Section-4(Ep.2)

 シェインは、茫漠たる海原の彼方に、かつて摩天楼スカイスクレーパーといわれた建造物のなれの果てが沈黙の中に佇んでいるのを見た。

 クロスバイクを立て掛けたフェンスに凭れて、暫く潮の匂いの混じった風を受ける。
 かつてニューヨークと呼ばれた都市の平均標高は海抜3メートル。災厄の七年で真っ先に海面下へ沈んだ都市のひとつである。もともと地盤沈下で問題の多かったその土地は早々に遺棄され、山地に新たな都市が築かれることになった。

 ニューアーク。

 完璧な造語というわけではなく、かつて近隣に存在した都市の名前ではあった。しかしそれは海に沈んだ地の名を引き継いだというより、新たなる方舟アークという言葉に込められた願いの意味が強かったであろう。
 沈下前の人口のうち、ほんの一握りがこの新しい都市での生活を与えられたという。海面上昇で波の下になった旧市街を望む山地に築かれたこの都市は、それほど広大というわけではない。だが山地を大々的に開鑿し、地上に数倍する地下施設を築くことでそれなりの容量を確保していた。
 総てが建物の中で完結していた。環境変化の影響を最小限にするために居住区は大きなドームに覆われている。最上部を覆う集光板で集めた光はファイバーケーブルでドーム内に引き入れられ、各階層に公平に分配されて昼夜を分かつ。水と空気とエネルギーについては巨大な内部循環システムが確立されていた。つまり都市の外へ出なくても十分に生活は成立する。
 まさに方舟アーク。重力制御機構が不要というだけで、コンセプトデザインは宇宙コロニーそのものであった。だが、外へ出ることは禁止されているわけではない。調整環境に慣れた人間に外界は少々過酷なため、そうする人間は少ないというだけだ。

 シェインがその日、クロスバイク 1で島の外縁部まで足を伸ばしたのは…ニューアークの都市から少し離れて開設された空港へ、父を出迎えに行く為であった。
 無論、都市から空港までは地下に直通の列車ラインが通っている。そこを敢えて地上を、しかもクロスバイクで行こうというのは控えめに言って物好きと評されるだろう。だが、シェインとしては出迎えのほうがいわばついで・・・で、潮風の中を疾走する感覚を純粋に楽しむためにこの道程を選んでいる。だから、いちばん見晴らしのいい海沿いの峠で立ち止まるのは至極自然なことであった。

 シェインは災厄前でいうと英国あたりで生まれ、母親の元で暮らしていた。父親のいる北米に来たのは半年ほど前である。両親が不仲だったわけではなく、父親が研究のために単身北米へ居を移していたのだった。
 父親…アルバート・ウィリアム=リストは〝ゲート〟の技術者だ。
 かつて地球から太陽系外へ人類を運び、新天地での生活を構築させるために不可欠だった〝ゲート〟は、長年にわたって研究されている割には…今以てさほど普及していない。父はその技術を安定的に運用するための研究を行っていた。拠点はニューアークだったが、わりあい頻繁にラグランジュポイントにある研究所との往復をしている。
 シェインがニューアークへ移ったのは、留守がちな父親アルバートのメゾネットを維持するという些か散文的な理由が存在したのだった。そもそもハウスキーピングだけなら家事ドローンがいれば事足りる。だが、かねてからアルバートの…技術者にありがちな生活感覚の希薄さを危惧していたキティの不安を払拭するため、シェインが留学にかこつけて北米へ赴くことにしたのだった。
 こと生活能力に関して…キティは不惑をとうに越えた夫よりも、十二歳の息子を信用していたのだ。
 その父が今日、ラグランジュ 2からひとりの技術者を連れて降りてくるという。長くL2のコロニーに拠点を置いていたが、しばらくニューアークで研究をすることになったのだそうだ。
 ついては当面、うちのメゾネット 3に住むから、と父から連絡をもらってはいた。しかし連絡の中に、実際にどんな人物なのかはという情報はほぼ含まれていなかった。ラグランジュでは父が面倒を見ていたというから、まだ若手なのだろう…という程度のものである。
 ただ、客人を迎えるに当たっての準備はほぼ自動的にシェインの管轄だった。家事ドローンへの指示入力くらい、オンラインでもできることではあるが…父からの連絡にはその依頼も含まれていた。
 〝門〟の技術者がたかが家事ドローンを扱いかねるというのも奇妙なものだが、それについて詮索する労力を、シェインは省いた。

 茫漠たる海原、そして雲ひとつない青空を眺めていると、視界を一機のVTOLが掠めて、シェインは思わず時計を見た。到着予定時刻にはまだ十分余裕があるはずだ。しかしアースポート 4に降り立つ時間はともかく、そこから後は空港の混み具合に左右される。多少のズレは仕方ないだろう。

 シェインは再びヘルメットを被り、クロスバイクを引き起こした。

***

 空港に着いてみると、幾らもしないうちに到着ロビーに父親の姿が見えた。
「おや、来てたのか」
 淡色の髪と濃褐色ダークブラウンの双眸は、毎朝シェインが鏡の前に立った時に対面するそれと同じ。こんなにクリアに出るものなのかと感心してしまうほどである。だが、シェインにしてみれば…研究者としては超一流としても生活者としてはかなり難ありな部分を見ているだけに、なかなか複雑である。
「出迎えくらい…してもいいだろう」
「勿論だ、嬉しいよ」
 にっこりと笑って差し出される腕に、シェインは素直に身を委ねる。その時、父の肩の後ろにいた人物に気づいた。
 自分と同年代の少女。艶やかな黒髪を肩辺りで切り揃えている。些か戸惑いがちに、でも確かにこちらを見ているその双眸は…

