旧主の居館たるセルア館は、エルンストとマキが慌ただしく出立してしまった後、耳が痛い程の静寂の中にあった。
縫合したばかりの背の傷を保護するために、セレスの左腕はきっちりと布で固定されている。そして痛みも、鎮痛作用のある薬湯で動きを掣肘するものではなくなりつつあった。
だが、慚愧と悔恨はセレスの胸に冷たい牙を立てて離れぬ。呼吸をすることさえ苦しい気がして、セレスは自身の胸に右手を当てて必死に呼吸を整えた。
一歩間違えば戦になる。この美しい森が炎に包まれるのだ。それを防ぐには、彼女が一刻も早く隊に戻り、即座に出動できるよう態勢を整えなければならない。だが、その前にこれだけは言っておかなければならなかった。
額に手を遣ったまま椅子に身を沈め、黙して天井を仰いでいる旧主の前に…セレスは跪いた。
「…この度のこと、申し訳ありません、殿下」
――――遂に、巻き込んだ。
遺恨を忘れたわけではないが、関わり合いにもなりたくない。旧主の立ち位置を、セレスは誰よりも理解していた筈だった。だからこそ、件の手紙を証拠として提出することに躊躇したのだ。だが、結果はどうだ。
だが、旧主は苦笑しながらゆっくりと椅子から立ちあがる。
「…そんな、泣きそうな声で何を謝るんだ、セレス?…俺の方こそ、君には迷惑をかけてばかりだ」
そして何かを振り切るように軽く頭を振ってから、この館に仕える従僕姿の二人の若者を喚んだ。
「レクシス、支度をするから手伝ってくれ。あんなものでも着なければ事が面倒になるんだから、王都って処は心底莫迦莫迦しい」
支度の意味を正しく理解したレクシスが一礼して立ち上がる。
「リダスはセレスを第三隊の本部へ送り届け、以後はセレスの護衛と支援に付け」
リダスも一礼するが、これにはセレスの方が驚いた。
「殿下…!」
旧主は微かに笑い、顔を横に振った。
「どうせ、止めても行くつもりだろう。エルンストが戻るまで、誰かが隊をまとめなければなるまいからな」
「…は、い…」
見透かされている。
「本当は、セレスがいやだと言っても暫く館に留め置きたいところだ。傷を縫ったばかりだというのに…全く無茶だな。化膿止めの処置はしたとは言え、動き回って熱が出たらどうするんだ。
リダス。セレスの様子がおかしかったら、何を措いてもすぐに館へ連絡を寄越せ。私は出かけなければならんが、エクレスにあとを頼んでおく。冷静なように見えて自分からは決して痛いとも苦しいとも言わない大した強情っ張りだからな、くれぐれも騙されるなよ。護衛というのは名目。実直に、見張りだ」
「承知致しました、殿下」
そんな場合ではないことは百も承知であっただろうが、颯竜公の言い種にリダスは抑えた笑いに口許を歪め、礼で誤魔化した。
他にもう、何も言えなくなって…セレスもまた、深く一礼した。
「…ありがとうございます」
このひとは、『セレス』を認めると共に…自らの責務に立ち戻る決心をしたのだ。
颯竜公、異称を護国竜公とも言う。現在の実態としては名誉職の扱いだが、本来は国王直下、制度上は宰相とほぼ同格の立場で国王を輔弼するのがその職分。
おそらく、今この瞬間に姉…マーキュリア・エリスは報われた。そう思うと、セレスは目頭と胸奥が熱くなってくるのを感じ、更に深く頭を下げた。胸に刺さる慚愧と悔恨の冷たい牙が、熾を抱いているようなその熱に溶かされていくのを感じる。
傷はある。だが、もう痛みはない。
「決して忘れることのできない遺恨を越えて…殿下はそれでもこの森を、王都を焼きたくないとお思いになった。その気持ちに素直になられてよいのだと…私は思います」
旧主…颯竜公レアン・サーティスは、再びやや苦味を帯びた微笑をした。そして、レクシスが櫃を携えて戻ってきたのに気付いて顔を上げる。
