繚乱の風

西方夜話

 起き上がれるようになった日の夕方、セレスはようやくのことで言った。
「明日…隊へ帰ります」
 五日にはまだあともう一日あったが、サーティスは、そうか、と言っただけだった。そして酒蔵から持ち出してきた、すっかり年季ものになった酒を指し示して笑った。
「少しは、強くなったか?」
「ええ、昔よりは」
 かつて酒に軽く浸しただけの干葡萄数個で眠りこんだ彼女だったが、今は違う。
「呑んで行け。丁度、花が見頃だ」
「…はい!」
 思わず、セレスの顔がほころんだ。テラスから見るあの樹の花。去年も見たはずなのに、無性に懐かしかったのだ。
 肴として用意されたものをテラスに運ぼうとして、ふと笑う。
「揶揄っておいでですか?」
「本当にそれしかなかったんだ、信じろよ」
 菓子皿に盛られた干葡萄。そうやって言い訳するサーティスの目が笑っていた。
 篝火の代わりに、煌々と照る月が白の靄を浮かび上がらせていた。今日も、少し風が強い。
「…保存状態はよかったようだな。色も香りも立派なものだ」
 サーティスは栓を開け、僅かばかり杯に注いで嬉しそうに言った。その微笑は、いっそ無邪気ですらある。
「シルメナへ行かれたものと…思っていました」
 サーティスの生母アスレイア・セシリアの祖国シルメナ。王都メール・シルミナにはアスレイアの兄に当たるシール・リュクレスが即位している。サーティスから見れば従兄に当たるレーダ大公ルアセックもいるため、亡命先としてはまずそこが想定されていた筈だ。
「行ったさ。…暫くは神殿に寄留していた」
 そして、サーティスは少し重たげに、彼女の姉…マーキュリア・エリスの消息について切り出した。
 シルメナの神殿に寄留している間に、マーキュリアが急な病気で夭折したと聞かされても、セレスは悲しくはあったが不思議と理不尽とは思わなかった。ライエン=ヴォリスが死んだ…という話をエクレス老から伝え聞き、あるいは姉も永くはないかも知れない、という予感めいたものがあったからだった。立ち上がり、月光の中を舞う薄紅色の花弁に手を差し伸べつつ…セレスは静かにそう言った。
「長い短いの問題を抜きにして…姉は、命数を使い果たして逝ったのだと思います」
 その言葉に、サーティスは僅かに目を伏せた。
「…そうであってくれればいい…と思うよ」
 そして彼は、シルメナよりも更に西…イェンツォで“老”と尊称されるシェンロウの知遇を得たこと、医術や西方の知識について教えを受け、その地で医者として生計を立てていたことを話した。今回の治療に使った薬も、そこで得た知識から敷衍したものであることも。
「まったく世の中、どこで何がどんな具合に幸いするか分からんものさ。ここにいては一生かかっても学び得なかったことを、たかだか十年で得たんだからな。
 それで今回、カーシァを助けることもできた」
 そうして浮かべてみせた薄い笑みを見て、セレスはこのひとは変わった、と感じていた。
 変わらない若草色の双眸。だが、その奥にある光は…寒気さえ催すほどに冷徹でありながら稚気にあふれ、それでいて辛辣で、容赦なく、そして勁い。
 今ならば…国を割ることさえ可能かも知れない。それでなくても、現王カスファーは国政を宰相に任せきりで、やや主体性に乏しいと囁かれていた。颯竜公家の復権は姉の悲願。彼が相応の地位を取り戻すことは、正当な権利でもあった。…だがそれは同時に、擾乱の種子たねとなる可能性をはらんでいる。
「…殿下…今度戻られたのは…」
 セレスの慎重な問いを、サーティスは笑い飛ばすように言った。
「そんな顔をするな。済まないが、何も十年前の意趣返しのために帰ってきた訳ではないんだ」
 年季の入った酒を嬉しそうに味わいながらの言葉を、どう捉えて良いのか…。
 ふと…サーティスが視線を遠く、白い靄の中に投じる。韜晦するような笑みは消え、愁いの翳りが降りた。
「マキも、皆も…『颯竜公レアン・サーティス』を生き延びさせるために腐心してくれたのに、いつまでも大陸をフラフラしていて…申し訳ないと思っている。だが俺はまだ、此処へ戻る意味を見つけられない。窮屈な身分になった上に、擾乱の種子と目されて付け狙われてもかなわんからな。
 ただ、エリュシオーネの係累に…マーキュリアのことをきちんと知らせておかなければならなかった」
「…殿下…そのことは…」
 セレスは思わず言葉に詰まった。10年離れていようと、このひとは国の状況をほぼ正確に把握している。ライエン=ヴォリスを失ったことは宰相家にとって確かに痛手ではあったが、ジェドはいまだに壮健であるし後嗣としてはまだ年若いとはいえノーアに預けられた次男がいる。一時幽閉されていたレリアも恩赦されて今はカスファーの正妃だ。宰相家の権勢は、まずは盤石といえた。とはいえ現在の「颯竜公」を見れば、宰相が警戒感をあらわにすることは容易に想像できる。確かに今の時点で彼が帰朝することに、彼自身の利益メリットはない。…本当に、マーキュリアのことを伝えに戻ってきたのだ。このひとは。
「…だが、カーシァ…」
 彼が椅子から立ち上がる動作は至って緩慢であった。その手を伸べて、彼女の頬にそっと触れる。それは舞い落ちた羽根が、戯れに頬を撫でていったような感触。それに続いて抱き寄せられ…淡く紅をさした唇が、声ひとつ出せないまま唇で塞がれる。
 膝頭から力が抜けた。
「生きていると分かっていたら…もっと早くに戻っていた…カーシァ…」
 耳朶を熱くする、囁きに近いほどに抑えられた声を、彼女は遠くなりそうな意識で聞いていた。知らず、支えてくれる腕に縋る。
 いつか見た、繚めぐりからまる白い靄。それが今、閉じた視界のほぼ全てを占めている。
 このひとのために…できることをしたい。それはカーシァと呼ばれていた頃から変わることがない想いであった。そのために剣をとった。二度とまみえる希望がなかったとしても構わなかった。それでもいつかきっと、役に立てる時が来ると。…そうとでも思わなければ、生きていく事は難しかった。
『…わたしに、何ができますか…?』
『じゃ、とりあえず…側にいてよ』
 かつて彼女をそう言って抱き締めた、少年の細い腕。それが今、彼女をしっかりと支え包み込む。…十年という歳月と鍛錬は、その腕に確かな逞しさを与えていた。

