第Ⅸ章 そして御使は神の前に立つ

Full Moon

Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」


【多分、15年前“榊タカミ”に起きたことと・・・・殆ど同じ事が起こったんじゃないかと思う】
それはおそらく説明の一部であったのだろう。あるいは自分の他に話を聞いている二人への前置きであったのかも。
だが、固有名詞を理解できなかったことでその科白そのものが頭を通過してしまい、トウジはただ薄青い氷が本部の表面を埋め尽くしていく光景をモニター越しに見つめていた。
それは間違いなく自分がやっている事なのだ。・・・何がどうなってそういう事象が起きているのか説明はできなかったが。
「・・・・ようわからんわ。結局俺、『鈴原トウジ』やないんかい。俺が知りたいのは、そこや」
【難しい質問だね】
 穏やかな声が応えた。
【端的に言えば、君を構成する細胞のDNAは既にリリンのものではないよ。でも、君が「鈴原トウジ」という名前で認識される意思体であることに違いはない。・・・・覚えてないかな?君は参号機の中で一度心停止を起こしているんだ。それだけダメージが大きかったんだよ】
「うそ、だって外傷は生命に別状のないものだって・・・!」
 驚いたミサトが口を挟んだ。リツコは俯いたままだったが。
【だから、別状のない辺りまで損傷を修復したんだよ。そこらで力尽きて休眠にはいってしまったんだろうけど】
「・・・・・・・“何が”修復したんや?」
 表面が完全に覆われたのを見届けたトウジは、厳しい顔でモニターから目を離して暗い水面に問うた。
 水面に佇立していた赤黒い槍を中心に、再び同心円状の細波が現れる。光の粒子が集まり、そこに先刻までと同じタカミの姿が現れた。

「・・・・EVA参号機に寄生し、参号機の破壊で殲滅と誤認されたバルディエル・・・・・ネルフが第13使徒と呼んだ者」


第Ⅸ章 そして御使は神の前に立つ
B Part

 トウジのリアクションは、さほど大きなものではなかった。むしろ、明確な答えを与えられてほっとしたようなふうさえあった。
 タカミはプリブノーボックスの水面上からミサト達のいる制御室に座を移している。幻身とは思えない質感を備えてはいたが、声はともかく全く物音を立てないのが、唯一幻身たる証左とも思えた。
「君は生きたいと願った。そしてバルディエルも。バルディエルは君と融合することで殲滅を免れ、君は使徒の細胞をとりこむことで生命にかかわる損傷から身を守る術を得た。ただし、バルディエルの意思はもう殆ど感じられない。・・・多分、意思体として独立して存在する力は残っていなかったんだ」
「俺が、のみこんでしもうたんか・・・」
「消えたんじゃない事は確かさ。僕らの力は本来魂に根ざすもの。消滅したなら君に力の行使はできない筈だ。・・・・ま、記憶の殆どはとんでしまってるだろうけどね」
「・・・・」
 トウジは黙り込み、手近な椅子に座りこんで大きく息をついた。
 ミサトは流石に声をかけ損ねた。迂遠な物言いばかりだったタカミが、この時ばかりはひどく直裁であった事に少しだけ驚きもしたが、その内容が内容である。
「・・・無論、これは僕の推論に過ぎない。本当にそうかどうかは君自身が今から確かめていく事さ。とりあえず、生き残った後でね」
 さて、とばかりに外の状況を映し出すディスプレイに目を落として、タカミが頭を掻いた。
「この上まだなにか起こるっていうの?」
「もう僕にも見当がつかないけどね。なにせリリス本人のご出座だ。カヲル君にまかせるよりないよ。・・・カヲル君がもし、リリスと争う事を是としなかったら・・・・・その時は肚くくっといて」
「くくったらどうにかなるもんなの?」
 タカミはしばらく考えて、肩を竦めた。
「・・・・どうにもならないね」
 ミサトが思わず前につんのめる。
「あのねえ!」
「いや、冗談抜きで」
「当たり前よ!こんなときにのんびり冗談かまされてたまりますかっての」
「まあそうピリピリしないで。慌てたってどうなるもんでもない・・・なんせ、相手がでかすぎる」
「それよそれ!さっきから《相手》だの《比較対象》だの、抽象的すぎるのよ。とりあえず何を相手にしようとしてるのか、洗いざらい吐きなさい!」
 吊るし上げかねない勢いで詰め寄ったが、タカミは動じない。
「あなたがたも知っている存在は、『私の名をみだりにとなえてはならない』とは教えてはいなかったかい?」
 何処かで聞いたような言い回しに、ミサトが凍りついた。
「・・・・!」
「・・・・僕らの父・・・アダムと、リリスを生み出し、アダムから僕らを造り、リリスを地へ墜とした者。自らが存在しつづける為に、子供達の間に憎しみを置いた・・・」
「・・・・・・・・神様は、人間わたしたちを愛してなんかいなかったのよ」
 不意にさしはさまれた言葉に、タカミが口を噤んだ。
「だから人は、神様の力を欲したの。神様はできそこないの子供を守ってはくれないから。南極で見付けた神様を、なんとか我が物にしようとやっきになった・・・・そしてバチがあたった」
 リツコだった。何処かうつろな両眼で、ディスプレイを見つめている。
「それでも人は、神になろうと足掻き続けたわ。たくさんの犠牲を払って」
「知った事じゃないわ!」
 ミサトがディスプレイを叩く。
「神様がわたしたちの存在を否定するなら、それでも構わないわよ。自分自身を肯定するのは結局自分自身しかいないんだから。できそこない、不完全な存在だとしても、私は私を肯定する。私はまだ、生きてるもの!これからもまだ、変わってゆけるもの!」
「偉い、流石は葛城さん」
 すこし間の抜けた拍手が白い沈黙を連れてくる。
「・・・・・・茶々いれてんじゃないって言ってるでしょう。ったく」
 がっくりと肩を落したミサトが、心底疲れたように吐息した。
「リリスが協力してくれるなら、方法もある。できそこないだからって従容と初期化されなきゃならないって法はないさ。父なる方も今度の失敗には疲れている。ケリをつけようとしている。・・・・そんな事態を前にして、僕らにできることは何か?
 ・・・・古典的な答えだね。『目には目を・・・・・』」
 ミサトがその言葉の意味するところを把握するのに、わずかではあるが時間が必要であった。・・・・・・把握した瞬間、背を冷汗が伝い落ちたが。
「・・・・・銃ひとつ撃てないって言った人の言葉とも思えないわね」
「まあ、それについちゃトラウマのようなものでね。話が別さ」
 気楽に手を振って、手近な椅子に身を沈める。
「・・・・・・どのみち、リリスが矛を収める気になってくれなければお終いなんだけどね」