旧主が颯竜公としての装いに身を包み、その証たる剣と腕輪を帯びた姿を現すのを、セレスは待たなかった。セレスには果たすべき務めがある。それを全うすることこそ、『セレス』を認めてくれた旧主に報いるただひとつの途と知っていたからだ。
護衛兼見張りにリダスを付けた旧主の心遣いは、全く以て的を得ていた。
颯竜公の国王謁見、直轄軍編成の間に…腕を吊ったまま第三隊別働隊を率いてシードル卿捕縛に動いたセレスは、シードル卿が潜伏した小さな砦での小戦闘、そしてシードル卿の首級検分を終えた直後に倒れたからだ。
リダスは、戦闘が始まる前に使い鳥を放っていた。エクレスから状況を聞いたマキは、ヴォリス本邸でこれも熱を発して倒れたリオライに薬を届けて帰った直後であったが、すぐにまた馬を駆って件の砦へ走り、まさにセレスが倒れる瞬間に居合わせたのである。
マキが後に『飛燕公主』と渾名されるに至る逸話だ。
セレスは隊舎でなくセルア館へ運び込まれ、隊の方へは暫くリダスがそのまま詰めて連絡役を務めることとなった。戦役が終わって隊長が王都へ帰還した後も、リダスは暫く第三隊の事務方を支援することとなる。
身寄りはおろか本名さえ明瞭でない者など、第三隊では珍しくない。
ディルは結局、そういった者達のための共同墓に葬られた。叛乱に加担したとなると野辺に打ち捨てられることもあり得たのだが、五日間戦役での戦死者と同じ扱いとしたのは、エルンストであった。
熱を発して倒れていたために戦死者の葬儀に出席できなかったセレスは、後日ひとりで墓所を訪れた。
セレスはディルと交戦に至ったことはともかく、そこでかわされた会話についてはその詳細を隊長への報告に上げていなかった。だが、ディルがその今際の際に口にしたという言葉は、セレスの聞いたことと矛盾しない。
『…隊長。あんたの軛、俺が砕いてやったよ』
ディルは、本当にエルンストがこの国に繋がれていたと感じていたのだろうか。それが、彼がエルンストを隊長に推した所為だと。もしそうだとして、ディルが何故副長という立場のある身で叛乱に加担するようなことをしたのか、セレスには理解できなかった。
それがエルンストの立場を悪くすることがわかっていてそうしたのか。あるいはそうすることが目的だったのか。
『軛…軛なのか。この国も、私たちも』
物言わぬ墓標の前に立って、セレスは問いかける。
墓所とはいっても一人ひとりの墓石などない。生前よく使っていた武器武具の類が、無造作に大地へ突き立てられているだけだ。戦鎚や戦棍、長剣に混じって佇立する、見覚えのあるソードブレイカー。あの日、セレスの剣を折り、宰相リオライに深刻な傷を負わせた剣だ。
ディルは献身的な副官だった。エルンストを心から尊敬していた。そしてその力の能う限りエルンストの職分を補佐することを、素直に楽しんでいたようにセレスには見えた。
それでもディルにとって…エルンストが隊長として宰相の信を得て重く用いられることは、限界を超えて酷使されているようにしか見えなかったのだろうか。
いかな激務であろうと、自らが認めた主君のために持てる力の全てを注ぎ込めるのは幸いなことだ。それが自分の生まれと育ちに起因する感覚であることもセレスは理解していた。だが、それでもセレスは、エルンストが献身を強いられていたとは思わない。
気に入ったなら、加勢する。困っているなら、手を差し出す。それで自らが困った状況に陥ったとしても、笑って流す。あのひとの行動原理は至って簡潔なのだ。それを縛られていると見るのは、傲慢ではなかろうか。
いや、わからない。ディルにはディルにしか見えない景色があったのだろうから…。
