白の審判
 
~Judged City~

 その小さな村は、半ば雪に埋もれてもはや人の気配すらなかった。
「ひどいなぁ・・・」
 カーツが呟く。
「これで何ヶ所だ?しまいにゃユートラップは雪で滅びちまうぞ」
 まといつく雪を蹴りつけながら、カイが毒づいた。たれこめた陰鬱な雲から、雪はまだ降り続いている。
「本当なら、今が一番いい季節なのになぁ・・・あーあ、この木なんか、今にも枯れそうだよ。勿体ないなぁ、今ごろの芽を摘んで味噌汁につけると最高なのになぁ・・・」
「・・・どういう次元の心配をしてるんだよ」
 カーツ達が訪れた町や村のいくつかは、ここと同様季節外れの雪のために壊滅の危機に瀕していた。
 温暖なユートラップは、本来高地を別にすれば雪が積もることなどほとんどない。膝を埋める程度の雪が降れば、豪雪として帝国文芸寮に記録が残る。
 まして、春神の上月にもなろうというのに花も咲かず、あまつさえ雪が積もるなど、有史以来のことだった。
 まず物流が滞った。交易を生業とする村や町はたちまち困窮し、またその流通に頼って食料を始め生活必需品を調達していた集落にいたっては、日々の糧すら危うくなった。
 豊穣神リディアの加護あついユートラップと言えど、これだけの異常気象に見舞われてはひとたまりもない。春先の実りを待つばかりの作物が次々に枯れ、牛や山羊は仔を産まず、乳も出さなくなった。
 そして、町が飢えた。
 備蓄の貧弱な町から飢え、食料をめぐって争いが起きた。傷つけあい、弱った者から死魔の訪いを受けた。
 そんな噂をいくつも聞き、そしてそのいくつかを見てきた。しかしまだこのあたりは元来が暑いくらいの気候だから、噂ほどひどい状況にはなっていなかった。・・・だからこそ、カーツ達がいままで旅をしてこれたのだが。
「おーい、だれかいませんかぁぁぁ?」
 カーツの声に、答える人はない。
「・・・何か聞こえる」
 リックが不意に立ち止まった。
「え?なになに?」
「カーツやカイには聞こえんだろう・・・リック、こりゃ・・・」
 クロードの言葉にリックが青ざめた。
「・・・・死魔の羽音だ。誰か死にかけているんだ!!」
「探せ、まだ生きてるやつがいるぞ!」
 四人はすぐさま散った。もともとさほど大きな村ではない。カーツが小さな礼拝堂の中で、神像の前に倒れている修道女を見つけるまでいくらもかからなかった。
「こっちだぁっ!早く・・早く回復を・・・!!」
 カイ、クロードの二人がかりの回復呪文が奏功したらしく、修道女は目を開けた。
「さっきの死魔が見つけたのはあんたじゃなかったらしい。死魔に見つかっていたら、呪文を詠唱するのが二人が四人でもまず助からんからな。娘さん、あんたついてるよ」
「・・・・ではまた誰かが、死魔に召されたのですね」
 悲しみに青ざめたその一言に、一同言葉につまった。死魔がここへは来なかったということは、まだほかに死に瀕した誰かがいたということ・・・。
「この村で、何が起こっているのです?・・・我々は村中を探しましたが、人間はあなた一人しか見つけることはできなかった」
「・・・・病です。悪い病・・・・」
 修道女はうなだれた。
「この寒さとともに、いかな回復呪文も受けつけない病が人々を蝕み続けています。人々はただ家に引きこもり、死魔の訪いを待つばかり。残された人々は弔いをする力さえなく、亡骸は門前の雪の中にうずめられたままです」
「ひどいな・・・一体どんな病なんですか?」
 カーツの問いに、修道女はわずかに肩を震わせて言った。
「・・・絶望です」
「え・・・・」
「深い絶望が、この村の全ての人々を蝕んでいるのです。寒さに立ち向かうことも、生きるための行動を起こすことすら投げ出させる深い・・・深い絶望!」
 修道女は頭を抱え、膝を折った。
「本当の病など、私の治療魔法でもなんとかなる程度の・・・風邪のようなものに過ぎません。本当にこの村を滅ぼそうとしているのは、自らのちからで生き残ろうとする気力さえ失った私達自身なのです。・・・なぜ、なぜこんなことに・・・」
 言葉を詰まらせ、泣きくずれる修道女に、カーツ達はかける言葉も見つけられなかった。
「絶望がひとを殺すなんて・・・リック、そんなことがあるのかい?」
「・・・ありえない話じゃないさ。もっともそれは魔法理論上の話で、こうまで厳しく現実を突きつけられなきゃ、俺だって信じないだろうけどさ」
「そんな・・・」
「深すぎる絶望は回復系の呪文を拒絶する。また、死魔を呼びやすい。
 村の壊滅が絶望の所為だという話も、今の状況下じゃあながち非現実的ともいえんが、何故そこまで深い絶望が、それも村の殆どの人間の心に巣くったのか・・・そっちのほうが問題かもしれんな。ここらはまだそれほどひどい事情にはなっていないはずなんだ」
 クロードが、桟に吹きだまった雪でひどく視界の悪い窓から外を見ながら言った。カイが頷く。
「それもそうだよな。まるで呪詛でも受けたみたいじゃないか」
「いや、村まるごと巻き込むような呪詛なら、俺たちがここへ入った段階で何らかの影響を受けてしかるべきだし、なによりそんなものがしかけられたとしたら、この娘さんが気づくはずだ。修業中とはいえ、僧侶なんだからな」
「・・・それらしい気配は、なかったんですか?」
 カーツの問いに、修道女は首を横に振った。
「気がつきませんでした。私が未熟な所為かもしれませんが・・・。でも、呪詛ではないような気がします。・・・みんな、雪が降りはじめたころから何かしら怯えていました。それというのも、レヴィン書の一節に記された村は、ここのことだという言い伝えがあるからなのです」
「<レヴィン書>・・・!?ここにあるんですか!?」
「いいえ、その一節のみを写したものがあるに過ぎません。・・・レヴィン書はこう伝えています。

