Story

光舞う夜

OPENING

 「LUX AETERNA」はユートラップ帝国の帝都エーモでも一番人気の居酒屋。その数多いメニューの中でも、不思議なカクテル「LUX AETERNA」は店主カーツ・ドミトリーシュが先祖から伝えられたと言う「LUX AETERNA」自慢の料理である。
 ある夜のこと、「LUX AETERNA」の主人カーツは友人で、火炎系の術師であるアークのバースディパーティをひらいた。出席者は他に皇城衛兵隊のリック、彼のファミリエール・ミラ、同じく衛兵隊で、東方からやってきたカイ、謎の遊び人ブレスことブレス=ダナーン。
 しかし楽しい酒宴のさなか、アークの視線は店の中央にある謎のモニュメントに固定していた。

アークは長いこと不思議なカクテル「LUX AETERNA」の秘密を知りたがっていた。そのアークにカーツは、秘密はモニュメントに捧げる祈りにあると言ったのである。アークはその夜更け、モニュメントから剣の部分を引き抜いて帝都の南西、自分の修行場のある炎華山へ持ち去ってしまう。

 同じ夜、神官どころか守護者すら不在の「北の神殿」に一人の魔術者の姿があった。魔術者は守護獣の石像の眼に嵌め込まれていた指輪を抜き取り、神殿内の聖泉へ投げ込む。
「目覚めよ。そしておのれの使命を遂行せよ・・・」

  指輪は大白熊の姿をとり、泉から這い上がった。その時既に、魔術者の姿はない。

act.1 斬れない聖剣

 翌朝、剣を引き抜かれたモニュメントを前に何故アークがこんな行為に及んだのか、一同首を捻っていた。

 その時、<準備中>の札のかかった扉を叩くものがある。出てみると、人語を解する白熊が転がるように駆け込み、モニュメントの前で滑り転けた。
「剣は!<LUX AETERNA>は!」
 店主がことの次第を話すと、「だったら何だってこんなに悠長にしてられるんですか!」と大変な剣幕。いくら店の看板とはいえ、切れない飾りものの剣を取られたからといってそれほど急を要するとは思えない。理由を訊ねると、急に風向きが悪くなったとみえて黙り込む。
 そればかりか、熊の姿がブレて消えかかっている。
「どうしたんだい!?」
「実のところ、私の記憶は封鎖されていて、ある程度以上のことはここでは申し上げかねるのです。とにかく聖剣を早く見つけ出して、隠封呪を施してください。あれが使われたら、大陸はおしまいです」
 姿はいよいよ不明瞭になり、消えてしまう。あとには指輪が残されていた。
「<七書>の読解が出来る魔術者か、<永遠の炎>、もしくは<永遠の光>の伝承を知る語り部に、聖剣<LUX AETERNA>の何たるかを訊ねてください。そして「レヴィン書」を探し、青馬の騎手の名を・・・!」
 そこまでで、声が途絶えた

 <永遠の光>とよばれる伝承は、語り部を捕まえて聞くまでもない、この大陸で最も流布した伝承のひとつである。それなのに、何故。
 一同首をひねっているとカイがはたと手を打って言った。
「そういえば語り部の風巳は、そのテの話に詳しいぞ。文芸寮へ行って聞いてみよう」
 そこで店主カーツ、リック、カイ、ブレス、そしてクロードが皇城の文芸寮へ向かった。

 ところが彼らが着いたとき、帝国文芸寮は火竜の襲撃を受け、語り部・風巳は連れ去られた後であった。
「いくらアークでもこれは酷い。こんなことをするやつじゃなかったが・・・」
 不審がる一行の前に、一人の魔術者が姿を現す。雷鴉を名乗るその魔術者は、火竜の起こした火災を冷却魔法で消し止め、「語り部は剣と一緒に炎華山だ」と言い残して立ち去った。

act.2 炎華山

 皇城衛兵隊のリックとカイは皇帝の勅命で炎華山に赴くことになった。
 遠国から招致した語り部を皇城から連れ去られたとあっては帝国の威信に関わる。もとより気が良く気前も良い皇帝ミヤトール・ビストリッツは、同道したいと申し出たカーツにも十二分な準備金をくれた。
 武器を揃えるために隣のウリエル&クラーク雑貨店を訪れた一行を、すっかり準備を整えたクロードが待っていた。かくしてカーツ、リック、クロード、カイのパーティは一路炎華山に向かう。

 しかし、伝承の謎は風巳に聞くとして、謎はまだある。「レヴィン書」の「青馬の騎手」とは一体何のことだろう。

 レヴィン書とは、大陸七書と呼ばれる書物のひとつで、400年前に大陸を襲った大異変について、魔術者レヴィンが記したとされるものだが、帝国から焚書令が出ていて帝国図書館にも写本すらない。そもそも魔術者レヴィンにしても、いつ頃の、どこに居た人物なのかもわかっていないのである。

 大陸七書は魔術者、それもメイガスクラス以上の者でないと理解はおろか読むことすらできない代物だが、幸いパーティには中位魔術師であるリックもいる。行く先々の図書館には気をつけることにして、一行は帝都を出発した。

 モニュメントの剣が引き抜かれて数日が経過すると、急激に気温が低下し始める。また、絶滅したと言われた古代の魔獣が人々を襲う事件が頻発するようになり、一行の前にも魔獣が立ち塞がって旅は困難を極めた。

 苦難の末たどりついた炎華山にも、魔獣が跳梁跋扈していた。アークのような炎術師が召喚する火竜とは明らかに違うタイプの魔獣である。炎華山の住人たち(主に炎術師)さえもその被害に困窮していた。アークの仕業ではない。では何故?

