Snow Waltz

光の庭園

「・・・・・と申しますが、レイさんはご在宅でしょうか?」
どうにも遠い電話。声の主はきちんと名乗ったらしいのだが、カヲルはうっかりそれを聞き損ねた。
「はい、少々お待ちください・・・・レイ、電話だよ」
「えーっ!? 誰ー!?」
「・・・ごめん、よく聞こえなかった。男の人だよ」
声が大きいのは、キッチンで洗い物をしていた所為。それでも丁度終わってタオルで手を拭った所だったから、カヲルが名前を聞き返す程の間はなかった。
「・・・はい、お電話かわりました。・・・・あぁ!」
少し怪訝な顔で受話器を取ったレイの声が、ぱぁっと跳ね上がった。
「・・・・・?」


Senryu-tei Syunsyo’s Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「I wish your happiness Ⅴ」

Snow Waltz

「・・・・・ずばり、男ねっっ!」
ステーキナイフを握りしめたまま、びしいぃぃっ!とでも効果音がかかりそうな勢いで断定したのは、無論と言うかアスカだった。
「・・・・いや、だから電話の声は男だったけど・・・」
静かな雰囲気のレストランである。アスカの音量を一寸だけ気にしたカヲルがすこしだけ肩を竦めた。
「そぉいうイミじゃないわよ」
これも一寸だけ外聞を気にしたシンジに苦笑いでたしなめられ、アスカがボリュームを下げて言った。
「・・・・そういうシチュエーションが、彼氏からの電話以外に何が考えられるっての? あの子、誰からの電話だったか結局言わなかったんでしょ?」
「それはそうだけど・・・僕も訊かなかったし」
アスカがおもむろにステーキナイフとフォークを置き、深いため息をついた。
「・・・・ったくじれったい男ねぇ! そんなに気になるなら訊いてみればいいのに」
「アスカ、アスカ」
どうにも切り口上になるのはアスカの地とはいえ、カヲルが気の毒になってきたシンジがとうとう口を挟む。
「別に、気にしてなんか・・・」
「気にしてないことを、どうしてそれだけ詳細に憶えてるわけ?たかが電話の一本くらい」
シンジを一睨みで黙らせて、アスカは意地の悪い口調で言った。確かに虚を突かれて、カヲルが絶句する。これはシンジも同様であった。
「変だと思ったのよねえ。今日の食事の約束は結構前からしてたのに、直前になって“どうしても抜けられない用事”ときたもんだわ。らしくないもの」
一番痛いところを突かれて、カヲルが口に運びかけたワイングラスを置いた。
確かにアスカの言う通りではあった。
今日のレストランにしても、そもそも予約したのはレイなのだ。「店の雰囲気がよくて、おいしいって評判だから」とシンジとアスカを誘ったのもレイ。それがつい今朝になって、“どうしても抜けられない用事”ができて行けなくなったと言い出したのだ。
『折角の予約キャンセルするのも勿体無いでしょ?カヲル達だけでも行ってきてよ』
そう言って頭をかいて笑ったものである。しかも、その用事とやらの中身を明かしてくれない。
アスカの感想は、ほとんどそっくりそのままカヲルのそれでもあった。
「・・・・まあ、確かに変だけど、綾波も卒論が大詰めみたいな話はしてたし・・・あんまり気にしなくていいんじゃない?」
シンジが必死でその場をまとめようとするが、何げなく持ち出した話から図星を指されてカヲルは暫く何も言えなかった。

