呪文-CHAOS  WORDS-

Full Moon

Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅴ)
SLAYERS FF「CHAOS WORDS」


だって僕、魔族ですから。


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room (Novel-Ⅴ)
SLAYERS Fun Fiction
呪文chaos words

「・・・あのう、そろそろ出していただけないでしょうか」
群狼の島。およそ人の立ち入る場所ではないが、そこにただ一つ佇立する広壮な館は、落ち着いた雰囲気ながら王侯の居館とまがうばかりの内装が施されている。
上品な絨緞が敷かれた館の主人の居室。黒檀の猫脚テーブルには、湯が注がれたばかりの紅茶セット。テーブルの両側には、対になった肘掛け椅子と長椅子。
今、長椅子に座を占める者はいないが、代わりに掌を広げたほどの小さなクッションが置かれている。クッションの上に据えられた深い青紫の宝珠は、よくよく注視すれば僅かに浮き上がっているのがわかったであろう。幾分情けない調子の声は、どうにもその宝珠のあたりから発せられたようである。
「・・・あのう、獣王様?」
「駄目」
砂時計の砂が落ちきったのを片目で眺め、獣王グレーター・ビーストと尊称される館の主人、ゼラス=メタリオムは天鵞絨ビロード張りの肘掛け椅子から僅かに身を起こすと、ティーポットからストレーナーをひっぱり出しながら厳然と宣告した。
「・・・ってそんな、子供がお小遣いねだってるんじゃないんですから。もう大丈夫ですって」
「・・・でも駄目」
低い声が孕む静かな怒気に、気配が明らかに怯む。クッションの上からひょいと拾い上げられた宝珠の中で、青紫が揺れた。
「わたしがあれほど気をつけなさいって言ったのに」
「・・・でも、一応ご命令は果たせたわけですしぃ・・・」
「・・・ゼ~ロ~スぅ?」
控えめな反論は、大型肉食獣をも睨み殺しかねない眼光で報われる。魔王とその腹心を除けば並ぶ者がない、といわれた獣神官が、宝珠の中で身を竦めた。こういうときの主に逆らってはいけない。
繊細だが強靭な指先の、緋に彩色された爪が宝珠を突つく。
「もう少しそこで頭を冷やしなさい。お遊びがいけないとは言わないけど、度が過ぎれば身を滅ぼす。・・・わたしには獣神官おまえしかいないけれど、おまえだけがいればいいの。こんな莫迦なことで滅んだりしたら、赦さない」
そう言って、いつもは彼が淹れる紅茶を手ずから注いだ。すこしばかりストレーナーを上げるのが遅かった分、濃すぎたんじゃないかなぁ・・・と危惧した矢先、一口含んだ主が眉を僅かに顰めるのが見えて、彼は無駄と知りつつ面を伏せる。
「はい、すみません・・・」
・・・涙が出そうなくらい有難き御諚なれど、僕は別に遊んだわけじゃないんです。
では何故、獣王の機嫌を損ねるほどのダメージをくっての帰還となったのか。それは、今のところゼロス自身にも理解っていない。つまるところ、それが「頭を冷やせ」ということなのだろうか。
『フィブリゾの件にしろ、ダークスターの件にしろ・・・お前ともあろう者が、あの娘リナ=インバース絡みとなるとどうにも怪我が多い』
今回の命令を受けたとき、出掛けに主からそう言われ、ゼロスは苦笑するしかなかった。
怪我、というのはこの際ものの譬えではあるが、魔竜王をつつき出す筈がまともにやり合う破目になり、片腕を斬り飛ばされて精神世界アストラルサイド への撤退を余儀なくされたり、ダークスターと融合したヴァルガーヴにあやうく扼殺されかかったのは事実なのだから仕方がない。その挙句、今回このていたらくでは。
ただ・・・今回もそうだが、本来ならば「もっと上の方々」が出張ってもおかしくない状況だったわけで、この際リナ=インバースとは無関係ではあるまいか。
宝珠を長椅子の上に放り投げ、多忙な上司が片付けもそこそこに館を出てしまったあと。ポットとカップの茶渋が気になりはしたものの、片付けたくても手を出せる状態ではないということを再確認してしまったので諦めた。
代わりに、宝珠の裡に広がる夜明け前の薄闇に似た安寧に身を浸す。
そして、(あるじには申し訳ないことに)このままでは眠ってしまいそうだ・・・と思いつつ、宝珠と同じ色彩の双眸をゆっくりと閉じながら自問してみた。

