第九話 眩惑の海から

闇・水・光

Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「All’s right with the world」

 あれほど会いたいと思っていた母が、目の前にいるのに…シンジはただ呆然としていた。
 促されて立ち上がり、案内されて乗った車の助手席で…まだ言葉を探し続けていた。
「大きくなったわね、もう追い越されちゃいそうだわ」
 ユイは、ハンドルを握りながら片手の掌をシンジの頭に載せた。
「…長いこと、留守しててごめんなさい。いろいろ、辛い思いさせちゃったわね」
「母さん、僕…」
 言いたいことはたくさんあるのに、何から言っていいのかわからず、俯いて口を噤む。そんなシンジの反応を、ユイは辛抱強く待っていた。
「僕は…僕に、なにができるんだろう」
「シンちゃんは、どうしたいの?」
「みんな、父さんを嫌うんだ。…冬月くんも、小鳥遊たかなしさんも、カヲルくんも…綾波だって、なんだか怖がってる感じだったし。冬月くんは、父さんのこと大っ嫌いだって…カヲルくんは、綾波を守るために父さんを殺すことになるかも知れないって…小鳥遊さんは、自分と家族を…父さんが殺そうとしてるから戦うんだって…
 父さん、どんな酷いことしちゃったんだろう。それは…最近仕事ばっかりで僕のことなんかちっとも構ってくれないし、間違っても愛想がいいとはいえないし、口下手だからちゃんと説明できなくて、ものすごくぶっきらぼうな物言いしかしないけど…父さん、なんだ。前は、チェロを褒めてくれたり、優しいときもあったんだ。
 あんなふうに、皆から嫌われて…ううん、憎まれて…。どうしてなんだろう。そう思ったら、なんだか悲しくて…」
 自分の膝頭を握りしめるシンジの手に、水滴が跳ねる。
「…ありがとね、シンちゃん」
 ユイは、眼を見開いたまま滂沱たる涙に咽ぶ息子の頭をそっと撫でた。
「困ったお父さんよね。…でも、母さん安心した。母さんったら仕事にかまけてシンちゃんのこと、申し訳ないほど放っぽらかしだったのに、こんないい子に育ってくれて。本当にありがとね。母さん、今とっても嬉しいわ」
「…母さん」
「…そうね…困ったお父さんをジオフロントから引っ張り出して、それでも世界は美しいって…みんな一緒に生きていけるよって…お説教してあげないとね」
 ぽんぽん、と俯く背中を叩かれて、シンジはようやく自分が泣いていたことに気づいた。
「僕に、できることがあるかな…?」
「母さんと一緒にがんばろっか、シンちゃん。…『なんでわかってくれないんだよ』って突き放すのは簡単なの。でも、何度でも説明してわかってもらう努力をするより他…方法って無いのよね。…それって凄く根気が要ることなんだけど、わかってくれないからって相手を排除するよりも大切なことだって…母さん思うの。
 人間ってね、ちゃんと言葉で伝えないとわからないのよ。…当たり前のことなんだけど、その当たり前を理解するのって…大人でも結構難しいのよね。母さんも、途中で諦めて…逃げちゃった。その所為で、皆に迷惑かけちゃったわ。シンちゃんも含めてね」
 何処をどう走ったのか、全く憶えていない。だが、いつの間にか見晴らしの良い丘の上に出ていた。ユイは車を停めた。
「ここは…」
 車を降りた母についていくと、見慣れた、だがまったく視点の違う光景が広がっていた。
「第3新東京…だよね?こんなに広く見渡せる場所があったんだ」
 丘と言うよりは山の上であった。第3新東京の都心が俯瞰できる。暮色を強めていく空と対照的に光を放ち始める都市の姿は壮観であった。数日前、ユキノやナオキ、ユウキが探索のために訪れた場所でもあったが、シンジに知る由もない。
「この真下には、巨大な空間があるの」
