第Ⅲ章 「自由」の意味は

Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」


「浅間山?」
「・・・・・・僕がMAGIなぞに接触する、もう一つの理由さ。見つけられたら、まず彼らは捕獲しようとするだろう。そうなったら・・・・・・二の舞だ」
 誰の・・・・とは、言わずもがな。・・・・・タブリス、渚カヲルのことに他ならない。
「・・・・・彼女にもいずれ時は訪れるのかもしれない。だが、仮にそうだとしても、その前にリリンの手にかかるような事態は防ぎたい。・・・・・最悪の場合、この島国くらいは吹き飛んでしまう」
「彼女のためでもあり、リリンのためでもあるということ?」
「欺瞞と言われようが、甘んじて受けるさ。・・・・・・・・そのとおりなんだからね」


第Ⅲ章 「自由」の意味は
C Part

 浅間山。
 群馬・長野県境・・・軽井沢町北西方にそびえる三重式成層活火山。最高点は中央火口丘の浅間山で、標高2,568メートル、頂上に御釜と呼ばれる直径350メートルの噴火口がある。
 その西に中央火口丘の前掛山、周辺に外輪山の黒斑クロフ山、ギッパ山、剣ヶ峰、寄生火山の小浅間山があり、全山体が複輝石安山岩からなる。
 現在も噴煙を上げ、最も活動的な火山の一つ。火山観測も1911年以来続けられており、東山麓には大学の火山観測所がある。
 ―――――カヲルは、今その観測所にいた。数時間前から、ここのホストコンピュータがMAGIの直接管理下に入り、タカミのハッキングを受け付けなくなったのだ。
 無論ここにも立ち入り禁止の措置が取られていたが、そんなものはカヲルには関係なかった。
数年前のことだという。タカミは偶然ここの国立公園を訪れ、サンダルフォンの存在に気づいた。以来、時折火山研究所のホストコンピュータに侵入しては、サンダルフォンの存在を示唆しそうなデータを片っ端からすりかえてきたのだ。
『君にはサキエルがいた。しかし彼女には誰もいない。14年前に君たちを見捨てておいて、何を今更と思うかもしれないが・・・・・・・』
 サキエル。・・・・・彼がカヲルにしたことは。
 カヲルは頭を振り、接触できる端末を捜した。通常、外部からのハッキングは困難でも、内部からのアクセスには驚くほど脆いものだ。これはタカミからの受け売りであった。

――――”A-17″発令。

 回線は、そのメッセージでパンクに近い状態だった。
 やはり、見つかったのだ。

***

 タカミはベランダの鉢植えに水をやった後、寝室に取って返して半球形の白い釣鉢を外した。それを、ベランダの一隅、出来るだけ日当たりのよい場所に掛ける。同様に、洗面所の鉢もベランダに移した。
 悪かったね、ずっと日陰にばかり置いていて。長いこと、すまなかったね・・・・・
 血臭を消すため。そんな即物的な理由のためだけに花を育てていた訳ではない。むしろ、それはつけたりに過ぎないと言ってよかった。セカンドインパクトによってずたずたになった生態系は、ここ数年で少しずつ回復をみせている。それを、数値データとしてでなく、自分の感覚として感じたかったのだ。
 タカミの腰の高さほどの、ハナミズキの鉢植え。その枝には、輪切りのオレンジが刺してある。
 いつ頃から試みていただろうか・・・・。殆ど期待はしていなかった。それが今朝初めて、嘴に啄まれた痕を見つけた。
『また、来てくれるかな?』
鳥が好きと言った、あの言葉に嘘はない。事実、”タカミ”も好きだったのだろう。鳥の何に惹かれたか、ということについて、相違はあったにしても。
 もう少し、見ていたかったけれど――――――。
 インターフォンが、鳴った。
「はい」
 タカミは如雨露を置き、インターフォンに返事をした。黒服の男が二人。国家的暴力組織の匂いがする男たちだった。しかし、タカミの問いはそれがまるで見えていないかのような、呑気なもの・・・あるいは淡々としたものだった。
「どちら様で?」
 むこうもインターフォンの存在くらい心得ている筈だから、いかにも怖そうな黒服姿が筒抜けなことは承知の上、否、それをプレッシャーとさえしようとしていたに違いない。しかしタカミがそれに対して微塵も動じなかったことが、不審と言う名の影になって彼らの顔を覆う。
「Dr.榊タカミ・カーライル?」
「ええ、表札にあるとおり」
「NERV保安諜報部の者です。・・・本部までご同行願います。よろしいですね」
 タカミはまだ水の入っている如雨露をかえりみ、壁に軽く身を凭せかけて小さく吐息した。
 否も応もない。男たちの背広には、拳銃の膨らみがあった。
『やれやれ。よかったよ、あの子を行かせておいて』