その時、ふと微かな足音に我に返る。向こうが故意に気配を消していた訳ではない。セレスが注意を怠っていただけだ。その足音からその主までも推察できたセレスは、ゆっくりと振り返った。
「お帰り、セレス…」
立木に繋いだセレスの乗騎を片手で構いながら、セレスの方を向いて柔らかな微笑を浮かべるエルンストがそこにいた。
「只今戻りました。通常任務に就きます」
「…あぁ、明日からな」
そう言って、セレスを抱き寄せた。その言葉の意味を悟ったセレスは、そのままその腕に身を委ねる。…今日はまだ、休暇中。
「無理をさせて、済まなかった」
背に回した指先に、服の下に巻かれた包帯の厚みを感じたのだろう。微かにその眉目を曇らせて、エルンストが言った。
セレスもまたその広く逞しい背に手を伸べ、陽と大地の匂いを纏う温かな胸に頬を寄せる。
「今日、此処に来る前に糸は抜いていただいた。服を汚さないよう、念のために布を当てているだけ。もう、痛くはない」
エルンストが深く嘆息して、抱き締める腕に力をこめた。
「あんまり無茶しないでくれ。痛みがなくたって、まだ傷が新しいのに…騎行で帰ってくるか、普通」
セレスは声を立てずに笑った。シードル卿捕縛のために出撃した時、セレスはまだ片腕吊って固定したままだったのだ。面倒臭くなって途中で包帯をとってしまい、挙げ句傷を拗らせてマキに散々叱言をくらうことになった。それに比べれば両腕使える状態で、平坦な森の緩やかな騎行ぐらい何でも無い。
だが、今それをわざわざ口に出して話を拗らせることはないだろう。
エルンストが戦役から帰って彼女を見舞ったときの、見舞われる方が慌ててしまうほどに蒼白な表情を思えば、今彼女を抱き締める腕に込められた、一歩間違えば呼吸を詰まらせるほどの力も甘んじて受けざるを得ない。
「…ごめんなさい」
自身は図抜けた身体能力に任せて無茶をする一方で、エルンストはセレスの体調を相応に気遣っている。ただ、それを口に出したものかどうかでいつも迷うらしいのだ。それが、常日頃のセレスの態度に問題があるからだと、理解ってはいるのだが…。
「あいつもあいつだぞ、連絡ぐらい寄越してくれりゃいいのに。俺が頻々と顔を出すと、『早く帰せ』ってせっついてるみたいだから…遠慮してたらこの始末だ」
エルンストが終いにはなにやらぶちぶちと愚痴を零し始めるから、セレスは微笑ってその唇をそっと唇で塞いだ。
「マキちゃんが送ってくれるつもりで…馬車を準備している間に、私が勝手に帰ってきてしまったの。だから…」
「そりゃ判ってるが…」
惜しみながら離れた後、再び小さな嘆息を零して、エルンストが言った。
「…今夜、行ってもいいか」
セレスは、小さく頷いた。
セレスが戻ったことを知ったオリガはその晩、快気祝いだと言って宴を張ってくれた。セレスとエルンスト、オリガの他は伴侶であるジェロームだけというささやかなものながら、心尽くしの晩餐であった。
ジェロームはエルンストがこの国に逢着した頃から隊舎脇に診療所を構えており、近隣の平民も診るがほぼ第三隊専属の医者である。そしてオリガはもと颯竜公家に仕え、セレスがカーシァと呼ばれる童女であった時から識っていた。その縁で、セレスが館を出て第三隊へ入隊するに当たり、彼らが離れのひとつを提供してくれていたのである。
男二人が差し呑みにはいった辺りで、オリガが片付けに立つ。主賓は座っていなさいと言われながら、結局皿を下げるだけと言って手伝っていたセレスは、ジェロームの嘆息混じりの声に思わず一瞬、足を止めた。
「辞める、か。…まあ、仕方ないな」
初めて聞いた話ではない。それ自体は戦役から帰ってきたばかりのエルンストから一度聞かされていた。