 ゆっくりと、ユイは言った。
「ああ、ジオフロントとかいう…箱根全体よりまだ広いってあれでしょ?…都市伝説だと思ってたよ」
 シンジの反応に、ユイは苦笑した。
「そうね、そういうことにしといた方がかえってばれにくいものなのよね。…でも、本当なの。母さん、そこで働いてたから」
「…えっ…」
「昔…とーっても、昔よ。この惑星が生まれてあまり間がない頃じゃないかしら。…二隻の移民船がこの惑星に辿り着いたの。とてもとても遠いところから来たということしかわかっていないわ」
「移民船?…それって、つまり…」
「そうね、地球外生命ってことになるわね。…でもねシンちゃん。わたしたちもつまるところ、この惑星に起源を持つ者ではないのよ」
「そうなの!?」
 進化論の授業で聞いた語句の断片が頭の中を跳ね回った。だが、母の言葉を裏打ちしそうなものは見つからない。
「最初に着いた船がこの星の衛星軌道に安定し、入植を開始しようとした時。もう一隻の船が到着した。それは予定された邂逅ではなかった。事故。…後から来た船が既に衛星軌道にあった船に接触したために、二つながら軌道から落下したの。
 片方は落ちたまま航行不能となり、もうひとつは一度落ちたものの、外殻を地下に残して中枢機能だけは軌道上へ転送した。…何とか軌道には乗ったけど、コントロールが失われたために、結果として殆ど満足な機材もなしにクルーの一人が地上へ取り残されることになったの。それが今、私たちが『リリス』と呼んでいる者。私たちの命の源となった存在よ」
「『リリス』…」
 それは、聞いたことのある言葉であった。あの夏、カヲルが言ったのだ。
 ―――レイは、『リリス』と呼ばれる、ヒトを生み出した存在の『核』から生まれた。
「地上にただ一人取り残された『リリス』は、地上の生物に干渉し、ヒトを生み出して導いた。それは本来の移民計画とは異なったものでしょうけど…星に種子を播くという目的を貫くためにはそうするしかなかったから。
 それで目的を完遂したわけではないのでしょうけど、ある程度軌道に乗ったと考えたのか、『リリス』は眠りについた。ヒトに大きな宿題を置いてね」
「『宿題』?」
「接触事故によって南極に落ちたもう一つの移民船。その移民団のクルーのうち、事故時に完全な覚醒状態にあった者がいた筈なの。墜落の衝撃から身を守るためにその形態を変化させ、そのまま休眠状態に入っていると考えられるけれど、彼等は、その休眠から醒めたら中断されたミッションを完遂するために動き出すであろうと、『リリス』は予言したの。
 …そして、その日に備えよ・・・・・・・と」
 シンジは僅かに蒼ざめながら訊いた。そうでなければいいと。そうあって欲しくないと。
「中断されたミッションって…入植ってことだよね? まさか、そのために…僕たちはいてはいけないってことなの? その、もう一つの移民船の彼等、にとって…?」
 ユイはにっこり笑ってシンジの頭を撫でた。
「シンちゃんって一寸ぽーっとしてるとこあるけど、実はとっても賢いから助かるわぁ」
「母さん!」
 茶化された気がして、シンジが声を大きくする。その追い詰められたようなまなざしに、ユイはふいと笑みを消して言った。
「少なくとも、『リリス』はそう考えたの。だから、その備えるということの意味は…『滅ぼされる前に滅ぼせ』」
 シンジは、呼吸を停めた。
「ゼーレという組織は、『死海文書』という、『リリス』と接触したヒトが書き残した預言書を奉じているの。いえ、いたというべきでしょうね。今現在、ゼーレは形骸化しているから。でも、その立場に立って本気で研究をしてきたのが、人工進化研究所であり、ネルフ」
「カヲルくんは、『生命として別の系統に属する』って言ってた…。ひょっとして、それが…」
