第拾話 希望の空へ

Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「All’s right with the world」

すべて世はこともなし
第拾話

 

希望の


 『第一次ジオフロント会戦』。
本部内に突如としてヒト型の、しかも複数の『使徒』が出現し、ジオフロント内の武装をあらかた破壊した。ようよう撃退したはよいが、出撃させたαーエヴァはほぼ全滅、量産型に至っては出撃したはいいがリフトオフもできないうちにリニアレールごと倒されて復帰不能。挙句、その倒壊に兵員輸送車が巻き込まれて多くの死傷者、行方不明者を出した。同道していた作戦部長まで消息不明という有様である。
発令所に暗澹たる空気が漂ったのも決して故無きことではない。
『どうなるんだろう、これから』
声に出して言う者はいなかったが、ほぼ全てのネルフ職員がその疑問を胸中に抱えたまま仕事についていた。山積する後始末に、業務やることに事欠くような部署などありはしなかったのは…ある意味幸いと言うべきであっただろう。
来たるべき脅威・使徒から人類を守る。彼等がジオフロントにいる理由、死海文書とやらに存在を予言されていた『使徒』とやらは、確かに存在した。それはいい。…半信半疑であった者たちも、目を疑うような光景を実際に見せつけられては信じない訳にはいかなかった。だが、彼等はあまりにもヒトに酷似している。
現金なものだが、量産型エヴァのような巨大な怪物であったなら、話はもっと簡単だった。
畢竟、人類の敵が目をそむけたくなるような醜怪な化物バケモノだというのは勝手な思い込みにすぎなかったのだ。至極当たり前の話なのだが、実際にごく普通の人間にしか見えない相手が『使徒』だったと言われても、俄に受け容れられるものでもなかった。
ところが、その一方で戦車や戦闘機さえ制圧しうる火砲を以てしても、結局1体も仕留めることは出来なかったという事実は厳然として存在するのである。
混乱と、不安が本部内至る所で燻っていた。
その中で、碇司令の挙動をスタッフが呼吸を詰めて見守っている、というのがその夜の状況であった。