 かくて炎華山の中腹にあるアークの館にたどりつくが、ここもやはり魔獣の被害を受けていた。一行は風巳と剣を探すが、アークが仕掛けた罠や遭遇する魔獣達との戦闘でそれもままならない。

 その間、書庫で埃をかぶっていた七書のうちエズラ書、レヴィン書のほぼ完全な写本を見つけるなど、相応の収穫はあったが肝心の剣と風巳が見つからないのではどうしようもない。

 そこに現れたのはまたしても雷鴉であった。彼は風巳が閉じ込められている塔の位置を教え、そこまでの道を助けさえする。しかし風巳を助け出し、そこにいたアークから剣を取り戻そうとすると一転してアークを庇い、一行を転送魔法で炎華山の入り口までほうり出してしまう。
 悔しがる一行。しかし彼らにはもう一度山に登るだけの余力はなく、助け出した風巳が弱っていることもあって一旦体勢を立て直すために引き返すことにした。

act.3 薬草園の魔女

 疲れ果てた一行は、よく手入れされた薬草園に迷い込む。
 そこで侵入者と間違われ、薬草園の管理人であるレティシアの攻撃を受ける。本来この薬草園で護衛剣士として雇われていたブレスがかけつけ、割って入ってくれたため、一行は九死に一生を得た。
 風巳は併設の施薬院での治療で回復した。
 レティシアは、ここ最近魔獣に襲われて傷を負った人々が施薬院に殺到していると言う。また、レティシアが使いをやって調べさせた帝都も同様らしい。

 そうするうち、知らせを受けたミラがやってきてその詳細を伝える。帝都は昼間から魔獣が跳梁し、衛兵隊が総出でその駆逐に当たっているが、被害は後を断たず、しまいには皇城にすら魔獣が入り込むありさま。原因不明の病に倒れる人々も出て、皇城の典薬寮はおおわらわという。また、気温の降下もとどまるところを知らず、このままでは凍死者も出かねない状況という。

 全てはモニュメントから剣が引き抜かれてから・・・?

 話を聞いた風巳は、問われるままに<永遠の光>あるいは<永遠の炎>と呼ばれる伝承について語った。聖剣に関する章はなく、伝承自体が巷に流布するものとあまりかわりはない。だが、問題はそこだと風巳は言う。
「私は語り部として多くの伝承を聞き、大陸各地を実地に聞いて回ったこともある。同じ伝承でも、地域によって微妙な違いがあるし、時代によっても伝承は書き換えられてゆくからだ。だがこの伝承だけは解せない」
「…というと?」
「あまりにもばらつきがなさすぎる。地域差がほとんどない」
「…自然な形で流布したのではなく、作為を以て喧伝されたのかも知れない、ということかな」
 リックの言葉に、風巳が頷いた。
「それともう一つ。伝承だけでなく、大陸各地の穀物の収穫高の変化だ。これは具体的な数字が残ってる訳じゃないからはっきりしたことは言えないんだが、《大異変》以前のユートラップ帝国、いや王国は現在ほど暖かくはなく、豊かでもなかった。
 史料を詳細に調べ上げると、ユートラップが急激に豊かになったのは、《大異変》の後からなんだ。…つまり、《遺跡》が作動を開始したのは《大異変》以降と考えられるんだよ」
「…じゃあ風巳さん、誰が《遺跡》を作動させたんだ?」
「それが分からないんだ。そもそも《遺跡》の存在自体、それが強調されるばかりで具体的な地名は何一つ出ては来ない。400年の昔、クーンツ率いる魔術者集団が一体どこで封印をおこなったのかもさだかではない。おかしいことだらけだ。
 この伝承には前々から興味を持っていたし、帝国文芸寮からの招聘を受けたのも、一つには実地にこの伝承を調べてみたかったからだ。だが、今度の一件でもうそんな悠長なことを言ってはいられなくなった。何としても封印の位置を捜しだし、それが壊れていないか確認しなければ…」

 とはいうものの、手がかりは何一つ無い。手がかりがあるとすれば、大異変について記述されるといわれながら、伝承とは全く異なる物語を伝える「レヴィン書」である。
 その時、話をじっと聞いていたレティシアが口を開いた。
「…帝都の北西、ルフトシャンツェの洞窟に、青猫を訪ねてみては?」
「青猫!?」
「400年前クリス・クローソー=クーンツに従った魔術者の、最後の生き残りよ。無論、もう人間の形は失っている。そのうえものすごい人間嫌いだと聞いているけれど、事情によっては話を聞いてくれるかもしれないわ」