「私たちは『死海文書』に存在を予言されたその生命を、『アダム』と呼んでいるわ。そして2000年、南極でそれを見つけた。そして、災厄を回避するためにコントロールすることを試みた。
 …そうして生まれたのが、カヲルくん」
 もはや発するべき言葉も失って、シンジが立ち尽くす。
「一方で、『リリス』を復活・覚醒させる試みも続いていた。『死海文書』の無謬性に確信を持てない科学者もいたから。結果、レイちゃんが生まれた。
 …非道ひどいと思うでしょうね。でも、これが母さん達のやってきた仕事なの。そして、その『非道い』研究の結論で、母さんはお父さんと決定的に意見が分かれちゃったのよ」
 ユイがふうっと深いため息をついて、昇りはじめた月を仰ぐ。
「随分話し合ったつもりだけど、お父さん、どーにも折れてくれなくてね。終いには私が接触実験で汚染されたからだって言い出す始末で。このままじゃカヲルくんとレイちゃんが大変なことになっちゃうって思って、母さんは二人を連れて研究所を出たの。いやもう、その後だって十分大変だったんだけど。
 今にして思えば、結局、母さん逃げちゃったのかも知れないわ。
 研究所を出てからも、何とかお父さんを説得できる材料を揃えようと大分四苦八苦してみたんだけど、うまくいかなくてね。結局、母さん倒れちゃって、カヲルくんとレイちゃんにも物凄い迷惑掛けることになっちゃったのよ。
 本当に、ごめんね。取り返しがつかないことってのはあるかも知れないけど、やり直しのきかないことってそう無いと思うの。
 みんな、一緒に生きていけるわ。母さんがんばるから、シンちゃんも応援してね!!」
 ぐぐっと両拳を握り込む母の姿に、シンジは何かほっとしていた。現金なものだが、この母の話を聞いていると…たとえ明日地球が滅ぶとしても、どうにかなるような気がしてくるのだ。
「とりあえず、レイちゃんを迎えに行きましょう」
 母の言葉に、シンジは思わず目を見開いた。

***

 リビングに戻ったマサキは、ソファに身を沈めてうつらうつらしている。眠いんなら素直に部屋でやすんでりゃいいのに、という一同のツッコミをさらりと聞き流した態だが、結局のところ起きていることが困難な程に消耗していたのである。
 まあ寝かしとこう、というところに落ち着き、活動サイクルの短い年少組が引き上げ、リビングに残っているのは半分眠っているマサキを別にすればイサナ、ミサヲ、タカミ、リエ、レミ、ユキノであった。
 タケルは外見からすれば決して年少組というわけではないが、『難しい話』というものが苦手で、深刻な話になりそうだと感じると早々に撤退するのが常だった。どうも、体力仕事を本分と決め込んでいる節がある。
「カヲルくんに接触してみて判ったのは…まずは姫様に起きてもらわなきゃならないってことだね。…このまま下手にカヲルくんを起こしたら、それこそ南極の二の舞になりかねない」
 タカミがそう切り出した。
「…よくもあの短時間でドクマまで侵入したものね。ま、サキ達が暴れたのが派手な陽動になったって話もあるけど」
 レミが感心したように言った。
「いやあの、あのタイミングで侵入したのは、別にサキ達を囮にする意図があったわけじゃないんだけど…」
 タカミがばつ・・が悪そうに目を逸らす。
「解ってるわよ。…で? タカミの言う姫様ってリリスの現身うつしみ、綾波レイのことなのよね。
 わかるの?私たちも結構探したけど、『彼』にしてもその所在がジオフロントだって見当つけるのには結構時間くったのよ。結局彼女ほうはわからず終いだったし」
「彼女は僕らとは違う…だから、感応系の能力でサーチをかけてもヒットしにくいんだと思うよ。だから、僕は彼女が身を隠そうとしたら…というより、カヲルくんが彼女を匿おうとしたらどういう手段がとれるか、というところから探してみた。結構時間も手間もかかったよ」