 ・・・さて、どうしてなんでしょうねぇ。

***

 魔族。
完全なる秩序に満ちた無を望み、世界を滅ぼしたその後は自分達をも滅ぼして、世界ごと混沌へと還ることを望む者。
存在し続けることを望む者=生者とは、決して相容れない。

 それが、“常識”というものだ。

***

 ・・・何をやってるんでしょうね。僕は。
紅い暴風が砂塵を巻き上げ、崩れゆく建造物は灼熱した飛礫つぶてとなって万物に容赦なく撃ちかかる。赤法師レゾとともに封じられていた魔王の欠片が目を覚まし、暴れ始めてからさして時間は経っていない。正体を見極めたら、早急に決着かたをつけてしまわなければならなかった筈なのに・・・うっかりこの始末である。
・・・まあ、全魔力をまともに注ぎ込んで叩いてみても、ほとんどダメージを与えられなかったのだ。ほかにやりようがあったわけでもない。最初から、理解っていたのだ。自分がまともに攻撃したところで、それは確認手段であって任務を全うする手段にはなり得ないことくらい。
世界の魔王ダークロード赤眼の魔王ルビーアイシャブラニグドゥ!

 ・・・無茶苦茶だ。
神官衣のポケット全てをひっくり返しても、革鞄を逆さに振っても、現状を何とかできる切り札ジョーカーなんて出てくるわけがない。しかしこれが任務しごとだから、逃げるわけにもいかない。
僕は、そう造られた存在ものだから。
…ただ、ポケットの中にはなくても、在り処がわかっていればやりようはある。
「ゼロス、あんた・・・・!」
僕の頭上から降ったその声は、わずかに引き攣っていた。
よかった、どうやら無事みたいですね。
とりあえず安心して、僕は声の主の姿を探した。
右腕どころか脚も吹き飛ばされたようで、もはや立つはおろか砂塵にまみれた身体を起こすこともままならない。我ながらあまり格好がよくないな…とは思ったが、なりふり構っていられる状況でもない。熱せられた砂礫を頬に感じながら首を僅かに傾けると、ようやく彼女の姿が視界に入る。
これも見事に砂だらけではあるが、彼女はちゃんと両足で立って荒れ狂う熱風に耐えていた。しかし常になく蒼い顔で呼吸いきを飲み込み、僕を見つめていた。
やだなぁリナさんてば、なんて顔してるんです。
それじゃまるで、ヘルマスターさまの前で次々と仲間の生命が失われた、あの時みたいですよ。
「・・・どうやら、僕がお手伝いできるのはここまでみたいですねえ」
「なんであんたが・・・・!」
なぜ僕がここまでやるのか。理不尽って顔ですね。そんな義理はない筈だって、言いたそうですね。
ごめんなさいリナさん、義理はなくても目的があるんです。
あなたには生きててもらわなきゃならないから。
重破斬ギガ・スレイヴを撃ってもらわなきゃならないから。
魔王の欠片を滅ぼすには、多分もう、それしかないから。
狡猾ずるいでしょう。でも仕方ありませんよ。僕は魔族なんですから。ご存知でしょ。
魔族にあるまじき他力本願ですか?そうとも言いますかねぇ。でもきっと、そうじゃないんです。
あなたは僕らにとって、カードの一枚。切り札ジョーカーなんですよ。
往々にして、ジョーカーは扱いが難しい。常に手許に置いていたのではババになりかねない。かといって手放してしまうと何処へ行ってしまうか判らない。敵に使われでもしたらシャレにならない。
でも、だからこそ面白い。・・・それだけのことなんですよ。

 ・・・・・なのにどうしてそんなに、泣きそうな顔をしてるんです・・・・?

