Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅴ)
SLAYERS FF「The Dragon’s PeakⅢ」

 青年は人払いした筈の場所で起きて動く者があることに、僅かに驚いたようだった。ミルガズィアの動作に呪文のラグがないことをいぶかしみ、身構える。
 ミルガズィアが青年の前に降り立つ。
「・・・子細は問わぬ、返して貰おう」


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room (Novel-Ⅴ)
SLAYERS Fun Fiction 「The Dragon’s PeakⅢ」
魔道都市サイラーグ異聞 Ⅱ

「やめなさい、マリウス!・・・・あんたの勝てる相手じゃない!」
 思わず、叫んでいた。少し声が掠れていたかも知れない。
 あんな鎧が、この人に通用するとは思えない。マリウスが下手な攻撃を仕掛ければ、先夜の獣人たちと同様の運命が待っている。
「クラウ、油断するな。魔道士がどこかに隠れている」
 ミルガズィアの警告に、クラウは一瞬で頭を冷やした。だが、クラウの斜め後方から白刃が迫るのとほぼ同時。
 間一髪、鞘から半分抜きかけた刀身で受けた。勢いを殺しておいて僅かに身体を捻り、斬りかかって来た何者かの腹部に蹴りを入れて間合いを取る。傭兵の風体をしており、革鎧で胴を覆っていた。さすがにその程度で怯んでくれる相手でもなかったようで、クラウが完全に体勢を整える前に再び斬りかかってきた。
 しかし、クラウが抜くには十分だった。
 低い姿勢から、一気に切りあげる。元々、クラウの体格からすればやや長大と見えるほどの剣である。その速度によっては革鎧程度は切り裂くだけの威力はあっただろう。それが、両脚の前面を薙いだ。
 声にならない声を上げて、傭兵がもんどりうって倒れこみ、そのまま屋根から落下していく。
「マリウス!・・・・こんな連中とは早いとこ手を切りなさいって、あれほど言ったでしょう」
 剣を鞘に収めながら、クラウは言った。・・・苛立ちを、肚の底へ押し込めながら。
 屋根から降りようとした瞬間、後方から飛んできた火炎球ファイヤーボールにバランスを崩され、危うく転落しかかる。すんでのところでひさしでいったん体勢を立て直し、どうにか降り立った。・・・・そういえばミルガズィアは言ったのだ。「魔道士がどこかに隠れている」と。
「彼女自身には手を出さない約束だ!」
 マリウスが吠える。だが、自身は動けない。・・・動けるわけがない。
「クラウの人探し、とはこの男か」
 マリウスをその気配だけで地に縫い付けている張本人が、場違いなほど悠然と問う。
「そうよ・・・・」
 クラウは深く吐息した。
「まさか、ミルさんの捜し物とダブってるとはね・・・やられたわ」
「知っていたのか?」
「・・・捜し物が何か、までは教えてくれなかったじゃない」
 苦い笑みで応じて、クラウは硬直するマリウスの前まで歩を進めた。
魔律装甲ゼナファ・アーマー・・・その完全品。返せというからには・・・やっぱり製作者本人ってとこかしら」
 ミルガズィアは一瞬、答えを躊躇ったようだった。
「・・・間違いではないが、答えの全てではない」
「ま、この際それは訊かないわ」
 クラウは剣を抜き放ち、マリウスに突きつける。
「この物騒なものは、謹んでお返しするわ。その代わり、何も訊かずにこいつの命だけは助けてやってくれない?」
「姉さん、何を・・・!」
 マリウスが抗議の声をあげる。完全に当事者抜きで話が進められているのだから、本来ならば無理もない。だが、クラウにも悠長なことを言っていられない事情があった。
「ゼナファさえ返してもらえれば何も問題ない。・・・その男も、店から買っただけの筈だ。盗品と知っていたかどうかは・・・この際私は関知しない」
「ありがと・・・ミルさん。・・・さてと」
 改めて、マリウスに突きつけた剣を構えなおす。
「そういうわけで、マリウス。悪いことは言わないわ。今すぐその鎧を解除して、この人に返して。それから、怪しげな連中とは手を切って、私と一緒にミプロスへ帰るのよ」