「MAGIさえ掌握するAIとしての『タカミ』の情報網ネットワークか。天下無敵だな」
 イサナが言うと、タカミは静かに頭を振った。
「なかなかそうもいかないよ。僕がMAGIのアクセスコードを取り戻したのは本当にあの直前だったし、世界の全てが電子化されてるわけじゃないんだから」
「そりゃそうよね…文字にも記号にもならないものは電子化しにくいもの」
 リエが相槌を打つ。
「カヲルくんはどうあってもあの狸に喧嘩をふっかけるつもりだったろうから、第3新東京市を出たとは考えにくい。カヲルくんは姫様だけでも脱出させたかったかも知れないけど、多分彼女のほうがそれを承諾しなかっただろう。
 この街で子供二人、誰にも怪しまれずに長期間潜伏するとなると、選択肢はそう多くないと思うよ。しかもあれだけ目立つ容姿だしね。ホテルのように従業員がいる場所はまずアウト。アパートやマンションをまともに借りるのも無理。
 …だとしたら存外、普通に入れるところで、ネルフに嗅ぎつけられにくい場所があるんじゃないかと思ったんだ。…セキュリティがしっかりしてて、カヲルくんがある程度自由に出入りできる場所」
「…そんな都合のいい…あの子達が住んでたマンションはとっくの昔に抑えられちゃってるでしょ?ゼーレのイヌになってあの住所を世話した加持とかいうブン屋は途方に暮れてただけだったし、大穴であの息子んとことか?あり得ないわね」
 遠慮の無い物言いで指を順番に折るレミ。タカミは微かに苦笑した。
「…一度徹底的に捜索された場所は探されにくいものだと思うんだよね。…その辺りでたったひとつだけ、思い当たるんだ。
 ―――――技術部長の赤木リツコ博士が住んでたマンション。保安部がメモ一枚に至るまで押収したみたいだけど、マンションそのものはネルフのものじゃなくて、彼女の私有財産。彼女自身は追放処分にされてるけど、資産は凍結されてるだけでまだ売却もされていない。
 カヲルくんは一時、彼女に暗示をかけてあの部屋に出入りしていたから…おそらくセキュリティの抜け方を確保してた筈だし、鍵も複製していただろうね。
 カヲルくんが捕まって月の単位で経過したはずなのに、ネルフが彼女を手に入れた様子がない以上…彼女はあの部屋から一歩も出ていないんだろう。代謝を落として休眠に近い状態になっている可能性が高いと思う。
 シュミット大尉だって南極海に潜水艦ごと半世紀も沈んでたんだ。彼女にできない訳はないだろう」
「…で、いいのかしらね。ヴィレに任せちゃって」
 黙って聞いていたミサヲが初めて口を開く。それに応えたのはタカミではなかった。
「任せたつもりはないな。だが、そもそもあの二人の行方を捜してくれというのが当初の依頼だったんだ。碇ユイ博士に知らせるのが筋というものだろう。まあ、17th-cellの坊やについては事情が違うが」
「あら、サキったら起きてたの」
「寝てないよ。目を開けてるのも億劫だからつぶってただけだ」
 そう言いながらも時々瞼が閉じかかっている。
「まあ、俺達は当初の予定通り、ネルフの手から17th-cellの坊やを取り戻すさ。大分コトを荒立てちまったからな。ヴィレも介入を加速させるだろう。ややこしくなる前に決着をつけたほうがいい…この際、多少荒事になるのもやむを得ない」
「大丈夫!もうしっかり荒事になってるから」
「お前が言うか、レミ」
「あら! 私だってサキが心配だったのよー? 粗悪な複製体コピーごときにサキがなますにされたら悲しいわ」
「悪かったな、粗悪な複製体ごときにやられっぱなしで。次は止めないから、荷電粒子砲でも陽電子砲ポジトロンライフルでも好きにしてくれ」
「好きにするのはいいが、この家は吹き飛ばしてくれるな」
