one summer day Ⅰ

 夕刻のカフェ「Angel’s Nest」は高校生の一団が占拠していた。
 盛夏の苛烈な太陽に灼かれたアスファルトが放つ熱気は、日没を迎えるまでにはまだ間のある街に居座っている。学生たちはクールシェアの名目の下にカフェの一郭で勉強会を始めてしまったのだ。
 いいの?とカヲルがカウンター席に座を占めて目顔で問うてみると、ナオキはへらっと笑って言った。
「いや、こちらとしては一向に構わないよ?席には余裕あるし。注文オーダーもくれるし。むしろ上客?」
 まあ、「Angel’s Nest」の…ベーカリーショップはともかくカフェのほうはいつも採算が微妙なことはカヲルも承知していたから、それ以上は問わずに供されたエスプレッソを静かに啜った。
 カヲルにしたところで、ここでの飲食は至って支払期限の曖昧なツケのことが多いから言えた義理でもない。…その分、手伝いさせられることもあるのだが。
 レイなどは女性スタッフ用の制服―有り体に言えばエプロンドレスピナフォー―を気に入ってしまってからは結構嬉々として、しかも頻々とバイトに励んでいるらしい…。
「そろそろ巷は夏休みだっけ?」
 クロスでタンブラーグラスを手入れしながら、ナオキが問う。
「そうだね、いちおう進学校だから夏期講習とかもあるんだけれど。明後日が終業式」
「ふーん、そっかー。宿題やるんなら『Angel’s Nestウチ』を図書館がわりに使ってもらってもいーよ?図書館じゃおやつ食べながら勉強って訳にもいかないかも知れないけど、ウチはそこんとこ何にも問題ないから」
「ありがとう、提案してみよう」
 カヲルが笑う。
「そりゃありがと。ちっとは売り上げアップの方策考えないとユカリにシメられるしね。ま、うちはここんとこ平穏だし…あー、最近またイサナの旦那が時々姿消しちまうくらいで」
「イサナが?…っていうより、『また』?」
 ナオキがそれほど問題視していないようではあったから、一瞬聞き流しそうになった。
「大丈夫なの? …っていうか、イサナって失踪癖があった?」
「うーん、失踪癖ってほどじゃないんだろーけどね。そんなに頻々とあるわけじゃないんだ。いまのところキョウヤが撒かれて慌ててるくらいのもんで。…大丈夫なんじゃない?」
 話題として上げた割には、あまり気にしているふうもない。カヲルもそれ以上訊くのも憚られて、ガラスの瀟洒なエスプレッソカップに一度視線を落とした。
「イサナさんなら、この間見たよ? 声はかけ損ねたけど」
「本当かい?それはまたどこで」
 取り皿にアソートケーキの一つを載せて、シンジがすぐ横に立っていた。カヲルの分をわざわざカウンター席まで持ってきてくれたものらしい。
「水族館だよ。ねえ、アスカ?」
 シンジが後ろをかえりみてそう訊いた。訊かれた方は一瞬ピクッと眉を吊り上げたが、ふっと視線を横へ流してしまう。
「だから、ほら、先週」
 シンジが不思議そうに重ねて言うと、アスカが渋面でにらみつける。
「憶えてないわけじゃないわよ!」
「え、何、アスカ、水族館行ったの?碇君とふたりで?」
 興味津々といったふうにヒカリが身を乗り出してくる。
「せ、生物のレポート書きにいっただけよっ!デートとかじゃないんだからねっ!」
 アスカがうっすら赤くなって残りのハーブティを呷る。
「誰もデートしてたの、なんて言ってないじゃない。またまた~アスカったら照れちゃって、可愛い!」
「へェ、清く正しいグループ交際かと思ってたら、存外進んでるんだ」
 ナオキが調子に乗って茶化すものだから、シンジがゆでだこのようになって立ち尽くした。危うくケーキの載った取り皿をひっくり返しそうになっていたものだから、カヲルはそっとその皿をシンジの手から抜き取るようにして受け取ると、カウンターに突っ伏して爆笑するナオキを軽く睨む。
「…ナオキ。健全な高校生をあんまり揶揄からかうもんじゃないよ?」
「悪ぃ悪ぃ…いや、あんまりにもオモシロくて。なんとも、カヲルのトモダチが来ると売り上げもさることながら…退屈しなくていいなぁ。反応がスレてないとこがいい」