 閉ざされた泉は二度とその口を開かず
 哀れな母子は 苛烈なる陽に打ち伏したり
 翼あるものの訪れはわずかに遅く
 灯火はついえたり、のぞみを胸に
 悲しみの灯火を胸に
 翼あるものは泉の口をこじ開ける
 “忘るなかれ、汝ら弱きものよ、
  汝らの灯は冬神の娘が消さん”

 ・・・“泉”とはこの村の暗喩だと言われています。ご覧になられたかも知れませんが、村の中央にある泉・・・この西街道の中では、古くから名水として知られ、旅人の渇きを癒してきました。
 そして冬神の娘とは、雪のこと・・・有史以来雪など降ったことのなかったこの地に、この春先になって初めて雪が降りました。皆がおかしくなりはじめたのは、それからです」
「・・・ちょっと待った・・・たったそれだけのことで?」
「この一節は、罪を得て放逐された母子が、村に水を求めてやってきて・・・そして村に入れては貰えなかったことを示唆しています。その結果、母子は死んだのかも知れません。・・・なぜなら、その墓とおぼしきものがこの村にあるからです」
「何だって!?」
「・・・きっと、皆悔いていたのです。・・・だからこそ、恐れている・・・」
「“翼あるもの”の報復を・・・?」
 クロードの思わぬ一言に、カーツが振り向いた。
「なんだよ、それ?」
「・・・いわゆる、“レヴィン書の怪物”・・・六枚三対の翼を持つと言われる存在さ。正体は高位の魔術師の間でも論議の的だ。あるものは死魔とも解釈する」
「うーん・・・いまいちぴんと来ないな」
 カーツは頭をかき回して座り込んでしまう。先刻から皆の話を聞いていたリックがようやく腕組みを解いて言った。
「とりあえず、その墓とやらを調べてみよう。<レヴィン書>がからんでいる以上、今回の一件と無関係じゃないだろう」
「それもそうだな。第一、こんな寒い中でじっとしてたら凍っちまうよ」
 カイが同調して立ち上がった。

