PRINCESS PRIDE

光の樹Ⅱ

「レイ・・・もう遅れちゃうよ!?」
「待ってってば。コサージュの向きがヘンなんだって」
「ヘンじゃないよ。さ、早く!靴は出しといたから」
「だぁめ! 気になるものは気になるの!!」
「レイったら・・・・」


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「I wish your happiness Ⅳ」

PRINCESS PRIDE

9時からのパーティには、案の定遅刻してしまった。
「あら、今きたの?」
会場になっているホテルの車寄ポーチで、聞き慣れた声に二人が振り向く。
彼女らしい、明るい赤でまとめた華やかなパーティドレスに身を包んだアスカと、殆ど従者といったていのシンジが車から降りるところだった。
彼らは少し遅れることになっていたから、まさかここでカヲル達と会うとは思わなかったのだ。
「レイのお支度が長くってね」
「だってぇ・・・仕方ないじゃない、コサージュがうまく止まらなかったんだもの」
「あら、女の支度が長いのはあたり前よ」
レイの言葉に力強い同意を示しながら、アスカ。立つ瀬がないのはカヲルである。
「カヲル君、それに関してはあきらめたほうがいいって」
すでに達観しているシンジが笑いながら言った。

「しかし・・・さすがというか、そうそうたるメンバーよね」
もの怖じという言葉と疎遠なアスカでさえ、すでに始まっているパーティ会場をぐるりと見回してそう言ったものだ。
そこらあたり、詳しくないレイはかえって飄飄としたもので、水色のドレスの裾を翻して早速今日の主役へ挨拶に向かう。勿論カヲルを引っ張って。
主役の側に居た数人が、それに気付いて主役の注意を向けてくれた。
「ようやく来たな、遅刻魔め」
夏のときより幾分場所柄をわきまえた笑いで迎えてくれたのはキール=ローレンツ・・・・今日、ちょうど喜寿を迎えたカヲルの祖父である。今日ばかりはタキシードできめており、世界的に高名な指揮者という肩書を信じさせるに足る貫禄を醸しているが、これでなかなかライトでかつ人の悪い処がある。
「今日という今日は僕の所為じゃありませんよ」
カヲルが憮然とする。どうにも、言い訳をして回っているようでばつが悪いのだ。そんなカヲルの気苦労をまったく考慮に入れてないレイが無邪気にプレゼントの花束を手渡す。
「おじいさま、お誕生日おめでとう!!」
「ありがとう。レイの綺麗な格好が拝めるなら、こういうパーティも悪くはないのぉ。一曲よろしいかな、Lady?」
レイは荘重に一礼してから、いつもの闊達な笑みを満面に浮かべて言った。
「Yes,Sir!」
祖父は属す世界が世界だけに、歳をとってもさすがにこういう動作にはそつがない。それどころか年齢を感じさせない程に軽やかだ。
だが、二人が連れ立ってホールに降りていくのを見送って、気がつけば早速放り出されたていのカヲルであった。
その肩を不意に叩いた者がいる。
「よ、久しぶり」
「高階さん!」
高階マサキ。ヴァイオリニストとしては先輩にあたり、キールに師事した関係でカヲルが小さい頃は練習の面倒を見て貰ったこともある。
「帰ってたんですか」
「召喚くらったんだよ。今はN.Y.・・・・欧州に帰ってきたのなんか久しぶりさ。日本に至ってはもう何年か土踏んでないな」
シャンペングラス片手に年数を勘定する。キール=ローレンツの弟子と呼ばれる人々の中ではいわゆる高弟と呼ばれる程の人物なのだが、素地がそうなのか師匠に影響されたか、名声の割に至って飄然としたものである。タキシード姿も決まってはいるが、音楽家と言うより、マジシャンと言われたほうがしっくり来るような風貌ではあった。
通りがかったボーイからシャンペングラスを受け取り、カヲルに勧めてとりあえず乾杯する。ややあって、言いにくそうにはしていたが、避けるのも不自然と思ったかこころもち低い声で言った。
「・・・ヴァイオリン、やめたそうだな」