 ルフトシャンツェの魔窟。険しい山の中にあり、平時でもその周囲や内部には魔物が徘徊して来客を拒む。今となっては大陸街道をルフトシャンツェまで行くにも大変なことだろう。だが、行くより仕方がなかった。

 風巳は帝都の文芸寮に戻り文献に当たることにした。一人、なぜか傷の治りが遅いクロードは暫くここで加療することにして、カーツ、リック、ミラ、カイの四人がルフトシャンツェに赴く。

act.4 OPERATION DOLL

 いったん帝都へ戻って装備を整え、4人はルフトシャンツェへ出発した。 帝都北面の荒野を進んでいると、晴天というのに、突如雷鳴が響き渡った。一行の行く手に聳える巨木が落雷に灼け裂けた一瞬、目の前に傭兵姿の女が立ち塞がった。
 背に雷光、黒煙、そして炎。手の中にあるのは、聖剣「LUX AETERNA」だった。その姿に、リックは「レヴィン書」の一節を思い出す。
「・・・“汝、かしこに舞い降りたる青馬の騎手を見たるや・・・”

 ・・・“かしこに舞い降りたる黒き翼を見よ
    雷電の翅 炎の羽 そして黒き翼
    罪人はおのが罪を悔い改めよ
    黒き御使いは三対六枚の翼もて
    汝の眼前に立ち塞がらん・・・”」

 パラーシャと名乗る女は問答無用で雷の攻撃を仕掛けてくる。ブレスの雷霆剣でもあればともかく、直撃を受ければまず助からない。
「リック・・“青馬の騎手”って・・・こいつのことなのか!?」
「俺が知るかよ!?」
 しかし突如として指輪形態の北極熊が目覚め、パニックに陥る一行の遷移魔法をサポートして逃がす。どうやら北極熊はパラーシャを知っているらしかった。

act.5 残された者たち

 帝都エーモ、皇城。宰相クラウス・クローディアス=クーンツの執務室。
「炎術師の行方は、掴めぬか」
 宰相クーンツの前に身を屈めるのは、魔術者の長衣を羽織った妙齢の娘である。
「炎華山は隈無く捜索させましたが、いまだ…。おそらくはもう、炎華山にはいないと思われます。ですが、あの炎術師が聖剣の真価を知る訳もなし。まさか《遺跡》とも思えませぬ」
「《雷鴉》が教えたかも知れぬ」
「教えていれば、語り部をさらうなどと迂遠なことはしないはずです。あの炎術師、おそらくはいいように利用されただけでしょう。聖剣の封印を解いた今、炎術師を殺して聖剣を奪い、一人《遺跡》に向かっているかも…閣下、よろしいのですか?」
「それはないだろうな。聖剣の封印を解かせるのが目的なら、カーツたちが炎華山で追い詰めたときに…いやそれ以前に剣を取り上げているだろう。・・・第一、あれにそんなことは出来はしない・・・」
 あくまでも泰然としている宰相に、娘は些か業を煮やしたように言った。
「…《彼》がどういうつもりで行動を起こしたにしろ、最終的な目的は、帝国への…いいえ、閣下。あなたへの報復です。座して傍観していられるお立場ではございますまい!?」
「…いっそ傍観していたい気分だがね、私としては。私が動かなくても、カーツたちはいずれ独自に答えへたどり着くだろう。そうしたらカーツは私に剣を向けるかな…?」
「…あなたの罪ではないのでしょう…?」
「…私の罪だよ。名前がどうあれ、姿がどうあれ、私に400年前の記憶があるかぎり、あれの憎しみは私が受けねばならん。全てを清算する時期が来たのだ。あとはカーツが…あの一本気な剣士の後裔がどういう反応をするのか、ちょっと楽しみだよ」
 いっそ愉しげに言う。娘は目を伏せ、感情を押し殺して言葉を接いだ。
「…そのカーツたちですが」
「隠者殿のところには無事にたどり着いたかい?」
「北の荒野を通ってルフトシャンツェに行く途中、消息が途絶えています。晴天であったにもかかわらず、落雷を見た者もいます。…まさかとは思いますが、オペレーションドールが覚醒したのでは…」
 宰相の泰然とした表情が、初めて揺れた。だが、数秒の沈黙の後、一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐いて、呟く。
「…あれが動いている以上、彼女も動いていると見て間違いないだろうな。あのパラーシャが相手では、いかな聖剣士カーツでも分が悪かろう。無事だといいがな。
 …さしあたり、パラーシャが目覚めたのなら《遺跡》の暴走はないとして、代わりに帝国じゅうが火の海になる可能性の方が高い訳だ。もう一度、私が出ねばならんか」
「私も参ります」
「…そうだな、頼む」

act.6 ルフトシャンツェ

 北極熊はパラーシャについてはなかなか口を割らなかったが、彼女を知っていること、そしてこの異変の正体を知っていることを認め、青猫のところについたら全てを話すと約束した。 北極熊の記憶の封鎖は、パラーシャとの遭遇で解除されていたのである。そして、青猫のところで武器を借り出すことを提案する。「こうなったら何としてもルフトシャンツェへ行き、レヴィンを説得して武器を借り出さないと…」「レヴィン?」「あなたがたが《青猫》と呼んでいる人物です。旧知でね。あなたがたがいかに強健な剣士でも、この時代の防具ではあれには勝てません。いや、あれだけではない…いずれガーディアンドールとの戦闘も覚悟しなければならないでしょう」