***

 村のはずれ、<村>の領域と<外界>を隔てる柵のそばの大樹。樹齢数百年はかたいと思われる老木だった。
 そのすぐ傍、木の根に抱かれるような格好で、その墓標がある。
 形の良い自然石に過ぎず、墓碑銘の一つも刻まれているわけではなかったが、不思議とそこは誰が見ても神聖な墓所であった。
「あれは・・・」
 カーツは駆け寄って、その墓石の前に捧げられた、半ば雪に埋もれかけていた小さな花束を掘り出した。白と、淡い青の小さな花・・・。
 カーツに追いつき、それを一目見た修道女の喉が、笛のような音を立てた。
「そんなはずは・・・この墓のことは一種の禁忌です。この村のものが花を手向けるなんてありえません。・・・そんな・・・それでは・・・まさか・・」
「お、おいっ・・・大丈夫か・・」
 頽れる彼女を慌ててリックが支えた。とたんに顔色が変わる。
「カイ!何とかしてくれ、さっき治療したばっかりだっていうのに、この娘さん、今にも死にそうだよ!!」
「お、おう」
 慌ててカイがはせつけるが、今度は全ての呪文がはじかれた。
「一旦礼拝堂へ戻ったほうがいい。ああいった場所の<気>は、回復系の呪文を増幅する」
 クロードの言うとおりだった。彼女を抱え、リックが走り出す。カイ、そして花束をもとの場所に置いて、カーツが後を追った。
 そして、一人がそこに残っている。
 身体は半分礼拝堂の方を向きかかっていたが、その目は墓標と、そしてそこに献じられた花束を見ていた。
 彼が身を翻すまでほんの数秒。何故か、風さえもがその呼吸をひそめていた。

***

 最後の一人が礼拝堂の扉の向こうに消えた直後、大樹の前に二つの人影が現れた。
 だが、それらは雪の上に存在の痕跡をとどめない。淡く光る球状の障壁の中に、彼らはいた。
「先刻の人、気がついたのかな」
 背が低い方がそう問うた。
「・・・・気がつかぬ訳がない」
  高い方が、吐き捨てるように言った。男の姿なりをして、低く、口調も厳しいものであったが、それは女の声であった。しかし、ややあってその語調を和らげて言葉を継いだ。
「・・・とんだ墓参になったな。あんな凄惨なものを見せるつもりはなかったが・・・」
 背の低い方・・・少年は静かに首を横に振った。
「ぼくが連れてってくれって頼んだんだもの」
 少年は障壁の中から手を伸ばし、冷えきったその石に触れた。・・・石に。そして降り積もる雪に。
「・・・冷たいね。身体まで凍りつきそうだよ」
「手を戻せ。・・・いくらお前が子供たちの中でも丈夫な方とはいえ、障壁の外へ出れば後でどんなことになるか・・・」
「わかってるよ」
 少年は拗ねるではなく、ただ諦めだけに覆われたおもてを俯けて手を引いた。「・・・・寒い寒いと言いながら、彼らは丈夫だね。・・・・なのになぜ、こうもあっさりと死魔の訪いを受けてしまうんだろう・・・?」
「アンディ・・・」
「不思議だね。自分のものでない罪に怯えて、その清算のためには死魔の訪いすらも従容と受け入れてしまうような人たちが・・・どうしてあの時、哀れなあの人に与えるさかずき一杯の水を惜しんだんだろう・・・」
 その答えには、一片の感慨もなかった。
「…それが、人間だ。強いが、脆い。慈悲深く、そして残忍だ」
 少年が、かるい驚きをこめて女の顔を見上げる。もの問いたげなまなざしを、女は瞑目して遮った。
「…私は帰る。アンディ、一人で帰れるか」
 これ以上は問うても無駄と心得ているらしく、少年はもう一度視線をその小さな墓石に戻して言った。
「大丈夫、遷移呪文ぐらいできるよ」
 自分の障壁を解き、雪の上に降り立つ。
「…先に行く。長居はするな」
「分かってる…ねぇ、パラーシャ」
「…?」
「…パラーシャは、違うの?」
 女は、一瞬遷移呪文を止めた。だが、何も答えずにもう一度最初から唱え直す。遷移が始まり、その姿が光の靄に包まれた。
「…私は、人形だ」
 光の靄と共に、その姿が消える。
 少年はしばらくそのまま立ち尽くしていたが、ややあって障壁の中から遷移呪文を唱えた。障壁が収縮し、消失する。
 …また、雪が降り始めていた。