***

 カヲルは、槍に力を伝えた。
 初号機の中のシンジの反応は極端に微弱になっている。その微弱な中での、無への回帰を渇望する匂いにカヲルは慄然とする。
「僕らは、同じもの・・・・だ。リリス・・・・否、レイ・・・・・。
 現在の否定、無への回帰、そして再生。それは君の望みなのかい?」
 彼女は黙した。
「僕らは父なる方の否定・・から生まれたもの。そのままで在ろうとし、また変わりつづけようとするかの方の一部。そして忌み子。・・・・でも、道を敷かれた者であることは同じ。叛逆すら用意されたものにすぎない!」

――――― 私の子供たちに与えられた寿命という名の呪い。産みの苦痛。生の辛楚。死の恐怖。
    私の子とアダムの子の間に置かれた憎しみ。
    父なる方は相争えと我らを地に降ろされた!

「・・・・・後に立つ者を得る為に」

 ――――― ゆえに私は否定する。父なる方の矛盾を、その存在の否定を以って終焉に。

「それが唯一の答?」

 ――――― ・・・・・・。

 彼女から伝わってくる思惟は冷たかった。
 カヲルが、苦渋に満ちた表情で力を伝えた槍を構え直す。
 その時、変化は起きた。

***

【大気圏外より、高速で接近する物体あり!・・・・これは・・・・!?】
 発令所からの通信。冷静な声がそれを訂正した。
「・・・この場所リリスの卵自体、もう成層圏に入っちゃってるけど」
 誰のものかは言うまでもない。コンソールに手を滑らせ、言葉を継ぐ。
衛星サテライト・マーカーから位置情報を再構成、5秒後に転送するから接近物体の軌道計算よろしく」
 一方的な通信に向こうが面くらうのが、ミサトには目に見えるようだった。仕方なく、回線を開いて指示を追加する。
「言うとおりにして」
【は、はい、位置情報から接近物体の軌道計算を行います】
 とりあえず指示が受領されたことに安堵して、ミサトが吐息する。それから改めて、タカミに向き直った。
「で、何なの?」
「・・・・大変厄介なもの、さ。前に、大気圏外へ使い捨てにしちゃったでしょ」
 ミサトの顔色が変わる。
【軌道、出ました!】
 3秒と置かずに転送されてきた計算結果に目を通し、タカミは瞑目した。

 ――――― カヲル君!