 かくてカーツたちはルフトシャンツェ山を踏破し、地下迷宮をどうにかクリアして青猫に会う。

act.7 禁域の青猫

 カーツたちは青猫の部屋に入って驚いた。岩を穿って造られた部屋、古い本の山の中央に置かれた石の机。そこにいたのは、名のとおり青い猫だった。
「ようこそ、ルフトシャンツェへ。…待っていたよ」
「あなたは、僕たちがここにくることを…?」
「向かって来てるのは知っていたよ。たどり着けるとは思わなかったけどね。目的は《風の塔》の鍵と、ここの武器かい? …パラーシャ」
 カーツたちは思わずぎょっとした。その言葉は北極熊に向けられていたからだ。
「…それは私の名ではない」
「…相変わらず意固地というか、強情というか…」
 にべもない北極熊の返答に苦笑しつつ、そう言って人のかたちをとった青猫は、外見上カーツといくらも歳が違わないようだった。
「意固地でも強情でも結構!この気温の低下をみるがいい。…彼らの報復は始まっている。このままでは400年前と同じ結果が待っているだけだ。それでもあなたは座して傍観するか。それとも400年前と同様、彼らを彼らの恨みとともに埋めてしまうつもりか!?」
「そういうお前も400年前と同様、大陸を焦土とするか?」
「そんなことはもうさせない。…させる訳にはいかない。そのためにも、パラーシャの暴走を止めなければ。それは私の責任でもある。この私の・・・・!」
 北極熊は自分の正体がパラーシャの思考を移植したマイクロチップであることを打ち明けた。北の荒野に現れた“パラーシャ”とは、既に自我としては分裂を起こしていることも。そして帝国の喧伝によって歪められてしまった400年前の大異変の真実を話す。

「マスターが封印を終えるまでユートラップ騎士団を防ぎ、半数を死に至らしめ、大陸じゅうに火の雨をもたらしたのは、この私です。この私が…怒りに任せて地表を破壊するほどのエネルギーを使用したために、戦としてではなく異変として記録には残ってしまいました。…帝国の作為的な喧伝はあったにしても…」
「地表を破壊するほどのエネルギー…」
「北の荒野でパラーシャが使用した、通称ジュピトリス・ショット。あれは私が使用できる兵器の一つに過ぎません。L-system連動衛星対地砲の高出力レーザーを人間がまともにくらったら、まず骨も残らないでしょう。
 ・・・コロニーに攻め寄せたユートラップ騎士団の半数がどういうことになったか、大体想像していただけると思います」
 そして既に《エテルナの子供たち》と雷鴉の報復が始まっている事を告げた。彼らの報復は、いずれは必ず大権魔法司メイジャー・ソーサラークラウス・クローディアス=クーンツ率いるユートラップの魔術者集団との衝突を引き起こすだろう。
 魔法司レベルの魔術者の直接対決が起これば、ユートラップ一国が吹き飛ぶだけではすまない・・・。

「…マスター(雷鴉)はユートラップをウェザー・コントローラ始動以前の気候に戻すことで、400年前の報復を果たすつもりなのです。それは400年前、眠りに着く前に既に宣言されていたことでもあり、それが実行に移されつつあることは…残念ながら今の異常気象を見ても明らかです。
 マスターの怒りは痛いほどに理解ります。私自身もその怒りに任せて行使してはならない力を行使してしまいました。しかし今また衝突したら、《エテルナの子供達》が全滅するのは目に見えています。他に何か方法がある筈です。
 …カーツさん、400年前、人界の全てに背を向けたマスターがただ一人信頼を寄せた聖剣士、カーツ・ドミトリーシュの後裔たるあなたにしかお願いできないことです。…どうか、マスターを止めてください。パラーシャは私が私の責任において抑えます」
「僕たちに何が出来るんだい? 少尉やミラはともかく、僕は魔術者じゃないし、御先祖のような剣士ってわけでもないんだよ」
「力ずくで止めてくれというわけではありません。とにかく会って、話をして欲しいのです。人々と、エテルナの子供たちが共存できる道を探して欲しいのです」

 悩んだ末、カーツは北極熊の頼みを容れる。 しかし、聖剣なしでシステムに入るには、地上にある4つのサブシステムから一斉にメインシステムに干渉をかけねばならない。差し当たり、ここ風の塔に残る者が必要だった。
 実はパラーシャからカーツらを拘束するよう依頼されていた青猫は、その決断を聞き、もともとここの管理者である自分が呼応して干渉をかけてくれることを約束する。

