intermezzo.Ⅱ ただひとつの魂 Side A


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」


 セカンドインパクトによって引き起こされた天変地異は、この人里離れた古い家にも当然のように歯を剥いてきた。
 連日の群発地震。いつやむとも知れない嵐。電気の供給も途絶えがちで、周囲にあるのはただ闇ばかり。
 面倒を見ていてくれた人・・・・多分それは、一般的な概念からいくと父親という名称が当てはまったに違いない・・・は、大事な用事があると言って出ていった。
 兄と二人、この広い家に取り残されて、どのくらい経ったのか、少女には判らない。
 目が覚めると、いつも側にあるはずの温かさがない。取り残されたような心細さに、少女はベッドを降りて広い家の中を探し回った。
 水の音に、闇の中を手探りでバスルームの方へ行ってみる。
 唸り声のようなものが聞こえて、少女の足が竦んだ。
「・・・・い・・いるの?」
 声は震えていた。無理もない。
「うん、ここだよ・・・ミサヲ」
 しかし少女は、その声にいっそう竦み上がった。違う。聞き慣れた声ではない・・・もっと低い、これではまるで・・・・。
「・・・怖がらないで・・・僕だから」
 瞬間、稲妻が暗いバスルームを照らし出す。鏡の前に蹲った、ローブを羽織った人影。それは、兄ではありえなかった。
「・・・マサキは死んでしまったよ。僕らは僕らで身を守らなきゃならない。子供の格好じゃ、何もできないし・・・こうするより、ないんだ」
 そういって上げた顔は、紛れもなく高階マサキ博士のものだった。


intermezzo.Ⅱ
ただひとつの魂 Side A

 形而上生物学の高階博士と言えば、大学にいた頃は冬月教授の後継と目されていた人物であった。家庭を持ってから大学を辞め、企業に就職して研究からも離れていたというが、セカンドインパクトが起こる数年前から・・・職も退いて実家に帰り研究に没頭していたらしい。
 特に、南極で見つかったモノの解析に心血をそそいでいたと言われる。

***

「マサキは僕の実験のとき、自分の細胞を使ったって言ってた。・・・多分、然程難しいことじゃないと思ったけど・・・こんなに痛いと思わなかったよ」
「・・・血・・・血が出てる・・・」
「これは自分で掻き毟っちゃっただけだよ。怪我したわけじゃない」
 その言葉にすこしだけほっとしたものの、それで混乱が収まるわけではない。
「ねえ、何が起こってるの? 何が何だか判らない・・・」
 ついこの夕方まで、自分とほとんど変わらない姿だったのに。困惑しても当たり前ではあった。
「・・・皆を助けなきゃならないんだ」
 きょとんとして、口を噤む。
「・・・・・・・皆を助けなきゃ・・・このままじゃみんな、あの時と同じように殺されてしまう。まだ、約束のときは来ていない・・・なんとか皆を探し出して、奴等の目からかくさなきゃ・・・」
「・・・・何を・・・・言ってるの・・・? 兄さんが何を言ってるのか分らない・・・」
「実験体に・・・僕ときみを択んでくれたマサキに感謝しなくちゃ・・・ミサヲ・・・ううん・・・・“Armisael”・・・」
 その不思議な響きに、少女の小さな身体がびくりと震えた。
「・・・・ごめんね」
 そう言って腕を伸ばし、少女の額に触れる。
 小さな悲鳴を発して、少女がその場に座り込んだ。
 暫く両手で顔を覆ったまま、肩を震わせていた。が、ややあってゆっくりと手を下ろす。発した声は、もはや震えてはいなかった。
「・・・・・・・・・“ Sachiel”・・・・・・・」
「・・・そうだよ」
「・・・避けられないのね・・・・・どうあっても」
「・・・・・それが父なる方の御意志だから。でも、考えてみてくれ。すでに狂いが生じているんだ。僕らは父なる方の御意志に逆らうことはできない。でも、希望はあるかもしれない」
「狂い・・・私達がこうやって、目覚めてしまったこと?」
「そう。そしてこの天変地異・・・・おそらくは、 Adamの・・・・」
「・・・・」
「・・・・リリンが何処まで何を知っているのかは、はっきりとは分らない。僕にだって、あの時はマサキの話は半分くらいしか分かってなかったんだ。・・・でも、“ ゼーレ”がすべてを握っているのは間違いない。
 そしてこれからも、すべてを手中にしたまま事を進めるつもりなんだ」
「約束の時に、未来を手に入れるために?」
「・・・・そのためには、僕らは邪魔だろうね。でもきっと、利用するつもりだ。・・・・付け込むなら、そこしかない」
「・・・勝てる?」
「・・・・敗けなければいいのさ。そうだろう?」

***

 「高階マサキ」からの連絡に、ゼーレはすくなからぬ衝撃を受けた。何せ、セカンドインパクトの際に間違いなく南極にいた筈の人物である。しかしあらゆるデータは彼を高階博士本人と断定していた。
 かくて、高階博士は調査隊の一員に加えられることになった。・・・が、かつての弟子に船中で再会した冬月教授は、違和感を禁じ得なかったという。
 調査隊には、ゼーレのシナリオ以上の行動は許されない。冬月教授などはそのことに歯がみしたが、その一方で極秘サンプルとしか呼ばれないモノが大量に消失したことが、ゼーレを慌てさせていた。
 しかし、発表はゼーレのシナリオ通り行われた――――――――。

***

「・・・・ SandalphonとYroulについてはまだはっきりしたことが分らない。・・・でも、Tabrisは、連中の手に落ちた」
 サキエルの言葉に、アルミサエルは息を飲んだ。
「・・・・よりによって、あの子が?」
「おそらくは、例の日よりも前に、発見されていたんだ。でもまだ望みはある。連中は、まだタブリスのコアを解かせることはできていないんだ・・・でも、連中は是が非でもタブリスを目覚めさせなければならない。
 そうでなければ、連中のシナリオは完結しないんだ。・・・・・・・それも、解ける時を待つのではなく、それ以前に目覚めさせ、完全にコントロール下に置くのが連中の狙いだ」
「・・・・どうするの?」
「取引をするさ。連中にとってあの子はただの道具。でも俺たちにとっては、希望そのものなんだ」

***

 プロジェクトチームに高階博士が加わることで、“ 容れ物”でしかなかったそれに、魂が宿った。
 渚 カヲル。それがLCLの中で深い眠りにある者に与えられた名だった。

***

「・・・・・すべてを知ったら、きみは俺を憎むだろうね。でも、チャンスがある者には生き延びて欲しいんだ。生きていれば、道を見つけることもできるんだから・・・」
 LCL槽のガラス壁に手を触れ、「高階博士」は呟くように言った。
 その横顔は、苦渋に満ちている。
 しかしそれは、靴音を耳にした時に一瞬でかき消された。LCL槽から離れ、何もなかったかのように、入ってきた白衣の人物といれちがいに外へ出ていった。
 脱色とおぼしき金色の髪を揺らして、白衣の人物は足を止めた。
 既視感のある面影。しかし彼女が知る人物ならば、彼女が分ったはずだ。思い違いという言葉で片づけ、彼女はそのことを頭から追い払った。