 ナオキは見た目、20代…いっても後半としか見えないのだが、言うことがまるきり若者を揶揄うオヤジである。
「そんなに笑うことですか、もう…」
 シンジの苦言に、ナオキが素直に謝った。
「いや、いちおう褒めてるつもりだけどな? ウチの身内はぶっ飛んだ奴ばっかりだから、君ら見てると新鮮でねー」
 初対面のときの険悪なムードが嘘のようではあった。目下、シンジ達が「Angel’s Nest」の上客であることを差し引いても、ナオキの態度はかなり軟化したと言える。昨夏の件で、碇ユイに唆されたとはいえシンジが半ば囮であることを承知の上でコテージに乗り込んできた1事に関して、ある程度評価しているようなのだ。
「…話を戻していい?」
 果てしなく脱線していきそうなので、カヲルは口を挟んだ。シンジが元々の話を思い出して整理するように少し視線を上げる。
「あ、うん。先週の土曜日だけどね、アスカと水族館へ行ったんだ。…何の水槽の前だったか忘れたんだけど、イサナさんがいたんだ。ずっと。水槽の方を見るでもなくて、ただ立ってた…って感じだったな。ひとりみたいだったけど、何だか声掛けづらくて。帰り際にもういっぺん回ったときにも、同じ場所にいたから、多分…」
「ふうん…」
 それだけでは何も掴めなくて、カヲルは曖昧な相槌を打つ。誰かと待ち合わせでもしていたのか、それとも…。
「へー、そりゃまた。恋人でも出来たかねェ。ま、旦那の場合、女のヒト・・・・とは限らないけどサ。存外もの凄い美人だったりして」
「えっ…」
 何を想像したのか、シンジがまた赤くなる。笑いすぎて腹筋が攣るのか、カウンターに突っ伏して文字通り腹を抱えるナオキを、カヲルはもはや呆れたように見ていた。

***

「莫迦話はさておいて…イサナって今までにも居なくなったりすることってあったの?」
 帰宅して、夕食の準備をしているときのことである。フライパンの中で熱々のスパニッシュオムレツを切り分けているタカミに、カヲルは夕方の話をした上で訊いてみた。
「んー…僕はよく知らないな。僕は日本に来てからは、この姿になって目を覚ますまで…ほんの2年くらい前までずっと眠ってたようなものだからね。少なくとも、欧州に居るときにはそんなことなかったと思うんだけど。
 ま、姿を消すっていったって数時間なんだろう?コールに応えないわけじゃないだろうし」
「キョウヤが撒かれて慌ててたってさ」
「そういえば彼、いまイサナの指示で動いてたっけ。多分、イサナにはそういう意図は無いと思うけどね。…イサナって時々、優先順位低いと思った項目の説明をさっくり省くから」
 タカミの言葉に、思い当たる節2があってカヲルは苦笑した。
「いいなぁ、水族館かぁ。涼しそうだね」
 コップや箸を並べていたレイが、丁度その時リビングのTVで流れていた有名リゾート地の水族館の映像を見ながら言った。
「そうだね…レイ、行ってみようか。水族館」
「わ、ホント!?」
 レイが顔を輝かせる。その笑みに、カヲルが思わず口許を綻ばせた。
「近場でよければ、すぐに行けるさ。巧くいけば、件のもの凄い美人にもえるかもね」

***

 終業式の終わった午後、カヲルはレイを誘って件の水族館に足を向けた。
 水族館という場所は…屋外展示はともかくとして、抑えめの照明の中で水中の青い世界を眺めていると、盛夏の熱気と無縁な空調と相俟ってなかなか快適だ。館内には関連書籍を集めたワークスペースもあるから、アスカの言うように課題に取り組むにもいいかもしれない。
 しかしひらひらと泳ぐ魚たちを漫然と見ていると、カヲルは不思議な感覚に囚われる。
 実は…こんな薄暗がりの中で硝子越しに揺蕩たゆたう水を見ていると…別のモノを思い出しそうになって心臓に冷汗を感じてしまう一瞬があるのだ。不意に嘔吐えずきそうになって、もう終わったことだと自分自身に言い聞かせる。そしてあのどろりとした赤色寄りの人工光ではなく、太陽光が反射する澄んだ青にほっとする…。