***

「…大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「何をご存じなんです?あの花が一体何なんです?」
 カーツの問いに、修道女は表情を硬くした。
「何でもありません。…この村のしたことを悔いた誰かが置いたものでしょう」
「だって…」
 なおもいいつのろうとするカーツを、リックが止めた。
「…それはさておき、助けを呼んだ方がいい。ここからだとタルカの街がすぐ近くだ。あそこなら西方守備隊の本部があるし、これだけの惨事だ、守備隊の1個中隊ぐらい派遣してくれるだろう。
 俺が行く。西方守備隊には顔見知りがいるし、うまく行けばすぐに本部長に会えるかもしれない。カーツたちはここに残って生存者を探してくれ」
「…そりゃそうだ。リックならまがりなりにも皇城衛兵隊の少尉殿だしな。話が通しやすいだろう。カイはこの娘さんについててやってくれ。カーツ、いこうか」
 クロードが立ち上がる。だが、青くなって震えるばかりだった修道女がたまりかねたように声を上げた。悲鳴に近い声だった。
「まって…!大丈夫です、あなたがたは、どうぞ先へ進んでください。この村のことは、私が何とかします」
「なんとかって…」
「この村のことは村のもので解決します」
 硬い声だった。
「そんなこと言ったって、あなたひとりでどうやって!」
「他にもまだ生きているものがいるかも知れません」
「居たって虫の息だよ。あなただってまだ顔が蒼いじゃないか。回復の手は一人だって多い方が…!」
 今まで聞き役に徹していたカイまでもがついに声をあげた。だが、冷静な声がそれを遮る。クロードだった。立ち上がりかけたリックも何故か青ざめて座り込んでいる。
「…やめとけ」
「クロードの旦那まで何を…!」
「これ以上の介入はルール違反だ。娘さんの言うように、村のことは村のものに決定権がある」

 誰も、反論できなかった。

***

 …村を出てからの一行の雰囲気といったら、異様だった。
 もともと多弁とはいえないクロードはもとより、カイやいつもならカーツの漫才のあいかたであるリックまでが重苦しい沈黙を抱えてひたすら道を急いでいるのだ。
「…なーリックってばー」
「…何だよ」
「なんで引き退がったんだよ。リックだって変だと思ったろう?」
「仕方ないだろう。旦那のいうことが至極もっともなんだからよっ!!」
「なぁに怒ってんだよ…」
「…俺たちにできることていったら、タルカに着いたら西方守備隊に連絡を入れることぐらいだ。もっとも、そんなことしたって守備隊が見つけるのは骸ばかりだけどな!」
「何だって!? どういうことだよ」
「どーいうこともこーいうことも、あの村はもう死魔の気配に覆われてたんだ。あのひとだってもう…」
「だったらなおさらだよ。なんで置いてきたりしたんだ!?」
 ついにリックが歩みを止めて声を荒げる。
「死魔に勝てるか!? お前は死と戦って、勝てるっていうのかよ!?」
 カーツが言葉に詰まる。
「死魔の訪いを受けたものは、回復魔法を受け付けない。訪いをはねつけることはたとえ魔法司でも不可能なんだ。中位魔術師ジェレーター・メイガス程度の俺に何ができるよ!?」
 ややあって、カイが重い口を開いた。
「理解ってやれよ、一番つらいのはリックだ。…おれは、そりゃちょっとは回復魔法ができるけど、魔術者としては魔術士クラスだからな。リックみたいに死魔の羽音を聞いたり、気配を感じたりすることははできない。
 だから…悪く言えば…知らずに無駄な努力を続けることだってできる。けど、リックにはそれがわかっちまうんだ」
 カーツはしばらく押し黙って俯いていたが、ぽつりと言った。
「…すまん、リック」
「…俺こそ、黙ってて悪かったよ」
 誰からともなく、再び歩き始める。
「あの村をあそこまで追い込んだものが何なのか、はっきりしたことは分からない。しかしレヴィン書の写本の話からみても、聖剣が奪われた件や、風巳がさらわれた件…つまり400年前の事件と無関係じゃないと思う。こんなことがもう起きないように…できるだけはやくこの一連の事件の謎を解かなきゃな」
「そうだな…」

 タルカの街まで着けば、炎華山までの道程はあと1/4ばかりとなる。

まっとうにイベントシナリオを書こうとした

2019.8.17

 カーツたちが王都から炎華山へ向かう途中のイベント、という位置づけで書いたショートストーリー。書きクチが硬くて展開が強引なのはゲームとしての進行を強く意識して書いた所為です。情景描写とか心理描写は極力抑えました。まだこのときは、まっとうにイベント用のシナリオを書こうとしていたのですね。(「INNOCENT SOUL」「終末の雨」あたりは既にその努力を放棄している…)

 死魔、という存在の伏線でもあります。L.A.W.本編の真のラストバトルは死魔との攻防戦ですからね。

 作中に出てきた少年・アンディはハル・カティス(act.9 地の迷宮の守護者)です。アンディっていうのは幼名なんですよきっと。ええとこの坊ちゃんという設定でした。