Senryu-tei Syunsyo’s Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」
翌、夕刻・・・・。
陽が傾くのを待って戸外へ出たカヲルは、蜩の声だけが周囲を満たす茅野で、ひとり立ち尽くしていた。
声が聞こえた。遠くの、声。
しかし、見ない。何も見ない。それが約束だから。
「終わり」はこなかった。つまり、そういうことだ。
もうしばらくしたら、次の誰かが出てゆくのだ。
カヲルの白い貌に、表情はなかった。
Senryu-tei Syunsyo’s Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」
第Ⅰ章 「シ者」たち
D Part
「シャムシエルは選ばれなかった。ただそれだけのことよ」
その女性は、冷然と言い放った。青銀の髪と、碧眼。目許はきついが、秀麗な造作ではあった。
「でも、そんな言い方・・・」
すこし悲しげに、リビングテーブルの反対側で茶を淹れていたもう一人が俯いた。対照的な、優しげな顔立ちと栗色の髪。
「あなた、おかしいんじゃないの? ・・・誰かが選ばれる時、それは即、私たち皆が淘汰される時のことよ。忘れた訳じゃないでしょう?」
「・・・わかっているつもりよ・・・」
『よくない兆しだな。だれもかもリリンじみてきおって。それというのもこの環境の所為だ。まったく、我らの父なる方が何と思われるだろう』
今日はリビングの水槽を住処としているガギエルが呟いた。
栗色の髪の女性は苦笑してカップを置くと、サイドボードの上のヴァイオリンを手に取った。
「ねえラミエル、リリンの文化も捨てたものではなくてよ」
「・・・・いずれ滅ぼされるものよ、イスラフェル。それを行うのは私かもしれないし、あなたかもしれないってこと、覚えておいて。・・・お茶、ごちそうさま。」
「もう行くの?」
「エヴァ相手に近接戦闘でカタをつけようとしたのが間違いのもとよ。リリンがエヴァを取り込んだというなら、こっちもそれに合わせて戦う。一時と言えど、この身を兵器として再構成するのよ。焦って、無様な格好で出撃するのはごめんだわ」
ラミエルは立ち上がった。
「・・・・こういうとき、なんて言っていいのか分からないわ・・・・」
「リリンの文化に造詣の深いイスラフェルらしくもないわね。こういうときはこう言うのよ」
ラミエルの声は、毅然とも冷淡ともとれるものだった。
「・・・”さよなら”。」
***
『どう思うね、イスラフェル。我々の現在を』
ラミエルが出ていった後。器用にヴァイオリンを調律するイスラフェルに、ガギエルは問う。
イスラフェルは弓を置いて目を伏せた。
「何者かの作意が働いていることは確かでしょう。・・・しかし、私たちがゆくことは誰にも止められない。運命ですもの。ならばどこに居ても同じでしょう?」
『それはそうだが・・・』
「良いのではないですか?・・・あなたは笑うかも知れません。・・・いいえ、怒るかも。でも私は、この現在を好もしいと感じています。皆が、一人ずつ居なくなってゆくことを除けば・・・・・」
『莫迦な事を』
「ええ、莫迦なことだと思います。でも、”エデン”が戻ったようで」
『我々はエデンには戻れんよ。我々にはこの地上を、地上を得るチャンスを与えられたに過ぎない。この荒涼たる地上をな』
「生きていこうと思えば、どんなところでもエデンになるのではありませんか?」
再び、弓をとる。すべりだす繊細な音色。
『・・・・私には、わからんよ』
***
ラミエルは身の回りを片づけ、廊下へ出た。
扉を閉めたとき、忽然と出現した気配に思わず身を硬くする。
闇の中で、光を放つかのような銀の髪。それに縁どられた白い貌のなかで、紅瞳がこちらを見ていた。
その、まなざし。幼けなくもあり、何もかもを見てきたようでもあり・・・。
「・・・・・タブリス?」
「そうだよ。あなた、ラミエルだね」
「・・・もう、だいぶ自由がきくようね。気配を消すことまで覚えたわけ?」
「べつに、そんなつもりはなかったよ。気に触ったら、許してほしい」
この少年が言ったのでなければ、嫌味としか聞こえなかったに違いない。
「あなたもなんだかリリンじみてるわね。気をつけなさいよ。天使がひとにつかまったら、滅びるか堕ちるかしかないわ」
「あなたの言っていることは、よくわからない」
「そのうちわかるわよ」
ラミエルは笑った。
「・・・・もっとも、それまでに世界の終わりが来たら別だけど」