「one summer day」これにて終幕。

 夏の初めに水族館に行く機会がありまして、水底の雰囲気にどっぷりと漬かって来ました。
 好きです、水族館。涼しいし、直射日光に晒されずに済むし(笑)何より、水の中の雰囲気ってやつが、柳は大好きなのです。いや、まかり間違ってもこの柳、泳ぎが達者なわけではありませんが。
 そんなわけで、突如として水族館絡みの話が書きたくなりました。ええ、他に動機はございませんとも。
 水族館というやつは、概して観客が通る場所というのはわりあい暗めになってまして(魚に対するストレスを軽減するためでしょうか)、ダウンライトで所々照らしてある。かように明暗の対比がある空間…こんな舞台に立たせられるとしたら…カヲル君を除けばやっぱりイサナくらいでしょう。そんなわけで今回はイサナの話。
 アルビノのバンドウイルカ、アンフィトリテ。その昔イサナと接触することでいろいろ読み取ってしまい、普通のイルカとはひと味違うイルカになってしまいました。イルカの寿命は30年から70年と諸説紛々。一番長生きな説を採ってもそろそろお灯明な筈のアンフィ。ちょっと体調不良でふらふらしてたらうっかり人間に保護されてしまいました。
 偶然にそのニュースを聞いたイサナは自分の能力に気づくきっかけになったアンフィじゃないかと思って、なんとなーく水族館に足を向けてみたら…やっぱりそうだった。でもアンフィが、イサナ自身はとうの昔に放り出してしまった疑問と向き合いながら生きてきたことがわかって、なんとなく引け目というか負い目みたいなものを感じてしまうのです。
 そこで逃げてしまうのでなく、「なにやら疲れる」とか言いながら真面目に通い詰めてしまうのがイサナなのですね。
 それを知った紛うことなきお節介&お人好しのタカミ君がせっせと暗躍して、周囲を巻き込みお姫様救出大作戦を展開したというのが今回の話。…その割に今回もろくな目に遭ってませんが。まあいいでしょう、本人満足してますし。
 それを、外面はいいけど実は相変わらず他者との付き合い方に戸惑い続けているカヲル君が静かに成り行きを見守ったというところですね。

 使徒連中が高階夫妻に連れられて日本に来たのは戦争が終わって何年か経った頃のようですが、戦時中日本近海には結構な数の機雷がばらまかれ(米軍が日本国内の物流を阻害するために撒いたやつもあれば、日本軍が敵の侵入を阻止する目的で撒いたのもあるそうな)その撤去作業にはかなりの年数と労力を要したようです。だから史実として、民間の引き揚げ船がその機雷に引っかかる事故もありました。しかもヤミ切符が横行してて明らかな過積載の船も多かったことから、事故によって夥しい犠牲者が出たとか。ユカリちゃんの台詞にある「ちゃんとした船」はここら辺を下敷きにしています。
 近いところで九州と本州を隔てる関門海峡の海底にはいまでも相当数の機雷が眠っているらしく、この話を書いている間にも、底引き網漁船の網に不発の機雷がひっかかったというニュースが流れました。怖い話です。

 今回のタイトル「one summer day」は杉山清貴さんの「MY SONG MY SOUL」より。年季のいったカップルの穏やかな休日、という感じの素敵な曲です。しっとりしてるのにとても爽やかなイメージは流石。聴いててああ、こーんなしっとりしたラヴストーリーが書けるようになりたいなー…と、心から思うのですが。柳が小説にしようとすると恋の語らいではなく禅問答になってしまうのだからどーにもなりません。日暮れて道遠し。

 D’ou venons-nous? Que sommes-nous? Ou allons-nous? は、ゴーギャンの絵のタイトルですね。
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という問いは、古今東西にありますが、敢えてフランス語を持ち出したのは…紛れもなく構成上の都合です。ああここでもやりたい放題。イサナがユーリと呼ばれていた頃、研究所に連れてこられる前は内陸部にいたのですが、ドイツ内陸部も西寄りになるとフランス領になったりドイツ領になったり忙しい土地柄1ですから、フランス語が達者でも不自然じゃないよなー…などと手前勝手な理屈をこねてみたり。

「書きたいものを、書けるだけ」というのが千柳亭書房うちのスタンスでございます。相変わらず無節操にやりたい放題で申し訳ありませんが、これからも何卒よろしくお願いいたします。

2019.9.28

千柳亭春宵 拝

  1. 忙しい土地柄…アルザス・ロレーヌ地方といえばご存じのかたもあるはず。アルフォンス・ドーデの短編「最後の授業」が実は盗っ人猛々しい背景を持つオハナシだった、というのを聞いたのは…世界史の授業でした。今思うとなかなかに愉快な先生だったなぁ。