 観測所を抜け出したカヲルは、御釜を望むことのできる小高い丘に立っていた。
 ”A-17″発令。・・・・・・ということは、程なくここへ件のエヴァがやってくるに違いない。
 彼女に時は訪れていない。しかし、捕獲の対象となれば・・・・・・・。
 カヲルは、ポケットから手を出し、どこか疎ましげに己のてのひらを見つめた。
 ゼルエルが、おそらくは本能的に嫌悪した「リリンの匂い」。

 ひそみは一瞬。次の瞬間にはカヲルは掌を握りしめ、斜面を駆け下っていた。

「1分以内に開けてくださらなければ、踏み込みます」
 丁寧なのは言葉面ことばづらだけ。態度と口調は脅迫に近い。しかし、タカミは今更動じなかった。
「はい、すみませんね。とても人には見せられない格好をしてるもので」
 出勤するつもりでいたから、既にスラックスとワイシャツという格好なのだ。タカミの言葉は、無論時間稼ぎだった。
 さほど手間はかからない。既に起動しているパソコンに、数種のプログラムを走らせるだけ。
「博士!」
 54秒。扉は消音銃で破壊された。
「やだね。せっかちな男は嫌われるよ?」
 男たちが踏み込んだとき、彼は麻のジャケットを片手にベランダの手すりへ腰掛けていた。
 さすがに、踏み込んだ方が狼狽える。ここは7階だ。男たちは捕縛の命は受けても抹殺の命は受けていない。殺すわけには・・・・。
「…..Bye」
 にっこり笑って、タカミは後ろへ身を逸らせた。スキューバダイビングの1フォームの手本を見るような、そんな動作だった。
 一瞬、声もない。彼らが動けるまでに、ゆうに一秒はあった。
 小さな鉢を蹴飛ばし、彼らがベランダから下を覗き込んだとき、真下の石畳には何もなかった。
「おい、どういうことだ!?」
 階下で待機していたはずの者を呼び出す。しかしもたらされたのは、ノイズとも、悲鳴とも、怒号ともつかぬものだった。