「ええ・・・・まあ、しかたありません。この腕ではね。でもまあ、ヴァイオリンだけが楽器じゃありませんし、作曲が出来なくなった訳じゃありませんから。そっちで細々と糊口をしのいでますよ」
「細々たぁ御謙遜だな。えぇ? ・・・・まあ、よかったよ。いい意味で変わったな、おまえさんは」
「そうですか?」
「そりゃそうさ。以前のカヲルなら『ヴァイオリンだけが楽器じゃない』なんてフレキシブルな科白は出てこんな。賭けてもいいぞ」
「賭けてもって・・・・」
カヲルが笑う。そうかもしれない、と思いながら。
事故で失ったものが無かったとは言うまい。でも、得たものだってある。・・・・たとえば・・・
ふと、ホールを見る。祖父が衰えないステップを披露しているあたりは、さすがに賑やかだ。だがその相手をつとめるレイも、負けずに周囲の視線をさらっている様子に目を細める。
「何にやけてるのかしら?この子は」
思わず赤面して声の主を振り返る。いつの間にかひときわ華やかな一団に囲まれているのに気付いて慌てて高階を探す。当の高階が身体を折って笑い転げているのが視界の隅に入った。素早く逃げていたものらしい。
「すっかり凛々しくなったわねーカヲル君。元気だった?」
「やだ、背なんか私より高くなっちゃったのねー。生意気だぞ、このっ!」
「・・・・お、お久しぶり・・・」
彼女らにかかると、てんで子供扱いである。皆、高階同様カヲルが音楽を始めた頃に手ほどきをしてもらった人たち―――いずれも祖父の弟子――なのだから、まったく頭が上がらないのは事実だった。
「じゃあ、今夜は殆ど集まったんですね」
「そうね、こういうときでもないと皆集まれないんだもの」
そう言って優美に微笑んだのは、上品な薄緑のドレスに身を包んだ長身の女性。
「・・・・お久しぶりです、ユキノさん・・・」
握手したカヲルが口ごもる。響ユキノ。楽器ならどれでも適当にこなせたカヲルに、彼女がヴァイオリンを勧めてくれたのだ。無論彼女もトップクラス、現役のヴァオリン奏者であった。
カヲルのヴァオリンが失われたとき、一番それを悲しんだのは彼女だった・・・。
「・・心配をかけてしまって・・・ごめんなさい」
「元気になってくれたみたいで、よかったわ」
そう言って、微笑む。だが、その時。
「凄いわねカヲル、もてもてじゃない。・・・でもお姫様ほったらかし、ってのはまずいわよぉ~?」
アスカだった。側にはやはり、従者然としたシンジ。そのまた後ろに、いつの間に曲が終わったか、ちょっとむくれたレイがいた。
カヲルが声をかけようとしたとたん、やおらシンジの腕をとって一言。
「・・・行こう、碇君」
そういってくるりと踵を返し、ホールへ戻っていく。
「えっ!?・・・・あっ、あの、カヲル君ごめんっ!」
事態を把握しかねたまま、意味の繋がらない言葉を叫びながらシンジが引きずられていった。
「あーあ」
完全に愉しんでいるらしいアスカが笑う。
「『あーあ』って・・・最初にほったらかしにされたのは僕の方なんだけど・・・」
「そんなんしらないわよぉ・・・どうすんの?ご機嫌損ねちゃったわよぉ」
損ねちゃったわよぉもなにもあったもんではない。事態をつかみかねて、カヲルは立ち尽くした。

「ね、どうしちゃったのさ、綾波・・・?」
おろおろしながらでもステップを間違えないシンジも流石だが、レイは押し黙ったままだ。
実際、何に腹を立てたのだと言われると、レイ自身あまり明確に答えられないというのが正直な処だった。
先にカヲルをほっぽり出したのは自分という認識はあったし、その間にカヲルが誰と話していようがレイにそれを云々できた義理ではない。
『何怒ってるんだろ、私』
それでもカヲルが綺麗な女性ひとと話している姿を見たとき、瞬間むかっとしてしまたのは確かだ。
無論、ユキノのことはレイも知っている。小さい頃に遊んで貰った記憶もある。優しい人で、レイもユキノのことは好きだ。
優しくて、綺麗で、そして大人で・・・・・。
あんな態度をとってしまってユキノもきっと変に思っているに違いない。あやまらなきゃ・・・と思いながら、タイミングが掴めないレイだった。

