「・・・ずっとふたりで、一緒にいよう」

「・・・・ふたりじゃなくても・・・いいよ?」


Senryu-tei Syunsyo’s Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「I wish your happiness Ⅷ」

Holy Night Tears

『クリスマスの精霊のご加護がありますように・・・』
 タカミがそんな科白とともにカヲルの危なっかしい後姿を見送ってから、三度目のクリスマスが訪れようとしていた。大通りにはクリスマスソングメドレーが流れ、ショーウィンドウもクリスマス一色。
「早いもんだねえ・・・」
「え、なぁに?」
「いやなに、こっちのこと」
 レイが両手に提げた袋の中は、色とりどりのオーナメントやキラキラ光る包装紙。スキップしかねない足取りだが、食料やシャンパンを両手に提げているタカミのほうはそうもいかない。だが、パーキングまでさほど距離があるわけではなかったし、ウィンドウショッピングかたがた歩くことになったのだった。
「本当にごめんなさいね、重いものばっかり・・・」
「いーのよ、こういうときのための男手なんだから。あ、お酒だけなら持ったげてもよくってよん♪」
「折角ですが遠慮しますよ。葛城さんに持たせたら家に着くまでに一本残らず空になりかねないし」
「あらやだ、信用ないわねー」
 ミサトは眉を顰めたが、リツコが大真面目に言った。
「ミサトの場合、満更誇張にならないから・・・」
「あんたら・・・。ちょっと、すましてないでなんとかフォローしようって気はない訳?」
 俄かに話を振られたのは荷物持ちその2、加持である。・・・が、そこは慣れたもの。
「ささ、早いとこ帰ろう。留守番が待ちくたびれてるぞ」
 露骨に話を逸らした格好だが、正論なので誰も文句をさしはさんだりはしなかった。これだけの人数が集まるクリスマスパーティなど、数年ぶり。大勢集まるのはいいが、準備がそれなりに大掛かりになる。
「おチビちゃんと一緒になって半べそかいてたりして」
 ミサトなど想像したらしく、くすくす笑い出す始末。
「・・・なんだか心配になってきちゃった」
 茶化した手前、ミサトが慌ててフォローする。
「やだレイちゃん、冗談だってば」
「大丈夫よ、オムツやミルクは一通り説明してあるんでしょ?」
「それはそうだけど・・・」
 リツコの言葉にも、今ひとつ安心できないらしい。そわそわし始めたのに気づいたタカミが、ポケットから車のキーを引っ張り出した。
「ひとっ走りして、車をこっちに回そうか。その方が早そうだしね。そういうわけで加持さん、荷物よろしく」
「あっおいちょっと待て!」

*◇*

 果たして、家では泣きそうなカヲルが大泣きの赤ちゃんを抱えて待っていた。
「あー、泣いてる泣いてる」
 ガレージから出るが早いか、テラスへ駆け込むレイ。
「うーん、盛大だわねー」
 見送ったミサトが苦笑する。テラスとガレージを隔てる植え込みを突き抜けて聞こえてくる泣き声は、元気はいいもの切羽詰まっている様子だ。宥めるカヲルの困惑が目に見えるようだった。おまけにレイが入って行ったあとも、泣き止む様子がない。
「何かあったのかしら」
 荷物でいっぱいのトランクを開けたリツコが言うと、タカミは笑ってその荷物を引っ張り出した。
「大丈夫でしょ。とりあえず、この荷物を片付けてしまおうよ。いくら冷蔵庫みたいな気温でも、アイスケーキが融けてしまうよ」
 暢気なものである。しかしレイが一足先に駆けつけている以上、確かに他の大人がどやどや押しかけて何ができるわけでもない。納得したミサトが荷物を手伝い始める。
「それにしても、赤ちゃんの泣き声って人を浮き足立たせるわよね。親じゃなくても行ってあげなくっちゃって思っちゃう」
「赤ちゃんはものを言う代わりに泣くわけだからね。おまけにちゃんと言葉で伝えることはできないから、さしあたっては呼び立てなきゃならない。さても、神様はうまくしたものさ。
 ・・・さ、入ろうよ。ホワイトクリスマスもいいけど、こう寒くっちゃ風邪ひきそうだ」
 昼過ぎなのに夕刻のような暗さの空から、白いものが舞い始めていた。

