第Ⅶ章 Air

原初の海

Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」


So I looked, and behold, a pale horse.
そこで見ていると、見よ、蒼ざめた馬が出てきた。

 

And the name of him who sat on it was Death, and Hades follwed with him…….
それに乗る者の名は「死」といい、それに黄泉が従っていた。


第Ⅶ章 Air
C Part

 ともすればほどけそうになる銀の髪を括り直し、彼は累々たる死屍を見渡して吐息する。その時、轟音と共に床が揺れて少しだけバランスを崩し、背後の壁に寄りかかった。  振動は継続的なものではなく、すぐにおさまった。そこを訪れた一撃は建物の構造を傷めはしなかったが、立ち並ぶ自販機のいくつかを倒した。
「どうにも、派手だね」
 轟音よりも、それと共に感じた・・・声でない叫び・・・魂を削り取るような絶叫に一瞬軽い眩暈を起こす。しかし、ややあって彼は壁から身を離すと軽く頭を振った。
「・・・・動き出したか」

***

「分が悪いよ。本格的な対人要撃システムは用意されてないからな、ここ」
 日向は自身が愚痴っぽくなっていることを自覚していた。同様の心境なのか、青葉が調子を合わせる。
「ま、せいぜいテロ止まりだ」
 テロリストのほうがよほど要領が良いかもしれない、と絶望的なことを考えながら、日向は手前の抽斗を開けた。
 ノートやフロッピーが雑然と放り込まれた抽斗の中には、拳銃とその予備弾倉がある。私物をかきわけてそれらを引っ張り出すと、弾を装填した。
 だが、予備弾倉の弾数と合算しても、そのあまりの貧弱さにため息が出る。
「・・・戦自が本気を出したら、ここの施設なんてひとたまりもないさ」
「今考えれば・・・侵入者要撃の予算縮小ってこれを見越してのことだったのかな」
 青葉が思いついたように言うのへ、そんな話もあったっけ、と場違いな感想を抱いた。司令以下、ネルフという組織に対する日本政府の信用など、あるいはそんなものだったのかもしれない。
「・・・ありうる話だ」
 思わず天を仰ぐ。・・・・果たして、自分たちに生き残る途は残されているのだろうか?
 身分上は軍人だから、射撃訓練その他一応の「軍事教練」というやつは通ってきている。だが、実際にヒトに向けて撃った経験など、日向にはなかった。・・・日向を含め、この発令所にいるスタッフの殆どがそうであるはずだ。
 おまけに青葉の自動小銃ならともかくとして、この小口径の拳銃では有効射程ぎりぎりというところだろう。・・・というか、拳銃の射程距離まで戦自が侵入するような事態に進んだとすれば、それはもう発令所の陥落と同義ではあるまいか。
『ごめん、あとよろしく』
 そんなひとことを残して自らサードチルドレンの保護・後送に向かった上司の、引き締まった横顔が脳裏を過ぎる。
「・・・・死んじゃったりしないでくださいよ、葛城さん」
 その思考を遮るかのような爆音と共に、発令所左翼の下部フロアの出入口が爆破された。数人のスタッフがそのあおりを受けて床に倒れる。かろうじて踏みとどまった者も、次の瞬間掃射を受けて倒れた。
 生き残るためには、やるしかない。その瞬間に肚をくくった。
 身を乗り出して、数発を撃つ。途端に数十発を返されて、慌てて引っ込んだ。
「火力が絶対的に違うんだよな・・・・」
 デスクの陰に身を寄せても、跳弾が不吉な風を送ってくる。
 ふと見ると、伊吹マヤがやはりデスクの下で、かがみ込むと言うよりへたりこんでいた。銃を持ち出す気力もなかったらしい。見かねた青葉が側へ寄って拳銃を手渡した。
「ロック外して」
 それは確かに正しい行動で、正しい助言であったかもしれない。しかし妥当とは言い難かった。
 伊吹は渡された拳銃を恐ろしいもののように両手で捧げ持ち、ぽつりと呟いた。
「私・・・私、鉄砲なんて撃てません」
「訓練で何度もやってるだろ」
「でも、その時は人なんかいなかったんですよ!」
 元々高い声が、昂りに任せてつり上がる。裏返ってすらいた。
 パニックをおこしかけている。そう見た日向が止めに入ろうとしたとき、二人のすぐ側に自動小銃の弾が跳ねた。
 伊吹が更に青ざめて呼吸を止める。
「莫迦っ!撃たなきゃ死ぬぞ!」
 おそらくは飛んでくる弾の脅威より、温厚な青葉が怒鳴ったことにショックを受けたのだろう。青ざめたまま、伊吹が黙る。
 戦争は魔物だ。日向は思った。「場」に取り込まれたら自分を失う。
 だが、青葉もまた口を噤んで自分のデスクの下ヘ戻った。
「・・・なあ」
 恐慌に陥って無茶苦茶に発砲されるくらいなら、黙って隠れてたほうがマシだよ。そう言おうとしたとき、青葉がいらいらと頭髪を掻き毟って言った。
「わかってるよ。彼女の反応の方が正常なのさ。・・・ったく、この期に及んで人間同士の殺し合いなんて、正気の沙汰じゃない」
 誰もが困惑している。日向は口を噤み、減った弾数だけ装填してから呟いた。
「・・・・そうだな・・・」