「それは・・・出来ない。もう少しなんだ。もう少しで、魔族に対抗できる力を得ることができる。今、この研究をやめるわけにはいかないんだ」
「・・・自分の命を削っても?」
「この鎧は、確かに人の魔法許容量キャパシティでは制御しにくい。だからこそ、改良が必要なんだ。あと少しで・・・」
「莫迦いわないで」
 クラウは、そういう台詞でマリウスの長い説明を両断した。
「魔族に力押しで勝とうなんて、人の身では無理よ。・・・ミルさん、強制解除って出来る?」
初期設定イニシアライズが不完全なようだから、さして手間はない」
「じゃ、よろしく。そこら辺に隠れてるろくでもない連中は、その間に私が片付けとくから」
「承知した。・・・だが気をつけろ、クラウ。人でない気配も混じっている」
「ありがとう。でも慣れてるから平気」
 そう言って庇に手を掛け、さか上がりの要領で屋根の上へ飛び上がる。
 通りの向かい側の屋根、その煙突の影に隠れている者の姿を、クラウは見逃さなかった。ブーツに仕込んでいる投擲用のナイフを抜き、標的へ投げる。 一人が均衡を崩して屋根から転がり落ち、数人が散開するのが見えた。だが、その動きで位置はつかめた。もともと、ミルガズィアいわく「月の好い」夜だ。
 ミルガズィアは抵抗しない相手にその力を振るうことはしない。クラウには妙な確信があった。だから、マリウスがミルガズィアの威圧感に怯んでくれている間に、この連中を片付けなければ。
 クラウは跳躍し、通りの向かい側へ移った。かかってくる相手を片端から退ける。もともと、そう多い人数でもなかった。いくらも経たないうちに屋根の上で立っているのはクラウひとりとなり、最後に煙突の影に蹲っていたフード付きのローブを着込んだ影に向かって剣を振り下ろした。
「・・・・・!」
 異様な手ごたえに、クラウは即座に後方へ飛んだ。
 切り裂かれたローブの下から、絡まりあった木の根が蠢きながら覗く。
「こいつ、魔族・・・・!」
 おそらくは、契約魔族という奴だろう。ある程度以上の力のある魔道士が、魔族を召喚し契約を結ぶ。呼び出されるのがレッサーデーモン程度なら、魔道士に一方的に頤使されるだけだ。しかし、いわゆる純魔族クラスになると、ことは「契約」になる。力を貸す代わりに、魔道士は何かを提供するわけだ。そこらあたりは、文字通り契約で条件は様々。・・・どのみち、ろくでもないやり取りには違いない。
 問題は、物質界にある既存のものへ憑依するレッサーデーモンとは違い、純魔族はその力で物質界へ実体化している。ゆえに、物理攻撃はほぼ無効。
 こんなものまで繰り出して来るなんて!
 クラウは舌打ちして剣を引きかけたが、一瞬遅かった。絡まりあう木の根が伸び、クラウの剣と腕に巻きつく。斬れなくはないが、斬ったところで相手のダメージにならないから割に合わない。しかし、身の自由は確保せねばならぬ。気合と共に木の根を両断し、間合いを取った。
 この剣では、これが精一杯・・・・!
「・・・烈閃槍エルメキア・ランス
 自慢ではないが、魔法は専門外。烈閃槍程度ではまともに当たったところで時間稼ぎにしかならないことも承知。しかし、この僅かな間で、剣の柄を貫き刀身を保持する釘が抜ければ十分!
 屋根の上で蠢く魔族へ向かって、閃光がはしる。だが、クラウが剣の柄に手を掛けなおしたとき、別の閃光がクラウの真横を薙いだ。
閃光の吐息レーザーブレス!?」
 直撃はしなかったが、すぐ脇にあった煙突が弾けて爆風がクラウの体勢を崩した。その一瞬に木の根がクラウの胸を貫く。
「・・・・っ・・・・!」
 鉄の味が気道を駆け上がり、取り落としそうになった剣を必死で握り締める。だが、傾いでいく身体を止めることはできなかった。
 ・・・・なんてこと。いよいよ私も焼きがまわったかな。
 灼熱する痛みよりも、悔しさが胸を噛む。まだ、斃れるわけにはいかないのに・・・・!
 墜落する浮遊感。立て直せない。
 地に激突する衝撃を、クラウは覚悟した。
 だが、落下の重力加速は意外な感覚と共に阻止される。薄蒼い法衣と、金色の髪が視界を埋めた。名を呼ばれているのは判っているが、声が出ない。
 ・・・だから、残った僅かな力で、手の中の剣を差し出す。
 ――――――この剣だけは、奴らに渡さないで・・・!