 今日のプランについてタカミに声を掛けたときの、微妙な時間差タイムラグは…おそらくこれ・・を予感した所為なのだろう。タカミが丁重に謝絶したのは、大学生であるタカミには至極真っ当に授業があったのと…授業の後で赤木博士の研究室に行く予定を優先させたといえば全く以て不自然ではない。しかし、その時は…空隙のあとの少しつくった微笑が少し気にかかっていた。
 タカミはカヲル救出のためにジオフロントに突入した際、ダミーシステムのコアプラントを自らの手で破壊している。保管されていた17thーcellをケースごと熱滅却処理したカヲルよりも余程酷いモノを見た筈だ。無理もないだろう。
 尤もタカミは、剣崎キョウヤの一件でケイブフィッシュの水槽に落ちて以来、微妙に生きた魚類が苦手になったフシがあるから…あるいはそっちだったのかも知れないが。
『水族館かぁ…確かに涼しそうでいいけど、デートの邪魔をするほど僕も野暮じゃないつもりだけどね?』
 そういう台詞で混ぜ返すくらいだから、いずれそれほど深刻でもないのだろう。
 デート、ね…。
 ふっとそれを思い出して、次のエリアへ進もうとカヲルの手を引っ張るレイの後ろ姿を眺めながら、こうして歩いていると恋人に見えるかな、などと埒もないことを考えてしまい…思わず笑う。
 確かに今は、夏休み突入の解放感も手伝ってはしゃぐレイを見ているのが、ただなんとなく嬉しかった。
 第3新東京周辺の海水・淡水域をテーマにした展示を抜けると、大きな回遊水槽のあるホールへ出た。かなり高さがあるために入り口から水槽の前までスロープになっており、やはり抑えめの照明はまるで水底へ歩いて降りていくような錯覚を起こさせる。
 深く広いホールだが、それとて回遊水槽のほんの一部が見えるだけのようだった。しかし奥行きもあるから大小の魚が回遊する様はなかなかに迫力がある。
 時間によってはダイバーが餌やりのショーでもやるのか、フロアにはそう多くはないが数脚の長椅子が置かれている。時間が外れている所為か、今はあまり客は多くなかった。
「すごいねー。海の底に居るみたい…」
 新鮮な感動をもって水槽の壁に近づいていったレイが、ふと足を止める。先にそのエリアに来ていた数人の女性客の動きに気を取られた所為だった。
 抑えめの声で、額を寄せ合うようにしてさざめく若い女性客の視線の先を辿る。さざめきの理由を知って、声を上げかけたレイは場所柄を慮って自分で自分の口を塞いだ。
「…あれは…人目を惹くよね?」
 ほぼ時を同じくしてそれに気づいたカヲルがくすくす笑いながら追いついて、レイの水色の頭に軽く手を載せた。
 広いホールの片隅…ダウンライトが落とす光の狭間にある薄闇。その壁際に、精悍な長身が佇んでいる。柔らかい髪質の所為か然程煩げにもないが、襟にかかる程の長さがある黒髪は、その薄闇で濡れているかのような艶を放っていた。
 その黒髪の下にある端正な容貌は、峻厳という形容と不可分だ。ああして立っていると結構人目を――特に女性のを――惹くのだが、声をかけようという勇者はまずいないであろう。
 カヲルの台詞にレイが満腔の同意を込めて言った。
「…うん、目立つ。カヲルといい勝負」
「ええと、どうしてそっちに話が流れるかな?」
「だってそうなんだもの。カヲルってば自覚なさそうだけど。あ、そーいうところも同じだね!」
 新たな発見にレイが瞳を輝かせる。
「そこに同意を求められても困るなぁ…」
 カヲルに自覚がないというなら、それはレイだって同じではなかろうか。しかし、今ここでそれを言っても始まらないので、とりあえずカヲルは苦笑で流した。
 それにしても。
 どれくらいの頻度で、どのくらいの時間此処にいるのか判らないが…この状況シチュエーションは、あの女性客グループの反応を見るまでもなく…ロマンティックな憶測を生むには十分過ぎるだろう。
 しかし、ナオキあたりが茶化すように、カヲルにも大方の想像はついていた。
 その時、不意に白い流線型のシルエットが巨大な水槽を横切る。
「わぁ…白いイルカだ」
 レイが目を見張る。
「本当だ、スナメリ3? それにしては大きい…シロイルカベルーガ4かな」