「ああ、あれ? UNの空軍が空中待機してるのよ」
【手伝ってくれるの!?】
「いいえ、後始末をするためよ】
【後始末?」
「私たちが失敗したとき、使徒を熱処理するのよ。私たちごとね・・・・」
【そんな命令、誰が出したんです!?】
「碇指令よ」
 下手をすれば、セカンドインパクト。その認識は、彼らにもあるのだ。
 指揮車および仮設指揮所からほど近い林の中。巨木の幹に背を寄せて、カヲルはヘッドセットからもたらされる指揮所内の音声に耳を傾けていた。
『・・・だったら、放って置いてくれればいいのに』
 カヲルが、静かに毒づいた。
 タカミからこの事を聞いたとき、行ってみると言い出したのはカヲルだった。 しかし現実に、来てみて何ができたというのだろう。・・・・・また、同じ事の繰り返しなのは、わかりきっていたのに。
 ATフィールドは探知される。カヲルに出来ることは、何もなかったのだ。
 地下のマグマの中にいるサンダルフォンに、声が届くだろうか。届いたとして、何と言ったらいいのだろうか。君は捕縛されようとしている。繭を破って戦え、とでも?
 あと少しで本来のかたちをとるところまで来ているはずだ。だが、ここまで来て突然身体を再構成すれば・・・・・・・。
『・・・・・・・』
 声でない声で名を呼ばれ、カヲルは身を起こした。
『君か?』
『・・・なんだかざわざわするわ。何が起きているの? みんなは何処?』
 いはけない童女。それは、エデンの頃から変わらぬ、彼女の形象イメージ
『・・・・・逃げて!』
 カヲルは、思いもよらない言葉を吐いていた。
『逃げて・・・・・そこから、早く!もっと深いところへいけば、リリンだって諦める!』
 そんなことはありえない。リリンは決して、自分たちの存在を許容しようとはしない。見つけてしまった以上は、どんな方法を用いてでも殲滅にかかるだろう。わかっていても、そう言わずにはいられなかった。
『ダメ。もう、遅いみたい・・・・』
【電磁柵、展開】
『・・・・さ・・・・なら・・・・・』
 電話の声がノイズで打ち消されるかのように、彼女の声が消えてゆく。
『・・・・・・・!』
 カヲルは、ゆっくりと再び巨木の幹に身を預けた。小さく息を吐き、木々の間から見える空を仰ぐ。
【捕獲作業終了。これより浮上します・・・・・】
 指揮車内の、安心しきったようなざわめきはもうカヲルの耳には入っていなかった。ヘッドセットのスイッチを切る気力さえ、残ってはいなかった。
 けたたましいアラームが鳴り響くまでは。
【何よコレぇえーーーーーーーっ!?】
【捕獲中止!キャッチャーを破棄!】
【作戦変更!使徒殲滅を最優先。弐号機は撤収作業をしつつ、戦闘準備!】
 今度こそ、カヲルはヘッドセットを頭から毟り取った。カヲルの手の中でオレンジ色の光が散り、ヘッドセットが圧壊する。
 外界のすべてを拒むように、膝を抱えて顔を埋める。数秒を待たず、カヲルの姿はその場所から消えていた。

【一体どういう事だ。こっちが聞いているのは榊博士の拘束だけだぞ。あんなばけものの話は聞いていない!】
「そんなこと言われてもね・・・・・・」
【大体、何だって特殊監察部のおまえがこういう事に首を突っ込んでるんだ?】
 そう思うんなら最初っからそう言えばいいのに、と心中余計な突っ込みを入れつつ、加持リョウジは携帯を左手に持ち替えた。空いた右手では、手元の車載コンピュータのキーを叩いている。
「これは技術局一課長からの要請だよ。つまり、お願い、ってこと」
【もっと分からんよ。どうしてそこに技術局一課が・・・・・】
 そこまで言いかけて、電話の相手が黙る。
【・・・・まさか】
「詳しいことは俺も知らされてないんだ。多分、そういうことだろ。・・・・ただ、まだ決定的な証拠はないんだ。相手は一応、ちゃんとした戸籍も、いくつもの博士号も持ってる人間だからな。いいかげんな理由で引っ張ったら、こっちが叩かれるよ。
 だから、そっちにお願いしたのさ。MAGIへのハッキング容疑に関しては、とりあえず根拠があるからな」
【いいかげんにしろ、もしもそう・・なら、こっちの手におえるわけがないだろうが!! 浅間に行ってる連中を呼び戻せ!】
「だから、確証がないんだって。そりゃパターン青と出れば、問答無用で彼らの出番だけどね。大体、そうだとしても今までにないケースだからな。できれば生きたまま、ってのが先方のご希望なんだ。そういうのは、あんたがたの領分だろ?」
【責任・・・・持てんな。もう発砲してしまっている。それにこっちはもう、二人ばかり潰されてるんだ。これ以上の犠牲は出せん!】
「・・・・潰された・・・・?」
【死んではいない。・・・・・が、もう使い物にならん】
 電話の声に、メイル着信を告げるシグナル音が被さる。
「・・・・・・・・」
 加持はメイルの返事を読み、表情を変えずに言った。
「・・・・・手に余ると言うなら、遺体でも構わんそうだ。ただし、必ず回収しろと」
 さすがに、一瞬の空白があった。
【相変わらず、気に食わん言いぐさだが・・・・・・・了解した】
 電話が切れる。
 切れた電話を一瞥し、加持も電話を切る。電話をポケットに滑り込ませ、頭の後ろで両手を組むと、バックレストに凭れかかった。
「榊タカミ・カーライル・・・あのセカンドインパクトの生き残り、か・・・・」

