L.C.L.

Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」


 ――――――――そこにあるのは、平穏そして安寧。
――――――――全ての変化を拒絶する静穏。
透明な水は時折、世界の外をちらちらと映し出す事もあるだろう。しかし、仮に紅瞳がそれを映したところで、硝子玉に景色を映してみるようなもの。
見えているのかいないのか・・・・。見るものがそれを確かめるにもおぼつかぬ程の間に、物憂げな瞼が外界への扉を閉ざす。
「問題はありません。全ての反応は正常域です。予定どおり最終シーケンスに入れます」


Senryu-tei Syunsyo’s Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」

序・「透明な水の中から・・・」


「アルビノか?」
「ええ、発生の際ベースに用いた胚性幹細胞・・・出所はあれですから、やむを得ません」
「体調も含めて、あれはかなり不安定だと言うではないか。正常に稼働するのだろうな?セカンドインパクト後のこの気象下で」
「それは問題ありません。ベースのDNAを組み上げるときのサンプル、あれのオリジナル自体、本来こっちのものです。定着率が比較になりませんよ。この個体は既にATフィールドを展開することが可能です。それも、かなり強力な・・・記録の最高値では、γ線を含めてあらゆる波長を完全にシャットアウトできますよ。紫外線程度は問題にならないでしょう」
胸をそらさんばかりの白衣の男の言葉に、やはり白衣の、脱色と見える金髪の女性が驚いたように問い返した。
「ちょっと待ってください。この子に、γ線を照射したのですか!?」
説明を受けていた老人が、訝しげに彼女を見る。白衣の男も、また。
「・・・そうだが、どうかしたかね」
「・・・いえ、何でもありません」
彼女の面に浮かんだ《感情》らしきものは、一瞬で塗りつぶされた。そうよ、だれも人間だなんて思っちゃいないんだわ。私を含めて。今更よい子ぶって何になるの?
「いままでのモノと比べて物質的にはかなり脆弱と言えます。何せ、人体の組成とほとんど変わるところはありませんからね。しかしそれを補って釣がくるほどのATフィールドです」
「人間が自らの身を守る牙も爪も持たず、逃げるための羽根も与えられなかった代わりに、《知恵》を持ったが如く・・・か」
老人は、白衣の男に案内されて隣室に移った。
彼女はもはやついて行く気にもなれず、その場に残る。モニタや循環装置の低い唸りだけが満たすその部屋に、彼女はひとり立ち尽くして吐息した。
結局、人間はその《知恵》とやらで、生き残るためには何だって利用してしまうのだ。―――――――それが”奇跡”であれ、”命”であれ・・・たとえ、”神様”でも。
彼女は自分がやっていることの意味を、意義を、十分識っているつもりでいた。そして、目的遂行のためには非人道的との謗りも免れないようなことにさえ、進んで手を染めた。それが、必要だから。・・・・だが・・・・。
老人達が消えた扉から目を背けたとき、中央に据えられた直径2mほどの硝子管の中にいる《それ》と、不意に目があった。
その時彼女は、自分の喉が壊れかけた笛のような、いびつな呼吸音を立てるのを聞いた。
老人の不躾な視線を物憂げな瞼で遮っていた《それ》は、今その紅瞳を開いて穏やかな微笑で彼女を見ていた。アルカイック彫刻が浮かべるあの笑みにも似た、優しいだけに深い断絶を感じさせる笑み。
―――――憐憫。
それが自分へ向けられたものであることに気づいたとき、彼女の裡に浮かんだものは怒りではなかった。冷えきった、諦め。硝子管の中に閉じ込められ、あらゆる反応をモニタされる身である彼――そう、もはや《それ》ではあるまい―――よりも哀れな存在であると、彼女は認めていた。
彼女自身が。そして、人類そのものが。