Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅴ)
SLAYERS FF「The Dragon’s PeakⅢ」

人間ひとは死ぬ。
竜も死ぬ。
神も魔も、滅ぶときには滅ぶ。
それは逆らえないもの。抗っても詮方無いもの。
しかし命短い人間は全力でそれに逆らい、竜もまた、時には摂理と知りつつ抗う。
天数とあらば受け容れるしかないのかもしれない。
だが、それでも・・・今この腕の中にある命が喪われるのを受け容れることは出来なかった。
何故かは知らぬ。
・・・・・・ただ、喪いたくない、と思った。


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room (Novel-Ⅴ)
SLAYERS Fun Fiction 「The Dragon’s PeakⅢ」
魔道都市サイラーグ異聞 Ⅲ

 人里はなれた森。大地の気に恵まれた場所は、治癒回復系の魔法を行使するには都合が好い。
マリウスから離れた魔律装甲をその場で封印して人目から隠す間も、ミルガズィアはクラウの治療を続けていた。仲間らしい者たちが気絶しているマリウスを運んで行くのも知っていたが、構う余裕はなかったのである。
表面の傷が塞がり、ある程度動かせる状態になってから、こちらへ移動した。保護結界を張り、気温の低下をある程度緩衝したが、クラウの体温は下がっていくばかりだった。
命が、尽きかけている。
それは、厳然たる事実。こうして、腕に抱いていても下がってゆく体温がそれを教えていた。
考えつくだけの治癒回復系呪文は使った。しかし、命が尽きてしまっては傷を塞いでもどうにもならない。
これが、彼女の天数だったというのか。
人間の命は短い。そして、脆い。・・・理解りきっていたことだ。長くて七、八〇年。クラウのように常日頃から荒事に身を置く者の平均的な寿命はもっと短い。
そこには何の理不尽もない。そういうもの。ただ、それだけ。
だが、「今」でなくてはならないのか。
ミルガズィアは自分の理屈が駄々をこねているにも等しいことを知っていた。・・・それでも、納得できなかった。
知らず、唇を噛んでいた。牙が当たり、口の中が切れる。・・・血の味が広がり、九百年近く前のあの光景が脳裏を掠めた。
また、何も出来ない。
また、残されなければならない。
蒼い炎に包まれ消えていった同胞たち。今、腕の中で消えかかっている命。
何も、変わってはいない。両腕があったところで、「死」には抗えぬ。
何かを為すために、腕を造ったのではなかったか。
何かを・・・!
血に染まった自らの手を空しく握り締めたとき、反射的に口の中に広がった自身の血を飲み下して一瞬せかける。だが、そのとき思い出した。
まだひとつ、試していない呪法がある。
竜族の呪法には違いないが、同族にしか使えない。竜族の代謝は他の生物とは基本ベースが違うから、竜族以外―たとえば人間―に適用しても効力を発揮することが出来ないといわれている。
だが、竜族と人間の混血の例がある。竜族の血を受けた人間には、竜族の呪法が適応できたという。竜族の血が呪法に対する反応性を付与するとして、体組織に最初から組み込まれている場合と後天的に入った場合で、効力が同じとは限らない。
分の悪い賭けになるかもしれない。だが、万にひとつでも可能性があるなら。
『分の悪い賭けをする奴は莫迦だけど、座して死を待つ奴はもっと莫迦よね』