 その声が、届いたかどうか。しかし、剣が受け止められたことだけは判った。・・・まだ、死ねない。その思いがついえたわけではなかったが、剣を託せたことに安堵してしまったのは不覚だった。
 闇が、クラウの意識をし包んだ。

***

「もう一度言う。・・・子細は問わぬ、返して貰おう」
「・・・・できない」
 マリウスと呼ばれた青年は、それだけの台詞を低く唸るように搾り出した。
「・・・是非もない」
 ミルガズィアは竜族の言葉で呪を紡ぐ。おそらく、マリウスにもそれが理解ったのだろう。見るみるうちに、マリウスの表情が引き攣った。
「・・・何故だ」
 ゼナファによる魔力の収奪に耐えながら、マリウスは唸った。
「あなたも魔族に対抗するために・・・魔族を排除するために、この鎧を作ったのだろう!? 魔族の一方的な侵略に抗するために!!それに倣おうとすることの、何処がいけない!?」
「・・・魔族に、故郷を荒らされたか」
 ミルガズィアは静かに問うた。
「・・・総てを」
 マリウスの両眼に燃えるのは、憎悪。
「故郷を。未来を。姉さん以外の総てを!・・・・僕は魔族が憎い。総てを破壊した彼らが憎い。だから、抵抗するすべを捜し続けた。圧倒的な力に抗する術を!!」
 血を吐くが如き絶叫。ミルガズィアは、それをあくまでも静かに聞いていた。・・・それは、降魔戦争に敗れた直後の自分。何をしたらよいのか、どうすべきなのかを迷い続け、それを義手の完成に方向付けた自分自身。
 隻腕では、戦えない。
 それは、言い訳ではなかったか。
 両腕があったところで、死と戦って勝てたか。・・・答は否。あの圧倒的な力に勝つことなど出来はしない。それでも、諦めたくはなかった。
 それはおそらく、生きることを諦めるに等しかったから。死は必ず訪れる。だが、それにただ屈服したくはなかった。・・・それだけだ。
 ミルガズィアは視線をあげ、目の前の青年を見た。クラウを姉と呼んだが、あまり似てはいないな・・・と場違いな感想を抱く。容姿もそうだが、クラウの勁さと同質のものを感じることは出来なかった。不幸なことだ、とミルガズィアは思った。この青年がどんな地獄を見たのかは知らぬ。だが、クラウも同じものを見た筈だ。しかし、たどり着いた先はかくも大きく違ってしまった。
「お前は間違ってはいない・・・だが、それゼナファはやめておけ。私はそれを、人の身で制御するものとして造ってはいない」
「僕はこれを制御してみせる。・・・そして魔族に抵抗してみせる!」
「止せ」
 ゼナファの背部から数匹の、目のない蛇のような光体が伸びる。
 呪はすでに発動している。力を揮うことと、抑えることを同時に命ぜられたゼナファは小さく振動し、目のない蛇が標的を見つけられずにその場でのたうった。
「抗うな。そのゼナファはお前を装着者マスターとして認めていない。・・・制御しているのではない。振り回されているだけだ。・・・半ば喰われているも同然だぞ」
「理論はわかっているんだ。出来ないことがあるものか!!」
 説明して理解できる精神状態にない。ミルガズィアはそう判断した。ゼナファが混乱し苦しんでいる。こうなれば、制御しきれていない装着者の意識を一時的に失わせてゼナファの混乱を鎮めてやるしかないだろう。
 こうなるとゼナファを制御不十分とはいえ着込んでいることが厄介だ。だが装甲の展開も不完全だから、首から上はほぼ無防備である。
 剣に手をかける。・・・命は助けてやってくれと、クラウは言った。力加減を間違えると、約束をたがえることになる。かといって、タイミングを択んでいられるほどの余裕もない。
 ミルガズィアが踏み込んだ。だが同時に、のたうち回っていた光体の蛇が、閃光を吐く。
 初撃を剣で打ち払ったが、強化呪法をかけていたとはいえ閃光の吐息レーザーブレスは流石に荷が重かったらしい。折れはしなかったものの、嫌な手応えがあった。やはりこれは使えぬと納剣して拳を自由にした時、ほとんど同時に別の蛇が閃光を吐く。今度は完全に外れていたが、民家の煙突に当たって爆発を起こした。
「・・・・姉さ・・・!!」
 マリウスが絶望に塗りつぶされた叫びを発した。
 爆発に続いて爆風が起こったほうを振り仰ぎ、ミルガズィアはその理由を知った。
 クラウが、屋根の上で均衡バランスを崩していた。・・・傷を?
