終章 “Epilogue de These” A Part


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」


 二つの月が重なり合ったと見えた一瞬、閃光が闇を駆逐した。
だが、巨大な影がその光を遮る。二つの月を覆う永劫の闇は、皆既日食が見せるコロナにも似た環を浮かび上がらせた。発令所の誰しもが、その光景に目を奪われて立ち尽くす。溜息すら洩らす者もいた。
荘厳でさえあるその光景に、急激な動きが生じたのはその直後。
巨大な影は収斂をはじめ、橙赤色の雷をまとって更に縮んでいく。二つの月の姿をも呑み込んで・・・・
収縮はある一瞬で止まり、不安定な球体は不気味な振動を続ける。それを支えているのは、初号機だった。


終章 “Epilogue de These”
A Part

 咽喉を圧する血臭を押しこめて、タカミは静かに毒づいた。
「・・・・人間とは思えないくらい非道い人だってのは知ってたつもりでしたが、まさか本当に人間やめてたとは知りませんでしたよ」
倒れた建材に挟まれ、身動きがならないまま・・・・その男は銃をこちらへ向けていた。
「・・・・碇司令」
希薄な空気。およそ装備なしで人間が生存できる環境ではない。・・・・それでも生きているのは、やはり一度取りこんだアダムの細胞の作用か。
「空間を解放しろ。私はユイのところへ行く」
至極冷静に、ゲンドウは言った。だが、それがある間違った仮定の上に立った言葉であると気づいたタカミは、静かに首を横に振った。
「・・・・・僕に、こんな大きな空間を支える力はありませんよ。ターミナルドグマはただ形を保っているに過ぎない。崩壊は時間の問題・・・・行きたいところがあるんなら、止めやしませんから行ってください」
左肩の傷から手を離す。ともかくも、出血はおさまっていた。
ゲンドウを抑えつけている建材の山に近づくと、その一部に触れる。数秒で、積み重なった建材が砂となって崩れ落ちた。
「あなたを哀れむ事ができるほど、僕は人間ができてないのでね。身の処し方は自分で決めてください」
だが・・・砂にまみれ、それでも何とか身体の自由を取り戻したゲンドウが最初にしたのはその背に向けて発砲することだった。
澄んだ音がして、銃弾は橙赤色の八角形にはじかれる。
それでもタカミは加害者へ一顧だに与えようとはしなかった。ただ、汚れたコンソールに真っ直ぐに向かい、端末を起動する。
2発、3発。だが銃弾ははじかれ、タカミが振り返ることもない。
「保全されたルートのリストアップ・・・・発令所からの移動距離・・・・」
出血が止まったからといって、ダメージそのものが回復するわけではない。目がかすみ、指先は正しいキーを択びそこなう。それでも、作業を中断することはなかった。
「そこを退け」
「お断りします」
我ながら依怙地になってるな、と内心で苦笑しながら、視線は一桁にまで絞りこまれたルートを追っている。だが、その視界の隅で金属が鈍く光った。
「・・・・・・!」
振り下ろされた銃身は跳ね返ったが、タカミの身体も揺らいだ。辛うじて踏みとどまったが、結果としてコンソールを明け渡してしまう。しかしゲンドウはコンソールそのものには見向きもせず、壁面の赤いパネルを叩き割った。
とたんに、けたたましいアラーム音が鳴り響く。
音源そのものが既に損傷を受けている所為だろう。アラーム音は妙に捻れていた。だが、それよりも赤と黒の明滅を始めたディスプレイが示すものを知って、タカミは拳を固めた。
「・・・・・・・なんて事を!!」
かつて、カヲルがターミナルドグマに侵入した時。作戦部長葛城ミサトは最後の手段として本部爆破をも考えていた。結局その手段は使われることがなかったが、爆薬そのものはいまもこのターミナルドグマにある。・・・ゲンドウが押したのは、その作動スイッチであった。
ゲンドウは満足したように壁を背に座りこみ、眼前のLCLプールとその只中に聳える紅い十字架を見つめている。色の悪い唇がなにがしかの言葉を紡いでいたが、およそ聴き取れるものではなかった。
MAGIから命令を中止させようとしたが、キャンセルされた。どうやら、MAGIを迂回しても作動する類のシステムであるらしい。・・・・とすると、MAGIの自律自爆とは別の、もっと単純な爆破方法である筈だ。
10秒を切った画面を一瞥して、タカミは視線を転じた。
ターミナルドグマ。眼前のLCLのプール、そして紅い十字架。他には崩れた建材があるばかりだ。だが、ふと巨大なLCLプールに浮かんだ駆逐艦に目が止まった。
そう、何故こんなところに駆逐艦が浮かべてあるのだろう。リリスを抑えられる火力ではないのは明らかなのに?そして艤装すらされていない艦が、何故満載吃水線ぎりぎりまで沈んでいるのか?
積載されているのがもしN2兵器なら、ターミナルドグマどころか本部施設全体が木っ端微塵である。中心部、発令所はフォースチルドレンが守っているから破壊は免れるとしても、大気圏突入寸前に軌道を狂わされたら・・・・・・!
船内の起爆装置そのものを解除するしかない。だが、タカミがその結論に達した瞬間、駆逐艦は閃光と共に破裂した。