***

レストランから出ると、先刻降り始めた雪がもう薄く積もっていた。
シンジ達と別れて、駐車場へまわるカヲルの肩にも、雪が舞い降りる。
ふと立ち止まって、見上げた空には冴々と冬の星。
「こんなに・・・晴れてるのに・・・・」
呟きと一緒に漏れた白い息に、寒さを再確認させられた格好になって、カヲルはすこし不機嫌になる。
そもそもあの電話の後、今日までの数日というものずっとレイの様子がおかしかった。
実のところ電話は一回きりではなく、おそらくは同一人物と思われるのがほぼ毎日かかってきた。気になったのは、レイがそれを必ず自分で受けるように気をつけていたらしいこと。
たまたまカヲルの手があいていて、電話をとろうとしても、レイがえらく慌てたように受話器に飛びついてしまう。どうやら、時間がきまっているようであった。
『レイ、誰だい?』
それとなく問うてみても、悪戯っぽい笑みではぐらかすばかり。
『うん、ちょとね』
『あ、卒論のことで連絡って』
答えはその度に変わる。そしてカヲルを暗澹とした気分にさせるのは、レイが嘘をつくときの癖がはっきりと見てとれることであった。
「レイ・が・・・・僕・に・・・・内緒・で・・・・」
何に不機嫌になっているのか確かめるように、区切られた呟き。それと一緒に吐き出される白い息を眺めながら、カヲルは駄目を押すかのような一昨日の光景を反芻する。
駅前の雑踏に、いやに気合の入ったおしゃれをしたレイを見た。人の波に押し流されて、同伴者は後ろからみた背格好でしかわからない。
多分、カヲルよりも頭半分くらいは高かったと思う。しかしなによりも、声をかけることを躊躇ってしまった自分に戸惑った。
祖父の思惑や、当人も覚えていないほどの大昔の約束を盾にレイを縛ることなどできない。そう思っていた。それどころかシンジとアスカの結婚式に前後して落ち込んでいた頃など、レイにいろいろな出会いの機会を与えようと気を配ってみたりもした。・・・・それはかえってレイに叱られてしまったが。
いつの間に自分は、三人目の存在にこんな気持ちを抱くようになったのだろうか?ずっと二人。そんな気持ちでいたことに、カヲルは改めて気づいた。

――――――でも、レイの選択ならばしかたない。
雪を被りかけた車のドアを開けようとして、ふと窓の雪を払う。暗い車の窓に映る自分の顔を見て、暗然とした。

***

「・・・うん、効いてる効いてる」
「アスカぁ、悪趣味だよ。ひどいなぁ、僕にも内緒だなんて」
「あんた莫迦ぁ?あんたにばらしたら、カヲルまで筒抜けたのと同じ事でしょ。あんたに何も知らない振りするような芸当ができないことくらい、このアタシが知らないと思って!?」
助手席でオペラグラスをしまいつつえへん、とばかりに胸を張るアスカに、シンジは静かに頭を抱えてハンドルに突っ伏した。
カヲルの車が駐車場を出ていった後のことである。
「じゃ、何?最初からアスカもグルだったの?」
「まさか。アタシが噛んだのは今日のことだけよ。適当に状況を味付けしてって頼まれたの。おととい偶然“現場”抑えちゃって、巻き込まれた格好ね」
「アスカったら・・・・」
それは絶対嘘だ、とシンジは思う。偶然“現場”を抑えたというのは本当にしても。十中八九おもしろがって自分から首を突っ込んだに違いない。
「カヲル君、怒るだろうなぁ・・・・」
「あら!鈍感男にはこれくらいがいい薬よ。大体ね、アイツは状況に甘え過ぎてるのよ。もっと現実を見るべきだわ。側にくっついてりゃいいなんてのは幻想よ!人間ってのはね、言葉でちゃんと伝えなきゃいけないことってのがあるんだから」
「アスカ、なにもそんなに拳固めて力説しなくても」
「するわよ。他人事とは思えないしねぇ。・・・アタシだって、優柔不断で鈍感お莫迦の誰かさんから一言を聞くために、一体何年待ったことやら・・・」
ジト目で睨まれ、思わず冷や汗をたらしつつ肩を竦めて笑いで応じるシンジ。
「あの人、帰ってきてたんだね。何年ぶりかなぁ・・・・と、それはいいんだけど、結局いいそびれちゃったよ、あのこと・・・」
アスカは一瞬、目を丸くして固まっていた。が、すぐに気がつく。
「・・・・アタシも忘れてた・・・・」