何の話だったかは忘れた。だが、クラウがそんな話をしていた。彼女が傭兵をしていたときの、戦の話だったような気がする。ミルガズィアからすれば遠い世界の話で、曖昧に相槌を打っていたが・・・脈絡もなく、そんなことを思い出した。
もう一度、唇を噛む。・・・叱言こごとは、あとで聞こう。
口の中に溢れる血の味。噛みすぎたかもしれない。だがこの際は構わない。
色を失いつつあるクラウの唇を僅かに開かせ、唇を重ねて鉄の味のするくれないを含ませる。微かにクラウの喉が動き、呑み下すのを感じるまでの間が、ひどく長かったような・・・ほんの僅かの間であったような。
血の味がもたらす記憶の、心臓が針金で締め上げられるような感覚を黙殺し、ミルガズィアは呪を唱え始める。
――――人間の生き死にぐらいのことに、何をむきになってるんでしょうね。
それは黄金竜としての矜持が呟いたものか、あるいはまったく別の誰かが今の彼を見て呟いたものか。いやにはっきりと聞こえた気もしたが、それが自身の呟きであれ他者のものであれ、もはや頓着する気はなかった。
言わば言え。自分がそうしたいからそうするだけだ。・・・冷えた居直りとも言うべき自分の答を、ミルガズィアは一種の驚きをもって受け止めていた。
不断の自戒は、彼本来の気性ではない。だが、いつかそうするようになっていた。
『力を与えられた者は、一時の激情に流されて行動してはいけない』
それは、魔力を操るようになった黄金竜は誰しも最初に教えられることであり、ミルガズィアとてそれを不自然と思ったことはなかった。・・・そして、妥当なことなのだと今でも思っている。
だが、感情を抑えることに・・・他の者よりも努力を必要としていることに、いつか気づいていた。
全力で何かにかかることに、常に躊躇いを覚えてきた。・・・そう、あの降魔戦争の時でさえ。戦列を乱してはならないという思いが力の行使を躊躇わせ、挙句気がつくと右腕を爆砕されていた。・・・何も出来ないままに、戦は終わってしまった。
何も出来なかったのではない。しなかったのではないか。そんな後悔が、心の隅にある。絶対的な恐怖に囚われ、身動きが出来なくなる前に・・・勝てないまでも何か出来ることがあったのではないかと。
それこそ傲慢なのかもしれない。いくら魔力を有したとて、物質界に身を置く存在が高位の純魔族に歯が立つわけがないし、命ある者に叶えられることなど、ほとんどありはしないのかもしれない。
それでも、否、だからこそ・・・自分の命を削ることになったとしても、僅かな可能性に賭けてみてもいい。
・・・そう、人間のように。
黄金竜が力を与えられた者だというなら、その力で人間ひとひとり助けられないことはないだろう。理由は理解らぬ。だが死なせたくない。その思いに、今はただ従う・・・それでいい。
想いに正直になることくらい、躊躇わなくていい。そう諭してくれたひとがいた。ずっと昔・・・降魔戦争が始まるよりも前、人形をとれるようになって間もなく、本格的に魔道を学び始めた頃のことだ。
ふと、気づいた。
鮮やかな緋の髪と熾烈な紅瞳。たぶん、それだけではなくて・・・あの気性。今にして思えばすぐに思い出さなかったのは不思議なほどだが・・・成程、逆らえるわけがない。記憶の中の面影は今のクラウと大差ない年頃なのに、クラウのほうがおさなくすらみえるのは・・・なんのことはない、自分が齢をくっただけのことだ。
なんとなく腑に落ちた感じがして、笑い出しそうにすらなった。・・・そうか、貴女あなたか。
自分の中では整理をつけたつもりで、実際にはつもりでしかなったものとみえる。ある意味、クラウにとっては迷惑な話なのだろう。・・・だが、それは助けない理由にはならない。そう・・・叱言は、あとで聞こう。