***

 周囲は凄じいばかりの水蒸気に覆われ、1メートル先も見えない。
 ほんの数秒前まで自分を睥睨して銃を向けていた戦自隊員の姿は忽然と消え、ただ砂地。・・・自分が座り込んでいた場所も含め、変にきらきらした砂と化していた。
 水辺・・・第3新東京市を呑み込んだ芦ノ湖の湖畔だった筈だ。そして、低い叢に覆われた湿地だった・・・・
 何が起こったのか。いや起こりつつあるのか。頭は完全に混乱してしまい、その稼働を拒否した。・・・言ってしまえば、呆然としていた。
「・・・・あ?」
 異臭にふと気がつくと、砂地の上で融解した金属と焦げたプラスチック塊が混じり合った、奇態なモノがぶすぶすと煙を上げているのが見えた。それが自分の義足の成れの果てであることに気づくまでに、彼は数秒を要した。
「壊れてしもたんかい・・・」
 またしばらく不自由だな・・・そんなことを意外とのんびりと思いながら、彼は立ち上がった。
 ・・・・立ち上がったのだ。
 それが不自然であることにすら、彼は気づけずにいた。ビーズのような硝子が混じった砂地へ一歩を踏み出した時、これも溶けかけ、折れ曲がった銃身に蹴躓く。
「・・・痛ぇ・・・」
 かなり温度が下がっていたとはいえ、溶けるほどに加熱された直後の金属に素足が触れたのだ。本来「熱い」で済むレベルであろうはずはない。
 ・・・素足?
 思わず呼吸を停める。・・・スニーカーを履いた右足と、履いていない足を見比べた。不意に襟元を水滴が濡らしたが、それにも気づけなかった。
 温度が下がり、飽和した水分が落ち始めたのだ。
「・・・なんや・・・・どうなっとるんや!?」
 声は掠れた。座り込み、失ったはずの左足に触れる。皮膚感覚もしっかりある。間違いなく自分の足だった。

『死にたくない。何も知らないまま、ただ殺されていくのはイヤだ』

 自分が叫んだのだと思った。だが、自信がなくなった。
 ――――――――不意に、入院していた時に見た夢を思い出して慄然とする。
 何処へ行くのか、電車に乗っている自分の前に、良く見知った人物が立っていた。
 ああ、お前か。おまえも行くんか?
 そう言おうとして、それが全く見たことの無い人物であるような気がして口を噤む。
『誰や、お前』
 しかしその人物は、形のよい唇を笑いの形にゆがめ、穏やかに問い返した。
『・・・本当に、分からない?』
「・・・・・・ぁ・・・」
 とても恐ろしい何かが、頭の中で結論づけられようとしていた。だがそれは、うわずった声に妨げられた。
「・・・・司令部・・・・生存者です! ・・う・・・!」
 雨は徐々に強くなり、叩き付けるようであった。雨と水蒸気の中を駆けてきた先刻とは別の戦自隊員が、彼の姿を見て怯えたように後ずさる。
 歯の根があわないほどにがたがたと震えながら、銃口を彼に向ける。まるで化け物でも見るような反応――――――。
「・・・・待て・・・・待ってくれや・・・」
「うっ・・・動くな!!」
 叫んだはずみで指がぶれた。・・・・轟音。
 立ち上がりかけていた彼は、左腕に灼熱感を覚えて再び砂の中に膝を折った。
 恐るおそるそこを見る。その瞬間、総ての音が消えた。
 ―――――大口径の銃で撃たれれば、命中しなくてもその衝撃波だけで肉が抉られる。ミリタリーマニアの友人からそんな話を聞いたことがある。況や・・・・
 上膊部中程は七割方抉りとられ、残り三割でそこから先がかろうじてぶら下がっていた。紅に混じった白が上腕骨の成れの果てだと気づいたとき、彼の喉が乾いた音を立てた。
 戦自隊員が音階をはずした奇声を上げたのは、己の発砲の結果に対してではなかった。
 出血が驚くべき早さで止まり、創がぐずぐずと盛り上がったかと思うと、信じられない速度で組織が再生してゆくのを目の当たりにしたのである。
 加害者が銃を取り落として走り去ったことなど、既に意識の外であった。痛みよりも、驚愕が彼の喉から迸る悲鳴を塞き止めていた。

