第Ⅷ章 たったひとつの、冴えたやりかた 


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」


葛城さんたちの言うATフィールド・・・あれはあれで、言葉的には間違いじゃないんだけど・・・
本来は、もっと広範囲に及ぶ力なんだよ。一口で言えば、具現する力なのさ。

その昔、『光あれ』の一言で世界に光をもたらした父なる方の力。
僕らはその一部分が使えるに過ぎない。
でもカヲル君も言ってたように、リリンにだってある力なんだ。

つまりね、自分が『こうありたい』と思ってたり、
『自分はこうなんだ』と規定してしまってたりすると、
だんだんそうなっていくでしょ。あれだよ。

 ・・・ヒトは、自分で自分をつくっていくんだ。好むと好まざるとに関わらず、ね」


第Ⅷ章 たったひとつの、冴えたやりかた
D Part

 発令所。地上で繰り広げられる凄惨な戦いに、一同声もなくただ呆然と立ち尽くしていた。
 ただ、リツコとそのアシスタントたるマヤだけが、忙しく目と手を動かしている。この際、やることがある者は幸せだったというべきであろう。ともかくも、理解不能な光景をただ眼前に突きつけられるだけという状況からは救われていたから。
「フィフス・・・・死んだはずでは・・・・・」
 半ば呻くように呟き、冬月副司令はゆっくりとシートに沈み込んだ。
 それを、僅かな物音で気づいて振り向いた青葉は少し驚いたように眉をあげる。およそ、副司令が発令所で座っている姿など初めて見たからだ。
 NERV副司令という肩書より、学者という形容が相応しい上司の横顔は、何処か急に老け込んだようであった。だが、その理由を辿ろうとした思考はけたたましいアラームに断ち切られた。
「何だ?」
 コンソールに飛びつく。事態はすぐに知れた。吹き飛んだ第3新東京市の兵装ビルとまではいかなくても、ジオフロント内には使徒迎撃用の火器が配置されている。その殆どは戦自の突入に際してほぼ真っ先に潰されたが、ケーブルが切れて使用不能となったものの原型をとどめていた砲台が突如として機能を回復し、火力を集中してフィフスの援護に回ったのだ。
「凄い・・・・もとの火力が火力だから決定的なダメージはいれられないけど、量産機の動きを十分牽制してる。一体誰がどうやって回復させたんだ!? レーダーサイトは殆ど潰されてるってのに・・・・」
 同じようにコンソールに張りついていた日向が感心したように呟く。
「・・・・衛星よ」
 予期していなかった声に、一同が視線を集中させた。
 声の主は、集まった視線に些かも動じることなくキィを叩きつづけている。
「MAGIが干渉できる衛星を集めるだけ集めて位置を特定してるのよ。多分、全く新しいFCSを組み直したのね」
「そんなの、この非常時に一体誰が・・・あ!」
 言いかけて、日向は気づいたらしい。だが、リツコはそれ以上の説明を与えなかった。
「・・・・赤木博士・・・・フィフスは、使徒は、殲滅したはずじゃなかったんですか・・・・? 一体、何がどうなってるんです・・・?」
 青葉の問いは、発令所の総意でもあった。
 「人類補完計画の阻止」という点において目的を同じくする榊タカミの参画については、発令所の殆ど皆がMAGIハッキング事件との関連を正確にイメージできなかったのが幸いして、存外混乱は起こらなかった。しかし、地上で初号機を死力を尽くして守ろうとするフィフスの存在を目の当たりにしてはそうも行かない。
 問答無用で段取りをかためた作戦部長は、自ら作戦行動に身を投じて今は不在である。リツコに矛先が向くのは致し方ない事ではあった。
 リツコはしばらく沈黙を守っていた。そうして、作業を一秒たりとも休まずに続けながら口にした言葉は、幾分いつもの彼女に近かったかもしれない。
