第弐話「闇からの歌声」

Full Moon

グリーンスリーヴス【Green Sleeves】:
イングランド民謡。しばしば2部合唱で歌われる。
歌詞はその昔、出陣する騎士にある乙女が形見として自らの衣服の片袖を与えたことに
由来するらしいが
どーやら乙女のほうは心変わりしたようで…
          その大意はおおむね恨み歌らしい。          

ま、女心と秋の空ってね


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「Ghost stories on a summer night」


第弐話「闇からの歌声」


 またかと思われるだろうが、学校の怪談である。
 校舎東側のエントランス。下駄箱が並んでいるそこを抜けると、行く手は2階への階段と廊下に分かれている。問題は階段のほう。カイダンだけに怪談の舞台にはぴったりだねえというベタなツッコミはこの際却下である。
 この階段、上がりきると音楽室の前に出る。だがその途中、踊り場まで上がると歌声がきこえてくるというのだ。それも「グリーンスリーヴス」のアルトパート。夜とは限らず人気ひとけのない午後やなんかにも時折聞こえるとか。
 思わず聞きほれてしまうような美声なのだが、歌声の主を確かめようとして足早に階段を駆け上がるとその間にふと途切れてしまう。数歩降りてまた踊り場に戻るとまた聞こえる。
 音楽室から聞こえるようでもあり、階段を上がりきったところの天井裏から聞こえるともいう。昔、コンクール前日に喀血して倒れた女生徒がいたという話もある音楽室では、その怪異は確認されたことがなかった。
 だが、その低音パートの歌声にあわせて唄ってしまった者は、二度とその階段から降りてくることはできなかったという。
「・・・・降りてくる事ができないんなら、そのままあがっちゃえばいいんじゃないかな?」
 などということを恐れ気もなく言ってしまうのが、渚カヲル君以外の誰あろう。もともと人外なもので、あまりこのテの話はこたえないらしい。
「やめなよカヲル君、異次元に引きこまれるっていうよ?」
 実に信じやすい碇シンジ君、さすがに青くなって取りすがった。だが当人は涼しい顔。
「その異次元とやらが、ディラックの海より始末に悪いシロモノだったら考えるよ」
「うぁ゛ぁ怖いこといわないでよぅ(泣)あんなものが出てきちゃったら学校が消えちゃうよ」
 とか何とか言いながら、結局引きずられてきたシンジ君。段の下で頭を抱えてしまったが、カヲル君は平然と上へ。


Alas! my love, you do me wrong,
To cast me off discourterously,
And I have loveed you so long,
Delighting in your company…….


 階段を幾らも昇らないうちにその声は聞こえてきた。
 頭を抱えて耳を塞いでいたシンジ君、震えあがって般若心経を唱えだす始末。
「・・・まあ、低音だけ単独で唄われてたら、これはあわせなくちゃって気になるよね」


・・・・・・・・そういうものか?


Green-Sleeves was all my joy,
Green-Sleeves was my delight,
Green-Sleeves was my heart of gold,
And Who but my lady Green-Sleeves.


 ワンコーラス唄いきったが、何も起こらない。
「・・・なんだ、つまんないな」
 こらこら。
「ねえシンジ君、何も起こらないよ?」
 踊り場の手前で身を翻す。階段の下で丸まっていたシンジ君、その声におそるおそる顔を上げた。
 だがその瞬間、その顔が恐怖に引き攣った。
 口をぱくぱくさせながらカヲル君の後ろの空間を指差す。
「え、何?どうしたんだい?」
 声を聞き取ろうと階段を降りかけたカヲル君、やおら耳を引っ張られて顔をしかめる。
「・・・・・・・え?」
 白い手が、カヲルの耳を引っ張っていた。
「いたた・・・やめてよ」
 とりあえず抗議してみたものの、さすがのカヲル君も硬直した。シンジ君に至っては再び廊下の隅に頭を突っ込んで懸命に九字を切っている。
 白い腕は闇から伸びていた。
「あらら、誰かと思ったらカヲル君じゃないの♪」
 闇の間から、するりと身を乗り出したのは長身の女性。
「ゆ、ユキノさん!?」※)第7使徒の某様である。「Princess Pride」参
「相変わらず苦しそうな唄い方してるわねー。ちょっと特訓したげるからこっちいらっしゃいな♪」
「こっちって・・・うわ!」
 カヲル君、血相を変えてばたばた足掻く。先刻の余裕はどこかへすっ飛んでいったらしい。してみれば、ディラックの海より始末に悪い相手であったものと見える。
「だってねー、暇なのよ。みんなノリわるくてつきあってくれないしー。じゃ、しばらく預かるから♪」
 そして結局、ネコよろしく襟首を掴まれて闇の中へ。
「わーっっ勘弁してよユキノさん!血反吐はくまで唄わされるのはやだー!」
 使徒時間の「しばらく」は一体どのくらいに当たるだろう。楽しげな歌声と、カヲル君の悲鳴が消えた後。残されたシンジ君、へたり込んだまま呆然としていた。


 ゆめゆめ誰が歌ってるかわかんない歌にあわせるもんではない・・・というお話。恨み歌?さぁ、何だったんでしょうねえ。

今宵はこれべく候

第参話が続く・・・かどうかは、風任せ♪