***

【大山部隊、通信途絶。駒ケ岳方面司令部とも連絡が取れません】
【先刻の爆発は何だ。また使徒が出たとでも言うのか!?】
【フォースチルドレン発見の報が最後です。その後の状況は不明・・・・】
「・・・フォースチルドレン・・・!? 鈴原君のことか。何故こんなところに・・・?」
 ジオフロントの一隅。蛇の道は蛇とでも言うべきか、加持は通信を傍受するための機材を積んだ車を確保して既にここまで入り込んでいた。
「・・・・・」
 加持は助手席の寡黙な同行者を顧みた。しかし、彼は一言とて与えるでなくただ地底湖の向こうの青い四角錐を見つめていた。
「贖いたい、と言ったね」
 その言葉に、初めて一瞥を与える。
「・・・・それは、あの光に関係あるのかい?」
 カヲルはそれに答えようとはしなかった。たが、しばらく黙して後、少し重たげに口を開く。
「・・・・あなたがたがフォースチルドレンと呼んでいるのが何者か、判っていますか?」
「・・・・・・」
 加持は黙るしかなかった。
「・・・彼には悪いけれど、今はそこまで手が回らない。それに、僕程度が心配しなきゃならない玉でもないし、したところでうるさがられるだけだ。・・・・むしろ、彼に彼自身を認識させるには、いい機会だろう」
 いっそ冷酷とも言える程に泰然自若とした言葉が、端正な唇から紡がれる。加持がぎょっとするほどに。
「コトには順序がある。僕は行かなくちゃならない。そして訊かなくては」
「・・・誰に?」
 カヲルは、一瞬僅かに目を伏せて口を噤んだ。・・・そして、静かに。
「・・・・あなたがたが、サードチルドレンと呼んでいる子供」

***

 少年はいまだ、闇の中にいた。
 第一種警戒体制。それは敵の襲来。前回までそれは、使徒の来襲を意味していた。総て終わったはずなのに、何故今更。
『何故、殺した』
 その言葉が、彼を苛み続けていた。
 「世界」が壊れてゆく。街が消え、友人が去り、アスカは白い部屋の住人となり、ミサトは変わってしまった。レイは彼が知っていた綾波レイではなくなった。
 聞き慣れてしまった警報は、「適格者」を呼び求める声。自分を呼び求める声。EVAに乗ることで、「碇シンジ」はこの街にいられた。居場所を得ることができた。
 だからどんな怖い目にあっても、EVAには乗らなくちゃならない。EVAに乗って、使徒を倒さなきゃ・・・・
 使徒・シト。天使の名を持つ人類の敵。・・・・・敵?
 敵。そう教えられた。そう思って戦ってきた。皆の言うとおりに。
 そうすれば、皆ほめてくれるから。
 居場所を与えてくれるから。
 だから―――――――
『何故、殺した』
 自分の声が、自分を責める。
『同じ、人間だったのに』
 人間―――――――。
 滑ったプログナイフをこともなげに絶対の障壁で受け止めた。
『あんなことができるわけがない』
 人間じゃない。シトだ。
『嘘だ』
 あれほど直截に好意を示された経験は、シンジにはなかった。
『裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったな!父さんと同じに裏切ったんだ!!』
 裏切ったのは、誰。裏切られたのは、誰?
『ありがとう。君に逢えて嬉しかったよ』
 何故そんなに綺麗に微笑むの?僕は君を殺したのに。殺した――――コロシタ。
 水音。LCLに残った波紋。手の中の感触。皮膚を荒らすほどに洗ってもとれない罪の匂い。
「・・・たすけてよ・・・・・」
 全てを失いたくないと思い、結局一番大切なものを握りつぶしてしまった。
 “自由意志”を。
 意志を持たないものは何。ただのモノ。人形。・・・誰の?
 頭を抱え、弱々しく呟く。
「・・・だれか、僕を助けて・・・・」

