第Ⅰ章 「シ者」たち


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」


――――――empathy。
端的に言うならば、他者の感情(あるいは感覚)を自身のものとして感じることである。
これを一種の超常的能力と見なすか、感受性の問題として片づけるかはそのレベルによるが、彼のように対象の感情だけでなく、感覚まで逐一感知できるとなると前者と位置づけるより仕方がない。
加えて、コントロールされないこの類の能力は、持つものにとって苦痛でしかない。周囲で発せられる強い感情をいちいち受信していたら、まず普通は身が持たないからだ。怒り、悲しみ、苦しみといった負の感情は、特に。
能力のコントロール、とは、つまるところ心を閉ざすことであった。


Senryu-tei Syunsyo’s Room(Novel-Ⅲ)
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第Ⅰ章  「シ者」たち

C Part

 ―――――――――周囲は陽光に満たされていた。
 飛び起きて、思わず胸に手を当てる。
 無論そこは傷一つなく、喰われた痕跡などあるわけもなかった。
『済まなかったな、タブリス。どうやらサキエルは自分ごとあれを吹っ飛ばそうとしたらしい』
「・・・わかっているよ。多分、サキエルはあれが何かを知っていた。おそらくS2器官を奪われないためだろう」
『妙なことを言う。S2器官なぞ奪ってどうする?』
「無論、自分の動力源にするためさ」
『あれはS2器官を持っていないというのか?一体どうやって動くんだ、そんなもの』
「ひどく効率の悪いやり方をしているのは確かなようだよ。あれが跳んだ時、後ろにケーブルのようなものが見えた。おそらく外部から動力源を得ているんだろう。恐らくは電力で」
「・・・・ということは、そのケーブルを切れば使用不能になる、ということだな」

 剽軽ひょうきんな声は、窓の外からした。
 外見的な年齢は彼と然程変わらない様にも見えた。瞳は陽光を受けた新緑の色。
 彼と同じくやや色素が薄いのか、金色の髪をしている。しかし窓から覗いたその少年の顔や腕はしっかりと日に焼けていた。一歩間違えば病的ともいえる彼の肌の白さとは対照的だった。
『シャムシエル。立ち聞きは関心せんな。せめてドアから入ってこい』
「はいはい。でも、気になるからってのは認めてほしいな。一応これでも心配はしてたんだぜ?」
『おまえさんが心配してるのは、情報が吹き飛ぶことだろうが。おためごかしも大概にせい』
「そぉか?オレなんかゼルエルあたりより余程紳士的に対応してるつもりだけどな」
 そう言いながら結局窓から入ってくる。一応桟を乗り越えた段階で靴は脱いだが。
『あれは異常だ。比較になるか』
 ガギエルが毒づく。ゼルエル。力の天使。・・・・まだ少し、記憶が曖昧な様で、彼にはよく思い出せなかった。
 土のついたジーンズにTシャツという、遊びから帰ってきたどこかの悪童といったいでたちのシャムシエルは、興味津々というふうで彼を見る。
「白い貌だな。そんなんでお日さまの下に出られるのか?」
 彼は答えない。居心地悪い沈黙に、シャムシエルは笑って手を振った。
「嘘だよ。おまえが特別だって事くらい・・・・・・・・・・・・・、オレだって知ってるさ。タブリス。・・・いや、渚カヲル君、と呼んどこうか」
『シャムシエル!』
「・・・どちらでも」
「ようやく口きいてくれたな。まぁ、細かいことは抜きだ。同胞として仲良くしようや。・・・・といっても、オレにはもう時間がないけどな」
『もう、いくのか』
 シャムシエルと呼ばれた少年の顔が、僅かに厳しいものになる。
「サキエルは滅ぼされた。リリンは今度はどんな手段で未来を勝ち取ろうとしている?」
「・・・・行ったら、おそらく目を疑うよ」
「ソドムとゴモラを灼いた”天の火”でも使いこなすようになったか?リリンの誇る電気の力で?」
「考えようによっては、もっとタチが悪いよ。・・・行けば、きっとエヴァが君を迎撃するだろう」
「エヴァ!? は、悪い冗談だよ。エヴァがリリンの下僕に成り下がったってのかい?」
「信じたくなければ信じなくてもいいさ」
さすがに、シャムシエルが沈黙する。・・・やがて。
「・・・・不思議ではないのかも知れないな。リリンは、生き残るためならば何でも利用する・・・」
「・・・あるいは・・・それを嘉し給うたのかも知れない」
 彼の何気ないふうのつぶやきに、シャムシエルもガギエルも一瞬ぎょっとして声を呑んだ。
 だが彼が、それを意に介す様子はない。
「・・・・」
 シャムシエルはしばらく陽光色の頭髪をかき回していたが、両手をポケットに突っ込んで踵を返した。窓の外、あらぬ方角を見ながら、思いついたように言う。
「ひとつ、頼みがある」
「僕にできる範囲なら」
「・・・・オレの時は、見るな・・・
 ガギエルが一度、もの言いたげに水面を尾で打つ。しかし、彼の答えはまたも淡々としていた。
「見なくて済むものなら、見たくはない」
「容赦がないな」
 はじめの笑いを肩越しに見せ、もときた窓から身を躍らせる。
 最後に陽光色が跳ねたかと思うと、窓の向こうで陽に灼けた手がひらひらと揺れた。
 あれで、別れのあいさつでもしたつもりなのだろう。実際、その「家」の誰かが出てゆくときは、その誰かが滅びるときか、さもなければ世界の終わりなのだ。

 世界の終わり。リリンはそれを、「サードインパクト」と呼ぶ。