 直撃ではなかった筈だ。爆風で体勢を崩された隙を突かれたか。だが、この高さでは。
 呪は発動している。マリウスは自失していてゼナファに対する干渉どころではない。ミルガズィアは迷わず跳んだ。
「クラウ!」
 受け止めてから、クラウの身を覆う朱に慄然とする。だが、即座に治療を始めた。間に合うかどうかは、かなりきわどいが。
 クラウが出ない声を振り絞って何かを伝えようとしていた。・・・佩剣を差し出す。
 ・・・渡すな、と?
 そんな場合ではない筈だ。だが、有無を言わせない何かに圧されてミルガズィアはそれを受け取った。途端に、クラウが腕の中でくずおれる。瞬間、胸腔を氷塊が滑り降りるような感覚に蝕まれるが、まだ呼吸いきはあった。
 クラウを支えようとしてその剣を取り落としかけ、寸前で握り直す。
 意外な重量、そして特異な造りをしていた。クラウの体格からすればかなり大振りだが、全くそれを感じさせたことはない。しかし、今それは目釘が外れかかり、刀身が緩んでいた。
 それを不審に思ういとまがあらばこそ。その柄に手を掛けた瞬間に、凄まじい魔力の収奪に膝を折りそうになる。
 この剣は・・・!
 緩んだ目釘が消し飛び、刀身が脱落する。・・・というより、柄の中から迸った光に内側から弾き飛ばされた。
 光は一瞬で巨大な刀身を形成し、屋根の上にいた何かを屋根ごと消し飛ばした。
 手を離せば良かったのかもしれない。だが、託されたという意識がそれをさせなかった。ただ、懸命に制御する。クラウに治療魔法をかけながらであるから、困難を極めた。刀身が徐々に収束してきたとき、マリウスが動く。
「・・・姉さん・・・!」
「近づくな。どうなっても知らぬぞ」
 それは恫喝ではなく、真摯な警告であった。だが、マリウスはそうとらなかったらしい。
「姉さんを放せ・・・!」
「断る」
 今、治療をやめれば助かるものも助からない。それでなくても剣の制御で凄まじく力を使う。クラウはよくこんなものを制御していた。あるいは、先程の衝撃で何らかの不具合を来たしているのか。
「放せ!」
 蛇の光体は雲散霧消していたが、ゼナファはいまだ振動しながらマリウスの身を覆っていた。
 とれる手段は限られている。なるべくなら、クラウとの約束を違えたくはないが・・・。
「・・・許せよ」
 マリウスが突進してくる。ミルガズィアはごく標準的な長剣ロングソード程になった光の刀身で無造作に薙いだ。これがミルガズィアの考えているのと同一のモノならば、ゼナファに傷を入れることぐらいは出来る筈だ。両断してしまわないという保証はなかったが、力加減さえ間違えなければ一時的に意識を失わせるくらいのことは十分に可能だろう。
 閃光と共に、颶風ぐふうが巻き起こる。それらが一時にゼナファの胸甲の部分を撃った。
 ひとたまりもなくマリウスは弾き飛ばされ、背後の壁に叩き付けられる。胸甲にわずかなひびが入り、ゼナファはマリウスを離れた。マリウスはその場にずるずると倒れこんだが、とりあえず外傷はなさそうだった。
 ミルガズィアは小さく吐息した。

***

 薄明の、薄蒼い光。森の匂い。すこし遠い・・・鳥の囀り。
 既視感に、薄目を開けたまま少し戸惑っていた。
 ・・・生きて・・・いる?