***

 少女もまた、闇の中にいた。
 目の前の巨大な水槽の中の、かつてヒトであったものの残骸。自分と同じ姿をしたモノ。たくさんの、いらないモノ。
 では私は何。
 ここにこうして立っている私は何。
 問いに答えが返されることはなく、ただ静寂。
 ヒトは記憶で自分が何者であるかを確認する。何処で生まれ、誰に育てられ、どんな事が起こって、現在があるのか。
 父と母の顔。幼い頃の他愛ない事件イベント。好きなモノ。嫌いなモノ。楽しかったこと。いやだったこと。そんな事柄が現在を構築する。
 それいずれも、彼女にはなかった。・・・・ただ、その存在があるだけ。
 彼女は、“レイ”・・・・虚無zeroだから。
 しかし、その存在が始まってから、現在までの短い時間の中に蓄積された記憶は確かに存在する。
 いくつかの顔と名前。それに付随する情報。
 赤木博士。“メンテナンス”をするひと。多分、“レイ”を憎んでいるひと。
 碇シンジ。零号機を捨ててまで“レイ”が助けた少年。
 フィフスチルドレン。“レイ”を、自分と同じだと言った少年。そして“シト”。
 付随するのは情報だけではない。感情も、また。だが彼女は、それらの記憶にまつわる感情を理解しかねていた。それが、彼女を苛立たせる。
「レイ」
 足音、そして声。レイは闇を顧みた。
「やはりここにいたか」
 あまり多くない蓄積の中の、不可解の付箋を張られたひとつと照合される。
 碇司令。命令をするひと。自分に意味を与えるひと。
「約束の時だ。・・・・さあ、行こう」

***

 自身が決して出来の良い“保護者”ではないことを、ミサトは自覚していたつもりだ。
 年端も行かない子供を進んで戦場へ送り出す者が、保護者等とはおこがましい。それも理解していたつもりだ。
 だが、できるならそうありたかった。これは真実ほんとう
 車に積んだ機材で拾える通信では、得られる情報は限られている。それでもかなり下層まで戦自が侵入していることが知れた。
 連中が目的とするのは何だ。EVAの接収。パイロットの抹殺。その意味する所は?
 ゼーレはサードインパクトを起こすことが狙い。それは戦自が動く理由とは相容れないはず。戦自は、サードインパクトを防ぐために動く。その要となるEVAを抑えようとするのは当然だ。
 だが、MAGIへのクラッキングで判るように、ゼーレが裏で糸を引いているのは間違いない。・・・ならばこの不整合はどこで調整されるのか?
 答えは一つ。ゼーレは敢て、EVAを出させるために戦自を動かしてNERVという藪をつつかせたのだ。
 全てが仕組まれている。ミサトは歯がみした。理解していても、そう動かざるを得ない。
 ・・・・・だが、全てが老人達の思惑通りに動くとは限らない。
 MAGIが把握したサードチルドレンの座標まであと少しというところになって、ミサトはそのエリアに既に戦自が侵入していることを察知した。
『・・・間に合って!』
 座標を確認し、最後の角を曲がった瞬間。戦自の装備をまとった数人の男が何かを取り囲んで銃を向けているのを見た。
 殆ど反射的に、ミサトは発砲していた。
 拳銃を構えていた男が倒れる。その向こうに、蹲ったシンジを確認した。まだ撃たれてはいない。ほっとする暇もなく、弾丸の雨はミサトの方へ向けられた。
 遮蔽物のない廊下。接敵するにはひどく不利な条件であった。おまけに向こうは倒れた者を差し引くとしても自動小銃が2丁。こちらは拳銃だけ。だが、そんな初歩的な状況把握すら、徹底的に訓練されたはずのミサトの頭から吹き飛んでいた。
 一秒あたり7、8発は撃ってくる相手にまともに突っ込むのは、まず自殺行為と言っていい。それでもミサトは10メートル近くを身体を起こしたまま走った。有効射程と踏んだ一瞬に発砲する。一発が残り二人のうち一人を斃した。
 被弾したほうが倒れ伏す前に、ミサトは残り一人に蹴りを叩き込むことのできる距離まで詰めていた。
 そこで初めて姿勢を下げ、残り一人の腹部を加速込みの力で蹴りつける。簡易防弾仕様の上からどれだけのダメージが入る訳でもあるまいが、それでも相手の姿勢を崩すには十分。
 背後の壁に押しつけ、外しようのない位置―喉―に銃口をあてる。
「・・・悪く思わないでね」
 それははからずも先刻、彼らがシンジに向けて言った言葉と同じものであった。
 銃声と共に壁が紅く塗り替えられ、男がずるずるとその場に崩れ落ちる。自分が殺した人間の死体を、ミサトは彼女自身が驚くほどに冷静に見つめ――――
 そして、言った。彼女の後ろで、頭を抱えて震えている子供に。
 戦わなくてもいい。初号機に乗せることが出来れば、たとえN2爆雷を叩き付けられようとシンジが死ぬことはない。
「・・・さ、行くわよ。初号機へ」