「・・・・・何故彼が初号機を守るのか、については、彼に訊くよりないわ。でも、なぜ彼が生存しているか、という問いなら、答えはひとつよ。
 ・・・・ターミナルドグマで扼殺された『第17使徒』が、ほかならぬ模造体フェイクだったから」
模造体フェイク!?」
「無論、ATフィールドを行使した以上その魂は紛れもなく本物だったでしょう。・・・然程、不思議な事じゃないわ。事実、私達は使徒からEVAを作った」
「でも、それとこれとは・・・第一、誰がそんな・・・・」
「・・・・ゼーレ、か」
 占めるべき席もなくて、コーヒーテーブルに身を凭せかけていた加持が不意に口を開いた。
「・・・・送り込んで来た張本人だからな、そう考えるのが妥当か・・・・」
 日向の納得を、加持は聞き流した。テーブルから身を離し、やや厳しい面持ちで言葉を継ぐ。
「だが、ゼーレはそんなつもりじゃなかった筈だ。使徒の殲滅はゼーレの意思なんだからな。誰かが、ゼーレすらも出し抜いて、第17使徒のオリジナル・・・コアを隠匿していた。誰が、どうやって?・・・・・・君は知っているんだな」
「・・・そうね。否定すれば嘘になるわね・・・・。でも、最初からそうだと知っていたわけじゃないわ。現状を見て、過去についての説明を見つけているだけ」
「先輩・・・・!」
 流石にマヤが青ざめてリツコを見た。それはつまり・・・・
「手を止めないで。時間がないわ」
 厳しい声に、慌ててディスプレイに目を戻す。
 だが、発令所の張り詰めた空気が戻るわけもなかった。リツコはしばらくそのまま作業を続けていたが、ややあって作業姿勢を些かも崩すことなく口を開いた。
「・・・高階マサキ博士を知っている?」
「形而上生物学の高階博士・・・たしか、副司令の教え子だった・・・・」
「・・・・・・私の父よ」
 これには発令所の面々はおろか、加持でさえ一瞬呼吸を停めた。
「離婚したのが私も随分小さい時だったし、まともに顔も覚えていなかった。ただどういう経緯かは知らないけど、ゼーレに関わっていたの。そう、セカンドインパクトが起こるよりもずっと前から。
 セカンドインパクトの時に南極にいた筈なのに、なぜか生存していたの。そして、アダムの制御に失敗して第17使徒のコアの扱いに慎重になっていたゼーレに、ひとつの方法を提示した」
「それがあの、フィフスの少年か・・・・」
「コアから抽出した情報で組み上げた擬似DNAをヒトの胚に取りこませたの。その胚から発生した個体のうち、常にただひとつが、私達が使徒と同定する条件・・・ATフィールドを行使したわ。
 そして同じ方法は、レイにも援用された。・・・・リリスの細胞を使ってね」
 リツコが言葉を切ると、居心地の悪い沈黙が降りた。綾波レイと呼ばれる少女の出生について、何の変哲もない家庭を想像する者など確かに皆無ではあったが・・・・。
「ヒトの器におしこめ、記憶を奪う事で、ヒトは使徒を制御しようとしたのよ。そしてそれは、回収に失敗した使徒を殲滅する為にも必要だった。・・・・つまり、使徒に対抗しうる決戦兵器としてのEVA。本来はダミープラグでの稼動を意図して設計される筈だったのよ。量産機のようにね」
 マヤの顔が硬くなる。ここは、マヤでも関与した部分だからだ。・・・・彼女は決して納得できなかったが。
「ゼーレは決して、私達に比べてさほど多くの情報を握っていたわけじゃないわ。使徒の存在を暗示する死海文書、砕け散ったアダムの残骸、そして第17使徒タブリスのコア。それ以上のものは何も握ってはいなかった。だから、決戦兵器としてのEVAの生産をNERVにゆだねるよりなかったのよ。
 事実、EVAの初陣以来の活動、そしてそれに対する使徒の反応は、ゼーレの予測を往々にして逸脱していたわ。老人達は、それも予測範囲と言い張ったけど・・・・第12、第16使徒の時のゼーレの反応を見れば明らかよ。
 ゼーレ、人類の長老を自任する彼らだって、ヒトに過ぎないことについては同じなのね」