「半分近くが叛乱に参加してた第一隊の隊長も、ありゃぁ泣く泣くだが…退任を決めたらしいからな。第三隊もひとりとはいえ、暗殺未遂の一件で実行犯を出している。本来、俺が司令官直轄軍の指揮を執ったのだって結構ギリギリだったんだ。他に選択肢がなかったから通っただけでな。…戦役は終わった。幕引きにはいい時期だ」
「そうは言うが、後をどうする。衛兵隊の後任隊長は、前任者の推薦をもとに国王が任ずるってのが通り相場だろう」
「それさ。言っちゃ何だが、第三隊は副長が優秀すぎて中堅が育ってなくてなー」
テーブルに突っ伏して頭を掻き、エルンストが呻く。ジェロームが笑った。
「こいつ、何気に惚気やがって」
「いっそのことリダスにでも頼んじまおうか。あいつ結構使えるぞ」
「颯竜公んところの従僕か。…いや、ただの従僕じゃなさそうだったが…」
足を止めてしまったセレスに、オリガが声をかけた。
「本当に、いいのよ?それでなくてもあなた、一応病み上がりでしょうに」
「いえ、大丈夫です」
皿を持ち直して、セレスは笑った。厨房まで皿を運び、更には汲み置きの水が少ないことに気づいて桶を片手に水を汲みに出た。左腕の力の戻り具合を検証するには丁度良い負荷と思ったのである。まだ左腕に過大な負荷はかけられないが、多少の工夫をすれば今のところ日常生活程度は問題ない。
月のある夜だ。灯火を持ち出さなくても、井戸から水を汲む程度のことは十分にできた。
釣瓶を引き上げ、水を手桶に移してしまってから、セレスはふと中天の月を仰いだ。
――――佳い月だ。
先程の会話がセレスの脳裏を掠める。エルンストが衛兵隊から去るのは、確かに仕方ないことではあった。それは判っている。…では、自分は。
衛兵隊第三隊は、決して終の住処にできるような場所ではない。先代隊長であるクラウスも長く務めたが、体力的な限界を悟ってエルンストを後継者に指名したのだ。クラウスもまた異邦人であったが、壮年期を過ぎており、退任後は王都のはずれに家を持って悠々自適の生活を送った。
しかしエルンストはおそらく王都に留まるつもりは無いだろう。遅かれ早かれ…いつかはこんな日が来ることはわかっていた筈だ。
『俺のところに来い、セレス。俺は…お前が欲しい』
誰のものにもならない生き方を択びたいと思った。だからセレスは、そう言ってくれたエルンストのいる衛兵隊へ入った。あの時はそれでよかった。
では今…自分は一体どうしたいのだろう。
「セレス、大丈夫なの?」
開け放した勝手口の扉から、オリガが身を乗り出していた。
「今、戻ります」
手桶を持って、セレスが勝手口へ戻る。オリガがいつもの柔らかな笑みで手桶を受け取り、水甕へ移しながら言った。
「腕の調子を確かめるのもいいけど、程々にね。私が隊長と殿下と…二人から叱られてしまうわ。いいからとりあえず落ち着いてそこへお掛けなさい」
「すみません…」
却って心配をかけてしまったことに苦笑して、セレスはおとなしくその古びた椅子のほうへ歩き出した。
「…迷って、いるのね?」
前置きも無く核心を突かれ、セレスは思わず立ち止まり、俯いた。ややあって緩々と椅子に身を預け、ようやく口を開く。
「…はい…」
離れといっても一間限り、机と椅子、そして牀があるだけ。療養部屋を宿舎代わりにさせて貰っている格好だ。端的に言えば寝に帰るだけの部屋。
剣か、紡錘か。剣を択んだセレスには、それだけで十分であった。
セレスは牀に腰掛けている。ひとつしか無い椅子をエルンストに供しているからだ。
「傷…痛みはないと言っていたが…見せてもらってもいいか? …その、治療のときは…あいつにしても嬢ちゃんにしても、絶対中にいれてくれなかったし」