***

 発令所。
 戦自が左翼の下部フロアに侵入してからどれくらいが経過したのかもはや判らない。だが、発令所はまだ奇跡のように抵抗を続けていた。
「あちこち爆破されてるのに、やっぱりここには手を出さないか」
「向こうにしてみれば一気にカタをつけたいところだろうが、下にはMAGIのオリジナルがあるからな」
 青葉が呟く。MAGIのオリジナル。赤木博士母娘が造り上げた世界最高水準の人工知能。その複製であるMAGI2号は松代に、俗にMAGI-TYPEと呼ばれるMAGIを元にした人工知能は世界各地に建造されているが、その後も更にシステムアップされているMAGIオリジナルの価値は、ゼーレでなくても理解できるのだろう。
「なるべく無傷で手に入れておきたいんだろう」
 ケーブルが寸断され、本部内のセキュリティは真っ先に役に立たなくなっていたが、まさかこんな形でMAGIに守られるとは。
「ただ、対BC兵器装備は少ない。使用されたらヤバいよ」
 それは多分ないだろう、と日向は思った。うっかりMAGI本体内の有機部品が汚染されたら、辛抱強く攻めた意味がなくなる。・・・むしろやけくそで全てを消滅させてしまおうとする、というケースは十分考えられる。日向は最悪の事態を思い浮かべていた。
「・・・・N2兵器もな」
 しかし、悪いことは言い当てるという。そんな古い警句を思い出させるようなタイミングで、本部が震撼した。
 MAGIの報告を聞くまでもない。何が起こったかは明白だった。
「・・・いわんこっちゃない」
「奴等、加減てものを知らないのか!?」
 MAGIが淡々と、外の冗談のような地形変化を伝えていた。ジオフロント頂上部――いわば天井にあたる部分は、殆ど芦ノ湖の水底である。そこがN2兵器の爆発で破られ、水蒸気がおさまったあとには、丁度カルデラのような穴が残された。
 巨大な穴の縁がいまだ熱を発しているうちから、間髪いれずに対地レーザーが降り注いだ。
 耳を塞ぎながら、伊吹が叫ぶ。
「・・・・・どうしてそんなにEVAが欲しいの!?」

***

「・・・どうしてわかったんだい?」
 加持の問いに、カヲルはすこし怪訝そうな顔をした。
「N2弾のことさ。・・・・戦自がEVAの占拠を目的としてるなら、普通ここまで無茶苦茶はしないぞ。おかげで助かったが」
 助手席のカヲルは再び視線を落とした。既にジオフロント地表部から、本部へ続く地下道へ入っている。何故かカヲルが急がせたのだ。結果として、N2弾の余波をくらわずに済んだのだが。
「・・・EVAじゃありませんよ」
「・・・何だって?」
「戦略自衛隊の火器のなかで、僅かでも使徒に効力があるのはN2兵器か大出力のポジトロンライフルくらいのものなのは既に証明済み。この状況で使ってくるとすれば前者でしょう。別に、奇異な事でもない」
「・・・じゃ、まさか今のN2弾は・・・」
「無論、NERVに対する威嚇もあるでしょう。でも多分、あなたが考えてるとおりの目的だと思いますよ」
「・・・大丈夫なのか? その・・・」
「何度も同じ事を言わせないでください」
 先刻より少しだけ感情のゆらめきを窺わせて、彼は言った。それは確かに同じ事を何度も聞かれた煩わしさであるようでもあり、思うに任せない今の状況に苛立っているようでもあった。