本来ならば同族を助ける目的で、自らの生命を分かち与えるような呪法である。その消耗は凄まじい。呪を完成させるのとほとんど同時にその発効を見届けることなく意識が途切れてしまったのは、無理からぬことではあった。
どのくらい、そうしていたものか。
ミルガズィアが意識を取り戻した時、クラウが不思議そうな顔で彼の頬に触れていた。まだ少し顔色は悪いし、触れる手は冷たい。だが、その柘榴石ガーネットのような両眼には光が戻っている。
「・・・刺し違える覚悟で突っ込んだって、あなたに一撃入れられるような奴があの場にいたとは思えないんだけど?」
一瞬意味を取り損ねた。ややあって、唇の端に残る傷のことを言われているのだと気がついたが、血の痕を拭いながらどう答えてよいものかふと考える。
ある意味、こんな傷よりも深刻な一撃ダメージを与えた人間なら目の前にいるが、という台詞を、ミルガズィアは寸前で飲み込んだ。他人がやったら莫迦と思うに違いない。そんな無茶をした理由なぞ、とてもクラウには言えたものではない。
「・・・呪法に必要だったから、自分で噛み切っただけだ。傷を受けたわけではない」
ようやく択んだ言葉は、ひどく素っ気無いものになる。説明になっていないと思ったが、うまく説明できないのだから仕方ない。
「また・・・厄介かけちゃったわね」
クラウがやや自嘲気味に、まだ蒼い唇を歪める。双眸の深い紅がさらに翳り、何か悪いことを言ってしまったような気がして思わず目を逸らす。
「全くだ。あんな物騒なもの、説明なしに渡さんでくれるか。うっかり、街ごと吹き飛ばすところだった」
「ごめん。でも、しゃべれる状態じゃなかったし」
話を変えるつもりがあっさり謝られ、余計に居心地を悪くしてしまったことに憮然としたが、ともかくも傍らに置いていた預かり物をクラウの手に戻す。
「・・・“烈光の剣ゴルンノヴァ”か。こんなものが人界に紛れていたとはな」
「そう呼ぶの?私たちは単に光の剣って呼んでるけど。ウチの先祖伝来の家宝でね。何がどうなってそうなったかは、私も知らない」
クラウは受け取った剣を暫く凝視みつめていたが、ややあって今はその剣の重さすら荷が勝つかのように自らの胸の上に置いた。
「・・・本来、人の手に負えるような代物ではないが、一種の封印で力を制御するようになっているな。竜族の魔法のようだが・・・どちらかというと古代竜エイシェント・ドラゴンの波動に親い。降魔戦争以前に、古代竜が封じたという噂があったが・・・あれとはまた別だろう」
はるか昔、異界から闇の星の欠片が落ちてきたという。古代竜の賢者がいさかいの種となることを憂えて封印したというが、封印が破られたという話は聞かない。だとしたら、落ちてきた欠片はひとつではなかったということなのだろう。
「ふうん、分かるんだ。さすがは竜王ドラゴンロードね」
「人間の魂の力を具現するために、増幅の機能を持たせてあるようだ。封印が吹き飛ばなかったのは僥倖だった・・・」
本来は人間の微弱な魔力を戦闘力として具現する機能だから、黄金竜であるミルガズィアが手にすれば冗談でなく街が吹き飛んでもおかしくはなかった。あの時はまさにそれどころではなかったからだが、今思えば冷汗ものだ。
・・・待て。
「気づいていたのか」
「いやまぁ、気づいてたというか・・・気づくなというほうが無理というか・・・」
クラウが言い難そうに言葉尻を濁す。ミルガズィアにしてみれば、殊更に隠したというより説明するのが面倒で黙っていたというのが妥当であった。説明するまでもないのなら世話はない。
どうやら余計な気を遣わせてしまったようだ――――――――。