*◇*

 買い物を片付け終えてみても、やっぱり泣き声はやまない。さすがに様子を見てこようということになり、先陣を切ったミサトが最初に発したのは無遠慮な笑声だった。笑声ばかりで一向に状況が伝わらないので今度はタカミとリツコが行ってみると、大泣きの赤ちゃんと半泣きのレイとカヲル、大笑いしているミサトという構図が展開していた。
「おーい、大丈夫かい?」
 この状況をみて、大丈夫も何もあったもんじゃないでしょ?とリツコがツッコミを入れる前に、タカミは騒動の張本人をそっと抱き上げた。
「さーて、何かなー?」
 両親譲りの白い頬を真っ赤に染め、顔をくしゃくしゃにして四肢をばたつかせている。抱き上げられて一瞬は泣き止んだが、さらに声を高くして泣き始めた。
「カヲル君、ミルクあげたのはいつ?」
「一時間程前だよ。それまで機嫌よくしてたのに、いきなり泣き出すから・・・。全部飲んだのに、ぜんぜん泣き止まないんだ。具合が悪いのかな・・・」
 この時の、カヲルの情けなさそうな表情ときたら。ミサトが爆笑するのもむべなるかな、とタカミは笑いをこらえて心中ひとりごち、赤ちゃんをカヲルの腕に返した。
「ずばり、オムツはキレイだっただろう?」
「何でわかるの!?」
 レイとカヲルが目を丸くしたとき、オムツの中で泡のはじけるような可愛い音がした。そのあとでふう、とため息をついて赤ちゃんは泣き止んでしまう。
 水を打ったようなリビングの静寂を破ったのは、タカミだった。
「出すものが出せなくて焦れてたんじゃない?ミルク飲んだ後によくあるんだよね、そういうの。縦だっこしてやると、出やすいこともあるらしいけど。なんにしても、よかったよかった」
「よかないっ!知ってたら早く言ってよ!!」
 一同の笑声の中、安心の反動でカヲルの声がつり上がる。
「ほらほら、怒ってないではやくオムツ替えたげなきゃ。今の音は、オムツカバーまでいっちゃってるよ?」
 握り締めた哺乳瓶を投げつけかねない勢いに、タカミが早々にキッチンへ撤退する。
「きゃ、カ、カヲル!腕、腕!」
「え?・・・わぁっ!」
 クリーム色のドレスオールの裾が、じわりとベージュに染まっている。それはもちろん抱いているカヲルのシルバーグレイのセーターにも・・・
「オムツと着替え取ってくるっ!」
 レイが弾かれたように立ち上がる。外は本格的な雪になりかけていたが、リビングは暖房の恩恵によらざる温かさに満ちていた。

*◇*

「Merry Christmas!!」
 キャンドルの灯りがクラッカーの快音とともにシーリングライトに切り替えられ、シャンペングラスの触れ合う音がパーティ会場を軽やかに駆け巡った。
「いやもう、あのときのカヲル君の顔ときたら!あんたにもみせてあげたかったわよぉ」
 早くも出来上がっているミサトは、グラスを合わせる人ごとにその話。おかげでカヲルは会場の隅で小さくなっていなければならない始末である。
「カヲル君も気の毒に。よりによってえらい人に見られちゃったもんだねぇ」
「気の毒に・・・当分言われるね、あれは」
 満腔の同情を載せて、シンジが小さく吐息した。タカミがグラスを揺らして微笑う。
「まぁまぁ・・・そうやって皆、成長するわけだから」
「・・・時々思うんですけど・・・榊さんって、人生一度すべて通り抜けてきたみたいな言い方しますよね」
「あのね、碇君・・・」
「あ、それ私も時々思う。なんだかちっとも歳とらないし」
 ブッシュ・ド・ノエルを切り分けながら賛同したのはレイだった。少なからず傷ついたようにタカミが項垂れる。
「僕っていったいどーいう目で見られてるんだろう・・・」
「やだ、悪い意味じゃないのにー」
「そういうレイだってちっとも『ママ』っぽくないわよ?」
 こちらはリンゴのコンポートをつつきながらのアスカ。一瞬、うたた寝している間に鼻を引っ掻かれた猫のような表情で固まったレイだったが、俄かに手近な飲み物をつかんで立ち上がった。
「あ、あはは・・・貫禄つくまでにはまだ時間がかかるみたい。あ、カヲルったらホストのくせにまだあんな隅っこでへこんでる。ちょっと引っ張り出してくるねー♪」
 くるりと身を翻し、カヲルのもとへ走っていく。
「ははん、いっちょまえに照れちゃって」
「でもなんだか・・・・レイちゃんが『ママ』ってのはともかく、あの・・カヲル君が『パパ』かぁ・・・何とも言えないなぁ」
 しみじみと呟いたタカミに、リツコが珍しく茶々をいれる。
「あら、なぁに?年寄り臭いわね」
「姉さんの代わりにオムツまで替えた身の上としては、感無量でね」
「そういえば榊君って、十代前半で『叔父様』だったのよねぇ」
 いきなり会話に割り込んできたのはミサト。
「オムツって・・・カヲル君の?」
 シンジがきょとんとして問い返す。
「他にいないでしょ」
「・・・カヲル君が勝てない訳だぁ・・・」
「いや、そういうところで納得されても困るんだけど・・・」
 タカミが苦笑する。
「それにしても早いもんよね。あれからもう2年も経っちゃったのか」
「カヲル君のプロポーズから?」
「榊君が原稿落として私の企画をおシャカにしてから」
「うわ、葛城さんってばそれは言わない約束・・・」
 タカミの静かな狼狽をミサトが笑い飛ばす。
「・・・それにしても聞いてみたかったわ。カヲル君のプロポーズの台詞」
「うーん、レイを問い詰めてもなかなか口割んないのよね」
 大きく吐息して、アスカがコンポートを頬張った。