***

カヲルが帰ってみると、灯りだけは煌々とついているが、なぜか物音一つしない。
「レイ?」
首を傾げながら、玄関で靴を脱ぎかけてぎょっとする。
男物の靴。・・・・カヲルのではない。
「レイ、ちょっと・・・・!」
さすがに慌てて玄関ホールを抜け、リビングに入ろうとしたとき、耳をつんざく破裂音に思わずその場で足を滑らせる。
「うわ!」
その音がクラッカーのものだと気がついたのは、二発目三発目を見舞われたのもあるが、何より頭にふりかかってきた細い紙テープのお陰だった。
「・・・こんなことをするのは~~~~!」
しりもちをついた格好のまま、紙テープを握りしめて呻くカヲル。
「あはは、ごめんごめん」
そう言って手を差し伸べた人物に、カヲルは噛みつかんばかりの勢いで怒鳴った。
「タカミ!全くあなたって人は毎度毎度、仕掛けが大仰なんだから・・・・!!」
栗色の髪の、カヲルよりも頭半分背の高い青年の双眸は、緑柱石に似た色彩を持っている。人好きのする、一見人畜無害な微笑を浮かべて曰く、
「久しぶりなんだし、ただこんにちは、元気?じゃ面白くないだろう♪」
結局助け起こして貰い、カヲルが苦り切って髪に絡んだクラッカーの紙テープをほどく。
「・・・・面白いかそうじゃないかだけが価値基準なのは、相変わらずみたいだね。・・・ったく赤木先生も、こんなのの何処が気に入ったんだろう」
「“こんなの”とはまたご挨拶だねえ。昔は『お兄ちゃん』とかいってすごく懐いてくれてたのに」
「もう時効だよ!」
榊タカミ。カヲルの母の弟・・・・つまりは叔父にあたる。とにかく年齢不詳で、本来十歳ほども違うはずなのに、ともすれば同年代とも見られかねない。
「音楽系」な家系の中ですこし毛色がかわっていて、コンピュータの研究を生業とするかたわら、CGやコンピュータ音楽にも手を出しており、サンプリングする音をさがしてひょいと旅に出てしまう。そのためいざ連絡を取ろうとするとひどく難儀な人物なのだが、不思議なことには家庭持ちである。
カヲルのジト目をサラッと流して、椅子を勧める。
「ささ、いつまでもそうとんがってないでお座りよ。折角手間ひまかけて準備したんだから」
しかも、家主よりも先に仕切っているときたものだ。リビングはクリスマスとまがうような念の入った飾りつけがなされ、テーブルには大きなケーキとシャンパンが鎮座していた。
「あはは♪カヲル、びっくりした?」
キッチンからひょいと顔を覗かせたのは、悪戯っぽい笑みを湛えたレイである。
つい先刻のこと。慌ててリビングに駆け込んだ時には言うことが山ほどあったはずなのだが、今は笑うしかないカヲルだった。
「びっくりしたよ。心臓止まるかと思った」
「えへっ。待っててね、グラス揃えるから♪」
そう言って、キッチンへ引っ込む。
「・・・ったくつれないよなぁ。こっちはちゃんと名乗ったのに、知らん顔なんだから」
タカミが笑いながら、シャンペンの封を注意深く切る。カヲルはそれが件の最初の電話を指していることに、そして仕組まれた勘違いにようやく気づき始めていた。
すっかりばつが悪くなってしまい、今回の首謀者を軽く睨む。
「真面目くさって名乗りを上げるから、かえってわからなかったんだよ。今度は一体何のイベント?」
「おや、この期に及んでしらばっくれちゃって。一同からしっかりお祝いをしてあげてくれって頼まれてるんだ。皆せわしない連中で、結局スケジュールがあわなかったからね。
レイちゃんに協力して貰ってカヲル君を驚かせようってプランは最初からあったけど、カヲル君があんまりにも冷たかったんで、もう一味つけるのを思いついた次第さ♪」
「・・・お祖父じい様の差し金?」
「そうだねえ。情報はあのあたりだけど、企んだのは僕」
「相っ変わらずいい性格・・・・」
「・・・・どう?少しは素直になれそうかい、カヲル君?」
屈託と疎遠な顔で訊かれ、カヲルは表情を選びかねて天を仰いだ。
「・・・ったくお祖父様といい、高階さんたちといい・・・どうしてもそういうことにしたいんだ?」
「違うのかい?」
カヲルの科白に困りもせずに反問する。愉しんでいるふうさえあった。
「・・・そうじゃなくて・・・」
あらぬ方を見やり、言葉を探す。勘違いで落ち込んだところを晒した手前、今更誤魔化しもきかない。無邪気な同居者への気持ちがついこの初夏の頃とは変わってきていることを、認めざるをえなかった。
「・・・・僕は・・・・」
「はーい!お待たせっっ♪」
零れかけた呟きは、グラスを載せたトレイと共に現れたレイの姿に引っ込んでしまう。タカミは「惜しい!」とでも言いたげに指を鳴らしたが、それについては結局何も言わずに立ち上がり、笑ってシャンパンの栓を抜いた。
小気味よい音。それに被るように、部屋のオーディオから優しいヴァイオリンが流れだす。
「それでは、カヲル君の復帰一枚目のCD完成を祝して・・・・・乾杯!」
タカミが莞爾として杯を掲げる。
「乾杯・・・・おめでとう、カヲル」
グラスが触れる澄んだ音に、ピアノが被る。
ヴァイオリンを失ったカヲルが、少しずつ作った曲を集めたCDの発売は、明日に予定されている。演奏するのは響ユキノと高階ミサヲ。
「最初は兄妹コンチェルトでやるって話だったけど、結局サキがユキノさんにゆずったんだってね。モメたところが想像できるなぁ」
タカミは例によって企画が上がった段階では南米へ風の音を採録しに行っていて不在だったのだが、帰って話を聞くなりジャケットのイラストレーションという形での参画を申し出た。無論カヲルに否やはなかった。
「・・・形になったのは、皆のお陰だよ」
カヲルが笑った。この数日のどさくさで、発売日の事をすっかり忘れていた事に気づいて。
「本当はね、例のレストランで食事ってこのために企画してて、家でやるのは明日の予定だったんだけど・・・。どうせなら状況を面白くしなきゃ、ってアスカがね」
ぺろっと舌を出して、レイ。
「もう30分ほどしたら、来るはずよ。あっ・・・と、碇君は何も知らなかったんだから、苛めないでね」
そこまで言って、ふと言葉を切る。と、やおらカヲルの耳元に顔を近づけた。
「でも、ちょっとだけ嬉しかったよ♪ 妬いてくれなかったらどうしようかと思ってた」
「・・・!」
一瞬、言葉も表情も選びかねてしまうカヲル。