 ――――――――発令所を、沈黙が支配していた。
 無理もない。今までの価値観をひっくり返すような事柄が、ほんの僅かの間に彼らの前に積み上げられてしまったのだ。リツコの話を総合するなら、実行機関としてのNERVは甚だ信用されていなかったということになる。
 それどころか、自分達は力の能う限り使徒達と戦ってきたつもりで、実はただゼーレの書いたシナリオの範囲内で踊らされていたに過ぎなかった。
「俺達は、所詮“駒”にすぎなかったのか・・・・・」
 呻くような呟きは、日向のものだった。だが、決して彼一人の感慨ではなかった。
「・・・・・ゼーレにしてもすべてを掌握していたわけではなかった。理論上、あの少年に魂が宿った時点で自壊した筈の第17使徒のコアは、実は保存されていた。・・・そうなんでしょう、加持君?」
 すべてを見透かしたようなリツコの言葉に、加持はあえて抗うようなことはしなかった。
「・・・・・俺が見たものが、幻じゃなければね」
 しかし慎重に言葉を選んだ加持に、リツコの反応はいかにも無造作だった。かすかに笑いさえして言う。
「だったらおそらく、そんな事ができたのはプロジェクトに参画していた高階博士だけよ。その真贋・・は別にしてもね」
「真贋って・・・まさか」
「・・・私に言えた義理じゃないけど・・・加持君、あなた何故生きてるの?」
 青ざめた加持が、反射的に胸を押さえる。他の者には奇異にしか聞こえない問いも、加持にはその言わんとするところが理解ったのだ。
 瀕死の加持の傷を癒し、不思議な紅の球を託して姿を消した二十半ばと見える女性。彼女は高階ミサヲと名乗った。
 ・・・・『高階・・』。

『はは、ごめん。加持さんがどうにかするか・・・・・・・と思ったから』
『いや、可能性・・・がないわけじゃなかったし』

「・・・・俺は・・・」
「彼は『可能性は否定された』と言ったわ」
 加持の言葉を遮り、リツコは淡々とそう言った。
「ゼーレの目算では、ターミナルドグマで死んだフィフスチルドレンが第17使徒本体のはずだった。量産機や、そのダミープラグのために生産されたダミーも、所詮ダミーでしかないから。・・・・・でも、真実は違った。ゼーレも、碇司令も、フィフス本人・・すら出しぬいて、その本体を保存していた誰かがいた。そしてサルベージの手段を残していた。
 おそらくは、フィフス・・・彼らの最後の子に、今一度の機会チャンスを与える為に。
 ―――――――― そんな事をする理由があるのは、誰?」
 加持の狼狽を些かも斟酌するでなく、淡々と作業を続けるリツコの口許には、拘束を解かれMAGIのプロテクトに入ったときのそれに似た笑みがあった。
 ある一瞬、リツコの手が止まる。
 同時に、警告音と共に発令所のディスプレイがひとつブラックアウトした。その中に白い文字が浮かび上がる。
 ――――――― We open an attack on the target in 120sec. ready?
「き、来たっ・・・」
 発令所の誰かが、そんな上ずった声を上げたのが聞こえた。だがそれも彼女には、意識の埒外。
 リツコはマヤのほうを見た。ぎりぎりで間に合ったのか、顔を上げている。マヤに任せたセクションのディスプレイも、completionの文字を表示していた。
 ――――――― Yes, It’s all set.
 ――――――― All right, please start count down after 60sec.
 ――――――― All right.
 数行の文字列を何の躊躇もなく打ち込み、リツコは初めて手を置いた。
 深く、吐息する。
「・・・所詮、ヒトの手に負える領域ではなかったわ。なにせ、相手は神様だもの」
 深く、背凭れに身を預けて宙を仰ぐ。
 誰もが、言葉をかけ損ねていた。

【なぁにひとりが斜に構えてんのよ!! ったく、辛気臭いったらありゃしないわ!】
 ノイズが被るほどの大声が、一同の耳をつんざいた。
「・・・ミサト? 聞いてたの」
 驚いてはいたようだが、ひどく緩慢に・・・リツコが応える。
【そっちに回線がつながる少し前からね。立ち聞きするつもりはなかったのよ。文句はそこの優秀だけど大雑把なSEシステムエンジニアに言って】
【わざとじゃないったら!】
 慌てたようなタカミの声が被る。
【湖底の12番ゲートから弐号機を回収したわ。加持、セカンドチルドレンの保護よろしく。あと、事情はよく判らないけどフォースもいるから】
「鈴原君が!?」
【あ、彼についてはあまりいろいろ訊いて混乱させないでやってくれるかな。多分彼自身、殆ど事情を理解してないから】
【・・・・っていうことだから、頼んだわ】
「了解した」
【・・・私だって本当は迎えに行ってやりたいけど、私にそんな資格はないわ。アスカの事、お願いね。・・・それと! まだ戦自の部隊がうろついてるから気をつけて】
 沈んだトーンを、自ら奮い起こすように付け加えるミサト。
「・・・・心配、してくれる訳かい?」
 加持が、少し悪戯っぽく問い返した時、一瞬詰まったような間があった。
【・・・・さっさと行けっっ!!】