act.8 炎の砦

 炎の砦に赴く前に、帝都に戻ってきたカーツたちは風巳らと情報を交換する。
 その結果、あと炎の砦、地の迷宮、水の神殿に残る人間が必要である以上、一人でも多いほうが良いだろうということになり、風巳も同行することになった。この際ブレスにも応援を頼めないかという話になり、ミラが薬草園へ行くことになった。
 かくて、炎の砦で彼らを待ち受けていたのは行方をくらましていたアークだった。
 彼は最初は本当に、みんなを幸せにするカクテルの秘密を知りたかっただけだったのだ。しかし風巳を奪還された後、雷鴉から400年前の真相を聞き、雷鴉とエテルナの子供たちの報復に協力することを決意したのだと言う。
 カーツらは話し合いの機会を作ってくれるように頼むが、頑として聞き入れない。
 ついに戦闘になり、アークは倒されるが風巳らの治癒魔法で回復する。 カーツらは再び説得を試みるが、アークは何も言わずに砦から出ていってしまった。
 炎の砦はカーツたちの手に落ちた。しかし先刻の戦闘でカイが負傷したため、炎の砦の制御のためもあってそこに残ることになった。

act.9 地の迷宮

 地の迷宮に入る前にブレスたちとの合流は果たせなかった。仕方なくカーツとリック、風巳の三人で地の迷宮に入り、管理者であるハル・カティスと対する。
 ハルは、《エテルナの子供たち》の一人であった。
 戦いたくないと言うカーツたちを、ハルは戸惑いながらも防衛システムで排除しようとする。防衛システム相手に苦しい戦いを強いられながらも、必死の説得を試みるカーツたち。
 「戦いに行くのではない、話し合いに行くのだ」という言葉にハルはついに折れ、メインシステムへの干渉を約束する。

act.10 水の神殿

 一旦帝都へ戻ったものの、薬草園へやったミラは一向に戻らない。

 途方に暮れていると、ブレスが一人でやってきて、ミラが何かを知っているらしいレティシアに話を聞こうとして、レティシアが遷位魔法を詠唱している所へ近寄り、遷位魔法に巻き込まれてしまったのだという。
 レティシアは薬草園のオーナーだという人物について、北の神殿へ行く途中だったらしい。だとすれば、おそらくミラもそこかその付近にほうり出された筈だ。

 リックは容易ならぬ事態に、ついに屋敷から水竜剣ディアニラを持ち出す。ブレスもまた、雷霆剣ルドラを帯びていた。

 カーツ、リック、ブレス、風巳は北の神殿に急いだ。しかし神殿には結界が張られ彼らを拒む。風巳は結界の解除を試みたが、一時的に一部分だけを弱めることはできても解除することはできなかった。風巳は自分が結界を弱めている間にその部分を雷霆剣で斬るように言い、カーツたち三人を先に行かせた。

 こうして神殿に入ったカーツたちは、神殿内でミラを見つけたが、牢に閉じ込められていた。聞いてみると、閉じ込めたのはレティシアだと言う。一体どうしたことなのか、頭を捻っていると、当のレティシアがやってきた。
「その子を連れて帝都にお帰りなさい。あなたがたの出る幕ではないわ」
 反論すると、更に強い調子で繰り返す。
「帰りなさい!さもないと、死ぬことになるわ。ここは今から戦場になるんだから!」
「それをやめさせにきたんだ、僕たちは」
 カーツの言葉に、ついにレティシアが激発した。
「あなたがたに何がわかるというの!? あの方の苦しみを知りもしないで、半端な正義感を振り回して!」
「あの方?」
 そう問い返したとき、ブレスが薬草園でみたオーナーがその場にやってきた。
「やあ、無事なようで何よりだ。とっくにあの殺人人形マーダードールに消し炭にされたかと思っていたけどね」
 その声も、被りものをとったその下の顔も、クロードのものだった。
「あらためて自己紹介するよ。私はユートラップの宰相クラウス・クローディアス=クーンツ。在来魔法階梯は大権魔法司」
「クロード!?」
「・・・・本名が長いもので、そういう略しかたもするよ」
 クロードことクーンツは、レティシア一人を伴っただけであった。宮廷の魔術者集団を率いてはいなかったのだ。クーンツは自分が「大異変」に関してクリス・クローソーの記憶を受け継いでいることを話し、400年という時間は我々残されたものたちに対する猶予期間であったと言う。

 エテルナの子供たちは、いわば新人類とでも言うべき特性(魔術者としての資質)を持ったが故に排斥された。それは彼らの特性を人々が受け容れきれなかったということでもあり、それを雷鴉は時間によって解決しようとしたのだった。

 ・・・結果として、それは不成功に終わった。エテルナの子供たちは異端者としてのみ名を残され、大陸にはユートラップを正当化する伝承が流布していた。人々は、彼らを受容するだけの心の成長を遂げられなかったのだ。
「その時我らは、我らの手で、我らの国を造るだろう。そちらが共存を拒むなら、我らとて強いて望みはせぬ」
 400年前、眠りにつく前にクリス・クローソー=クーンツとの間で行われた最後の会見で、雷鴉はそう言ったのだ。

「いずれ人間とはひどく狭量な生き物だ。それは認めざるを得ぬ。雷鴉の怒りも、エテルナの子らの怒りももっとも。しかしだからといって、彼らの能力を以て好きに振る舞われてはこちらがたちゆかぬ」
 それは高位の魔術者の言葉というより、ユートラップの宰相としての言葉だった。
「いくら度しがたいといわれても、ユートラップの民は守らねばならない。それが私の役目だからだ。雷鴉がエテルナの子らを守るように・・・。私ももう一度雷鴉と話がしたい。我々は、協力できそうだな」