 梢の上、明るみ始めた空から、細い雨が降っている。だが、その雨がクラウに落ちかかることはなかった。淡い光幕が、雨をはじいている。・・・それに、暖かい。
 結界だ。憶えがある、この感じ・・・。
 クラウは僅かに首を傾けた。薄蒼い法衣と、金色の髪。金色の瞳は閉じられている。樫の巨木に身を凭せかけ、やや俯き加減のまま微動だにしない。
 ミルガズィアの唇の端には、僅かな血の痕があった。クラウは手を伸ばし、すぐに触れたことに驚く。・・・近い筈だ。クラウは自分の頭がミルガズィアの膝の上にあることにようやく気がついた。
 やはり、眠ってでもいたのか。金色の瞳はすぐに開かれたものの、少し眠たげであった。
「・・・刺し違える覚悟で突っ込んだって、あなたに一撃入れられるような奴があの場にいたとは思えないんだけど?」
 クラウが触れたことで、初めて血の痕が残っていることに気づいたらしい。やや面倒臭そうに手の甲で拭って言った。
「・・・呪法に必要だったから、自分で噛み切っただけだ。傷を受けたわけではない」
「また・・・厄介かけちゃったわね」
「全くだ。あんな物騒なもの、説明なしに渡さんでくれるか。うっかり、街ごと吹き飛ばすところだった」
「ごめん。でも、しゃべれる状態じゃなかったし」
 クラウは笑った。それに関しては掛け値なしの事実であったから、ミルガズィアもやや居心地悪げに目を伏せた。そして、傍らに置いていたクラウの剣をその手へ戻す。
「・・・“烈光の剣ゴルンノヴァ”か。こんなものが人界に紛れていたとはな」
 鞘と刀身を喪ったままの剣を受け取り、クラウは久しぶりにまじまじとその剣を眺めた。
「そう呼ぶの?私たちは単に光の剣って呼んでるけど。ウチの先祖伝来の家宝でね。何がどうなってそうなったかは、私も知らない」
「・・・本来、人の手に負えるような代物ではないが、一種の封印で力を制御するようになっているな。竜族の魔法のようだが・・・どちらかというと古代竜エイシェント・ドラゴンの波動にちかい。降魔戦争以前に、古代竜が封じたという噂があったが・・・あれとはまた別だろう」
「ふうん、分かるんだ。さすがは竜王ドラゴンロードね」
「人間の魂の力を具現するために、増幅の機能を持たせてあるようだ。封印が吹き飛ばなかったのは僥倖だったと・・・」
 憮然としていらえてから、クラウの言葉を否定しなかったことに気づいたのか・・・言葉を切る。
「気づいていたのか」
「いやまぁ、気づいてたというか・・・気づくなというほうが無理というか・・・」
 破格の大呪文をこともなげに行使するは、常識はずれの戦闘力で獣人さえ瞬殺するは・・・挙句、あんな鎧の開発に携わっていたとあっては人間と考えるほうが既に無理なのだ。エルフではないようだし、一応人間に見える以上は魔族でなければ竜族、それも黄金竜と考えるのが妥当というものだった。
 言わないほうがよかったのかなぁとは思ったが、後の祭りである。表情が読みづらいというのも、こういうときには困る。だが、返ってきたのは静かな問いかけだった。
「・・・魔律装甲を纏っていたあの魔道士・・・お前の身内か」
 起き上がろうにもまだ身体が重い。クラウは、あっさりとその暖かさの中に留まることを択んだ。
「・・・そうよ。弟・・・義理だけど」
 クラウは小さく吐息した。
「半年ほど前になるかな。私たちの故郷が魔族に荒らされてね・・・ひどいことになったの。私は仕事で島を出てたんだけど、帰ってくるなり仕事仲間を再呼集する破目になったわ。よくある話よ。・・・でもそれ以来、マリウスは魔族を倒す方法に没頭しちゃってね。
 元々魔道士なんて、途方もないことを考える人種だけど・・・あの一件が相当にこたえたらしくて、結構怪しげなシロモノに手を出すようになっちゃったの」
「それが、あれゼナファか」
「自分で造っといて、怪しげ、とかいうかな、このひとは」
 クラウは笑い、しかしすぐに疲れたような吐息と共に瞑目した。
異界黙示録クレアバイブル・・・って、呼ばれるもの。あなたなら、知ってるでしょ」
「・・・ああ」
 答えまでに要した僅かな間について、クラウは詮索しなかった。
「本物だってあるんだかないんだか判然としないのに、それに手がかりを感じちゃったらしくてね。あっちこっち尋ね歩いてる間に、ヘンな奴らに声かけられたみたいなの。それ以来、サイラーグと故郷を行ったりきたり。
 とどめ刺しちゃったのが、2ヶ月くらい前に魔法道具屋マジックアイテムショップでみつけたあの鎧。・・・奴らの研究の延長線上にあるらしくてね。あれを手に入れてから、とうとう音信不通」