*◇*

「カヲルったら、それでかくれてるつもり?」
 目立たないようにしているつもりでも、それが叶わない容姿というのは存在するものだ。キール・ロワイヤル註1)の入ったシャンパングラスを差し出して、レイは笑った。
「別に、隠れてるつもりなんて・・・」
 ばつが悪いというより照れくさいのかもしれない。カヲルもピルスナーを差し出し、軽く触れ合わせる。
「あれから2度目のクリスマスだなんて、なんだか信じられないよね」
 そっと寄り添って、レイはクリスマスツリーを見上げた。
「そうだね、なんだかあっという間だったような気もするし、ずいぶん長い間だったような気もするし・・・」
「私にとってはあっという間だなぁ。去年が去年だったもの。2年が1年ぶんくらいに思えて・・・」
「去年のクリスマス頃って、レイは悪阻の真っ最中だったからね」
「カヲルも一緒に青い顔してた」
「そりゃ仕方ないよ。レイが吐き気で目がまわるとかいって全然起きられなかったし、食べないし飲まないし・・・それでも嘔吐がとまらないから、脱水起こすんじゃないかと思ってはらはらしてたんだから」
「だから野菜ジュースばっかりしつこく勧めたんだぁ」
 カヲルのグラスの中のレッド・バード註2)をこつんと指先でつつく。
「リツコさんに、『吐く物がないと食道が切れるわよ』って脅されたんだ・・・。結婚して初めてのクリスマスが、ケーキもシャンパンもなしとは思わなかったなぁ」
「あはは、ごめんね♪」
「謝ることなんて何もないよ」
「ううん、そのことじゃなくて・・・その前のクリスマス」
「え?」
「カヲルが真面目に言ってるのに、茶化しちゃって」
 こころもちうつむいたレイの髪を、くしゃりとやって笑った。
「あはは・・・躱されたかと思って、ちょっと焦ったな」
「うれしかったけど、なんて答えたものか一瞬わかんなくて・・・・。茶化すつもりじゃなかったんだけど・・・なんだかとんちんかんなこと言っちゃった」
 グラスを揺らしているうちに取り落としそうになり、慌てて残りを呷る。
「・・・でも、言葉どおりになったね」
 カヲルが視線を投げたツリーの向こう側。揺籠の中で、昼間はカヲルたちをてんてこ舞いさせ、先刻まで来客たちに全身で愛嬌を振りまいていた赤ん坊が眠っていた。
「早速、ふたりじゃなくて三人になった」
「うん・・・」
 レイの頬が赤くなったのは、グラス半分のキール・ロワイヤルをなかば一気呑みしてしまった所為だけでもなかっただろう。それを誤魔化すように、揺籠へ歩み寄る。
 声をかけたわけでも、揺籠を揺らしたわけでもないのだが、赤ん坊がふと目をあけた。レイを認めたか、満面の笑みを湛えて手足をばたつかせる。
「はーいはい。だっこの要求?」
 それに応えてレイが抱き上げると、覗き込んだカヲルの頬を機嫌よくぺたぺたと叩く。
「ふたりより三人。三人より四人。四人より五人。いいじゃない、家族は多いほうが楽しいもの」
「・・・そうだね・・・その通りだ」
 カヲルがグラスを置いて、二人を包み込む。

 「Merry Chritmas・・・素敵なクリスマスに、乾杯」

Merry Christmas!!

――――Fin


※1キール・ロワイヤル・・・シャンパンとクレム・ド・カシスのカクテル。当然だが某議長とは関係ナシ(^^;

※2レッド・バード・・・ウオッカ+ビール+トマトジュースのカクテル。ビール+トマトジュースで「レッドアイ」というカクテルもアリ。ビールとトマトジュース!?というと違和感を覚える向きもあるかもしれないが、柳的にはなかなかいけた。(<アンタは酒なら何でもいいんだろう、というツッコミはご勘弁)


後書き、らしいもの


 おかげさまで50000Hit!
 いつの話だ、というツッコミはご勘弁いただくとして、これがUpされたのはひたすら「続きが読みたい!」とおっしゃってくださったか方々のおかげです。Hit記念&謝恩というにはあまりにも時期外れになってしまいましたが、「カヲル君のプロポーズの行方が気になる!」とのお便りをいただき、欣喜雀躍、赤子を背負って更新かけた次第であります。ご笑覧いただければ幸い(^^)

 その挙句がこれかいっ!というお言葉もごもっとも。相変わらずタカミ君は出張るし(<いや、実に動かしやすいもので・・・)妙に酒の描写だけ細かいし(<現在、訳あって酒をすこし控えているので鬱憤が・・・)カヲル君は親莫迦全開だし(<イメージ崩れたという方、ごめんなさい)砂糖菓子のシロップ漬けチョコレートトッピング120%だし(<既にして意味不明・・・)やっぱり柳らぶこめは少々荷が重いようです(^^;

 前にも書きましたが、らぶこめなんぞ「一生やってなさい!」的なネタをいかに退屈させずに料理するかにかかっていると思います。皆様のお気に召す料理になったことを祈りつつ・・・

 ご意見・ご感想をお待ちしております(^^;

2001,12,21