 北の神殿にはレティシアとミラが残った。かくてカーツ、リック、宰相クーンツ、ブレスの4人が神殿の地下、L-systemへの入り口となる石碑の前に立つ。

act.11 L-system

 風の塔の青猫、炎の砦のカイ、地の迷宮のハル・カティス、そして水の神殿のミラ&レティシアと連絡をとり、4つのサブシステムから一斉に干渉をかける。最後に石碑へ指輪を接触させたとき、扉が開いた。

どこまで行っても同じような通路、扉。時に頑として開かぬ扉を迂回しなければならず、その度に道を失いそうになる。開かぬ扉はパラーシャの罠だった。迂回した先に待ち受けるガーディアンドール達。死を恐れないドールズ相手に、カーツ達は苦しい、そしてつらい闘いを強いられる。

 最後にたどりついた部屋で待っていたのは、聖剣LUX AETRNAを携えたオペレーションドール・パラーシャであった。

「マスターのところへは行かせない・・・今度こそ全員消し炭にしてくれるわ!」

 斬れない聖剣も、オペレーションドールの手の中であれば、そしてシステム内部であれば、おそるべき武器に変貌する。内部セキュリティシステムを味方に付けたパラーシャに苦戦する一行。

 封印を破るのにエネルギーを一時的に使い果たしていた大白熊が、ようやく回復する。
「セキュリティは私が抑制をかけます!周囲は気にしないで!」
「・・・<私>でありながら・・・何ゆえにマスターを裏切る!?」
「裏切ってなどいない。・・・忘れたかパラーシャ、そもそもこうさせるために、私を放ったくせに!」
 パラーシャの表情が変わる。
「私は、同じ過ちを二度も繰り返さないために造られた・・・感情を持たない自分を造ることで、激情に駆られて力を行使することを防ぐために・・・お前自身が造った!」
「・・・言うな!」
 セキュリティシステムが無力化され、一行はパラーシャと直接対峙する。
 苦戦の末、パラーシャが倒れた。

「・・・すべてはおまえの思惑通りだ。皆、おまえが用意した謎をたどり、400年前の事実を自身の手で見つけ、ここまで来た。私の記憶回路の一部分を封鎖し、カーツ殿の下へ行かせたのも、私を旅の道案内にせんがため。そして今またおまえがここで倒されるのも・・・。それで良いのか。それがおまえの望みなのか・・・・」

 一行には聞こえない声で、白熊は呟いた。

「カーツさん、LUX AETERNAを取ってください。それは元来、あなたに託されたもの・・いや、元をただせはあなたのものです」
「? どういうことだい?」
 それには答えず、白熊は追いついてきたレティシアに向き直った。
「あなたの魔法で、パラーシャからチップを摘出してください。記憶障害が出るかもしれないけれど、そのほうがかえってパラーシャの為かもしれない」
「治療するほうが先でしょう?このままでは死んでしまうわ」
 白熊は静かに首を横に振った。
「ドールズはこの程度の傷で死にはしません。それに、へたに治療するとまた行く手を阻むでしょう。お願いします」
 レティシアは戸惑いを残しながら白熊の言葉に従った。そうしてレティシアから渡されたチップを、北極熊は粉々に踏み潰した。
「行きましょう。この先に、マスターがいるはずです」