 ポコタさんははらを括ったみたいですし、僕も最後のお手伝いをさせて貰いますよ。
この期に及んで、あなたの邪魔をする者はいないはず。あなたなら、今度こそ必ず制御できます。
魔を滅するものデモン・スレイヤー 、いやこの場合は複数形スレイヤーズが正しいのかな。あなたは必ず、独りではない。

 がんばって下さいね、リナさん。

 僕ですか?大丈夫ですよ。僕、魔族ですから。

***

 何も、さほどきわどい賭けをしたつもりはない。
七つに分かたれた赤眼の魔王ルビーアイ。そのひとつが現代の賢者・赤法師レゾの裡に封じられていた。一度顕現したものの、リナ=インバースとその一行によって倒されたという。だが、レゾの魂はどこかに封印されたらしい。では、その魂の裡に封じられていた魔王の欠片も?
その真偽を確かめ、魔竜王カオスドラゴンガーヴの二の舞を踏みそうなものであればいっそ滅ぼす。今回の任務はそれだけのことだった。
それだけ、といってしまえば軽く聞こえるが、欠片といえど魔王は魔王。まともにぶつかって勝てる相手ではないのは自明だった。
どうして、あんな正攻法でいってしまったものやら。
切り札の在り処を知りながら、どうしてとことん出し惜しんでしまったものやら。
切り札を守るためとはいえ、どうして人間の盾になるような真似をしてしまったものやら。
最終的には混沌の力を借りなければ事が成せなかったとしても、今思えば他にいくらでもやりようがあったような気がする。自身が矢面に立つような真似をしなくても、ダークロード魔を滅するものたちデモン・スレイヤーズを引き合わせることはできた筈だ。もしくは、レゾを復活させる準備が整う前にくだんの壷を叩き割り、不自然な形で物質世界に留められた魂ごと禍根を断つか。
事実、レゾがそれを望んでいた節が多分にある。
そうなるように・・・・・・・、全てを仕組んでいた。あの自動人形オゼルの裡にプログラムとして遺して。あるいは、キメラの男ゼルガディスが抱える複雑な感情を利用して。
もう一度、光が見たい。しかし、魔王を宿す魂など消し去ってしまいたい…身を捻じ切るがごとき二律背反アンビバレンス。そのせめぎあいに、ほんの少しの力を足してやれば事は済んだ筈。何も、魔王の顕現を待つだけの理由はなかった。
きっと、途中で気づいていた。気づいていて、傍観した。…多分、面白かったから。
愉しめそうだと思ったから。

 …やっぱりこれって、“遊んだ”って言うんでしょうかね?
獣王様に叱られても、仕方ないかもしれません。

***

 夜明け前のような薄闇の中で、うっすらと眼を開ける。少し、眠ってしまったかもしれない。
そうだ、たのしかった。
あの仲間たちパーティにかかわることが。
『あたしの便利アイテム その4よ!』
『…はぁ?』
えらい紹介の仕方に、僕は鳩が豆鉄砲をくったような顔をしていたに違いない。キメラの男が渋面で突っ込んだ。
『おいリナ…1から3ってまさか』
彼はおそらく、アイテム扱いされたことに異を唱えたかったのだと思う。でも僕は、別のことに少しだけ吃驚していた。
それってひょっとして、僕が5人目として認めてもらったってことなんでしょうか?
嫌がってない自分が、少しだけ可笑しかったのを憶えている。

 ああ、きっと、愉しかったんだ。

 眼を開けると、その薄闇が宝珠の色彩ではなく、夜明けそのものであったことに気づいた。周囲を包むのも、無の静寂ではなく黎明の静謐。
もはやそこは宝珠のなかではなく、彼が気まぐれ上司の話し相手を務める時の定位置…肘掛椅子と対になった長椅子の上。
謹慎は終了、ということでしょうかね。何がキーだったかは知りませんが。
身を起こし、その感覚を確かめるように掌を見つめる。それからテーブルの上のティーセットに気がつくと、莞爾として握りかけた神官杖をもう一度立て掛けた。
今ならまだ、間に合うかも。