 荒らされた室内。カヲルに事を察知させるには、十分すぎるものだった。
 室内にあった鉢植えは、一つ残らずベランダに並べられていた。根腐れしない、ぎりぎりの量の水が与えられていた。
 水をやるものがいなくなっても、しばらくは生きていられるように。

 どだい、無茶な話だったのかもしれない。
 本栖バイオケミカルインダストリー・本社ビル。彼は、榊タカミに与えられた研究室のパソコンの画面…流れ下るdeletedの文字列を漫然と見ながら嘆息した。
 マンションの7階から無傷で飛び降りた彼。その着地点に駆けつけた黒服の仲間は、ばけものを見るような目で彼を見た。
 然もあらん。・・・・あの気の毒な黒服が見たのは、「恐怖イロウル」そのものだったのだから。
 「恐怖」で恐慌におちいった魂。彼は、それを冷静に見つめていた。緑柱石の双眸で。
 ほとんど反射的な動作であろう。消音銃の震える銃口が、彼に向けられた。
 最初の発砲と同時に、彼は地を蹴った。
 一度の跳躍で黒服の頭を掴み、片手で植え込みに突き倒す。2秒半で動かなくなったが、痙攣が引き起こした二度目の発砲が、彼の脇腹にかすり傷を負わせた。
 駆けつけた二人目の銃を押さえ、一人目の隣へ突き倒す。これまでに4秒。
 二人目が持っていた銃を持っていこうとして、彼はやめた。
 苦笑して、靴だけを失敬する。
 とりあえずまだ、人のふりがしていたかった。
 脇腹の赤い染みをジャケットで隠し、彼は歩き始めた。おそらく社の方にも待ち受けているだろうが、消しておかねばならないファイルもあった・・・・・。
 ――――――――しかし予想に反して社の方には手は回っておらず、彼は堂々とタカミのIDで社のビルに入り、  「家」にいる旧来の知人たちの存在を示唆しかねないデータの一切を消去することができた。その間に関係のないファイルもいくつか消してしまったかもしれないが、そんなことは構わない。
 ・・・・そろそろ、ここも出なければ。いくらなんでも、天下のNERVがそこまで甘い、というか鈍い訳はないのだ。
 その時、部屋中のすべての電源が落ちた。
 ほら、おいでなすった。
 扉はロックされた。とすれば、逃げ道は一つしかない。
 今更じたばたするのもあまり格好のよいものではないが、あとひとつだけ、やっておかなくてはならないことがある。それまで、おめおめと連中の手にかかるわけには行かない。
 本来通気程度の、開きの小さい窓。それでも窓ごと外してしまえば、彼くらいの体格なら通り抜けることはできる。
 …やれやれ。だんだんやることが常軌を逸してきたね。
 苦笑して、窓枠に手を掛ける。
 みしり、と音がして、窓が枠ごと壁から外れる。・・・・というより、圧壊してしまう。
 かつて窓と窓枠であった塊を床に放り投げると、彼はかつて窓があったところに足を掛けた。
 ・・・・どだい、無理な話だったのだ。リリンのふりをして、一生を過ごすなど。