***

「ターミナルドグマに、N2兵器と思われる爆発を感知!・・・・・いえ、消失しました・・・・」
データの意味を理解できずに、日向の声がだんだんと小さくなる。上司がその報告に呼吸を呑んだのがわかった所為もあったであろう。
「・・・・軌道に、変化は?」
「ありません」
「・・・・では問題はないわ」
感情を押しこめる低い声。日向はそれ以上何も言えず、黙るしかなかった。
VANISHEDの文字を明滅させるディスプレイを見つめ、ミサトは唇を噛み締める。その拳は震えていた。
拳の震えをかすかに伝える肩に、そっと手が添えられる。加持であった。
「わかってるわよ、心配したってどうなるわけじゃないわ」
「葛城・・・」
「都合3回は死に損ねてるくらい往生際悪い奴が一緒だもの、きっと大丈夫よ。きっとね・・・・」

***

 消滅に向かう闇。だがその空間はひどく不安定で、カヲルとレイのコントロールを越えて存在しつづけていた。
キロメートル単位で開いた空間を、瞬時に閉じてしまおうというのだ。空間がバランスを失いかけたとしても不思議ではない。だが、今ここでこの闇を解放してしまえば、すべては水泡に帰す。
このまま消滅しようとする力と、逆に際限なく膨らもうとする力が拮抗し、周囲の空間すら捻じ曲げる。二人の力を以ってしても、現状を維持するのが精一杯だった。
そのとき、初号機が動く。
両眼が赫と光を放ち、その巨大な両腕で雷をまとう黒い球を抑えこむ。両腕の装甲の一部がはじけ飛び、頚部で重い音がした。
エントリープラグのオートイジェクションが作動しかかっている。
「・・・・・何を・・・・!」
カヲルが発した問いは、無論初号機の搭乗者ではなく、初号機の中にいる魂に向けられたものだった。おそらく、突然接続を切られた搭乗者からも同様の問いが発せられただろう。

 ――――――エネルギーは予測値を上回っています。空間の閉鎖に伴うオーバーフローは
閉鎖直後の空間を歪め、そこにあるものすべてを弾き跳ばすでしょう。
その前に、エントリープラグを射出します。
・・・・この子は、今の世界を是としたのだから。

 伝わってきた思惟は、ケイジで感じたそれよりもかなりはっきりとしていた。

 ――――――そしてあなたがたも、その形で存在ることを択んだ。
だから今は、あの惑星ほしへお帰りなさい。

「・・・・・あなたは・・・あなたはどうする?」

 ケイジでも発しかけた問い。だがその答えを、カヲルは既に知っていた。・・・・知っていたが、訊かずにはいられなかった。

 ――――――ヒトはあの惑星でしか生きていけません。でも、エヴァは無限に生きていられます。
例え50億年たって、地球も月も、太陽すら消滅しても残ります。
それはとても寂しいことだけれど・・・・・たったひとりでも、生きて行けるなら