***

 カヲルは、全霊をこめて槍を投擲した。・・・・初号機に向けて。
 彼女の思惟が揺れるのを感じた。その瞬間を叩かれれば・・・・・カヲルは彼女の力の前に、防御もできずに存在を滅ぼされてすべてが終わる。
 そもそも、音の発生も不可能な空間だ。カヲルの聴覚を突き刺したのは、その衝撃が空間に生み出したノイズであったのかもしれない。
 《卵》を突き破り、初号機の喉元に飛来した赤黒い槍が、カヲルの槍によって軌道を遮られていた。無論、決定的に質量が違う。交差する2本の槍を停止させているのは、その槍を維持する力のぶつかり合いであった。
 交差する槍を橙赤色のいかづちが取り巻く。拮抗する巨大なエネルギーに揉まれ、どちらの槍も折れんばかりに振動していた。
「・・・・レイ、僕らは忌み子だ。そしてリリンは父なる方が意図した後裔とは全く違うかたちを持った、最後の子。・・・それを“不完全な群体”と断じたのはリリン自身・・・・・しかしいずれ、父なる方の意図を外れた存在。

 でも、僕らは・・・僕らは本当に、すべて現在を否定するところから始めなければならないのかい!?」

***

「リリスが子供たちを統合するにしろ、アダムが変型ヴァリアントコピーをとりこんで再生するにしろ、それが最終的にひとつの存在に統合されるという事において、どっちへ転んでも父なる方の思惑を外れる事はないんだ。父なる方が望んでいるのは、自らの後継なのだから」
「話が見えないわ。アダムはもう存在しない。セカンドインパクトで消滅した筈でしょ」
「表面的にはね」
「どういうこと?」
「父なる方の思惑は基本的には再生だ。自身が消える事じゃない。・・・・・存在しているよ、きっちりとね。セカンドインパクトで閉じ込められはしたけど、こっち側に干渉する力はゼロじゃない」
「閉じ込められた?」
「セカンドインパクトは、再生させたはいいが制御不能に陥ったアダムをリリンが自壊させた所為なのさ。南極にはほんのわずかな間だけどディラックの海が生じ、アダムを構成する物体は四散、その中に在った存在はそのまま虚数空間へ封じ込められた。・・・すべてが計算どおりではなかったにしろ、結果オーライってやつだね。
 でもそれは、父なる方にも言える事だった。確かに一時とは言え実体を失ったけれど、リリンは躍起になってそれを再生させてくれる。・・・ただ、待てば良かったのさ、今までどおりに。
 試行錯誤の結果生み出した子供たちの間で、淘汰が起こるのを・・・・・!」
 最後の一言に、タカミは明らかな毒を含めていた。
「・・・無論、僕らにあの方のすべてが理解できるわけじゃない。僕が今話した事は、推測の域を出るわけじゃない。でも、これが僕の辿りついた結論だ。そして多分、カヲル君もね。
 僕は補完を拒否する。・・・他でもない・・・・僕が、僕として存在するために!」

***

 頭蓋を打つようなノイズと共に、交差した槍が凄まじい光を発しながら震えている。ぶつかり合う巨大な力を支えかねるかのように。
「地に落された君を訪ねたとき、君は・・・・・僕らの間には憎しみが置かれると言った。そしてそれは事実だった。 ・・・・・・皆・・・・皆、消えてしまった」
 カヲルは一度言葉を切った。カヲルが見た同胞の最期が、ふと去来したからだった。あるものは自爆の途を択び、あるものは生きながら引き裂かれ、あるものは・・・・・
 焼きついた凄惨な光景を、カヲルは軽く頭を振ることで追いやった。そしてまっすぐに向き直り、その手を白い女神へ伸べた。
「・・・この鎖を断とう、レイ。誰かが選ばれる未来なんて、僕はいやだ」
 見開かれた紅瞳が、伸べられる手を凝視みつめる。
「皆で、生きていこう。太陽と月がある限り、僕らはまだこの惑星ほしで生きてゆけるよ」
 彼女は瞑目する。暫時の沈黙の後、再びその紅瞳を開いて言った。

 ―――――それが私の子らの願い?