***

 その川の水は、流れが緩やかな所為か陽にぬるめられ、山間の川にありがちな、切るような冷たさはなかった。
血糊で固まったような髪を流れにかす。クラウは改めて胸の傷に手を当てた。微かな瘢痕はあるが、完全に塞がっており痛みもない。
傷を受けた場所からいって、一歩間違わなくても致命傷の筈だった。復活リザレクション級の大呪文でも、成功率は一割以下であるに違いない。一瞬、本当に自分は生きているのかという埒もない不安に駆られて、自身の鼓動を確かめる。そうして、鼓動を十ばかり聞いてから、自分ながら何を莫迦なことをやっているのだろうと可笑しくなり、笑って顔を洗う。
暫く、髪から落ちる雫を漫然と眺めていた。
だが不意に、気配を感じて川をあがる。まず剣をとり、外套だけを肩からかけた。
「女の水浴を覗き見とは、いい根性してるわね。こそこそしてないで出てらっしゃい、この出歯亀魔族」
「そぉいう言い方、しないで下さい。僕はちゃんと、あなたが上がってくるまで待ってようと思ってたんですよ?クラウさんが鋭すぎるから・・・」
「やかましい!終いにゃ刻むわよ」
「おぉ怖い」
おどけつつ、黒衣の神官が木立の間に姿を現す。
「・・・ってゆーかクラウさん、僕のこと魔族だって気づいてたんですか」
「気づいてないほどお目出度い奴だと思われていたとしたら心外だわ」
低い音がして、クラウが手にした重厚な柄から光の刀身が姿を現す。クラウはそれをすっとゼロスの鼻先へ突きつけた。
「今更何の用?」
「いえ、用というほどのものでもないんですが・・・とりあえず、服着ていただけませんか?」
「目のやり場に困る、とかいう寝言なら聞かないわよ。そんなことで私があんたに背中を見せるとでも思ってる?」
ゼロスは本当に困ったように頭を掻いた。
「いや別に、そーいうわけでは・・・仕方なかったんですよ、とっても律儀なあなたの竜王ドラゴンロードは、こういうときでもないとあなたの傍を離れてくれないし」
「魔族のあんたが黄金竜に遠慮するとは思わなかったわね」
「遠慮してるわけでもないんですが、あの方とは昔ちょっとありましてね。僕は別に今此処でコトを構えたってかまやしないんですけど、あまり事を荒立てると獣王様に叱られちゃいますから」
「ふうん。いろいろあるんだ」
「はあ、実はそーなんですよ。はっはっは・・・!」
ゼロスの軽い笑いは、光の剣の刺突で引き攣った。光の剣が切り揃えられた黒髪の数本を切り落とし、背後の木へ突き刺さる。
「やだなあ、クラウさんも気が短いんだから・・・」
耳の横で低い唸りを立てる光の剣に、ゼロスはわざとらしく笑みを凍らせた。
「・・・で、何の用?」
こちらもにっこり笑って、クラウは問うた。・・・だが、そこまでだった。
「マリウスさんの居場所、判りましたよ」
口許の笑みはそのまま。細く開かれた青紫の双眸が、俄かに獲物を取り押さえた獣のような光を放つ。思わず、クラウの呼吸が停まった。
「・・・・・・!」
「詳しい場所はこちらに。早く行ってあげたほうがいいかもしれませんねぇ」
そういって、自失しているクラウにメモを握らせ、するりとその脇を抜けた。

 その瞬間に、クラウの耳元へ囁く。