 望むべくもなかった場所…そこに自分がいることが信じられなくて、眩暈がするほどに嬉しくて。それでも…旧主の帰朝に嬉しさとともに擾乱の種子を見てしまった自分自身に、セレスは深い失望を覚えていた。

 ――――私には、もうこのかたの傍にいる資格がない。

 そんなことはもうずっと前から判っていた筈なのに、それがひどく哀しかった。
 このかたの傍にはいられない。それは自分が死んだとされる者だったからではなく、自分がもうカーシァと呼ばれた娘でなくなってしまったからだ。
 思い知るタイミングとしてはこの上なく残酷だった。よりによってこの…温かくて力強い腕の中で。
「…殿…下…わたしは…」
 ────掠れた声のあとに、何と言って続けるつもりだったのか判然としない。だがその声が風にざわめく白い靄の中へ吸いこまれたとき、彼女の肌を花誘う風が撫でた。
「…カーシァ…」
 彼女は、眼を開いたものの…暫く動かなかった。というより、動けなかった。
「…済まない。カーシァ…」
 その声で、彼女はようやく意識をその身の裡へ引き戻す。ゆっくりと目を開けたとき、旧主の姿は彼女の視界から消えていた。温かな腕の代わりに…彼女の肩には懐かしい匂いを纏う上着がかけられている。
 薄紅の花と闇と風が織りなす錦繍の前に立ち尽くすセレス。後ろで、細く扉の音がした。
「…身勝手だな、十年も前に置き去りにしておいて…。済まなかった。…苦しめるつもりはなかった…」
 色濃い、自嘲。その時頬を伝い落ちたものに、彼女は初めて自分が泣いていたことに気づいた。
「…殿…下…殿下、わたし…!」
 肺腑の奥が冷えてゆくような感覚。彼女の手足が凍りついた。手足だけではない。口も、喉も。だからただ、その上着を握りしめた。
 振り向けないまま、後ろで足音が遠ざかる。
 彼の気配が、消える…。

