さて、長々と書いてまいりましたこのエッセイもどき「天からキャベツが降ってきた!」1も、このあたりで締めとさせていただこうと思います。
2020年春、たか兄2が高校に上がり、のんのんが中学生になるというこの年はひたすらコロナ禍でどたばたいたしました。幸いというか比較的のんびりとした地域でして、二人とも入学式だけは一応桜のあるうちにできたのですがそのあと非常事態宣言に伴い休校。高専生のみつ兄3は寮が再開されなくて、ついこの間まで自室で噂のライブ授業とやらを受けてました4。いろんな意味で忘れられない春でしたね。
当世、「子育てに自信がない」という理由で出産を躊躇われる向きもあるとか。でもまあ、最初から自信満々で子育てに当たるお母さんなんていないのではないのでしょうか。何せ相手はこどもです。生きてます。言ってしまえば自然そのものです5。マニュアルどおりいかないのも、手間くうのも当たり前なんですね。
柳の子育ては終わったわけではありません。ちびちびズ63人ともまだまだ難しいお年頃ですから、これからいくらでも高い山は出てくるのでしょう。
でもまあ、本稿のごとくかくものんべんだらり、ないし場当たり的にでも子供は育ちます。しかしそれは誰かひとりでできるもんじゃありません。いろんな人と関わりを持って、助けて貰うことが大切だなぁと柳は思うのです。自分が「かくあるべき」と思う姿を描くのは大切ですが、「こうじゃなきゃ」で決め込んでしまうと諸々キツいもんです。
長男坊のときに柳自身も陥りかけたのですが、赤ちゃんのことをすべて自分で賄おうとしてオーバーフローを起こせば、心身に変調を来します。お世話する側だって上手に息抜きする、誰かに手を借りる、ないしは知恵を借りるということも大切なのではないでしょうか。ただその場合、その誰かのやり方を否定せずにうけとめることが必須でしょう。それは旦那であり、おばあちゃんであり、保育園の先生であり…いろんなケース7があると思います。
子供って、育てるというより育っていくものなんですね。気張ったら疲れます。なるようになるし、なるようにしかならない。
現代はいわゆる地域社会というものが崩壊の危機に瀕しており、それが育児の問題だけでなく介護にも影を落としています。要するに助けを求めようにも求める先がない。これでは、自分のことが自分でできるオトナはいいかもしれませんが、庇護を必要とする子供、介護・支援を必要とする高齢者が地域で生きていくことは難しい。だから勢い、子供は生まれなくなるし、地域で生活できなくなった高齢者は施設入所を余儀無くされます。他人事ですか?いえいえ、今は自分のことはなんだってできるオトナだって、確実に年を食うのです。元気な世代にはピンときにくい話かもしれませんが、これだけは誰も逃げられない事実です。
昔のコミュニティというものをウザいと思う向きもありましょうが、子供を育て、高齢者を支える機能を持っていたのです。であれば、現代のカタチに沿った、新しいコミュニティ8を構築していけなければ、政府が幾らおカネをばらまいたって少子高齢化は止まりはしないでしょう。…というのは、医療者の端くれでもある柳の意見です。
柳は多分に引き籠もり型でして、人付き合いが苦手です。正直、自分がマトモに結婚して3人も子供を授かるなんて思ってもみませんでした9。コミュニティ、近所づきあい…超がつくほどの苦手分野ですね。それでも助けてくれる人と逃げない覚悟があれば、どうにかなるもんだというのが現在の感想です。
20年も前の話になってしまいましたが、長女である姉が結婚を決めた時のことです。姉は家を出ることに多少の引け目があったようでした。当世そんなこと気にする人は少ないのかも知れませんが、いわゆる「跡取り」10意識ですね。残るのが男嫌いで引き籠もりな柳では、そりゃ心配にもなるでしょう。
そこで、姉妹間で
姉:「あんたちゃんと結婚して所帯もつ気あるか!(跡を取るつもりはあるのか)」
柳:「おぉ、あるわい!だから安心してとっとと嫁に行け!」
…なぁんて会話がありまして、まさに売り言葉に買い言葉、半年後には結婚を決めてしまったのが柳という次第11。いや世の中、何が起こるか判らんものです。なにはともあれ姉との約束を守らせてくれた旦那に、今はただひたすら感謝!です。
さて、結びとして書くつもりがだんだんまとまりがなくなってきたのでここらで締めましょう。
出産・育児は大仕事ですが、こーんな人付き合い苦手な人間でも、助けてくれる人と逃げない覚悟があれば何とかなります。そして、ひとりでいる間はわからなかったことがいろいろわかってきます。コレは大きい。
大変だけど、得るものは大きいですよ。これが柳の結論です。
この駄文がどなたかのお目に止まり、なにがしかのお役に立つことを祈りつつ…
ご精読ありがとうございました。
2020.7.6
千柳亭春宵 拝
- 今更ですが、ヘンなタイトルをつけたものです。じゃあ再編集にあたって改題しちゃえよという話もあるのですが、このヘンなタイトルは柳の頭にこびりついて剥がせませんでした。あしからずご了承くださいまし。
- しかし妹からはいまだに「たっくん」…頑として兄ちゃんとは呼ばないようです。 一度「たかも兄ちゃんだよね?」と訊いてみたら、「兄ちゃんはみつ兄、たっくんはたっくん」だそうな。
- これも既にみっちゃんというトシではナイ…
- 誰に似たんだかデフォルトで朝から晩までパソコンに張り付いてるので、ちゃんと授業受けてたのかどーかは謎…なーんて…ま、一応信じておきましょう。
- このあたりについてより深いお話を極めてみたい方、養老孟司先生の著作をお読みになるコトをお勧めします。「バカの壁」が有名ですが、PHP新書の「養老孟司の<逆さメガネ>」あたりは著者ご自身が「教育についての試論」と仰ってますので手頃かと。
- すでにちびでもないですな…上二人はナマイキにも柳の背を超してしまいました。
- 昨今、寂しいことには近所のおじちゃん・おばちゃんは含まれなくなってしまいましたね。知らない人が声を掛けると、不審者扱いされるという寒々しいご時世になってしまった所為もありましょうが…
- まだ再編が効く地域と、ゼロから作らねばならない地域があろうかと思います。
- 学生時代には、結婚なんか一生するかと本気で思ってましたね。
- 誤解なきよう…柳ん家は別に旧家でも名家でもなく、山中の貧乏百姓です。家屋は…まあ確かに旧いっちゃ旧いですが。柳の曾祖父のそのまた父が婿に来た時に建てた…と伝え聞いております。一応住めますよ。
- 姉の結婚式が1999年11月、柳の入籍は2000年6月ですが、決めるだけならもう3月末には決めていたというお話。ちなみに上記の会話時点で、旦那とはまだ出会ってさえいませんでした。