「まあ、間に合わないかもしれないけれど・・・僕としては、そのほうが面白いものが観られそうで愉しみなんですよ」
甘やかでさえある囁き。だがそれは、クラウの背に氷塊が滑り落ちるような感覚を走らせた。
一瞬の硬直から解き放たれたクラウがメモを握り締めて振り返ったとき、黒衣の神官の姿は例の薄ら笑いを浮かべたまま、夕刻の微風の中へ溶けるところだった。

***

 玉座で頬杖を尽き、軽く目を閉じて部下の報告を聞いていた彼の上司は、不意に声もなく秀麗な唇の端を吊り上げた。
「・・・獣王様?」
この上司は謹厳で通っている割に、彼に対してだけは時折信じられないほどの茶目っ気も見せる。彼女の前触れのない微笑に獣神官ゼロスは一瞬身構え、恐る恐る問うた。
「・・・ええと・・・何か?」
部下の硬直を見取り、獣王ゼラス=メタリオムは小さく笑った。
「いや・・・愉しそうだな、ゼロス」
今はゼナファについての報告をしていたところで、あるじの退屈しのぎに提供する他愛のない話というわけではない。・・・まあ、この主が出向けばゼナファとて子供の玩具なのだろうが、さしあたり調査指示が出たときには結構真面目な話であった筈だった。
「気になるか。その人間の娘が」
さも愉快そうに問われ、ゼロスは返答に窮した。
「そうですね・・・ゼナファはともかく、あれを改変して作った封魔装甲ザナッファーとやらは、一体どう化けてくれるか楽しみなところです。そして、彼らがそれをどう片付けるかも。・・・ぼちぼち、花火が上がる頃かと思いますよ」
「それは良い。引き続き、監視しておけ。造られた魔というものが、どれほどの力を発するものか・・・見届けておいて損はあるまいよ。まあ、場合によってはお前に掃除を命じねばならぬかも知れぬが」
「掃除、ですかぁ・・・」
やっぱり厄介事だった、とゼロスは内心で吐息した。面倒だからあの都市サイラーグごと消し飛ばしてしまおうか、などと考えていると、主はなおもくっくっと笑いつつ言葉を続けた。
「私が言いたいのはな、ゼロス。私には、お前が、ゼナファよりその娘に興味を持ってちょっかいをかけているように見えるということさ」
「・・・は?」
思いがけない話ではあった。
「・・・確かに、退屈だけはしませんが。適当にお食事もさせていただけますしね」
生命力に溢れた人間は感情の起伏もまた激しく、魔族の糧となる負の感情も発しやすい。クラウディア=ガブリエフとて例外ではなく、特に今はマリウスの件で大きく心を揺らしてくれるので、揺さぶりのかけ甲斐があるといえば、ある。
「まあ良い。ともかくも、顛末を見届けてくるがいい。・・・全く・・・面白いな、お前は」
人間をからかうのは激務の間の貴重な息抜きで、負の感情を摘み食いしては自身の補給に充てることだってある。それは決して魔族の在りようとして不自然なものではない。さしていつもと変わるところはないと思うのだが、何かがこの主の琴線に触れたらしい。
ようやく笑いをおさめた獣王にしみじみと言われ、要領を得ないまま頬を掻く。よくわかりませんが、そうお造りになったのは貴女でしょうに。そんな台詞を飲み込んで、獣神官は慇懃に辞去の礼を執った。