「・・・・・・間に合わないかと思って、冷や冷やしたよ」
 本社ビルに隣接しているタンパク壁プラント群。無菌状態を保つために人の手が入ることはほとんどなく、内部はフルオートメーション、外部はメンテナンス及び物資搬出の時のみ出入りがある程度だ。
 外装は白一色。白い直方体が黙然と立ち並ぶそこは、一種、墓所のような雰囲気を持っていた。
 プラントの一つに寄り掛かるようにして座している彼の下には、血溜りができていた。
 それは、脇腹をはじめ数箇所の銃創から流れ出していた。
「気づいていたんだな。あれが身体の変化に伴うものだと。・・・・・いつかその変化が、周囲に察知されることも」
 一歩離れて立ち尽くしたまま、カヲルは感情のない口調で言った。
「まぁね。思ってたより、早かったけど。それに、今回はどっちかっていうと、MAGIへのハッキングがバレたのが直因なんだ。自業自得だね。弁解の余地がないよ」
「タカミ・・・・・・・」
「もうタカミじゃないんだ。理解っているんだろう?」
「・・・・・・・・・・」
「笑っちゃうよ、まったく。ひとつになったと思った。ずっとこのままいられるんじゃないか。そんな甘いことまで考えてた。・・・・・・とんでもないね。タカミの心も、身体も、記憶さえも喰らって、結局自身の破滅を導いただけだ」
 血に汚れた唇が、皮肉な笑みを浮かべる。
「・・・・・・私は<恐怖イロウル>だったんだよ。14年前から、ずっとね」
 カヲルは、もはや掛ける言葉を持たなかった。
 白い床に広がり続ける紅。その中に光るものを見つけて、カヲルは身を屈めた。
 ―――――コンタクトレンズ?
 赤く染まり、色が判然としない。だが、それが何であったのか、カヲルには見当がついた。・・・・・平生、タカミの虹彩を鳶色に見せていたもの。
「悪あがきだと思うだろう?・・・・・そんなものまでしていても、時に透過して見えたんだ」
「・・・・・・この国で、その目と髪は目立つ。だからだと思っていた」
 穏やかに、頭を横に振る。落ちかかる前髪を、これも赤く染まったてのひらでかき上げる。
 一部分だけが異様に赤い。・・・赤く染まったのだ。白・・・・というより銀色の髪が。
「”タカミ”は本来、黒い髪と鳶色の目だったんだ。・・・・・こうなり始めたのは、例の流血沙汰が始まった頃からさ。髪も目も、どんどん色が淡くなっていった。慌てたよ。・・・・・ったく、この年齢でヘアダイ買う羽目になるとはね」
 くっくっと、喉奥でくぐもったような笑声をたてる。
 笑いをおさめ、空を仰ぐ。
「それでも・・・まだ、諦めたくはなかったんだ。あともうすこし、このままでいたいって。ここにいたいって。莫迦だねえ。手が届くわけもないものを欲しがって・・・」
 暮れかけた空に白く浮かぶ月を、その双眸に映して静かに呟く。その言葉の意味を、カヲルは捉え損ねていた。父なる方の定め給うた運命以外の何かを、そこに感じたからだ。
 あるいは、それが彼をリリンたることに執着させた本当の理由なのかも知れない。あるいはそれが、本当にカヲルが知りたかったことなのかも知れない。
 あなたが欲しかったものって、何。カヲルが発しかけたその問いは、湿った咳に遮られた。
「さて。時間もない。・・・・・・・どうにも、手間ばかり掛けて悪いが・・・・・一つだけ頼みがある。この身体のひとかけらも、連中の手に渡らないようにしてくれないか」
「・・・・・・」
「”タカミ”は”タカミ”のままにしておいてやりたい。<榊タカミ・カーライル>の死は仕方ない、もう14年も前にあったことなんだ。だが、ここでこの身体が連中に渡ったら、タカミがタカミじゃなかったことにされてしまう。・・・・・そうなると、榊の父親にも悪いしな。・・・・・もう、タカミを自由にしてやりたい」
「…承知した」
 カヲルの返事は、淡々としていた。
「・・・・あなたの言いたいことはわかる。でも、どうしてそんな風に思うのか、わからない」
 彼はカヲルを見、そして笑った。
「それでもいいさ、ありがとう。遠路はるばる来てくれたってのに、ろくなことをさせなかったな。余計なことだが、君はもう少し笑った方がいいよ。そんな不景気な面ばかりしてると、綺麗な顔が台無しだ」

そして彼は、瞼を閉ざした。