act.12 約束の地

 いくつかの扉を開けて進んだとき、一行はアークに出くわした。
 アークは所在なげに立ち尽くしていた。
「行けよ、雷鴉はこの先にいる。でもできるならそっとしておいてやれよ。みんな、終わってしまった。全ての望みは失せたんだ。・・・・・・うれしいかよ、えぇ・・・!? 宰相閣下よ!!」
 悪い予感に急き立てられ、一行は先を急いだ。
 暗い氷室。砕けた氷のかけらが雪のようにわだかまるそのなかに、雷鴉は蹲っていた。
 眼を凝らすとたくさんの棺が見えた。雷鴉はそのそばに蹲っていたのだ。
「これは・・・・この棺は・・・」
 愕然とする一行。クーンツがつぶやく。
「《エテルナの子供たち》・・・大半が眠りからさめることができなかったんだな」
「そんな! そんなことって・・・!」
 声は後ろからした。ハル・カティスが駆け付けてきたのだ。
「嘘だろう!? 僕はこうやって蘇生できたんだ!僕にできてみんなにできなかったなんて、そんなこと・・・!」
「・・・嘘ではない、アンディ・・・。私の術が不完全だった。もともと生命としての力は弱い子供たち・・・400年の時間を越えるなど、無謀だったのだ・・・」
 ハルが目を見開いたまま立ち尽くす。一行も、また。
「・・・・死魔の羽音が聞こえる・・・」
 死した身体を離れた魂は、死魔に導かれて天に至る。子供たちの身体は目覚めに耐えることができず、今、息絶えた。
 皆が言葉を失っているなかで、クーンツが唸るような声を発した。
「これが幕切れか。・・・・我々の400年の、これが結末か・・・!」
「きいたふうなことを抜かすな! 我々だと!? 400年前エテルナの子供たちを埋めた張本人のくせに!」
 烈しい糾弾は、アークの放ったものだった。クーンツに詰め寄ろうとするアークを、レティシアが攻撃魔法ではじき飛ばす。
「その口を閉じなさい!あなたこそ何も知らないくせに、きいたふうなことを・・!」
「もう良い、レティ・・・・」
「エテルナの子供たちとの共存を望んでいたのはクーンツ様とて同じ! ただ、魔法司殿とは考え方を異にしただけだわ。魔法司殿、あなたとそしてエテルナの子供たちは眠ってはいけなかった。接触を断って、どうして解りあえると言うのです!? 魔法司殿、あなたが眠ってしまわれたばかりに、クーンツ様は「約束の地」の建設に14代400年という時間をかけたというのに!」
「<約束の地>・・・・?」
「レティ!」
 レティシアが黙る。しかし、<約束の地>という言葉に雷鴉が顔をあげた。
「<長い、長い時間が必要だ・・・・>そうだったな、雷鴉・・・いやナイジェル」
 クーンツの言葉は重かった。
「あの愚かしい戦いを回避できるようになるためには、長い時間が必要だと。しかし、それを待っていたら子供たちは一人残らず殺されてしまうと」
「・・・・ああ、言った」
「だが接触を断てば長い時間も無に等しい。必要なのは時間ではなく、対話であることぐらい、聡いお前に理解らぬ訳はなかろう」
「子供たちに人々と同じ生活はできない。子供たちには、L-systemの庇護が必要だった」
「・・・だがそれが人々を子供たちから遠ざけた。違うか」
「・・・・・・・違わない」
「子供たちが同じ町とは言わぬでも、同じ陽の光のもとで暮らせれば・・・」
「不可能だ」
「できると言ったら?」
 雷鴉が言葉を飲み込んだ。
「・・・・この私が何よりの証拠」
 レティシアが、静かにそう言った。
「私の力・・・中位魔術師としての能力は生来のもの。400年前、外気にさらされ、死にかけていた私をクーンツ閣下は救ってくださった。この額の護符が完成するまで、私の時間を止めてくださった」
 レティシアが前髪をかきあげる。ティアラに擬した護符が細い光をはねた。
「なんと・・・いうことだ・・・」
 クーンツが静かに言葉をつぐ。
「・・・・・L-systemは確かに素晴らしい。だが、我らの在来魔法とてそう捨てたものではないぞ。魔法司たるお前が本来一番良く理解っているはずのことだ。お前が手伝ってくれれば一年もあればできたことだろうに、私一人がやろうとしたからてこずった。14代400年。記憶の移植を繰り返し、ようやく事は成った。・・・全ては無駄になったがな」
「まだだ!」
 そう叫んだのは、カーツだった。
「僕たちで死魔を退ける!リックたちは早く蘇生リカバリィを!」
「莫迦いうな!魔法司の力でできなかったことが、おれたち程度に・・・!」「やってみなけりゃわかんないさ!」
「カーツ・・・・」
「・・・・そうだな、やってみなければわからない」
 クーンツが佩剣に手をかけた。
「通常の剣では死魔に何の役にも立たぬ。使うが良い、聖剣士殿よ。私は剣がなくとも戦える」
「クーン・・・旦那!」
 クーンツが佩剣を鞘ごと帯からはずしかける。それを、白熊が止めた。
「待ってください。いかに大権魔法司とて武器なしの戦いは自殺行為です。カーツさん、聖剣の柄からその銀の石をはずしてください。それで封印がはずれます。・・・聖剣LUX AETERNAではものの役に立ちませんが、輝神剣 ルクシードなら・・・」
「輝神剣 ルクシード!?」
「聖剣LUX AETERNAとは、輝神剣の強大なエネルギーを用いてL-systemを封印すべく造られたもの。輝神剣自身の力を封じたものなのです。封印をとけばその力は、大権魔法司殿の破霊剣・ヴァルツシーガーに匹敵します」
「・・・・・!」
「・・・旦那の<破霊剣>ほどの威力はないが、こっちも伊達や酔狂でこんな剣をぶら下げてる訳じゃないからな。んじゃいくか、カーツ」
 ブレスが愛剣・ルドラに手をかける。雷霆剣とも呼ばれる豪剣である。
「んじゃ、いくもんねー!」
 誰の言葉か言うまでもない。最強の攻撃魔法を行使するミラが一撃目を放つ。「・・・・私に向けて力を・・・。可能な限り集約します」
 意を決して、雷鴉が立ち上がった。リック、レティシア、風巳、ハル、そしてアークがそれに応ずる・・・・。