「『ヒトの生きた証』・・・・・・」

 いっそ痛ましいほどの表情で、カヲルは呟いた。レイが声もなく落涙する。

 ――――――あなたがたには、いつか会うこともあるかもしれない。
そのときにはまた、ヒトの歴史を聞くこともできるでしょう。
この子が残す足跡も・・・・・・

『母さん!母さん!?』
シンジの惑乱が、ノイズを圧して伝わる。
特殊装甲が脆い鱗同然に剥がれ、吹き飛んでいく。吹き飛んだ装甲は圧壊したあげく塵芥と化し、次々と消滅した。
エントリープラグを覆う装甲の一部も剥がれ飛ぶ。オートイジェクションの作動を待つまでもなく、プラグは放り出されようとしていた。
もはや一刻の猶予もないのは明白であった。
「・・・・・レイ」
レイが頷いたのと、オートイジェクションが働くのが同時であった。
カヲルが槍を投じてエントリープラグを捕捉する。二人がエントリープラグに追いついた時、後方でひとつの世界が閉じた。

***

 トレースの結果、α-EVAに侵入したのはSEELE-01・・・・・キール・ローレンツ議長と出た。
かつては世界を裏から掌握したゼーレ、そのトップまで務めた男の最期としては些かあっけなさ過ぎる。だが、それは厳然たる事実だった。
いくら身体を機械化し、余命を伸ばし、その精神はネットを掌握したとしても・・・身体が滅びてしまえば幽霊と同じ。記憶や明確な意思を失い、知性のかけらもなくしてのたうち回るα-EVAの狂態は、タカミを暗然とさせた。
一つ間違えば、明日は我が身だからだ。
プリブノーボックスにあった本体を吹き飛ばした今、脆い現在の身体を失えば今度こそ存在自体が危うくなる。かつてはMAGIとの共存という形で殱滅を免れたが、もう一度使える手段とは限らないのだ。
・・・まさに自業自得だから、誰を恨むこともできないが。
『あ、まだ生きてるのか』
些か緊張感に欠ける感想と一緒に、まず意識を刺激したのが血臭だった。
やだなあ。もうたくさんなのに。
そんなことを考えながら目を開けた時に真っ先に視界に入ったのも、やはり紅。冷たい床の上に広がる血の紅であった。
「なんだか、こんなのばっかりやってるような気がするな、僕は・・・・」
終いにはぼやきが入るが、ともかくも身を起こして辺りを見た。本部内の通路であることは間違いないらしいが、正確な位置が掴めない。
爆発した駆逐艦はターミナルドグマごと他の空間に転移させたが、無論タカミもそれに付き合うほどお人好しではなかった。しかし、さすがに時間も余力もなかった所為で、座標もいい加減なままに跳んだのだ。宇宙空間にいきなり放り出されなかっただけでも重畳というべきだった。
とりあえず、爆発による軌道への影響は免れたようだった。微細な振動が続いていたが、もしバランスを失っていればこんなものでは済まないだろう。
立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
ターミナルドグマがどこへ転移したのか、実際のところタカミにもわからない。とにかく、地球とその重力圏に干渉しそうな場所でなければ何処でも良かったから、かなり遠くであることは確かだ。
駆逐艦が発する閃光を、雲間から漏れる陽光を仰ぐような穏やかさで見つめていた男の行方も、また知れぬ。・・・・知りたいとも思わなかったが。