「・・・・・ったくあの莫迦、この非常時に何言い出すのかと思ったら・・・!」
 怒り出すミサト。タカミは毒のない笑みをした。
「いい人だね。葛城さんの表情、一瞬で和らげた」
「ただの莫迦よ、あれは!人の迷惑顧みないし、命知らずだし・・・・とにかくほんっとに莫迦!! 人の気も知らないで・・・・・・」
 自分の声が上擦ったのに気づいて、ミサトは思わず口を覆った。その手の上を、水滴が零れ落ちる。
「・・・え、何、葛城さん泣いてるの!?」
 タカミがうろたえて振り返る。
「なんで私があんな奴のために泣かなきゃならないのよ!こっち見るなっ!」
 手近に物があったら投げつけていたに違いない剣幕に、タカミは慌てて姿勢を戻した。正確には、ミサトの感情の起伏を感知したのであって、零した涙を見たわけではなかったのだが・・・・・。
『なによこれ・・・とまんないじゃない・・・・』
 この非常時に、と自らを叱咤しても、涙は止まらない。
 今まで、加持の生存を喜ぶような余裕はなかった。ただ加持の相変わらずのひとことが、張り詰めた糸のようだったミサトの神経をほんの少し緩めたのだ。
『莫迦・・・・こんなときに変な事言うからよ・・・・ほんっとに莫迦なんだから・・・・・・!』
 涙を拭って、ミサトはコンソールに向き合った。
 ・・・・・・発動まで、30秒。

「あくまでも我らにさからうか、タブリス」
「汝は賭けに敗れたのだ、それを」
「我らは賭けに勝ったのだ、それを」
「無益な事を」
「汝ひとりで何ができる」
「アダムの呪われた末子」
「いずれ、止められはせぬ」
「すべては約束された事」

 カウントダウンはカヲルの耳にも届いていた。
 だがここに来て、流石にカヲルも息が切れ始めている。援護射撃がなければ、とうの昔に取り押さえられていた。
 呼びつづける声に、いらえはない。
「シンジ君、応えて・・・・!」
 最悪の事態は、その時に起こった。
 斃れた量産機の一体が、突如両腕を伸ばしてカヲルを取り押さえたのだ。
 疲れが、カヲルの反応を一瞬だけ遅らせていた。それが致命的だった。
「・・・・・・・っ!」
 槍を防御に切り換えていなければ、一瞬で潰されていたに違いない。だが、カヲルの動きを拘束するには十分だった。
「ゼーレ・・・・・そういうことか・・・・っ・・・・」
 一体がカヲルの動きを拘束する間に、他の量産機が初号機を取り囲む。
 包囲円の中で、閃光と共に初号機が吼えた。

「初号機、拘引されていきます。高度2000、3000・・・・・・まだ上がります」
「EVAシリーズ、S2機関解放・・・・!」
「次元測定値が反転、マイナスを示しています。観測不能。数値化できません!」
 すべての現象が15年前と酷似していることに、発令所は蒼然となった。
「やっぱりゼーレの思惑はサードインパクトなのか!? もう終わりなのか!?」
 日向がデスクを叩く。
【・・・・まだよ!! カウント、どうしたの!?】
 力強い声が届く。
「カウントは続けてるわ。10秒前」
 冷たいほどの静けさで、リツコがいらえた。
 だが、マヤのかすかに震える声が空気を冷やす。
「S2機関臨界・・・・これ以上は、分子間引力が維持できません・・・・!」

 ―――――――three,

              two,

                   one,

 zero、contact.

 勝負は一瞬。
 砕け散った零号機以下、NERVの所持するEVAシリーズがすべて本部のMAGIのサポートを受けて動いているように、量産機もまたMAGIのマイナーチェンジである通称「MAGI-TYPE」のサポートで動いている。もっと言えば、ダミーシステム自体もそのの制御下にある。
 量産機のソフトウェアの破壊。それは、量産機を制御するMAGI-TYPEの機能を停止させてしまうこと。
 そしてそれは、機械によって生命を維持しているゼーレの殲滅と同義でもあった。
「目標3、4、6、7、完全停止。量産機の同No. 出力低下」
「量産機No.5、8、墜落」
「分子間引力、3%回復」
「次元測定値、観測再開できます!」
「・・・・量産機ダミープラグ、オートイジェクションの作動を確認。全機、出力ゼロ」
【オペレーション終了。MAGI-TYPE全9基の完全機能停止を確認】
 歓声と共に、弾倉がカラになった拳銃やら、クリップボードやら、フチが欠けてしまったコーヒーカップやらが宙に舞った。
「やったぞ!!」
【リツコ、それから皆、おつかれさま】
 ミサトの幾分落ちついた声が届く。