 夜のとばりが第3新東京市を覆う。周囲の灯火は夜が更けるにつれて消えていくが、都心のビル群は光の粒子を纏いながら林立する黒い水晶の柱のようだった。
ミスズ、ナオキ、ユウキは闇に溶け込むかのような廃ビルの屋上で、その幻想的だが見る者によっては威圧的な光景を見上げている。少し離れて、シンジはそれを見ていた。
昼間とはまた別のポイントであった。屋上を囲むフェンスは半分以上朽ちており、いつかの台風でへし折られたまま放置されている。そこから見える旧・人工進化研究所の敷地周囲もまた闇に沈んでいたが、そこだけは工事中を示す赤いランプがずらりと明滅していた。カツミ達の連絡では周囲は規制線が張られ、一般人を近寄せていない。
「うーん、まさに狙ってくださいって感じね」
ミスズが感心したように吐息する。
「結界は再構築されていない。突入するなら今のうちだ」
ユウキがねじ曲がったフェンスをテントか何かのように丁寧に折りたたみ、踏み越えてから静かに言った。
「おまえら、あんまり無遠慮にモノ壊すなよ。埃が立ってしょうがないや」
ミスズが定めた狙撃点のほど近くで、トランクを開けて道具を広げるナオキがのんびりと声をかけた。トランクの中は、ハンドロード用の道具が詰まっている。平たい場所さえあれば何処でも作業が出来るよう、作業台を兼ねていた。
「結界が再構築されてないなら、『特製』は要らないよな?」
「うーん、向こうだって死にもの狂いで復旧中だろうって話だから、念のために5発ほど用意しといて」
「鬼…」
「何か言った?」
「いーや何も。はい5発ね、がんばりますとも」
「レミ姉が派手に壁抜いてくれたから、地表で変な動きがあればここからでも十分狙えるわ。大丈夫よね、ユウキ」
「問題ないな」
フェンスを越えたところで悠然と半跏趺坐し、軽く目を閉じたままユウキが言った。
ミスズはミスズで自分の支度を終えてしまうと、屋上の端まで進んで明滅する赤ランプに囲まれた地点をを睥睨した。
「結界壊れてるからかな…今ならここからでも、『彼』の存在を感じるわ。…正確には、その深い…深い悲哀…どんな生き方をしたら、生まれて十四、五年でこんな深い悲哀を湛えることができるの。それとも、記憶は継承されるものなの?」
胸に当てた掌を思わず握りしめる。沸き上がってくるものに咽せそうになり、ミスズは呼吸を呑み込んだ。
「ミスズ、 離れて・・・。巻き込まれかかってる」
ユウキが静かに指摘する。
「う、うん…」
目の縁ににじみかけた涙を拭い、ミスズが数回深呼吸した。
「サキの話だと、今の『彼』は『仮面』もないようだから、おそらくゼーレが『死海文書』とやらに記号化した以上のことは知らない可能性が高いと」
「私たちのことも…忘れちゃってるのかな…」
「魂の記憶というものがあるなら、可能性はあるかも…」
「ま、実際に会ってみればわかるんじゃない?」
横合いから至極明快に割り切ってみせたのはナオキだった。
「あの人が何処でどんな生き方をしてたにしても、本人がそれに納得してりゃそれでいいと思うんだけどね…。なんだか今は俺でさえ何か胃にきそーなオーラ全開だもんな。 死への欲動デストルドー、だっけ? ほっといたら本当にサードインパクトとかになりそーだし、とりあえずさっさと連れだそうぜ。細かいことはそれから考えたんでいいんじゃねえの?
ミスズがキツいのわかるけど、それ以上引っ張られるとよくないと思うぞ」
ナオキが敢えて遮るように割って入った理由を理解したユウキが、おもむろに片手を挙げて賛同の意を示した。
「ナオキ、正解」
「ごめん、ありがと」
ミスズもそう言って 銃架バイポッドを組み付けられたライフルの脇に座り込んだ。
「『彼』…って、カヲルくんのこと…なんだよね?」
三人の後に経っていたシンジがおずおずと問う。
ただ待っていられない、というシンジに、高階から指示されたのは彼等についていくことであった。三人とも露骨に迷惑そうではあったが、高階の言うことには一応従うことにしていると見えて、不承不承シンジの同行に同意した。
「…そうね、あなたたちはそういう名前で呼んでるわね」
ナオキとユウキはシンジを鄭重に無視していたが、ミスズは一応話をしてくれる。
「姿形は変わってしまって…ひょっとしたら私達のことも憶えていてくれないのかもしれない。それでも、彼は私達の家族なの。だから助けたい。…こんな、胸が潰れそうな絶望から」
そこまで言って、また『引っ張られて』いると感じたのか、微かに頭を振る。
「それにしても、俺達出番あるかなぁ。レミ姉とカツミ、タケルとタカヒロが陽動で斬り込むって言ってたけど、人選が完全無欠の攻撃仕様オフェンスモードだよな。そんだけで十分ジオフロント壊滅するんじゃないかってくらい」
話を変えようとしているのがシンジにさえ判るが、ミスズが笑って言った。
「壊滅させてどうすんのよ。本丸攻略組が『彼』を連れ出して初めて作戦完了ミッションコンプリートでしょ」
「『ネルフに喧嘩を売るのはヴィレに任せる。自分達は自分達の目的に専念すれば良いという事を…途中で忘れそうな奴らを攻略組から外すとこうなる』…と、サキが」
「わー、身も蓋もないな」
「しかし問題は、その論法でいくと俺達も『目的を忘れて突っ走る』組に分類されてるということで…」
ナオキがそれについて訂正の余地があるとでも思ってんのか、とツッコミをいれそうになるが、ミスズが俄に立ち上がったことでそれを思いとどまった。
「…始まるわ」