Extra episode―余談―

precious day

 ――――目覚めたとき、すぐ傍にある温かさに安堵する。
 離れてしまうのが勿体ないほどの心地好さに誘惑されながら、ダイニングの物音に気づいてカヲルは緩々と身を起こした。
 随分と、早い――?
 それまで頭を預けていた大きめの枕の半分を、水色の髪が占領していた。眠ってはいても、その指先がしっかりとカヲルのシャツの裾を握りしめている。またいつの間にか潜り込んでいたようだ。
『目が覚めたときに、カヲルが居なかったら哀しいから』
 つい先日のレイの釈明に信用無いなぁ、と苦笑したカヲルだったが、横合いから「信用には、実績が不可欠だよね?」という…わかるようなわからないようなコメントがあったことをを思い出す。
 そのコメントをくれた本人が、寝室の扉をそっと開けて上半身を覗かせた。
「早くからばたばたしてごめんね。ちょっと早いけど、もう出るから」
 まだ眠っているレイを気にしてか、可能な限り声を低めて…タカミがそう言った。
「大丈夫なの、タカミ?」
 あの日、寒気がすると言って早めにやすみはしたが…結局タカミは風邪を引いたのだった。
 皆が天体観測に興じている間、実は階上うえで40℃近い熱を出して半ば昏倒していたのである。その後数日間を寝込み、ようやくまともに動き回れるようになったのはつい昨日のことだ。
 結局、週明けになってしまった。
「うん、今日からちゃんと授業にも出ようと思うから、その前に研究室に顔出しとこうかなって」
「はいはい、気をつけて」
 授業よりも研究室のことが気になっていることは明らかだったが、カヲルは敢えてそこには突っ込まなかった。
「朝食のほうは一通りできてるから、ゆっくり起きておいで。ああ、ただ学校には遅れないようにね?」
「…わかってる」
 自分の方が余程忙しそうなのに、ひとの世話を焼くことは忘れない。タカミこそ、もう少し信用してくれてもいいのになぁと思いながら…余計なことは言わず、カヲルは手を振った。
「はい、行ってらっしゃい。時間ないんでしょ」
「じゃ、行ってきます」
 可能な限り静かに、ドアが閉まる。
 それを見送り…カヲルは視線をゆっくりと枕の上に戻した。水色の頭が僅かに揺れたのに気づいたからだ。そっと指を髪に絡めて、静かに梳く。しかし鋼玉コランダムの瞳はしっかり閉ざされたままだ。
 タカミの心遣いはほぼ無用ではなかったかと思えるくらい、レイはしっかり寝入っていた。
 何故とはなく可笑しくて、カヲルは微笑を零した。

「大丈夫なの、榊君!?」
 赤木リツコから、顔を見て開口一番そう言われ…タカミが思わず肩を竦める。
「すみませんリツコさん。どうもここのところ星回りが悪いのか、立て続けに災難に遭いまして」
「携帯も繋がらなくて、何処かの組織に拉致されたんじゃないかなんて話も出る始末だし。まあ、無事でよかったわ」
「拉致って…どっからそういう話が…」
 レミに携帯を潰された後、機種変更をしようにも外出できる状況ではなかったから、確かに数日間は携帯が繋がらなかったのは確かだ。それにしてもどうしてそこまで物騒な話になるのか。
 まあ、そうなりかかったのは事実だが。
「あら、マヤが言ってたのよ。見慣れない漆黒ストレートロング、長身の女に引き摺られるみたいにして大学構内から連れ出されたあと、敷地外に停まってたスポーツカーに押し込まれたらしいって」
「い…伊吹さんっっ!」
「えっ…でも噂で。てっきり葛城さんかと思ったんですけど」
 マヤがクリップボードで口許を隠しつつ物陰へ隠れる。
「何がどーしたらそういう話になるんですっっ!?」
 確かに言葉面だけをとれば、そういう解釈が成り立つのかも知れないが。
「それを聞いた後で、あなたの携帯も通じなくなってるから…思わずミサトに電話しちゃったわよ」
「えーと、それは…ご心配掛けて済みませんでした。でも…それはそれで、葛城さんも困ってたでしょ?」
 黒髪のストレートロング。長身。無茶苦茶に運転の荒いスポーツカー。あまりにも嵌まりすぎる状況に、タカミは軽い眩暈さえ覚えた。そういえば似てる、あの二人。強引なところは特に。あと、口も早いが手も早いところとか。
「でもそういうときに限って、ミサトの携帯も繋がらなくて」
「…あ、それに関しては…充電切れてたの葛城さんが気づいてなかったっていうオチがつきました。後からかけてみた加持さんの携帯は普通に通じて、葛城さんの充電切れが発覚したってだけのオチですけど」
 マヤの報告は…フォローになっているようないないような。
 もはや頭痛さえ覚えながら、タカミはそれでも、一つの事実に思い至ってふと微笑んだ。

「それでも…貴女が僕のことを気に掛けてくれてたのは、嬉しいな」