***

 結局、サイラーグに入るのは夕刻近くになってしまっていた。
流石に天下に冠たる魔道都市・サイラーグはそこいらの宿場町と違い、めぐらせた城壁の数箇所に設けられた関所で一応来訪者のチェックを行う。通行料を取るとか手形を要求するとかではなく、不審者をチェックする程度のものだが、人の流れはいったんそこで堰かれる。
無為な待ち時間に痺れを切らしたクラウが、まともに関所を通る以外の手段を考え始めたとき、それは起こった。
暮れかけた空を、閃光が裂いた。
地震と紛うばかりの衝撃波が数度にわたって城壁を叩き、市内の一角から激しい火の手が上がる。
浮遊レビテーションで城壁上へ上がったクラウは、炎の中に屹立する巨大な生き物に思わず息を呑んだ。
白銀の魔獣。
その姿を、地上の生き物で言い現すのはほとんど不可能に思えた。
身体は竜のようにも見えるが、その頭部は犬科の獣―強いて言うなら狼―のように見える。その全身は白銀色に輝き、同色の、無数の目のない蛇を纏いつかせていた。
狼の頭部と、目のない蛇はその口から閃光の吐息レーザーブレスを吐いた。街を焼き、あらゆる建造物を薙ぎ払う。瘴気と火の粉を撒き散らし、人間の造ったもの総てを破壊しつくし・・・・
・・・そして、人間を喰らった。
不覚にも、クラウはその光景を前に一瞬呆然としてしまった。
傭兵という職業柄、ひどい戦場はいくつも見てきた。しかしそれらに心動かされるほど、やわな神経はしていないつもりだった。
燃える街、逃げ惑う人々。悲鳴、怒号、焼ける匂い・・・そして、血の匂い。
それらすら圧する、魔獣の咆哮。
「まさかあれが、魔律装甲ゼナファ・アーマーの成れの果て・・・・!?」
「違う」
同じく城壁上へ上がってきたミルガズィアの答えは確固としていた。
「ゼナファの完全装甲モードでも、あそこまで巨大にはならない。その上、基本は人形じんけいだ。あれはもう、別のモノになってしまったとしか考えようがない。完全に制御がはずれて、暴走状態なのだろう。・・・装着者は、喰われたな。増殖が止まらないのに、供給が途絶えた所為で餓えている」
「だから、次々と人を喰らってるの・・・!?」
「本来、魔の喰らうものは負の感情。これだけの大惨事になってしまえば、糧に不自由はあるまいが・・・奴は純粋な魔族のように効率よく摂ることができんのだろう。だから、手っ取り早く丸ごと吸収してしまう。恐らく・・・知識や経験、魂までも」
「なんてこと・・・!」
クラウは剣の柄を握り締めた。鎧を纏った人間ならば、斬り伏せることもできよう。・・・だが、あんな化物をどうしろというのだ。
「・・・ちょっと待って。じゃあ、マリウスは・・・」
ミルガズィアは即答しなかった。先夜、マリウスが自身の体力を省みずゼナファを纏っているのを見ている。ゼナファは失くしても、自分の研究所でそのレプリカを作っていたなら、再び自身で纏おうとしたとしても何の不思議もない。
「・・・あの莫迦・・・!」
クラウの呟きは、押し殺された感情で凍てついていた。だが、ややあってミルガズィアに訊ねる声は・・・微かに震えていた。
「・・・ここまできたら・・・解除は無理・・・なのね」
理解っている。喰われたのだ。・・・童話ではあるまいし、今更怪物の腹を裁ち割ったところでどうしようもないことぐらい。だが、言わずにはいられなかった。
「・・・莫迦だとは思ってたけど、此処までとは思わなかったわよ。・・・ったく、涙も出やしないわ」
ミルガズィアがなにか物言いたげに口を開きかけた。・・・遮ったのは、クラウだった。
「ミルさん、力を貸してくれる?・・・あの莫迦の仕出かしたことなら、私が後始末してやらなきゃ」
そう言って、流していた緋の髪を高い位置で括った。視界をブレさせていた水滴を無造作に拭い、白銀色の魔獣を視線で突き刺す。
「・・・わかった」
言いかけた何かを仕舞い込んで、ミルガズィアは短くそう応えた。そして、炎を上げ続ける市街を指す。
「私が竜身に戻って攻撃するという手段もあるが、そうなればおそらくサイラーグ自体一瞬で灰だ。・・・かなりひどいことになってはいるが、市街にはまだ人間が多くいるから・・・まあ、最終手段と考えてくれ」
「了解よ。・・・ミルさんの竜身も見てみたい気はするけどね」
「奴が戦闘についてゼナファと同等の能力を持っていると仮定すると、基本的に黒魔術系の攻撃呪文が効かない。烈閃槍エルメキア・ランス崩霊裂ラ・ティルトのようなアストラルサイドへ働きかける術もほぼ無効と考えていい」
「それって・・・ほぼ完璧な耐魔能力があるってこと・・・」
「そういうふうに造ったからな」
「・・・って、ちょっと!」
「・・・言わなかったか。私はゼナファあれを、対魔族戦闘のために造った。魔族は人間相手にアストラルサイドからの攻撃をすることはないが、エルフや我々竜族に対しては容赦なく仕掛けてくる。その防御が出来なければ、魔族との戦闘など自殺行為だ」
「要はミルさんだって、マリウスと同じようなコトを考えてたって訳ね」
「否定はしない。・・・だが、エルフや竜族のやりかたを、人間が踏襲するのは無理がある」
「それについては、アレを見たらよく判るわよ」
クラウはため息混じりにそう言って、炎の中心を見遣った。
「・・・で?まさか策なしとは言わないでしょ」
「装甲の強度は、黄金竜の表皮のそれに準ずる。・・・要は、物理攻撃は効かないことはない」
竜王ドラゴンロードに一撃いれられるような武器って・・・」
言いかけて、気づく。
「光の剣、か・・・」
クラウが佩剣の柄を叩く。ミルガズィアが肯いた。
烈光の剣ゴルンノヴァで装甲に傷をつけ、そこから体内へ直接攻撃呪文を叩き込む。それ以外の策は今のところ考えつかん」
「上等じゃない。それ乗った!」
「簡単に言うな・・・」
「簡単だろうが難しかろうが、やるしかないんでしょ」
けろりとして言い放つ。もはや呆れたように、ミルガズィアは深く息を吐いた。そしてゆっくりと顔を上げる。
「・・・隙は必ず私が作る。私がお前の盾となる。だから・・・早まるな、クラウ」
優しい黄金色を直視できずに、クラウは目を伏せた。
「・・・ありがと」