ENDING

 帝都エーモ。居酒屋LUX AETERNA。
「それにしても死魔を退けるなんて、俺たちすごいことやっちまったよなぁ・・・」
 ブレスがしみじみとそう言った。
「まあ、終わり良ければすべてよし、さ。エテルナの子供たちはなんとか命をとりとめた訳だし、クロードの苦労は水の泡にならずに済んだ訳だし」
 機嫌良く酒杯を傾けながらリックが言う。その酒杯を横からミラがかすめとる。
「おさけののみすぎ、だめー」
「それにしても、あの異変が全部雷鴉の呪詛だなんて、とんでもない話だよな」
 カイが首をすくめた。
「まあ、魔法司レベルのちからってのはそれだけとんでもないってことさ」
『・・・ウェザー・コントローラは正常に稼働しているよ。あの寒さは、私の術だ。もうそんなものは解いてしまったから、地上に出れば皆元通りになっているさ』
 実際、その言葉通りだった。
「それにしても、あの物騒な姐サンは一体何処へいっちまったんだろうな」
 一行が地上に出ようと回廊を戻ったとき、パラーシャが倒れた場所には僅かな血痕の他、何も残されてはいなかった。
『・・・・いくらオペレーションドールとはいえ、あれだけの時間で回復はしない。よもや回復したとしても、パラーシャがこの場面で逃げをうつことなど考えられない』
 血痕を嗅ぎながら、白熊が言った。
『誰かが連れ去ったとでも?』
『理解らない・・・・』

 ともかくも、ユートラップに春は戻り、蘇生した《エテルナの子供たち》はクラウス・クローディアス=クーンツが張り、これからは雷鴉によって維持される結界に守られた地へ移送された。
 全てが丸く収まったとは言い難い結末であった。しかし、それぞれがより良い道を探すための一歩を踏み出したことだけは確かだった。
 輝神剣ルクシードは再び聖剣LUX AETERNAとして封印され、もとどおり居酒屋のモニュメントのなかに収まっている。
 カーツは、ある日元通りになったモニュメントを見つめる客の中に魔法司雷鴉を見つけた。
「元通り、封印したんだね」
「・・・こうするのが一番良いって、あの熊さんも言ってたからね」
 雷鴉は、苦笑した。北極熊は、L-systemを封印したあと指輪形態に戻って守護像の眼窩に収まった。向こう400年は起こしてくれるな、と言い置いて。
「・・・・アークを、悪く思わないでやってくれ。私が余計なことを吹き込んだばかりに気まずくさせてしまって、申し訳ないことをしたと思っている。
 彼は本当に、君のつくるカクテルが人々を幸せにすると信じているんだ。彼のいた地方は、ユートラップに比べて気候も厳しく豊かでもない。彼はいつも故郷を救う方法を真剣に考えているんだよ」
 カーツは、笑って言った。
「アークに会ったら、また来てくれって伝えてくれるかな。・・・すっかり寄りつかなくなってしまって、皆寂しがってるんだ」
「・・・伝えよう・・・」
 雷鴉も笑ったが、寂しげな笑みではあった。
「・・・アークも、これほど良い友人を持って、何で私の話に耳を貸したりしたものだろうな・・・」
 雷鴉が、席を立った。
「・・・・パラーシャさんなら、きっとどこかで生きているよ。あの熊さんもそう言っていたし・・・」
 依然その行方は杳として知れぬ。気休めに等しいことを承知で、カーツは言った。新しい時代を迎える《エテルナの子供たち》を守り育てていく上で、パラーシャの不在は苦しいものであるにちがいない。・・・だが、彼らは歩き出さねばならなかった。
「・・・ありがとう」
 そう言って、踵を返す。ふと気付いて、カーツが呼び止めた。
「よかったら、一杯どうだい?」
 雷鴉は、確かに虚を突かれたらしかった。一瞬、鳩が豆鉄砲をくったような表情をしたが、ややあって微笑う。
 アークが信じた、人々を幸せにするカクテル「LUX AETERNA」。
「そうだね、いただくよ」

・・・AND BEGINNING

 彼女は、目を覚ました。見知らぬ部屋。・・・というより、石室だ。
 頭が痛む。なぜだろうか?
「傷は、痛むか?」
 不意に問われ、はじかれたように起き上がる。この痛みは、傷か。なるほど、一応の手当は施されているようだ。後頭部・・・といっても耳の後ろ辺りだが・・・確かにそれは、傷の疼きだった。
「・・・御辺、誰だ」
 一見して、隠者と分かるなりはしている。青い髪で、隠者となるにはまだ若い・・・。
「・・・ふむ、憶えてないか」
 隠者は、ちょっと落胆したようだった。
「名乗るにやぶさかでないが、人に名を訊ねるときは自分から名乗るものではないかね?」
「失礼した・・・私は・・・」
 言いかけて、詰まる。名前? 隠者はその空隙を、先刻の落胆よりは些か落ち着いて待った。
 彼女は記憶の糸をたどる。胸が痛くなるほどの空白のなか、一つの名が浮かぶ。
「・・・レクサール・・。そう、レクサール=セレン・・・・」
「ではレクサール殿とお呼びしてよろしいかな。私はハーミット・シャ=レヴィン。レヴィンで結構・・・・」
 隠者はいとも簡単にそう片付けたが、果たしてそれが自分の名であるのかどうか、確信はなかった。だが、まあよい。記憶の中に残っているからには、自分にゆかりのある名には違いないだろうから・・・。
 レクサール=セレン・・・400年以上前、ユートラップに実在した魔法司で、歴史上唯一人魔法司から上の段階へ昇華したと伝えられる人物の名である。
 この翌年、ユートラップ西部のとある自治都市に現れた一人の剣士は、レクサール=セレンと名乗ったという。