振動を続ける壁面や天井から、建材の破片が落ちてくる。それらを避けながら歩くのも、今の彼には少々難儀ではあった。左肩の傷は塞がっていたが、左腕にまだあまりまともに力が入らない。失血の所為かひどく眠くもあった。
そんなわけで彼がその壁に槍を打ちこんで破砕したのは、特に根拠あってのことではなく、さしあたって進路を塞がれたからに過ぎなかった。だが、入りこんだ通路に存外濃い酸素が残っていることに気づいて、急遽入ってきた穴を塞ぐ。
槍をしまって左右を見ると、一方は崩れた建材で埋まっていたが、もう一方は埋まらずに残っていた。ただ埋まっていないというだけで、真っ直ぐに歩くには少々困難なほどに建材が積み重なっていたが。
だが、その建材の隙間に白衣を見た気がして、彼は足を速めた。
そして通路に立てかけるようにして剥落したケーブル函の後ろへまわりこみ、深く吐息する。
ケーブル函の陰、落下した建材の隙間に丁度挟まるようにして、リツコが横たわっていた。
小さな擦過傷はいくつかあるが、致命傷になるような大きな外傷はないようだった。おそらくは彼女が倒れたあとにこのケーブル函が落ちたため、ケーブル函が上手く遮蔽物となって他の落下物から守られたのだろう。髪は土埃にまみれ、いつもは清潔な白衣も同様。だが、低酸素血症の兆候はなかった。
「・・・・・ごめん、遅くなって」
積み重なる建材を砂に変えて吹きはらい、傍に膝をつく。金色の髪にまつわる土埃や小石をそっと手で払った。
「MAGIの自律自爆を、直結回路を持っていたカスパーを説得して止めさせたのは僕だ。赤木博士は、決してあなたを裏切ったわけじゃないよ」
擦り剥いた額に指先を留める。指先が淡く発光し、見る見るうちに傷が塞がった。
「ただ、もう一度逢いたかった。暗い水の底で、多分それだけが僕を繋ぎとめた。・・・・多分、その想いがなければ・・・父なる方の定めた命数に逆らってまで、生き延びようとは思わなかったんだ。
生き残ることがあなたの本意ではなかったとしても・・・僕はあなたに生きてて欲しかった。あなたに、自分自身が無価値だなんて思って欲しくなかった。
・・・・だから、混乱してるって承知の上で、計画にまきこんだんだ。こんなことになってしまって・・・・本当に、ごめん・・・・」
抱え起こしたとき、金色の髪に絡む黒ずんだ赤に気づいて慄然とする。・・・だが、それはタカミ自身の袖を重たいほどに濡らしていた血糊であることに気づき、造作に似合わぬ乾いた笑いをした。数秒で袖を乾燥させ、ようやく感覚の戻ってきた左腕とで抱き上げる。
金色の髪がゆらめいて、タカミの頬をくすぐる。だが、その感触がもたらしたのは胸に刺さる痛み。
「必要なのは優秀な科学者としてのあなたじゃないって・・・・言えたらよかったのかな・・・・・・」
振動が強くなる。崩壊が本格化しているのがわかった。おそらく、もう大気圏へ突入をはじめている筈だ。
しかし、出血は止まっているというのに・・・この眠さは一体どうしたことだろう。
不吉な眠気を振り払って、未だ開かぬ双眸へ語り掛ける。
「長居は無用だね。少し気持ち悪いかも知れないけど、我慢して。・・・・・・すぐ、帰れるから」
タカミの背後に、翼にも似た闇が広がった。
急速な温度上昇に、一挙に崩壊が進む。大きな破片がケーブル函を押しつぶした時、タカミは既にその翼の内に身を投じていた。