***

 胸にのしかかる、重い…無形の熱塊に居ても立ってもいられなかった。眠ることは尚更。仕方なく、エルンストはひとり夜の森を歩いていた。
 森の空気でこの熱を冷ましたかった。
 あの館に行くのか。行ってどうする。セレスの手を取って、無理矢理引き戻すのか。そんなこと、できる訳がない。
 どのくらい歩いたか。行きも戻りもできなくて、結局同じところをぐるぐると回っていたように思う。その時、ふらりと木々の間から彷徨い出た細いシルエットに、エルンストは思わず声ををはねあげた。
「…セレス…!!」
 セレスが足を停める。おもむろに、その眼が焦点を結んだ。だがその瞬間、その身体が大きく揺らいだ。咄嗟にエルンストは腕を伸べ、受けとめる。
 セレスの目許には、鮮やかな涙痕があった。だがそれ以上にひどい顔色に驚いてともかく肩を揺する。
「おいセレス…!?」
 揺すられるままにエルンストに縋ったセレスが、声を詰まらせながら言った言葉を、エルンストは一度聞き損ねた。
「…悪いのは…私…」
「何?」
「…私…やっぱり、戻るべきじゃなかった…どうして…こんなこと…っ…!」
 そう叫んで、セレスが泣き崩れる。エルンストは抱きとめた腕に力を込めた。
「…セレス…おい、しっかり…!」
 セレスが泣き崩れるなど、エルンストにとっては前代未聞であった。セレスはこんなふうに…いとけない童女のように泣きはしない。…しなかった。少なくとも、今迄は。
 何があった、と訊くのは、今は無益だろう。だからただ、胸を蚕食する鋭い痛みとともに…その細い肩を抱いた。

***

 サーティスがテラスへ戻ったとき、長椅子の上にきちんと畳まれた上着が残され、その上に懐剣が置かれていた。
 それは、彼女のもの。エリュシオーネの紋が入った剣。その上にも、数枚の花弁が舞い散っていた。
 上着を羽織り、長椅子に身を沈める。背凭れか、上着か。幽かな残り香があった。
 月が翳っていた。いつの間にこんなに曇ってしまったのだろう。星も消え、墨を流したような闇の中、雷の気配すら感じられる。
 ついに金褐色の髪を大きな雨粒が打った。
 だが何か、雨を避けることすら億劫になって、少しずつ勢いを増す雨に打たせるままにしていた。春とはいえ、夜の雨に打たれれば寒い。その上、動きもせずに長椅子に身を投げ出したままなのだから身体は冷える一方だった。
 それにも構わず白い靄を見上げている。冷え過ぎた指先や顔から感覚がなくなってゆくのを愉しんでいた。
 横殴りの風が、花弁を攫ってゆく。大きな雨粒が花を撃ち落とす。嵐のなかで、花弁の白が広がって花明りを成す。何故か、妙に凄惨な光景だった。
 ────涙痕鮮やかな目許。その涙痕は、彼の心臓を貫き通すのはたやすいだけの鋭さを持っていた。
 手にしたままだった懐剣をゆっくりと抜く。良く手入れされた懐剣の刀身に映った若草色を正視できず、サーティスはその刀身を素手で握った。
 鋭利な刃が、サーティスの掌を切り裂く。
 痛みと共に滑り出た紅に、初めて自分の無謀な行為に気づき、懐剣を鞘に収めた。血で汚さぬよう、卓の上に戻す。
 掌から溢れて指先を伝い、濡れたテラスに滴り落ちてゆく紅を、サーティスは些か投げやりに見遣る。
 そんなつもりはなかった、と言っても、今更遅い。つけた傷が消える訳ではないのだから。…こんな身体の傷など及びもつかぬ、心の傷。
 