***

『簡単だろうが難しかろうが、やるしかないんでしょ』
これ以上ないというほどきっぱりと、クラウは言い放った。
深紅の双眸は当面の敵を見据えて勁く揺るぎない。この光を損ないたくないと思うのは紛う方無き身勝手であると、ミルガズィアは知っていた。
自分には彼女を扶けるべき正当な理由があると、自身に対して懸命に弁解している自分が可笑しくすらあった。・・・ただ、護りたいだけ。素直にそう認めてしまえばいっそ楽になるのかもしれない。だが、それができるほど、ミルガズィアの生きてきた時間は短くも単純シンプルでもなかった。
そしてまた、クラウに遠い面影を見ているのかもしれないという思いが、自身の言動を屈折させてゆくのも判っていた。
――――それでも、彼女を護るために他に選択肢がなくなってしまったとしたら・・・自分は間違いなくこの都市を灰にするだろう。
どうかしている、と思う。・・・だが、後戻りはできそうにない。だから今はただ、自分自身の冷静さを保つために、他の何かに集中したかった。
・・・・・・浮揚レビテーションのまま接近すれば狙い撃たれるし、地上を行けば避難する者たちの流れを妨げる。結局、二人とも屋根伝いに走るしかなかったが、お陰で市街の様子があらかたわかった。
「さすがに魔道都市といわれたサイラーグだけあって、魔道士の数に不足はなさそうね」
クラウの言葉に、ミルガズィアは肯いた。魔獣に向かっていく者もいたが、手分けして消火や逃げ遅れた者たちの搬送に当たる者も多い。要はそれだけ、火の海になっている一帯に人間が多く残されているということなのだろう。
そうなると、魔獣の足を止めるにもあまり大技を仕掛けるわけにもいかないか・・・
「・・・炸弾陣ディル・ブランド
クラウが何か言いかけたが、魔法の発動と重なって聞き取れなかった。
魔獣の足下の地面が浮き上がり、轟音と共に直上へ吹き上げる。炸弾陣ディル・ブランドとてミルガズィアが行使すれば十分殺傷能力があるが、やはり魔獣相手では爆竹程度の威力しかない。
「・・・やはり、先に市街地から離すことを考えたほうがよさそうだな」
「ミルさん!前触れもなくあんな物騒な大技、ぶちかまさないで頂戴。危うくまた屋根から落っこちるとこだったわ」
「それは悪かった」
たかが炸弾陣ディル・ブランドだが、などと余計なことは言わないほうがよさそうだったので、素直に謝る。
精霊系の攻撃魔法はその本質において物理攻撃だから、人間ならばいざ知らず、竜の魔法許容量キャパシティで放てばある程度の効果はある筈だ。それについては裏付けがとれた格好だが、実効性のある攻撃、ないし有効な足止めとなると・・・
ミルガズィアの攻撃が僅かとはいえ魔獣に効いたのを見てか、魔道士たちも精霊系の魔法に切り替えて攻撃を始めている。だが、人間の放つ精霊魔法程度では爆竹にもならないらしく、かえって魔獣に位置を悟られ次々と喰われていく。・・・ある程度の魔力を行使できる人間のほうが喰いでがあると踏んだのか、狙われている節すらあった。
狼の頭部も、蛇の頭部もなべて人を喰うが、蛇の頭部のほうが小回りが効くうえ、数が多い。目がないことは何の障害にもなっていないらしく、瓦礫の中に逃げ込んだ者も容赦なく銜えて引きずり出す。
そのうち、蛇の一匹がミルガズィアを感知したのか牙を剥いて急追してきた。こういう場合の動きはやや直線的だから、難なく体をかわして手刀を落とす。蛇の頭部が声もなく飛び、頭部を失った首はのたうって退いていった。
だが、ある程度退いたところで再びぐずぐずと新しい頭部が生え、別の標的に向かってゆく。
「きりがないな」
「落ち着き払って論評しないで頂戴・・・といいたいとこだけど、同感だわ」
こちらは烈光の剣ゴルンノヴァで同様の状況を確認したらしいクラウが苦りきったように言った。その時、俄かに魔獣が天に向かって吼える。
「・・・苦しんで・・・?」
クラウが説明を求めるようにミルガズィアを見上げるが、ミルガズィアにも返せる答がなかった。・・・それまで徒に周囲を破壊し、人間を喰い散らかしてきた魔獣が、身を捩って苦しんでいる。
人間を喰らうことをやめても、その巨体が市中でのたうったら被害が甚大なことに変わりはない。蹂躙された市街は阿鼻叫喚をきわめ、吹き上がる瘴気で胸が悪くなりそうだった。そのため僅かに視線が下がった時、ミルガズィアはそれを見つけた。正直なところ目を疑ったが、無視できるタイミングではなかった。
「・・・クラウ」
同様に瘴気に当てられ、片膝をついていたクラウがミルガズィアの指差す先を見る。
クラウが一瞬、呼吸を停めた。
それまで何とか踏ん張っていた魔道士たちが算を乱して逃げるなか、ただ一人動かない者がいた。
動かないどころか、人の波に逆らって、魔獣に近づこうとさえしている。
「・・・マリウス!?」