「レイちゃんも大きくなったわよねぇ。成程、やきもちやく年代になったのかぁ・・・・いやほんと、感無量だわ」
困惑するカヲルをよそに、ミサヲが無責任にも笑う。
「あら、妬いて貰えるなんて、私もまだ捨てたものじゃないわね」
「そんな、ユキノさんまで・・・」
嫉妬という言葉が冗談にしか聞こえないから、さらに困惑する。
「そんなこと言われたって、何で怒ってるのかさっぱり・・・」
「・・・ったく、これだからお子ちゃまは困るよな」
これもカヲルの困惑をおもしろがっているらしい高階が、笑いをけんめいに抑えながら言った。さすがにカヲルがむくれる。
「だれがお子ちゃまです」
カヲルおまえだろ」
「高階さん!」
「女心がわかんないうちは、まだまだ子供だな」
だがそこに思わぬ処からツッコミが入った。
「あら、自分はそうじゃないとでもいいたげねぇ?」
ミサヲとユキノ、二人ともから冷たい視線を浴びて、高階がわずかに青ざめる。
「・・・ま、そりゃ言葉のアヤってやつ。それよりユキノちゃん、一曲いかが?Shall we dance,Lady?
ユキノがすこし意地悪い笑みをして答える。
「誤魔化し方としてはあまり洗練されてないわね。でもいいわ、のってあげるYes,sir
ホールへ降りていく二人。体よく逃げられた格好のカヲルの肩を、軽く押したのはミサヲだった。
「あなたも早いとこいってらっしゃい。パーティ、終わっちゃうわよ?」
そう言ってウィンクする。
「行ってらっしゃいって・・・ミサヲさん」
「いーから行ってみたら? 昨日今日の仲じゃあるまいし、言葉くらい顔見たら出てくるわよ」
促されて、ようやくカヲルが階を降りる。それを愉しげに見送るミサヲ。
「見てて飽きないのはいいんだけど・・・。あれじゃ、ローレンツのおじいさまがやきもきするのも当たり前よね。ほんと、いつになったら踏ん切りつくのかしら、あの子ったら・・・」

丁度、一曲終わったところだった。
カヲルは階段を降りきったところで、レイはどうにか決心を固めて先刻の場所まで戻ろうとしていた。
思わぬ距離ではちあわせて、瞬間、二人とも言葉を探す。困りながら、それでもまた見つめあう奇妙な距離。
先に動いたのは、カヲルだった。手を差し出して、すこし照れながら微笑む。
「Shall we dance, My Lady?」

困惑よりも可笑しさが先に立って、レイが笑う。
「・・・・・Yes,sir!」


後書き、らしいもの


おかげさまで20000Hit!
ということで、恒例のHit記念&謝恩Novelでした。もうこのベタ甘度に慣れてしまった方もあろうと思うのですが・・・・とにかく甘い!虫がわきそうなくらい甘い!こんなものでも「謝恩」Novelになるのか?とふと不安になった柳です。
「PRINCESS PRIDE」は無論某様のアルバムより。可愛くて、ちょっとワガママかも知れないけど、結局カヲル君が一番大事なレイちゃんのイメージ(<独断偏見120%)にはぴったりな曲です。一度お聴きになってみられるのもよろしいかと。
結局大甘SSなんてのはまさにハタから見ている分には「一生やってなさい!」とでも言いたくなるようなどーしようもない出来事を、いかに最後まで読める代物に仕立て上げるかだなと思う昨今です。うう、難しい・・・
ちなみに、響ユキノさんは某7番目の方です。判る方には判るかな。高階マサキ君ならびにミサヲちゃんに関しては・・・あえて説明は不要でしょう。
ご笑覧いただければ幸い。
ご意見・ご感想をお待ちしております。

1998,9,26