 帰朝の理由がどうあれ… 自分レアン・サーティスの帰郷が、彼女カーシァにとって苦悩の種にしかなりえなかったことに気づくのが遅すぎた。…全ては、自分の我儘だ。十年前、瀕死の彼女を置き去りにしてこの国を逃げ出しておきながら、今更彼女に何を求めるつもりだったというのか。
 彼女には既に別の名があり、別の生き方がある。解っていたことなのに。
 畢竟…度し難い甘えではないか。
 

 ─────この痛みは、当然の罰。

 ようやくのことで雨の勢いがおさまり、霧雨程度になった頃には、木々の花はほとんど撃ち落とされていた。
 庭は一面、白い花びらを敷き詰めて薄明るい。
 その明りだけでなく、すでに東の空は白みはじめていた。
 ふと、庭の空気に入りこんだ異分子を僅かな音から感じ取る。明るんでゆく空に視線を放り投げたまま、サーティスは問うた。
「…そこの客人、家へ来るなら来るできちんと礼儀を通してもらおうか。今少々手が痺れていてな。剣を握るのに手加減がきかんのだ。私に抜かせるなよ」
 行き場のない怒気を孕んで、自身でも思いも寄らぬほど低い声になる。
「案内も乞わず、庭からご無礼つかまつる」
 木々の向こうから、いらえがした。
「…王弟にして颯竜公…レアン・サーティス殿下?」
「颯竜公と呼ばれるのは構わんが、王弟というのはやめてもらおう。…虫酸が走る」
 苦々しくそう言ったとき、問うた声の聞き憶えに、サーティスは思わず身を起こした。
「…誰だ?」
 身に纏った雨粒の重みと風で、こころもち枝を下げた木々の間から姿を表した人物を、サーティスは知っていた。
 一晩じゅう雨に打たれ、感覚の鈍麻した身体を叱咤して立ち上がる。
「…ツァーリ衛兵隊・第三隊隊長…エルンスト。昔はこんな仰々しい肩書きはついてなかったがな。…あんたか、サーティス。…あんたが、『颯竜公』か…」
 木立の下に佇む、少しおさまりの悪い髪。一別以来少しも変わってはいない。
「…エルン…スト…?…」
 自身の顔から血が引くのを覚える。数秒の自失の後、サーティスはゆっくりと息を吐いて再び椅子に身を沈めた。
「…そうか、お前か…」
 もはや、乾いた口調。わだかまりが音もなく崩れてゆくのを、サーティスはぼんやりと感じていた。衛兵隊。そういうことか。
「…どうする?果たし合いでも何でも、受けてたつが?」
「何でそんなことしなきゃならん。そうしてやる気もないあんたに怪我さして、またセレスを泣かせるのか?…御免だね」
 言葉に含まれる静かな怒り。サーティスは、笑った。
「…エルンスト…それは違うだろう」
「あんた…全然理解ってないよ!」
 エルンストが、声をつりあげる。
「あんた、全然理解ってない…セレスが今でもあんたをどんなに大切に思ってるか…!」
「カーシァが愛しているのはお前だ、エルンスト」
「俺はカーシァなんて知らない!」
 エルンストが大理石の卓を叩き割りかねない勢いで殴りつける。
「カーシァって呼ばれてた子は…今でもお前が好きなんだよ!…ああ、俺が思わず妬いちまったぐらいにね!」
 荒れた息を宥めるエルンストの顔は紅い。照れというより、もどかしさからくる苛立ち、怒りの所為だろう。
「セレスは声を上げて泣いちゃくれない。顔を紅くして怒ってもくれない。…そういう素直な部分はみんな『カーシァ』だからさ。