ひとつきりの細い灯火は、机の上だ。その灯火に背を向けて、セレスは小さく吐息した。
「構わない」
セレスは服を緩め、包帯を解く。エルンストが椅子から立ち上がって呼吸を詰めるのがわかった。
『あーあ、残っちゃうね、傷…』
糸を抜いた時に、マキが言っていたのを思い出す。鏡を使って見せてもくれたが、マキはひどく口惜しそうだった。鏃が刺さったまま長時間にわたって動いた為か、一度手当てをした後で拗らせた所為か、矢傷としては大きい。絹糸を使った精緻な縫合であり、その縫い跡は殆ど判らないにもかかわらず…傷は歴然としていた。
顔の傷に比べれば、目に触れることの少ない場所だ。それに、剣をとると決めた以上、セレスは矢傷・刀傷を恥ずかしいとは思わない。ただ、エルンストの沈黙が痛かった。
「もう痛みは無い。ただ、痕は残るだろうと…」
全部言い終わらないうちに、傷にふと温かいものが触れる。服を整えかけた手を止めて、セレスは口を噤んだ。…温かい、というより熱い。
「済まん、セレス。俺が気が付かないから…」
エルンストが傷から唇を離し、少し苦しげでさえある声を絞り出して、包み込むようにしてセレスを背中から抱き締める。
「…あなたの所為じゃない」
力強い腕に指先を添えて、セレスはそっと身を預けた。
「傷を負ったことを云々すれば、剣持つ者としてのお前への侮辱とかわらんことぐらい、俺だってわかってる。…俺が言いたいのは、傷を負ったばかりのセレスを、戦紛いの荒捕物に駆り出したことだ」
「戦役を迅速に終わらせるためには、あの時、第三隊でシードル卿の身柄を抑えることが最善だった。シードル卿がカルミキアでラクツ将軍と合流していれば、戦役は長期化を免れなかった。そして、ディルがいない以上、私しか動けなかった。
…そうでしょう?」
「わかってる…わかってるが…。お前が傷を負ったばかりって判ってて、平然と命令を出しちまったってことが…後から怖くなった。…そうしなければならないっていう判断に、感情が全く歯止めをかけてくれなかったっていうことが…」
「…何故、それを愧じるの」
「道具としてならそれでいいんだろう。だが俺は道具じゃない、人間で在り続けたいんだ」
存外に強い調子の言葉に、セレスははっとした。
「…エルンスト…」
「〝怪狼〟…そう呼ばれる時の俺は、道具だ。自分ではない誰かのための刃となる者。そういうふうに育てられたし、俺だってそれが悪いと思ってるわけじゃない。他に特長が無いんだからそれで食っていくさ。
…だが、惚れた女を危険に晒して平然としてられるような化物には…俺はなりたくない」
セレスは吐息し、エルンストの腕に重ねていた指先を伸ばして…大地と同じ色の髪に触れた。その動作で、抱き締める腕の過ぎた強さに気付いたらしく、エルンストがわずかに腕を緩める。そのまま、暫く、互いの熱を感じながら身を寄せていた。
「…俺はツァーリを出る」
卒然と、エルンストが口を開いた。自身の鼓動が一度だけ強く跳ねるのを聴いて、セレスは呼吸を詰める。
「ディルの奴が何を言いたかったのか…いまだに俺には理解らん。だから暫く、この国を離れようと思う。別の場所に立ってみたら…また別の景色が見えるのかもしれん」
詰めた呼吸をゆっくりと吐き出しながら、セレスは応えた。
「…そう…」
「『傍にいる。でも、約束はできない』…って、言ったな。俺は憶えてる。判ってる。だから、セレスがどうしたいのか…それだけ、聞かせてくれ」
セレスは再び吐息した。
「今…答えなければいけない?」
「…いや…」
エルンストは腕をほどき、肩を軽く引き寄せてセレスを自分の方へ向かせた。その武骨な指でセレスの顎を捉え、軽く仰向かせる。
「今は、聞かない」
そして、唇を重ねた。