「奴ら、とは・・・」
「私も詳しくは知らない。サイラーグに本拠を置いてることは確かだから、サイラーグの魔道士協会にでもあたってみれば目星はつくと踏んでここまで来たのよ。・・・あの妙な神官に唆されたってのもあるけど」
「・・・神官プリースト?」
「何処にでもありそうな黒っぽい神官衣を着て、何処にも居そうな人畜無害な顔してたけど・・・胡散臭さ満載。自分とこの寺院から盗まれた異界黙示録の写本を捜し歩いてると言っていたけど、本当はどーだかわかりゃしないわね。マリウスが関わってる奴らがどうやらそれを持ってるらしくて、それを追っている・・・ってのに関しては、一応本当臭かったけど」
 頭を預けている膝が一瞬だけ震えたことに、クラウは驚いて目を開けた。だが、ミルガズィアの表情から何かを読み取ることは出来なかった。
「ともかくも、マリウスの行き先が判ったから・・・連れ戻しに来たのよ。多分、私は囮に使われたんでしょうね。私が光の剣の継承者だから。対魔族戦闘に関して研究してる魔道士なら、必ず欲しがるシロモノだっていうじゃない」
「それがわかっていて・・・ここまで来たのか」
「もともと、戦いには不向きなのよ、マリウスは。烈閃槍エルメキア・ランスを教えてくれたのはあいつだけど、それが使える、ということと、対魔族戦闘が出来る、っていうのは別物。・・・だから、襲撃を受けたときに何も出来なかったのが・・・余程悔しかったんだろうな」
 クラウの笑みは苦い。
「・・・あんな魔道莫迦でも、いちおう弟だし、放っといてよからぬ連中に利用されたら可哀想でしょ」
 ミルガズィアは黙していたが、ややあって深く吐息した。
「・・・そうだと判っていたら、みすみす連れて行かせはしなかったが」
「そこまで厄介かけられないわよ。これは私の問題だし。殺さないでいてくれただけで有難いわ。・・・結構面倒だったんでしょ?」
「・・・それほどのことでもない。それに・・・」
 言いかけて、やめる。暫く、クラウは待っていた。ミルガズィアが表面平然と、しかし実のところ結構真剣に言葉を択んでいるのを察したからだ。
「・・・では、どうあっても行くか」
「そのために、ここまで来たわ」
 クラウの答えは明快だった。想像以上に事が面倒になっているが、今更退けない。
 伏せていた目をようやくあげて、ミルガズィアは静かに言った。
「では私もサイラーグへ行こう」
「・・・何で!?」
 思わず飛び起きると、回復途中の身体が激しく軋んで呼吸を圧した。
「・・・っ!」
「俄かに動かないほうがいい」
「・・・あ・・・りがと」
 至極まっとうな、だがこの際果てしなく無用な忠告に、一応礼を述べた。もう一度横になるのも億劫で、かといって身体は重い。クラウは一番手近なところへ頭を預けた。
「ごめん、ちょっと肩、貸して・・・」
「構わんが・・・無理に起きていることはないぞ」
「いい、ここで・・・」
 結局、ずるずると倒れこんでしまう。大きな手に支えられるのを感じた。暖かな海に身を浸したような安心感に、思わず小さな吐息が漏れる。
 まずいなぁ、とクラウは内心で呟いた。支えられることに狎れたくはないのだが。・・・大体、このひとはなんでこうも無駄に優しいのだろう。人間の男に同じような態度に出られたら、莫迦にするなと蹴飛ばしてやるところだが、相手が竜王ドラゴンロードとあってはそうもいかない。
 全く、罪つくりなこと甚だしい。分かってやっていたとしたら度し難いが、そうでなかったとしてもそれはそれで無性に腹が立つ。
 ――――だが多分、後者だろう。そんな気がする。
「魔律装甲を取り戻したのなら、あなたの用は済んだ筈でしょ?・・・人間の争いには不干渉ってのが、黄金竜の立ち位置スタンスだと思っていたけど」
 魔道とは疎遠なクラウでも、その程度の知識はある。恐らく人間の争いに干渉することは、本来竜王の沽券に関わるのだろう。その立ち位置を崩してまで加勢してくれるというのは有難いが、理由は知っておきたいところだった。
「異界黙示録を元に、ゼナファを造ろうとしている者がいるとしたら・・・私にとっても他人事ではない。魔を律することゼナファは、人間の魔法許容量では荷が勝ちすぎる。一歩間違えれば魔を律するのではなく、人間が魔に喰われるだろう。人間を喰った魔がどうなるか・・・私には想像もつかん」
「魔が、人間を、喰う・・・!?」
 嫌な想像がクラウの胸を蚕食する。
「ゼナファは魔であり、半生体・・・実体もあるが魔族としては中位魔族程度の能力を標準デフォルトで持っている。強固ではないが自我を持ち、一種の契約に近い形で装着者を認識し、その命令に従い、ある程度は自身の判断で行動する。