 機能停止した量産機の掌を切り裂き、カヲルは量産機をダミープラグごと両断した。
 5000m近い高空でオートイジェクションされたダミープラグは、カヲルが手を下すまでもなく地に落ちて粉砕される。
 すべてのダミープラグの破壊を確認して、カヲルは両膝をついた。
 疲労したカヲルは槍を杖にして、ようやく身体を支えている。肩で息をし、玉のような汗がその顔と首筋を伝っていた。
 全身を疾る悪寒。裡に溜まった澱をすべて吐き出すかのように、肺腑の中身を搾り出すように吐く息は、かすかな嗚咽を含んでかすれていた。
 喪くしたと思っていたものが、カヲルの頬を伝い落ちる。
 ヒトの都合で生み出され消されていったダミーたちに、一片の同情も覚えたことはなかった。あるいは、憎しみさえ感じていたかもしれない。
 それは自身の汚い部分。
 自らの解決を拒み、ただ卵の中の安寧にとどまろうとした自身が引き起こした悪夢。
 魂、意思のない自分。ダミーたち。それは人形。しかしそれも自分自身。
 父なる方の思惑通り、自分がアダムの元へ還っていれば、彼らが生み出される事もなかったのか。
 だが、そうしていればやはり父なる方の人形であった。
「・・・・・僕らは、あなたの人形じゃない」
 紅の液体でぬかるんだ土を握り締め、呻くように呟く。そして手の中の紅を大地に叩きつけた時、カヲルはハッとしたように濡れた眸を見開いた。
 弾かれたように上空の初号機を仰いで、慄然とする。
「・・・・・・まさか、シンジ君・・・・・!?」

「・・・・・最悪だ」
 プリブノーボックス。水面を疾る細波の中央に立ち、タカミは舌打ちした。
「何、どういうこと!?」
 ゼーレ攻略の要を無事果たしたタカミに慰労の言葉をかけようとしたミサトが、タカミの声音に身を硬くした。
「ほんの少し、遅かった」
 ミサトは即座に通信回線を開いた。
「・・・・・発令所!状況は!?」
【訳がわかりません。また次元測定値が反転しています!それどころか、何もかもが先刻と同じように・・・・・! 量産機は皆落ちたってのに、どうして・・・・・!】
「どういうこと。一体何がどうなってるの!?」
「アブソーバー最大。皆に、物理衝撃波に備えるように伝えて・・・・・・地上の戦自は、もう救いようがない!」
 幾分早口なタカミの言葉が終わるか終わらないかのうちに、通信にノイズが走る。
 数秒のラグが、いやに静かだった。
【・・・・・直撃ですっ・・・・・!】
 ―――――― 衝撃。
 建物ごと横っ面を張られたような凄まじい揺れのあと、構造が激しく軋んだ。
【地上堆積層融解!】
【第2波が本部周辺を掘削中!外郭部が露呈していきます】
「セカンドチルドレン回収班は!?」
【無事です!弐号機はケイジに格納完了してます!】
【戦自主力大隊、消滅】
【上空に、巨大な十字架が・・・・わぁっ!】
「今度は何!?」
【ターミナルドグマより、正体不明の高エネルギー体が上昇中・・・・・ATフィールドを確認!】
「なんですって!?」
【分析パターン、青!】
「・・・・・!」
 青ざめたミサトに、タカミが苛々と髪をかきまわして言った。
「ジオフロント本来の所有者が目覚めたんだ。ゼーレがいなくたって、これじゃ振りだしだよ」
「・・・・・サード・・・・・インパクト・・・・・・・」
「もっと悪い事態かもしれないよ。すべての生命が、その可能性を摘み取られる悪夢。・・・・・・・しかも、打つ手なし」
「そんな・・・どうしようもないっていうの!?」
 拳を固めるミサト。タカミが俯いた。

「・・・・・ひとつだけ・・・・・方法がないでもない。ただ、カヲル君が承服してくれなければ、それまでだ」