 素晴らしいスピードで回遊水槽を一周して戻ってきたそのイルカは、なにやら興味深そうに此方を覗いているように見えた。その両眼が紅いことに気づいて、カヲルは別の可能性に思い当たる。だが、それを言葉にする前に、声が聞こえた。
「…バンドウイルカ5。その体色は色素欠損の所為だ」
「そう、それ」
 ピンクに近い白だが背びれがあるし、輪郭フォルムがより尖鋭な流線型だ。スナメリやベルーガは背びれが無いし、前頭部がやや丸かったような気がする。紅い眼は色素欠損アルビノ個体の特徴だ。
 だがその時、正解を提示した声が誰のものだったかに気づいて振り返る。
「珍しい処で遭うな、カヲル。姫さんも一緒か」
 佇んでいるのは壁際なのだが、壁にすがってはいない。いつものようにぴしりと背を伸ばした格好で腕組みしたまま、イサナが言った。
「それはお互い様」
 カヲルがすこし悪戯っぽく笑う。
「僕らは今日から夏休みだからね。涼みがてら遊びに来たのさ。ついでに、艶聞6の真偽を確かめてみようかなって」
「艶聞?」
 冗談のつもりだったが繋がらなかったらしく、イサナが怪訝そうに眉を顰めたのでカヲルは思わず吹き出してしまう。これではシンジを揶揄って笑っているナオキをとやかく言えないな、と必死で笑いを引っ込めた。
「ごめん、イサナ。今のは忘れて。…あなたこそ、こんな処へ来ることがあるんだね。ここのスタッフよりも水棲生物の生態には詳しそうだけど?」
「…旧い知り合いにばれてな」
 そう言って、目顔で水槽を指した。
 視線の先には、先程から立ち泳ぎでこのエリアを動かない白いイルカの姿があった。強化アクリルの壁の向こうから、紅い瞳が此方をじっと見つめている。それも、いたく興味深げに。
 カヲルは絶句した。
 高階邸の半地下の一室に並ぶアクアリウムを、カヲルはおろかネフィリム達の誰ひとりとして聞き取れない声で話しかけながら手入れをしているイサナを知っているから、そういう展開もありうるとは思っていた。ただ、実務に関する限りファンタジーとは疎遠なイメージのイサナから実際にそういう話が出てしまうと…ちょっとした衝撃はある。海中に沈んだまま午睡してしまう奇癖のことを差し引いても、大した破壊力であった。
「お話…できちゃうの!?本当に?」
 レイは全く頓着しない。目の前のイルカに負けないくらい紅瞳をきらきらさせ、勢い込んで訊いた。
「ちょっとまってイサナ…イルカがコミュニケーション能力の高い生き物って話は聞いたことあるけど、イルカ語、っていえる程のきちんとした文法を持った言語じゃないだろう…っていうのが通り相場じゃなかったっけ?」
「そういう話もあるようだがな。…確かに個体識別にはある程度決まった音があるらしいが、連中、意思疎通に関してはイメージの直接交換に近いコミュニケーションの取り方をしているぞ」
「えーとそれって…何、イルカってテレパシーで会話してるって事…?」
「そういう括りが正しいかどうかは知らんが。そうだな、それが一番近いか」
 いや、確かにそういう話も聞いた事があるような気がするのだが。生物学の常識にいろいろと悶着を起こしそうな事実をこともなげに開示されてしまったような気がする。そろそろ驚くことにも疲れてきて、カヲルはなんとなく脱力してしまった。
 確かに、カヲルやレイ、ネフィリム達の間には精神感応が成立するから、イルカがテレパスであったとしたらイサナとの意思疎通はそれほど難しくはないのだろう…。
「言語が介在しないから、本来あまり込み入った話は無理のようだが…こいつは以前、俺達と接触があったからか…ある程度文章センテンスを構成した思惟とでも言うべきものを送りつけてくる」
「ひょっとして…実は結構迷惑?」
 イサナの言葉の端々に見え隠れする、やや非好意的な感触。カヲルの感覚に間違いがなければ、イサナはこのイルカからの接触をあまり快くは思っていない。
 カヲルの指摘に、イサナは小さく吐息してそれを認めた。
「迷惑とは言わんが…何やら疲れるんでな」
 それもまた、伝わっているのかいないのか。白いイルカは、相変わらず紅の瞳でこちらを穏やかに見つめていた。