「君の願いは?」
 彼女の戸惑いを、カヲルは感じ取った。だが、更に言葉を継ぐ。
「限りある時間は父なる方の呪いかもしれない。でもその限りある時間の中で、人は生きる。それぞれの意味を探して。目的を探して。定めのない時間の中で、ただひとつ与えられた意味をまっとうする為に存在する僕らよりも、遥かに自由に・・・・
 ―――――君は、そんなリリンのあり方を否定しなかった。だからこそ、君がいる。・・・・レイ・・・・」
 「渚カヲル」は、本来タブリスを再生させる媒介としてサキエルが作り上げた模擬人格であって、後にアラエルとの接触によって最終的に統合されている。だが、「綾波レイ」は違った。
 「綾波レイ」という少女は、リリスに他なからなかった。周囲からは自我の存在を疑われもしたが、それは記憶の欠落や、特殊な生育環境によるものなのだ。
「君が本当にリリンのあり方を否定するなら、君はいなかったよ。・・・・君は、興味を持ったんだ。一人一人は100年に満たない時間の中で、泣いたり笑ったりしながら・・・・歴史を織り続けるリリンの世界に。
 そしてそれに価値を見出したからこそ、絆を求めた。守ろうとした。・・・・違うかい?」

 長い、沈黙があった。

――――― 私の、子供たち・・・・・・・・。
 少女の姿が、淡く発光してその輪郭を失う。集まっていた無数の蛍が飛び立つように。
 四散する光の粒は、闇だけの空間を光で埋め尽くした。

