Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅴ)
SLAYERS FF「The Dragon’s PeakⅢ」

「さよなら。・・・・またいつか、何処かで」
くるりと身を翻し、歩き出す。いつもそうしていたように。背を伸ばし、前を向いて。・・・大丈夫、今までだってそうしてきた――――――
数歩を進めたとき、周囲のフェアリーソウルが見えなくなるほどの光に思わず立ち止まる。
光が消え、薄闇の中にぽつりぽつりとフェアリーソウルの淡い光が戻りはじめたとき、薄い蒼と黄金色がクラウの視界を占めた。


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room (Novel-Ⅴ)
SLAYERS Fun Fiction 「The Dragon’s PeakⅢ」
魔道都市サイラーグ異聞 Ⅵ

 人形じんけいをとってしまったら、引き返せなくなるような気がしていた。
距離を置くべきなのだと理解っている。懐かしい記憶と重ねて惹かれていることも。彼女クラウが閃光のような時間を生きる人間であることも。理解っていてなお、逃れ難い苦しさが胸を咬む。
あの時も、身を裂くような心の痛みに堪えて・・・結局失った。いずれ失うなら、命令に逆らっても、竜身に戻り損ねて身を裂くことになったとしても、随従ついて行くのだったと悔いた。だが、幾千の夜を悔いたところで時間は戻りはしない。そのことを受け容れるためだけに、どれだけの星霜を要したか。
同じだ、と気づいた。クラウが笑って身を翻す。歩き始めた彼女の後姿を見たとき、それがわかった。
自らに課した禁を破り、数歩を踏み出す。呪の発動で生じた光に足を止めた彼女を、背中から抱き締めた。
「・・・・・・!」
傍に居る。護符でなく、自分自身が。何も出来ないのかもしれない。それでもいい。彼女が家族を得るまでのほんの短い間でも、彼女が望むならその命の尽きるまででも。
「・・・ほんっと・・・面白いね、ミルさんって・・・」
絞り出した言葉は嘆声で報われた。だが、クラウは抱き締める腕にそっと手を重ね、体重を預けてくる。
「・・・それとも、ずるいのかな? とっても大事なことを言ってもらったような気がするのに、竜族の言葉じゃ私にはわかんないじゃない」
ある意味、取り返しのつかない失敗に気づいてミルガズィアが思わず呼吸を停める。クラウは笑って腕をすり抜け、もう一度向き直った。
ミルガズィアの逡巡を笑殺し、クラウは金の髪に手を伸べた。優艶でさえある動作でそのひと房に指を絡めると、突然、しかも思い切り引っ張る。さすがにミルガズィアの姿勢が傾いだ。
「・・・クラ・・・」
抗議の声をあげかけたとき、思いのほかの紅瞳の近さに狼狽える。魔族に穿たれた傷の治療をした時の近さを思えば、今更狼狽するのも可笑しなものではあっただろう。だが、この際は。
クラウのほうも、思い切った手段で引き寄せておいて言葉に詰まったようだった。
「・・・悪かった」
その後は、人間の言葉で択びなおすのにも窮してただ口づける。髪を絡めた指が緩むのを感じたが、すぐに両の腕が背に回された。
「・・・やっぱり、狡い」
肩口に頭を預け、すこし拗ねたようにクラウが呟く。
人間ひとの言葉に不自由はしていなかったつもりだが・・・どうしても見つからない時というのはあるものだな」
ミルガズィアの言葉に、そういう問題と違うんだけど、とクラウはまた低い笑声をたてた。

***

 二十年という時間は、エルフにとっては然程長い時間とはいえない。
だから、旧知の黄金竜族長老が存外に貫禄の増した姿でラインソードの村を訪れた時、棟梁は驚きを隠さなかった。
哀しみやつれたという印象は受けない。ごく自然に・・・季節の移ろいが巨木に年輪を刻んだような、そんな変化。それでも、人形じんけいをとっている限り今の棟梁からすれば息子といって差し支えない程度の年齢にしか見えないのだが。
「何年か前に戻っていたのだが・・・永の不在が祟ってなかなか峰を出してもらえなくてな」
「それはそうだろう。イリシオスの苦労も汲んでやれよ?」
「判っているよ・・・知っていて言わないのも大変だっただろう。その分、此方へ来ては色々話して行ったようだが」
さらりと言って供された香茶を啜る。棟梁がはたと手を止めてしまったのを見て低く笑い、椀を静かに置く。
「・・・いや、感謝しているんだ。ミプロスのメリルーンというエルフ・・・連絡をつけたのは棟梁だろう?」
棟梁は軽く咳払いした。
「・・・母方の祖父さんの又従姉妹がそういう名前の島へ嫁に行ったとは聞いてるな」
―――――――――クラウディア=ガブリエフがひとりの男児を遺して逝ったのは、事件から十年ほど後のことであった。
竜族の呪文でなら、癒せない病ではなかったのかもしれない。だが、クラウはそれを笑って謝絶した。
死は覚悟しても、遺していく男児のことは気懸かりではあったようだ。そんな時、不意に訪れたのがメリルーンというエルフであった。ガブリエフ家にエルフの血をもたらしたのが彼女で、夫の死後数代は人里に居たが、その後はエルフの集落に戻っていたという。
『人の子であれば、竜たちの峰ドラゴンズピークへお連れになるわけにもまいりますまい。私でよろしければお預かりしましょう』
クラウもミルガズィアもそれを了承した。メリルーンはミルガズィアとともにクラウを看取り、男児をエルフの集落へ引き取った。
・・・先日、そのメリルーンから男児が仕官してエルメキアヘ旅立ったと便りがあった―――――

***

 薄明の港で、帆が上がる。
黒衣の神官が、海岸線を望む丘に座していた。
「あっけない幕切れ・・・というべきなんでしょうかねぇ・・・」
さして多くもない客を乗せて、その船が離岸するのを眺めながら、ゼロスは呟いた。
クラウディア=ガブリエフが何者であったのか。
それについては、ゼロスは結局ミルガズィアと同様の結論に落ち着いていた。だから、監視はしていたものの一切の手出しを避けていたのだが、まさかこんなに早く決着がついてしまうとは思っていなかった。
人間の命が儚いものであることなど、知ってはいたが気にしたことはない。だが、今回それを否応なく認識させられた気がして何となく面白くなかった。ただしそれを認めてしまうのも業腹で、終には「まあそれなりに愉しめた」という感想に行き着くのであるが。
「またお会いしましょう、クラウさん。・・・いつか、何処かで」
その時は赤の竜神のかけらなんて置いてきてくれると嬉しいんですが。からかうのも命がけ、ってのはもう御免被りますよ。
烈光の剣ゴルンノヴァの行方も気にとめないことはなかったが、雑務に忙殺されるうちに紛れてしまい、エルメキアでその後どうなったかも調査しないまま時が過ぎた。そのうち調査自体が面倒になり、結局放っておくことにしたのだった。
だから、のちに緋の髪と紅の双眸を持った少女に関わることになった時、傍らの「保護者」の佩剣に思わず笑いが出るほど驚いた・・・というのは、また別の話である。

***

 それから、およそ百年程が経った。その日、何処からかミルガズィアに囁きかけるものがいた。
『面白い客が来るよ』
すこししゃがれた、しかしひどくのんびりとした声。異界黙示録クレアバイブルからは暫く足が遠のいていたが、聞き間違えることはない。
一千年前滅ぼされた水竜王ラグラディアの残留思念のかけら。アクアを名乗る、銀色の髪と紺碧の眼をしたドワーフの老婆。


今更SLAYERS④