 こちら、というよりは、おそらくはイサナを。

「ふうん、確かに凄い美人・・・・。白っていうより桜色?うわー綺麗だぁ…」
 その夜のことである。レイがスマートフォンで撮ってきた件のイルカの画像を見ながら、タカミはいささかピントのずれた感心をしていた。
「動物の学習能力って莫迦にならないんだ。興味対象になるかどうかって問題はあるけど、ヒトとの接触である程度人間の言語に対して反応するようになることはあり得るよね。猫だって自分に与えられた名前をちゃんと憶えてるし」
「そういうレベルの話じゃなさそうなんだけど…」
「そう思うなら接触してみれば良かったのに。カヲル君なら出来たんじゃない?」
「簡単に言わないでよ」
 イサナが「喚ばれて」件のイルカに逢いに行っていることは確認が取れたが、肝心のイルカはイサナ以外と話をするつもりはないらしく、カヲルにもレイにも接触してくることはなかった。イサナ言うところの『思惟』を確認してみようとも思ったのだが、本人・・にブロックされた。
 稚拙ではあったがまごうかたなきATフィールドだ。カヲルがその気になれば中和・接触することは出来ただろうが、そこまでする理由がない。あのイルカは、あくまでもイサナと話がしたいのだ。…であれば、そこに割り込むのは無粋というものであろう。
 辛うじて拾えた思惟のかけらは、文章を成すには断片的過ぎた。
 ATフィールド…心の壁、自分自身を斯く在れかしと形作るエネルギー。存在するための力とでも言うべきもの。人類に固有のモノだと決まってなどいない。
「バンドウイルカのアルビノか…そういえば、相模湾あたりの海洋調査施設に保護されたとかいう記事、何処かで読んだな。…ああ、あった」
 タブレットでニュースサイトを検索していたタカミが、目的の記事を見つけたようだった。
「見せてみせて!あ、ホントにあの子だ」
 レイが身を乗り出してタカミの手許を覗き込む。
「はるばるイサナに逢いに来てたんだ。すごいなぁ…熱烈」
「イルカとお話出来たら素敵だと思うんだけどなー…ねえカヲル、また行ってみてもいい?今日は駄目だったけど、私、あの子とお話してみたい!」
「それは構わないけど…」
 レイはすっかりご執心のようだ。カヲルとしては、それに水を差すようなことはしたくなかったが…。
 タカミがタブレットをレイに差し出して、カヲルの方へ向き直って微笑む。いつもの、柔らかな微笑。人畜無害という言葉を画に描いて額装したような。だが、タカミがレイにタブレットを渡す前、僅かな空隙があったのをカヲルは見逃していない。多分、レイに気づかれないように画面を切り替えてから渡している。
「イサナにちゃんと話を聞いてみれば?気になってるんでしょ」
「…そうだね」
 カヲルは曖昧に返事して、少し目を伏せた。

  1. 「楽園に寧日なし」参照。碇ユイがヴィレから日本重化学工業共同体を排除する際、カヲルとレイの傍にシンジを送り込むことで日本重化学工業共同体がユイを個人的に攻撃したように見せかけた一件。
  2. 「楽園に寧日なし」Scene 5 Transit in summer での話。 イサナは防衛ライン西側にタカヒロの増援があることを、キレイさっぱり伝えていなかった。
  3. スナメリ…ネズミイルカ科スナメリ属に属する灰白色のイルカ。体長は日本沿岸産では最大で192cm、平均160~170cm。瀬戸内にもいるらしい…。
  4. シロイルカ…別名をシロクジラ、ベルーガとも。イッカク科シロイルカ属。生息域は北極海、ベーリング海北部など概ね寒いところ。体長は4~5mに及ぶ。バブルリングの芸で有名。
  5. バンドウイルカ…マイルカ科ハンドウイルカ属。生息域は熱帯~温帯の陸地に近い海。体長は生息域によって差があり2~4m。もともと(大きさが)どっちつかず、の意味で半道海豚だったのが、今は坂東の字があてられたのが主流となってバンドウイルカと呼ばれることが多いらしい。別に関東にいるからってわけでもないらしいということを、今回調べ物してて知りました。
  6. 艶聞…色恋沙汰に関わる噂。