***

 突然の光量の変化にセンサーが対応できず、発令所のモニター類がすべてダウンする。発令所のモニター映像をリアルタイムで受信していたプリブノーボックスとて、状況は同じだった。
「・・・・状況は?」
 ミサトの問いに答えが返ってくるまでに、数秒を要した。他でもない、問われたほうがそれに気づかなかった所為であるが。
「・・・え、僕!?」
 リツコといい勝負のタイピング速度で何事かを打ちこんでいたタカミが驚いたように振りかえる。
「この状況で、他に誰に訊くっての」
 既に居直っているミサト。
「あのね、僕はオペレーターじゃないんだから・・・・」
「どういう事態にしろ、結局あなたに解説求めることになるんでしょ。およそコトは常識の範囲を超えてるもの。だったら最初っから事態を把握してそうなほうへ訊いたが早いわよ。
 大体今のあなたって、つまるところ幻身イメージなんでしょ。キーボードなんか使わなくったって入力できるんじゃない。何遊んでんの」
 タカミは頭を抱えた。
「・・・・なんだか気の所為か凄くヒドいことを言われたような気がするんだけど」
「気の所為よ」
「遊んでるわけじゃなくて、一応作業中。キーボード触ってるように見えるかも知れないけど、そう見えるだけだって…ま、そんなことはどうでもいいんだけど」
 吐息して、タカミは漂白されたモニタを見やった。
「・・・・どうしたの、これ」
「どうもこうも・・・・見てなかったわね」
「ごめん、とりこんでたから。・・・・まあ、何が起こっても、カヲル君が戻ってくるまではどうしようもないよ。僕らは、今やっとける事をやるだけさ」
「で、何やってんの」
「ここのシステムを、軌道計算用に書き換えてるんだ。一々発令所のMAGIに転送してたら手間くうし、なんせ扱う数字が多すぎるから、いかなMAGIでもオーバーワークになる。それよりいっそこっちで軌道計算用に特化したシステムを作った方がいい」
「軌道・・・・って、ロンギヌスの槍のことを言ってるわけじゃないわね?」
「勿論・・・」
 何かを言いかけて、タカミの表情が険しくなる。
「・・・・何か、いる」
「なんや、気持ち悪いで」
 トウジもまた、喉の辺りをさすりながら顔をしかめていた。タカミがコンソールへ向き直って手を触れる。
「・・・・NERVにあったEVAは3体だったよね? 予備機とか・・・」
「冗談言わないで。零号機は自爆、初号機は出てる、弐号機は動く状態じゃないわ。いま本部に稼動可能なEVAは一体だってないわよ」
「微弱だけど、ATフィールドの発生が検知されてる」
「EVAだっていうの!?」
「他に考えようがない」
「量産機の残骸っていうオチじゃないでしょうね」
「セントラルドグマにかい?」
 ミサトがさすがに口を閉ざして唸った。
「α-EVAの試作体なら、処分もされずに残っている可能性はあるわ」
 リツコだった。目を伏せたまま続けられる言葉に抑揚は乏しい。
「・・・量産機の、試作型だったの。当初はね。結局、量産機については主導権がドイツとアメリカに持って行かれたからここでは開発が中止になったけれど・・・・」
「量・・・・そうか、しまった」
 タカミが舌打ちしてコンソールに指を走らせる。先刻よりいくらか長い間があり、タカミの手が止まった。
「・・・・・間違いない、ダミーシステムだ・・・ゼーレの・・・・」
「ちょっと待って、ダミーシステムは全部壊したんじゃなかったの!?」
「ごめん、僕のミスだよ。確かに本体の方は機能停止したけど、さすがは年の功だね、土壇場で逆にこっちへコピーを潜りこませてたんだ。勿論、完全なコピーじゃないから機能は不完全だけど、量産機の試作体に潜りこんだとなると・・・・・・」
「・・・目的のない破壊行為に走る可能性は十二分にあるわね」
「その通り。まいったな、もう・・・」
 タカミが頭を掻いた。
「・・・・俺が行く」
 とん、という軽い音と共に、腰掛けていたコンソールから飛び降りたのはトウジだった。
「その物騒な試作体、黙らせたらええんやろ。あんた、まだ仕事のこっとるようやし・・・俺が行くわ」
 タカミが驚いてトウジを見た。
「いいのかい?」
「さっきの応用したら、足止めくらい出来るやろ。・・・わかっとる、無茶はせんわ。俺かて死にとうない。でも、ここでただぼーっとしとるのも、いいかげん大儀ぃなった」
 そう言うトウジの表情に、気負いはない。
「・・・・ひとつ、言い忘れてたけど・・・・」
 表情を和らげて、タカミが言った。
「遺伝情報がどうとか、ATフィールドがどうとか、あまり大したコトじゃないよ。要は君が君自身であること・・・それを否定できるものは、この世にはいないんだ」
 トウジが笑う。
「難しい話は勘弁や・・・・・・ほな、行ってくるわ」
 そう言って、ドアへ向かう。ミサトがとっさに立ちあがったが、鋭い声に制止された。
「ダメだよ、葛城さん。・・・・・EVA相手に拳銃で何するつもり?」
 言葉は柔らかかったが、その口調は思いがけずきつかった。
「榊君!子供一人で行かせるなんて・・・・」
「戦自相手なら葛城さんがいなきゃどうにもならない。でも、今回ばかりは相手が悪い」
「・・・・・・」
 あまりな正論に、ミサトは声もなかった。
「そゆこってす、ミサトさん。なに、折角助かった命や、粗末にする気なんかこれっぽっちもないですさかい」
 笑って手を振る。ミサトは吐息して、言った。
「・・・・・・怪我、しないようにね」

***

 目も眩むような白い光の中に立ち、カヲルはその光の中心を見つめていた。
 二本の槍の振動は、終熄に向かっている。橙赤色の雷も消え、ややあって完全に沈黙した。カヲルが槍を引くと、リリスのそれも静かに佇立する。
「よく頑張ったね・・・・・」
 初号機の両眼から光が消え、シンジの姿がその前に現れた。
 カヲルの姿を認め、声もなく涙を零す。何事かを言おうとして口を開閉させるが、声にならなかった。カヲルは敢えて訊かず、莞爾としてただ一言。
「・・・・・おかえり、シンジ君」
 そして、光の中心に目を戻す。
 白い光は収束を始めていた。一つ一つは蛍火のようでも、集まればあまりにも強烈な光。さながら小恒星でも誕生したかのような輝きのなかへ、カヲルは手を差し伸べた。
 光の中から、応じるように白く華奢な手が伸ばされる。
 結び合わされた指先に導かれるようにして、ほっそりとしたシルエットが現れ・・・・・陰翳を取り戻しつつある世界に、少女が降り立つ。

***

「“Prepare the way for the Lord, make straight paths for him.”・・・か。僕はヨハネの柄じゃないけど・・・・まあ、仕方ないか」
 コンソールに向かうタカミ。
 焼きついたモニターが、徐々に回復を始めていた。