***

 この混乱の中でも、明るい金色の髪はクラウにははっきり見分けがついた。
魔獣に向かって手を伸べ、何かを呼び掛けている。無論、魔獣に届く筈もない。惑乱しつつも近づく者を感知したか、目のない蛇が鎌首を擡げる。
・・・・・あの、莫迦!!
「―――――光よ!」
ミルガズィアが制止する声が聞こえた気がした。だが、クラウはもう地を蹴ったあと。立ち尽くすマリウスに急追する蛇の頭部を飛び降りざまに切り落とした。
蛇の頭がのたうちながら地へ落ちる。それが融け崩れて霧消した時、クラウが降り立った。
「・・・姉さん?」
間の抜けた声。それが余りにものんびりして聞こえ、クラウは思わずマリウスの胸倉をつかみ上げていた。
「何よ、生きてるじゃない!!」
ひどい言いぐさだが、クラウにしてみればそんなことに構う余裕はなかった。正直、荒れ狂う魔獣の姿を見たときに覚悟をしたのだ。・・・危うく落涙しそうになった自分が莫迦のようではないか。
「・・・姉さんも。無事でよかった」
胸倉をつかみ上げられた些か情けない格好のまま、マリウスが穏やかな微笑を浮かべる。クラウは思わず脱力した。この非常時としては致命的であったはずだが、烈光の剣ゴルンノヴァの光に吸い寄せられるようにして迫ってきた蛇たちは、手刀の一閃で薙ぎ払われた。
「気持ちはわかるがクラウ、久闊を叙すほどの暇はなさそうだぞ」
魔獣の触手を手刀で薙ぎ払うような者が他にいるわけもない。ミルガズィアがそこへ降り立った。剣を握る手に力が入らなくなるような台詞でさらりと追い討ちをかけておいてから、防御結界を展開する。
「やはりお前だったか」
「・・・先夜の非礼をお詫びします、寛容なる竜王ドラゴンロード
まるで憑き物が落ちたような静かさで、マリウスは一礼した。
「是非も無い。こちらも、取り返しのつかないことになってからではまずいという焦りがあってな。多少強引な手段に出たことを詫びておこう。・・・となると、あれの核になったのは・・・」
「セガル。・・・獣人で・・・僕の友人です」
痛ましいほどの苦渋を載せて、言葉を搾り出す。
「僕たちが試作したゼナファは、装着者に体力の急速な損耗を強いたため・・・獣人レベルの体力が無ければ装着が不可能でした。他にもいくつか問題があって、僕は現状での装着実験には反対していたのですが・・・僕が出ているうちに、セガルを被験者にして実験を開始していたようなんです。やっぱり制御不能に陥ったようで・・・扱いかねた彼らは、セガルに眠りスリーピングをかけた上で監禁し・・・資料を持ったまま研究所から撤退したようです。・・・酷い話ですが」
要はマリウスもセガルとやらと同様、見捨てられた身の上ということのようだった。
「僕がセガルを見つけたとき、もうほとんどまともではなかったのですが・・・鎮静させようにも薬草の類はもう滅茶苦茶にされていましたから、急遽買いに出た間のことでした」
「まだ多少、人間であった時の意識が残っていると考えているのか?」
「わかりません。・・・かなり、たくさんの人間を飲み込んだようですし・・・しかし、時折苦しむような仕草をしているのは・・・」
マリウスの言葉を聞いていたミルガズィアは、ややあって静かに頭を横に振った。
「・・・・自我を取り戻させる方法があったとしても、まずその前に奴を制止せねばなるまい。奴を止めてやりたいと思うなら、風の精霊魔法を使える魔道士を集めるがいい。・・・策はある」

To be continued…