***

 何を思ってターミナルドグマへ向かったのか、確たる記憶があるわけではない。
何かを失いそうな予感に急き立てられたといえば、そうかもしれない。だが、行ってどうするつもりだったのかと自問すれば、解答を導くことはできなかった。
穏やかな波の中で、微睡むような感触。その安寧の中から、突然放り出されたような浮遊感に思わず身体を硬くした。手に触れるものにしがみつき、すんでのところで声をあげそうになる。
「・・・大丈夫?」
リツコの視界に入ったのは、消えてゆく闇の翼と銀の髪を透過する陽光。そしてセレストブルーの空。
「・・・・・・榊・・・・君?」
そのとき、自分のおかれている状況に気づいて思わず身動みじろぎする。
「ごめん、もう少し大人しくしてて。・・・・・今飛び降りたら、危ないし」
笑いを含んだ声に促されて下を見る。足下50mに広がる白い砂漠の他、見えるのは青い空ばかり。
「ここは・・・・何処なの?」
「かつて第三新東京と呼ばれた都市があった場所だよ。リリスの卵が浮上した時に、今度こそ壊滅したけど」
流石に、返す言葉がなかった。
双方押し黙っている間に、彼はゆっくりと白砂の上に降り立ち・・・・・リツコをそっと降ろした。
リツコは茫漠たる白の中に立ち、数歩を踏み出して暫時呼吸を呑んだ。第16使徒の時の爆発など、これに比べればまだ生易しかったのだ。
芦ノ湖すらも一瞬にして干上がったか、影も形もない。
「・・・・・直径数十キロメートルに及ぶ巨大なカルデラの内側がすべてこの景色だよ。・・・・・芦ノ湖は干上がったみたいだね。ここは海抜零メートル地帯だけど、爆発で生じたカルデラの外輪がかなり高いんで、水没は免れてる・・・いまのところは」
いつか波や風の干渉を受け、脆い部分が崩壊すれば・・・ここは海になるだろう。
タカミはゆっくりと融解したビルの残骸に背を凭せ掛け、意を決するのにいくばくかの時間を要してから・・・・やや俯き加減に口を開いた。
「あなたにひとつ、謝らなきゃならない・・・・・」
「わかってるわ」
タカミの言葉を、リツコはそういう科白で遮った。
「・・・・・あのひとは、ユイさんの処へ行ったのね。わかってるの。誰にも、止める事なんてできなかったのよ。況して、私が行ったってどうしようもなかったの・・・・・・・」
それは、彼女なりの確認の手続きであったのかもしれない。リツコは何かを払うように一度目を閉じ、そしてゆっくりと振りかえった。
「・・・・・・・それでも、捜しに来たのね。人がいいにも程があるわ。第三新東京市この街で・・・あなたを死に追いやったのは、私なのよ?」
科白の一種自虐的な響きを、タカミは穏やかに笑殺した。
「あなたには守るべきものがあった。・・・・・・当然の事だよ」
守ろうとしたものは幻想だった、と言おうとした。が、それも今更どうでもいい事のように思えて、口を閉ざす。ややあってリツコが口にしたのは、別の事だった。
「無茶ばかりするのね・・・・・・・ATフィールドに不可能はないって思ってる?・・・・それとも単に無謀なの?」
言葉の後半は、やや目を伏せている。だから、彼女は気づかなかった。ビルの残骸に凭せ掛けたタカミの身体が、少しずつ傾いている事に。
「多分、後者だろうね・・・・」
タカミは苦笑して、ゆっくりと腰を下ろしながら言った。・・・というより、壁に縋りながらずるずると座りこむというほうが当っていた。
灰白色の乾いた壁に、赤黒い軌跡が残る。
「ただ、ATフィールドは恣意的に行使できる範囲に差はあるにしても、皆にある力なんだ。・・・・・・でも、一番大切なひとに・・・・・一番大切なことを伝える事もできない程度の力でしか・・・・ないよ。
―――――リツコさん、僕はね・・・・・・・」
緩慢になってゆく言葉が、不意に途切れたことでリツコは顔を上げた。
乾いた砂の音と共に、タカミの身体が砂の中へ倒れていくのを見ても、一瞬その意味を理解しそこねた。

 まとめていた紐が解け、色の淡い髪が同色の砂の上に広がる。閉ざされた緑眼と蒼白な顔・・・・・・。

「・・・・・榊、君・・・・・?」