 だから、制御が不十分なゼナファは魔としての性質に従う。生体としての本性にも引きずられれば、他者を喰らい、成長し・・・そしておそらくは、増殖するだろう。魔族が他者の感情を喰らうように、知識や経験をも吸収する可能性がある」
 クラウが黙り込んでしまったので補足の必要を感じたか、ミルガズィアは訥々と説明してくれるのだが・・・正直なところ明るい材料がひとつもないので、クラウは目の前が暗くなるような錯覚に陥っていた。
「えらいモノを造ってくれたわね・・・」
「あくまでも、制御が不完全な場合だがな。元々、魔法許容量はあっても体力・・・防御力に関して弱い立場のエルフたちを補助する目的で、製作段階で初期設定を済ませることを前提にした装備なのだ。しかしあれは試作品で設定が不十分だった。・・・だからこそ仕舞い込まれていたし、持ち出されたと判った段階で私が捜しに来たのだが・・・」
 そこでふと言葉を切る。クラウが見上げても、相変わらず読みづらい表情がそこに在るだけだった。持ち出してはならないモノを持ち出した人間に対する苦言を覚悟して、先回りをする。
「・・・そうね、いつも厄介の種を蒔くのは人間ね」
「そうではない」
「・・・?」
「確かに、私は魔族に対抗する手段として、異界黙示録の知識を参考にして魔律装甲を造った。しかし異界黙示録に造り方そのものが記してあるわけではなく、魔を律するという概念とその方法論があるに過ぎない。それを、人間が今回の事件以前から装甲に応用しようとしていたとしたら、異界黙示録というよりエルフの村に置いてあった資料だった可能性もあるだろう。
それが災厄の元となるなら、抹消するのは私の責務でもある」
「・・・成程・・・」
 それは運用するものの責任であって、あなたの責任ではないだろう。そんな言葉が口をついて出そうではあったが、クラウはそれを呑み込んだ。この依怙地な黄金竜を翻意させることは、どう考えてもマリウスをミプロスまで引っ張って帰るより難儀そうだった。
「それに・・・」
 言い難そうに、ミルガズィアは一度口籠もってあらぬ方へ視線を伏せた。
「・・・そんな身体で、何故こんな無茶をする。取り返しのつかないことになるとは思わなかったのか?」
 さすがに、クラウは一瞬呼吸を停めた。・・・やっぱりばれるもんなんだ、と心中独り言ち、小さく吐息してそこに在る命を確かめるように腹部に手を当てる。
「・・・だから言ったでしょ、傭兵は休業中だ、って・・・」
 強いて身を危険に晒したかった訳ではない。・・・ただ、護りたかっただけ。
「マリウスは義理の弟って言ったでしょ。マリウスの兄は、私の亭主だったの。・・・殺されたけど」
 自分が投げた言葉がミルガズィアを絶句させたのを見て、思わず悪戯っぽい笑いを零す。それは多分に、自嘲を含んではいたが。
「島が荒らされたときに・・・一緒に戦ってくれたんだけど、運が悪い奴でね」
 凄惨な光景を思い出しそうになり、頭を振る。
「命を粗末にするつもりはない。・・・でも、この子の身内をこれ以上減らしたくはないの。・・・出来ることをしたかったのよ」
 知らず、拳に力が入っていた。だが、それが不意に緩む。クラウを支えていた腕が、そっと髪を撫でたのだ。
「・・・では、私がお前の盾となろう」
 やっぱり度し難いほどに鈍いな、とクラウは吐息する。普通、こういうタイミングでそういう台詞は、口説かれてるのかと誤解するよ、と・・・この実直無比な竜王ドラゴンロードに教えてやるべきなのかどうか。
 あんまり、甘やかさないでほしいのだけれど――――――。そんなことを考えながら、触れる暖かさを拒絶できない自分を嘲笑う。
「・・・じゃあ、暫くはあなたが相棒パートナーね。あなたに防御ディフェンスを任せられるなら、心強いよ」
 決して嘘ではない。クラウの戦闘における位置は本来攻撃オフェンスであるが、中位魔族クラスの化物を相手にしなければならないとしたら、援護がなくては話にならないし、それが破格の魔力と常識はずれの戦闘力を持つ黄金竜なら申し分ない。
 防御ディフェンスは必要だよ、と言い訳をしている自分に気づいて苦笑しながら、クラウはもう一度ミルガズィアの肩に頭を預けた。

***

 やれやれ、ようやく尻尾がつかめそうですね。
 黒衣の神官・・・獣王直下の獣神官・ゼロスは、気絶したマリウスが運ばれていく先を見届けてほくそ笑んだ。
 写本の探索という任務は決して楽ではない。今回も例に漏れず、つくづく手間がかかった。真贋もさだかでないものを、暇を見つけては手がかりを捜すのだから、途方もない手間暇がかかるのは当然だ。・・・まぁ、それも仕事だから仕方ない。