 あんたのいう、『カーシァ』はいまでもかわっちゃいない。あんたが一番重いんだよ。あんたが悲しんだり、苦しんだりするのが一番こたえるんだ…何故それを理解ってやらない!?」
 サーティスはゆっくりと、視線をあげてエルンストの目を射た。
「冷静な分析だな、エルンスト…。だが、私が昨夜ここでカーシァを抱いた、と言っても、その先が続けられるか?」
 サーティスの声音は、強い毒を含んでいた。声音だけではない。若草色の瞳も、今は暗く凍てついている。
 卓上に置かれたままのエルンストの拳が、強く握りしめられる。
「…セレスは…悪いのはあんたじゃないのにって…声嗄らして泣いてた。…俺にさえ判るような嘘ついてまで、あんたは俺にどうさせたいんだ!?」
 叩きつけるような言葉が崩したものは、何だったのか。エルンストのほうも、もう何を言いにきたのやら分からなくなって、サーティスを睨付けたまま沈黙するしかなくなっていた。
 ひどく永かったような気もするし、ほんの僅かな間であったような気もする。
 サーティスがゆっくりと口を開いた。
「…セレス…。それが今の、彼女の名というわけか。…彼女は?」
 穏やかな声に、エルンストもふっと肩の力を抜いた。
「…家にいるよ。家っつっても、ここからすれば小屋みたいなもんだけどな。オルガさんって、あんた憶えてるか。セレスは今、あの人のはからいで、住む処を都合してもらってるんだ」
「…そうか…」
 サーティスは立ち上がった。
「…今日の夕方か…明日にはここを発つ」
「サーティス?」
「…とりあえずノーアへ出て…イェンツォと、龍禅にまで足を延ばすつもりだ。とりあえずはな。いつ帰ってくるか分からん」
「何故…」
「まあ、私もいろいろ思うところがあってな」
 少し寂しげな笑み。
「今回帰ってきたのも、もともとそう長居する気はなかったんだ」
「…サーティス…」
「彼女に伝えておいてくれ。もう、カーシァという呼び方はしない…とな。…そう呼んでしまったから、話がおかしくなった。彼女を苦しめる結果にもなった。もう、ケレス・カーラの名で縛ることはしない、と…」
「…ケレス・カーラ?」
「あれの本当の名さ。ケレス・カーラ=エリュシオーネ。…慌て者め、おまえ多分、読み違えたんだろう」
「…しかたねえだろ、違うのかってきいたら、違わない、本人が言うんだから間違いないって言い張るんだから」
 サーティスは笑った。先刻エルンストは彼を「全然理解ってない」と怒鳴りつけたが、エルンストも結局理解ってはいない。シルメナの人間が、本名を呼びかえるのを許す意味を…。
「この懐剣も、彼女に渡してくれ。エリュシオーネであることをやめてもいい。だが、懐剣これは彼女の親が彼女のためにあつらえたものだ。俺に返されても困る、とな…」
 サーティスは、昨夜の嵐など忘れ去ったかのような蒼弓を仰いだ。

***

 朝陽の射す部屋。セレスは身を横たえたまま、泣き腫らした眼を薄く開けて射しこむ陽を見ていた。
 ─────瞳に宿る光は静かだった。
 彼女の裡で、ゆっくりと明らかになってゆく。何がそのままで、何が変わったのか。
 だがそれを悔いることはできない。悔いる必要もない。自分は今、ここにいるのだから。
 ここにいる。時がそれを許すならば、ずっと。深い部分での痛みもまた、いつかは癒える。そう信じて…

 花が散る。散って、古の記憶の扉を閉ざす。
 花が散れば、その庭はやがて新緑の季節を迎える…。

END AND BEGINNING