***

 霧も、紅い暴風も吹き去り陽光に包まれたタフォーラシア。
冥王の壷を割ることでレゾに提供した本来の身体に戻り、魔王の足止めをしたはずのポコタは、傷んだ縫いぐるみの身体に舞い戻っていた。誰の仕業か、ゼロスには見当がつかないでもなかったが、この際口にするだけ野暮というものだろう。
少し遠くから、ひとつの冒険を終えて散っていく仲間たちパーティを見送る。彼らがまた集結するとしたら、きっとまた厄介事-それもおそらくは我々魔族にとっての-が持ち上がったときなのだろうと思うと、思わず笑った。
魔王の欠片を宿した賢者の気配はもうここにはない。
赤法師レゾの望みは果たされ、そして世界にとっての災厄も防がれた。つまるところ、賢者といわれた者の思惑通りになったというわけだ。
正直なところ、彼ひとり叱られ損だったような気がしなくもない。災厄から世界を守るなどという魔族にあるまじき行いをして、結構なダメージを受けて、しかも上司には叱られる。どう考えても間尺にあわぬ。それでも、上司への事後報告をするためにわざわざタフォーラシアこんなところまで様子を見に出向いてしまうあたり、結局つゆほども気にかけていないのだ。自分でも、それが可笑しかった。
リナがふと振り返り、何かを探す様子が見えた。…相変わらず、勘が鋭いひとだ。
多分今ここで、彼がリナの前に姿を現したとしても、「あら、やっぱりいたの」程度のリアクションがあるくらいのものだろう。あの程度で彼が死ぬわけがないと、彼女は知っている。
それでも一応、心配はしてくれたわけですよね。そんなことを口走ろうものなら、よくて火炎球ファイヤーボール、悪ければ竜破斬ドラグスレイヴで返されるのは確実だから、代わりに呟いたのは別のことだった。
「…大丈夫ですよ。だって僕、魔族ですから」
口にしてから、気がついた。
これは、呪文カオスワーズだ。
かかわるのが面白い。だからつい、深入りする。晒さなくてもよい危険に身を晒す。獣王様、あなたは僕を人間臭く創りすぎたんじゃありませんか?
だが、そんなことで文字通り身を滅ぼしてしまっては、主に申し訳が立たない。だから戒める。そのための呪文カオスワーズ
完全なる秩序に満ちた無を望み、世界を滅ぼしたその後は自分達をも滅ぼして、世界ごと混沌へと還ることを望む者。そう・・である自分自身を厭う、といった自虐的なメンタリティを、ゼロスは持ち合わせていない。もとより、そんな者が魔族として存在できる道理がない。
存在の危機と隣り合わせのスリルを味わう羽目になったとしても、何をやらかすかわからないあの仲間たちにかかわるのは、とても面白い。それはひどく矛盾しているかもしれない。だが、かの赤法師の抱えていたであろう二律背反に比べれば、些細なものではないか。
愉しみたいのだ、僕は。
難渋していたパズルのピースが、何かの拍子に嵌ったときのような爽快感に、柄にもなく声を立てて笑う。
ただひとりの獣神官は、多忙である。今回のような大仕事から、主の退屈しのぎとしか思えない雑用までそれは多岐にわたる。核心を教えずに用事を言いつける主の真意を探るのも結構大変だ。その用事が厄介であればあるほど愉しもうとしてしまう傾向は、以前からあった。しかし仕事に差し支えない範囲で愉しむのが、彼のやり方であったはずだった。
…それが、リナ達にかかわり始めてからというものの。
笑いをおさめ、アストラルサイドへ静かに身を沈める。

 愉しもう、今暫くは。

 滅びというかたちで主の信を裏切るつもりは毛頭ないが、この愉悦を手放すことはできそうもない。…だから暫く。彼らにつきあうには、百年もあればいいのだから。

End and Beginning

ゼロスに関する柳の戯言