 イサナが真顔で割って入る。地下室のアクアリウムを心配したらしい。
「その時はタカヒロが身体はってシールドになってくれるわよ。ここの庭を守るためなら何でもするって息巻いてたから」
 リエが笑う。ミサヲが嘆息して天を仰いだ。
「とりあえず、やらかすんならジオフロントってことにして頂戴。ネルフの連中にはともかく、あんまり一般人に迷惑掛けないようにね」
 舞台をジオフロントに移したところで、その外殻は然程強固とも言えない。どのみちこの街には大いなる災厄になりそうな気がしたが、そこのところを黙殺してマサキは話を進めた。
「だが、さっきのタカミの話だと、リリスの現身うつしみにも協力を願うことになりそうだな?」
「…多分、今の状態で他の者が呼びかけても覚醒しないか…暴発するかのどっちかだと思いますよ。2000年の事件の時は南極大陸の形が変わっちゃったらしいですからね。このあたりでその規模の事態が起こったら…まあ、日本列島のど真ん中で太平洋と日本海が繋がります。間違いなく」
「こっちだって消耗はしてるが、ネルフも修復作業中だろう。すくなくとも連中が結界を張り直すまでには再突入だな。その前に彼女と話をしに行かなきゃならんが…忙しいことだ」
「一応、悟られない程度に妨害してます。ジオフロント内部は人員が少なくて、かなり機械化されてますから…ウイルスを何種類か突っ込んだだけですが、そこそこ効果はあるでしょう」
「上出来だ。MAGIに介入できることはぎりぎりまで悟られたくない。
 リエとミサヲはここに残って情報支援と転送。ナオキとユウキ、それとミスズは狙撃できるポイントで待機。レミとタカヒロ、タケルとカツミはそれぞれ別に陽動。ついでにあの複製体コピーどもをそっくり焼却できたら完璧だな。ユキノはジオフロント内で情報中継と後方支援。考えたくないが、怪我人が出たときに後送してもらう。俺とイサナとタカミで本丸攻略」
攻撃オフェンス組を全部陽動に回すのか?」
 イサナが苦笑しながら指摘する。
「この際、本格的に喧嘩を売るのはヴィレに任せるさ。俺達は俺達の目的に専念すればいいって事を…途中で忘れそうな奴らを攻略組から外すとこうなるんだ。お前ら、怪我するなよ」
「努力しましょう…っていうか、片腕吊ってる人が参戦する上、偉そうにそういうこと言います? 道案内なら僕がしますよ。ジオフロントから連れ出すときに葛城さんから読ませて・・・・もらったからわかります」
「俺だけ家でおとなしくしてろってか? 傷が治る前に胃が捩じ切れるな。
 それとな、タカミ。緊急時とはいえそんなプライバシー侵害…いつか後ろから刺されるぞ? 止血してる隙に俺からも勝手にごっそり読んでいっただろう。それぐらい判るんだからな」
 俄に矛先が向いて、タカミが狼狽える。
「わざとじゃありませんってば。僕だって応急手当とか素人なんだから、あの場では本職プロフェッションのあなたから読み出すより他に方法がなかっただけ…」
「タカミ、いいから好きにさせてやって。言い出したら聞きやしないんだから。…まったく、ころっと話を逸らされてることに気づきなさいよ」
 ミサヲが小さく吐息して、タカミの台詞を遮った。
「達観してるな」
「こういうのは達観じゃなくて諦観っていわないかしら、イサナ? まあ、攻撃オフェンス組ならあなたがいるでしょ」
「…過大な期待をしないでくれ。判ってると思うが実用に供した事なんか無いよ」
「あらご謙遜。散打とはいえタケルを吹っ飛ばしたのはあなたくらいだし」
「タケルを!?」
 タカミが吃驚したように腰を浮かせた。
「だから過大な期待をするなと…」
 イサナが苦い顔でミサヲを睨む。睨まれた方はからっと笑って軽く手を拍った。
「それじゃ、『姫様』にお目通りする人以外は行動開始まで休養ってことで。いいわね?」