 サイラーグに居を構える魔道士のグループが、異界黙示録を基にした対魔族戦闘の手段について研究をしているらしい・・・という噂も、当初はどうにも雲をつかむような話ではあった。もともと、魔道士という人種は恐ろしく秘密主義で、こと研究に関する限り偏執的とも思えるほど情報漏洩に気を遣う。・・・かといって、虱潰しに当たるには、魔道都市サイラーグには魔道士の数が多すぎた。
 マリウスという魔道士が、やはり魔族に対抗する方法を探すために異界黙示録を捜しているという話も、彼にとってはいくつかある手がかりのストックに過ぎなかった。それが、魔律装甲ゼナファ・アーマーというかたちをとり、しかも「真物ほんもの」が見つかったというあたりで、ようやく追ってみる価値が見えたのである。
 盗賊団が、人の好いエルフの村を襲撃してせしめた工芸品の中にそれらしいものがあったとか。あるいは面白いものが観られるかもしれない、という期待をこめてその行方を捜したが、これがまた難航。結局、マリウスの身元がわかったところで、所在も魔律装甲の行方も手がかりが途絶えてしまった。
 二つの話がリンクするとすれば、十中八九魔律装甲と写本はサイラーグにある。だが、それを確かめる術がない。仕方なく地道にマリウスの身元を探ったところ、クラウディア=ガブリエフにいきあたったのである。
 彼女がサイラーグに近づけば、マリウスが出てくる。ないし、光の剣狙いで一味の中の誰かがちょっかいをかけてくる筈。・・・その読みは当たった。おまけに、魔律装甲オリジナルの製作者本人までも登場ときたものだ。波乱の材料には事欠かない道中、多少の紆余曲折はあったものの、ようやく此処を探り当てることが出来たのである。
 サイラーグには星の数ほどもある魔道研究所のひとつ。地上建物の数倍はあろうという地下に実験場があるのはお約束のようなものだ。
 場所を特定できたところで、魔道士協会に問い合わせて研究所に在籍している魔道士を調べてみると、マリウスを除外しても複数いるようだった。しかしそのうちの誰が写本を持っているか・・・
 まあ、いままでの調査からすれば家捜しのひとつやふたつ軽いものですが。
 そんなことを考えながらのんびりと件の研究所へ行ってみると、何かおかしい。人の気配が途絶えている。
 閂のかかった扉を苦もなく開けて、ゼロスは内部へ入った。
 地上部には家財が散乱し、地下実験場には実験器具と思しきものや綴じ紐の切れた書物、メモの類が散乱していた。
「やれやれ、逃げられちゃいましたね」
 ゼナファのオリジナルでさえ簡単に退けられ、契約魔族もあっさり滅ぼされたことにおそれをなしたか。あるいは秘密が漏れたことで此処での実験が継続不能と判断して本拠を移したか。このぶんだと、写本は間違いなく持ち去られたあとだろう。

 こんなことなら場所を特定した段階で委細構わず家捜ししておくのだった。魔道士という人種の用心深さは知っていたつもりだったが、我ながら詰めが甘かったというべきだろう。・・・それについてはとりあえず次から気をつける、ということにして、ゼロスは実験場の床に転がるフラスコを軽く蹴飛ばして踵を返した。
 そのとき、低い唸り声のようなものが聞こえた気がして足を止める。
「・・・・?」
 写本がない以上、ここでのんびりしていても仕方ないのだが、何か引っかかるものを感じて引き返す。ほとんどの扉は開けっ放しだったが、一箇所、閂をかけた上に鎖で厳重に固定された扉が見つかった。
 開けちゃいけないってことは、何かがあるんですよね。
 都合のよい理屈をこねて、ゼロスは扉を開ける手間を省いた。ありていに言えば、空間を渡って壁をすり抜けた。
 研究室のひとつ。他の部屋の例に漏れず、内部は荒れていた。しかし、他の部屋と違うのはそこが何かが苦し紛れに暴れまわったという荒らされようであること。結構重厚な造りの両袖机が真っ二つになっているところを見ると、ただ酔っ払いが暴れたという訳ではないのは想像がつく。
 二間続きのもう一部屋のほうで、何かが揺らめいた。油皿に芯を落としただけの、粗末な灯火。油も尽きかけて、炎が揺らいでいたのだ。
 唸りというより呻き。誰か・・・否、何かがいる。
 躊躇なく近づく。・・・そこには、ゼロスの想像どおりのものがあった。
 魔にあらざるものであれば、目をそむけたに違いない光景。だが、ゼロスは口許をほころばせた。
 写本は焼き損ねましたけど、獣王様に報告できそうなことはまだ残ってましたね。

To be continued…