「カヲル君のお祖父さん?」
「そんな不思議そうな顔しないでくれるかな、シンジ君。・・・まあ、外祖父にあたる人だし外国にいたから、一緒に暮らしたことはないんだけど」
「ごめんごめん。ちょっと想像つかなくて」
「・・・・言っておくけど、あまり似てないよ?」
シンジが何を想像したかに気がついて、憮然とするカヲル。
世間的な名声はある人だし、可愛がってもらったとも思う。事実、両親の事故の後でカヲル達が経済的に困らなかったのは、その祖父のバックアップのお陰でもあった。

 ――――――しかし、ちょっと・・・・変わっているのだ。


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「I wish your happiness Ⅲ」

水に揺れてるモラトリアム

「えぇーっ!?」
森に囲まれた、閑静な別荘。その庭先で件の祖父と引き合わされたシンジとアスカは目と口で丸三つつくって硬直してしまった。
「どこかで聞いたことあると思ったのよ、キール=ローレンツって・・・あの、指揮者のヘル・ローレンツ!?」
「そりゃ、カヲル君の家が音楽系ってのは知ってたけど、まさか・・・あの・・・世界的な・・・」
「ははは・・・そんな偉いもんでもないがな」
「・・・ま、いちおう、血縁上はね」
カヲルが苦笑いをする。
太鼓腹を揺すって呵呵大笑する白髪の老人のいでたちときたら、派手なアロハシャツとバミューダである。いくら世界的な指揮者と言えど、オフの時まで燕尾服に身を固めている訳はないのだが・・・それなりに、年齢を考えて欲しいものだ。
「おじいさま!」
荷物を放り投げて、レイが抱きつく。
「一週間ほど、お世話になりますね」
「何をみずくさいことを。夏じゅうでもいてかまわんよ。それにしても、大きくなったなぁ、レイ」
「だって、最後にお会いしたのがもう3年も前だもの」
「おお、そうだったかなぁ。・・・さ、どうぞ入って入って。こんな暑い処、突っ立ってるもんじゃないよ」
にこやかに促され、一行が移動する。
「・・・くだけた人だね。カヲル君のお祖父さんって。やさしそうじゃない」
道すがらシンジにそう耳打ちされても、カヲルは憮然とするしかなかった。シンジの感想を否定するつもりはないが、あれで結構人が悪いのだ。

