown System…DSSチョーカー、だそうだ。俺達の能力を抑制し、場合によっては直接的な手段で機能停止させる」
「一応訊いてみるけど…それってきっと…孫悟空の環よろしく一寸絞めるとか、しばらく痺れる、とかいうレベルの話じゃないのよね」
 レミが露骨に眉を顰めて確認する。
「リエの読み出した範囲では、プログレッシブナイフより貫通力があるらしいな。装着された者はATフィールドも抑制されるから、あまり有効でない。…多分、発動したら…」
「イサナ、STOP!言わなくていいわ。あーもう! どうして、連中の考えるコトってこうえげつないのよ!?」
「そもそもは、彼等が『渚カヲル』を制御するために造ったらしい。できあがったのはつい最近らしいがな。彼はこれを装着された上、槍で動きを封じられていた。幾ら彼でも、どうしようもなかっただろう。
 もともとタカミは物理障壁としてのATフィールドの行使は…有り体に言えば下手だし、能力を抑制されていれば尚更だ。量産型エヴァが暴走したときの安全装置としてダミーにも装着されている可能性がある、と俺は言ったんだが」
「…最後まで聞かずに飛び出していったと。手段を択ばないだけじゃなくて、本当に後先考えてないわね。実は莫迦でしょ」
 それが聞こえたわけでもなかろうが、タカミが微かに身動ぎして細く息を吐いた。
「非道いなぁ…一応助けに入ったつもりなんだけど」
「それについては感謝するけど、その為に自分からネズミ罠へ首を突っ込む莫迦がいる?」
「いやまったく、反論できません」
 タカミが笑う。
「他人事みたいに笑ってんじゃないわよ…それはそれとして、外す方法はないわけ?」
 後半は、イサナに向けていた。
「呪詛柱とおなじ理屈が使われているようだが、所詮は電子機械だ。しかし、電子制御されているものなら大概なんとかしそうなのが真っ先に罠に飛び込んだんだから、処置がない」
「イサナまで…」
 イサナの言葉は、淡々としているだけに容赦がない。タカミが幾分弱々しく苦笑した。
「まあ、解除はともかく壊すだけなら達者なのがここにもいるだろう」
「あ、成程ね…と、なにか引っかかる感じはするけど…まあいいわ。火傷くらいは覚悟しなさいよ」
 レミがDSSチョーカーの上に指先を置いた。雷電が閃き、白煙が上がる。タカミの喉から微かな苦鳴が洩れたが、チョーカーはあっけなく爆ぜ割れた。
「本当に火傷になってる気がするんですが」
 健在なほうの片腕で身体を起こしながら、タカミがぼやく。
「贅沢言わないで頂戴。それとも、此処でその首斬り落として、強制的に本体へ戻らせた方がよかった?」
「さすがにそれは全力で遠慮します」
「だったらさっさと戻りなさい。それはそうとイサナ、あなたがここにいるってことは…」
「いや、リエに座標を報せてユキノと交代した。あとは撤収するだけだからな。…タカミが戻ってこっちへ連れてくれば、あとは全員で転位出来る。タケルとタカヒロは撤収済だ」
「あの二人にしてはえらく引き際がいいわね」
 レミが感心したように言うと、イサナが眉を顰める。
「タケルが避け損ねて足を焦がしたから、ユキノが回収に行ったんだ」
「焦がしたって…」
「解説が必要か?αエヴァのケイジでタカヒロがどういう手段を採ったか」
 レミが指先で眉間を揉んで、手を振った。
「…いいわ。どいつもこいつも似たり寄ったりってのがよく解った」
 火の粉がかかりそうだと思ったか、タカミが笑って瞑目する。
「じゃあ、戻ります」
 ゆっくりと肘をつき、その身を横たえる。そのまま小さな身体がすっと弛緩した。
「…あまり、気持ちの良いものではないな」
 イサナが微かに吐息した。
「さて、あれはどうする」
 その視線の先には、カツミが向かった作業用通路があった。
「どーするもこーするも…とりあえず凍らせたまんまヴィレに引き渡し、ってのが妥当でしょ。サキのプランはもともとそうだし…イヤよ、これ以上の面倒は」
「…まあ、そうだな」
 しかし、事態はそれほど簡潔ではなかった。

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 発令所の壁面にある通風口の蓋が勢いよく吹き飛び、突如としてジーンズとレザージャケット姿の少女が降ってきたのには、さすがのミサトも肝を潰した。
 通風口やら配管スペースやらを経由して最短距離を来たらしく、小さな身体は埃まみれだった。それが冬のさなかの転校生『小鳥遊たかなしミスズ』であることに気づいて、ミサトがその印象の違いに戸惑う間もなく…軽捷な伝令メッセンジャーはにこやかにそれを炸裂させた。
「えーっと、高階から伝言です。『状況が悪い方へ転がっている。最悪第3新東京ぐらいは軽く吹っ飛びそうな被害が出る可能性があるので、実働部隊と投降者は大至急退避して欲しい』そうです。何とかジオフロントぐらいで被害をおさえたいとは言ってましたけど、責任持てないからこれ以上は自己責任でよろしくって」
「…よろしくって…ちょっと待って、一体どのくらい猶予があるの!?」
 2000年南極の再現か。想定していた中でも最悪のシナリオではないか。ミサトの問いに伝令は小首を傾げたが、ミサトが焦れる程の空隙は置かなかった。
「えーと…とにかくなるべく早く。今すぐ。全部ほっぽり出してダッシュすれば間に合うかも。せめてジオフロントからは出とかないと、コトが起こったら救援はまずムリだから」
「えーい仕方ない、撤収よ撤収!今すぐ!」
 ミサトの命令は速やかに実行された。ジオフロントには膨大なデータやサンプルがあり、一応その回収も彼等の任務に入ってはいたが、ヴィレからの指示を待っていたら全滅する。部下の身命を損なってまでデータ回収に時間を割くようなメンタリティを、ミサトは持ち合わせない。
「探索班は現在位置から直接地上へのルートを検索、即時脱出。投降者で撤退を渋る奴がいたら置いていってよし!私が責任を取るわ。…皆の迷惑よ」
 そしてふと気づいたようにミスズに向き直る。
「…そういえば、碇司令の身柄確保がまだなのよ」
「あ、ごめんなさい言い忘れてた。うちの陽動組が出くわして、もう確保したみたいだから大丈夫。でも、うちもちょっと…今かなり立て込んでて、皆さんの避難までお手伝いできないのでごめんなさい」
 そう言って気楽に手を振ってみせる。
「…それは…手間を取らせちゃったわね」
 他に言い様がなくて、ミサトは自分の顔が微妙に引き攣るのを感じていた。だが、もたもたしてはいられない。

第拾壱話 神は天に在り…