言った先から、庭先で車の音がした。
「・・・ところでずいぶん降ってるけど、車、大丈夫なのかな」
窓の外で静かに世界を白く変えてゆく雪を見やり、カヲルがやや強引に話を切り替える。レイがグラスを揺らして笑った。
「大丈夫♪今夜はAll Night!でしょ?」
そして、ドアベルが鳴った。

――――――Fin


後書き、らしいもの


おかげさまで25000Hit!
ということで、恒例のHit記念&謝恩Novelでした。前回に輪をかけて激甘度が暴走しております。皆様、渋茶のご用意は間に合われましたでしょうか♪
ついにこのシリーズにまで乱入したタカミ君。こっちでは極めつけの変人スプーキーにしてやろうかと画策していたのですが、結局このあたりで落ち着きました。(<落ち着いてないない)カヲル君&レイちゃんが可愛くてしょうがないあたりは、前回出演の方々と同じです。全くこの二人、皆に愛されてるというか、遊ばれてるというか・・・
本来はカヲル君と同じような銀髪なのですが、依怙地にいつも染めているというのはこの際裏設定に属するものかもしれません。所帯持ちという記述も後の伏線(<・・なってないって)ということにいたしましょう(爆)
「Snow Waltz」は無論某様のアルバムより。
こぉんな「一生やってなさい!」的な曲ではなく、どうにも救われない悲恋っぽい曲なのですが、雪のイメージと、Waltz≒3拍子≒3人目という恐ろしく安直なイタダキでござります。深く考えられませんように。
ご笑覧いただければ幸い(^^)

ご意見・ご感想をお待ちしております(^^;

1999,2,19