***

 夏休みを利用して、シンジやアスカも誘って祖父の別荘に遊びに行く・・・というプランはかなり前からあったのだが、目下学生のレイと主婦のアスカはともかくとして、シンジやカヲルの仕事の都合がつかずに延び延びになっていた。
それが実現することが分かったのが、実に3日前の話である。
荷物を片づけると、レイとアスカは早速水着になって裏手のプールへ。
「高原の別荘地だって言うから安心してたのにー!」
「なぁにトボケた事いってんのよ。何のためにアタシが水着選んでたと思ってるの!?ほら、アンタのもあるから、さっさと着替えなさい!!」
カナヅチのシンジは半ベソ状態で、半ば引きずられるように連れていかれた。カヲルは飲み物をつくりにキッチンへ行って、うまく躱したが。
人数分のアイスコーヒーをいれてから、屋内に祖父の姿を探したがみつからない。あるいはと思ってプールサイドに降りてみたら、案の定、パラソルの下のデッキチェアから白髪頭が覗いていた。
カヲルの姿を見つけて、レイが呼ぶ。
「カヲルも来たらいいのに」
また後でね、と答えて、パラソルの下に入る。元来の色の白さの所為だけでもないだろうが、苛烈な太陽光線という奴がカヲルは苦手だった。
「いやはや、いい目の保養だて」
瞬間的に、テーブルに置きかけたアイスコーヒーを白髪頭の上でひっくり返したい衝動にかられたが、デッキチェアの側に置かれた杖に気づいてやめた。
「・・・・また、悪くなられたんですか」
「まあ、見知った家の中なら不自由はない。ステージでも指揮者席が分かればいい。耳は健在だからの、特になにもかわりはせんよ」
祖父がずいぶん前から目を患っていることを、カヲルは知っていた。派手なミラーグラスを半分は伊達で、半分がやむを得ない事情でかけていることも。
「ま、おまえたちが片づいた姿を見届けるまでは目をつぶるわけにはいかんな」
「またそれを言う・・・・・・」
カヲルが苦笑する。
「こら、笑って誤魔化すな。老い先短い年寄りをあまり焦らすものではないぞ」
「誰の老い先が短いですって?」
もう一つのデッキチェアに腰をおろして、やれやれというふうに吐息する。
「それに、別に僕が焦らしてる訳じゃありませんよ」
「やれやれ、情けない話だの。それでも儂の孫かい」
「大体、あなたがややこしいことをするから・・・」
「なにがややこしいものか。おまえもレイも儂からすれば可愛い孫。幸せになって欲しいと思って何が悪い」
えへん、とでも胸を張りそうな勢いで宣言されては、カヲルも頭をかかえるよりない。
「そもそも、そういう約束で渚の家に引き取らせた筈だが?」
「軽く言いますね・・・・確かに僕はそう聞かされましたけど、レイがそんなこと憶えてるはずがないでしょう。母親の顔も憶えてない年齢だったんだから」
「忘れられたら、もう一度約束をとりつけるくらいの甲斐性はほしいのぅ」
「あなたじゃあるまいし」
そういう科白でばっさりやっておいてから、カヲルは天を仰いだ。
水音と嬌声。すこしスケジュールを詰めたけれど、連れてきて良かった。
「・・・・・今更、妹としてしか見られない、か?」
「そんなことはありませんよ」
仰向いたままだったが、カヲルは即答した。
「・・・・・ただ、時間が欲しいだけです」
さも面白そうに自分を見る祖父から目を逸らすように、陽をはねるプールの水面を見た。
さながら陽のかけらをぶちまけたような水面は、一刻たりとも静まっていない。
「泳げるようになるには、水に慣れるのが一番なのよっ!!」というアスカに力一杯水の中に押し込まれ、シンジがばたついている。毎度の漫才に身を捩って笑うレイ。
ずっと一緒にいた。これからも一緒にいる。
そのことに何の不思議も違和感もない。
『・・・・・ここが、このままがいい・・・・』
レイはそう言った。カヲルもそう思う・・・・・・。
いつまでもこのままというわけにも行くまい。だが、もうしばらくはいいだろう。
歯痒さと安寧が同居する、奇妙な猶予期間モラトリアム
「・・・カッ・・・・カヲル君、助けてよぉ・・・・」
手足をばたばたさせながら、シンジが助けを求めている。助けてあげたいのはやまやまだが、アスカの矛先がこっちへ向いた日には目も当てられない。
「君は少しぐらい泳げるようになったほうがいいよ。がんばってね、シンジ君」
そう言って手を振る。
「そんなぁぁぁぁ・・・・」
情けない声をあげてまたシンジが沈んでいく。
本当に溺れなければいいけれど。そんな無責任な感想を抱いたとき、プールから半身を乗り出して、レイが手招きした。
「どうしたんだい?」
急いでいるふうな仕種に、カヲルが立ち上がる。
「こっち、こっち」
招く指先から、陽光を集めた雫が散る。
「何・・・?・・・うわっ!!」
カヲルがレイの手が届く処まで近づいたとき、レイがやおら片膝をプールサイドにかけて、カヲルに抱きついた。
「すごくスケジュール詰めてくれたんだよね。連れてきてくれて、ありがと」
そう囁いて、頬にかるく口づける。
「・・・・・レイ?」
二人の感覚としては、挨拶代わりに近い。だが、あまりなタイミングに少しだけ慌てる。
・・・・が、最初の悪戯っぽい笑みに、気づくべきだった。
次の瞬間、回した腕に力がこもる。

 ――――――――水音。

「あんたも意外と単純ねー♪」
アスカがノビているシンジをほったらかして、大笑いしている。
「さては君だな、変な入れ知恵したのは」
ずぶ濡れになって落ちかかる前髪をかき上げ、カヲルが憮然とする。
「えへ♪ でも、感謝してるのは、ほんとだよ」
あらためて抱きつかれ、カヲルがバランスを崩す。
祖父がパラソルの下でこれも大笑いしているのが、目に見えるようだ。

 まあ、いいか。

 なにが「いい」のだか、カヲル自身判然としない。
それでも、見上げた水面で揺らめく光と、楽しげな笑い声に、カヲルはともかくも現在を享受することにした。
一緒にバランスを崩したレイを、飛沫と波に紛れて何げに引き寄せる。

そしてもう一度   kissをしよう   いつものように

――――Fin


後書き、らしいもの


 ついに狂ったか柳!!・・・・て、前回も同じ事書きましたね。
はい、「シロップ漬け砂糖菓子のチョコレートトッピング」なレイちゃんとカヲル君SS、第3回です。毎度ですが、タイトルは池田聡さんのシングル「幸福」より、c/w曲「水に揺れてるモラトリアム」からイタダキました。最後のフレーズは、まんまパクリです。
でも、是非レイ&カヲルでやりたい!と思ってたんですよ前から(<腐れてます、ごめんなさい)聴きながら読んでいただくと、更に笑えます。
何故18000!? というと、・・・・思ったより早く上がってしまったし、季節ものだし、まあ丁度18000にもなったから上げちゃえ!! という非常にいい加減な理由でございます。(<15000に何もしなかったくせに・・・
ご笑覧いただければ幸い。
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