 ――――至高天の蒼セレストブルー

 …このひとは?  声に出したかどうか。だが、アルバートは息子の様子に気づいたようで、ふと腕を緩めて身を離し、再び相好を崩した。
「ああ、メールしただろう。しばらくうちで預かる」
「…は?」
 間の抜けた声だったに違いない。
「…マキ=セイラルです。よろしく、Mr.フォルケンベルグ」
 少女がその白く小さな手を差し出した。硬い声、そして表情だった。
「……あのな、父さん…」
 何かを言おうとして、しかし何を言っていいものか判断がつかず…結局、何も言えないままに少女の差し出した手をとるしかなかった。
「こちらこそ、Miss.セイラル」
 父親の、技術者にありがちな…螺子ネジが一本抜けた世間認識に天を仰いだところで始まらない。とりあえずこのラグランジュからの客人に非礼のないよう対処する、というのが自分の役割と割り切って、シェインはそつなくそう応えた。

***

 その夜。
 マキという少女は、シェインが準備した夕食を戸惑いがちに…それでも残さず摂り、深甚な礼を述べて準備していた部屋へひきとっていった。片付けを終えて自室に引っ込んだシェインは、今日の当惑をとりあえずメッセージアプリで母親に報告したが…幾らもしないうちに着信音に驚くことになる。
 画面の向こうの、普通に白衣のままの母…キャスリン・ノエル=フォルケンベルグの姿に更に驚くことになる。
「そっちは深夜の2時前だろう!?なんで起きてるのさ。しかも白衣で?」
 ニューアークとロンドン間の時差は概ね五時間。こちらでは宵の口でも、向こうは深更の筈だ。翌朝見て貰えば良いと思っていたメッセージに即時リアクションがあったのには、シェインも流石に肝を潰した。
【あら?もうこんな時間なのね。もう休まなくちゃ】
 言われて初めて気づいたように、手首を翻して時計を見る。その仕草に、シェインは頭を抱えた。

 父親の方は世間認識に関して螺子ネジが一本抜けているが、母親にしたところで時間感覚が若干バグっている。昼夜ない仕事の所為だろうが、修正しようという意欲があるだけ父親よりはましというのがシェインの評価だった。

【そういえば伝えてなかったわね、彼女のこと】
「……って知ってたのか母さん?」
【連絡不行届については謝っておくわね。ごめんなさい。でもあなたには教えておくべきでしょう。彼女…マキは、〝キシャル〟…シファーの娘よ】
「…〝沈黙の大地キシャル〟…」
【そう…〝沈黙の大地〟キシャルこと、シファー=セイラル。あなたも聞いたことぐらいはあるかもしれない。
 …アウラと同格の存在と言えば、概ねイメージできると思う】
 断片的な知識がパズルのように嵌め合わされ、シェインは思わず呼吸を停めた。

  キティの無二の親友、アウラ…アウレリア=アルフォード。裁定者アストライア揺籃の守護者カストル・オヴ・クレイドル、あるいは高潔の女王クイーン・オヴ・インテグリティと尊称される。

 だが、同時に災厄後の世界を支える柱のひとりでもある。彼らが表舞台に立つことはひどく稀だが、畏怖、畏敬の念を込めてこう呼ばれる。

「…先達者ハービンジャー…」

【〝沈黙の大地キシャル〟…その在り方は、〝裁定者アストライア〟アウラとは違う。もう随分長いこと、具体的なアクションを起こしていない先達者ハービンジャーのひとりよ。ただ、だからこそキシャルの姫と呼ばれる彼女はそれなりに注目されている。委員会からも、連邦からも】
 シェインは深呼吸し、用心深く問うた。
「…父さんは、知ってる…んだよな?」
【当然よ。…ただ、キシャルの意向もあるから、彼女に対しては極力自然に接してあげられるといいわね】
「…自然に、ね」
 シェインは吐息した。
「ウィルが何も言ってないのも、多分そう考えてのことでしょう」
「…そうなんだ」
 母のフォローを、シェインは鄭重にスルーした。あの父親に限ってそれはない。多分、意識していないだけ。
 そもそも、こんな男所帯で十代の少女を預かるということ自体…配慮と無縁ではなかろうか。
 通話を切ってから、シェインはベッドに入って目を閉じる。今日初めて会った少女の姿が瞼の裏でちらついたが、程良い運動で疲れていた所為か…至極あっさりと眠りにおちた。

***

 マキという少女は、翌朝から父に連れられて研究所へ出勤していった。
 シェインはこの時期、臨床研修過程の一つとしてハンディキャップド対応のコミュニケーション支援AIのプログラミングに携わっていた。
 シェインも通常なら義務教育課程にある年齢であったが、課程そのものを修了していれば学年をスキップして専門領域に進む制度があり、そういう意味においてはシェインはマキと同様のポジションにいた。だから、見た目には年端もいかない少女が〝門〟の研究者だと聞いても、然程に奇異とは思わなかったのである。シェイン自身、父親の手伝いでその研究に片脚の半分程度は突っ込んでいたから尚更だ。
 彼女との差異があるとすれば、シェインにはまだ積極的にそこに関わろうという確固たる意志がなかったというところだろう。
 興味がなかったわけではない。父の仕事もそれなりに面白そうだとは思っていた。しかし実情としては…父親の元へ住むようになって、父の資料整理や関係機関との連絡調整といったいわゆる雑務が降ってきた。そのため…必要に迫られて基礎知識を詰め込んだだけのことである。隙をみて専用のAIを自作して丸投げしてやる心算であった。

 ただ、シェインには自身が規格外であるという認識はあった。それは対象ケースの少年に会うためニューアークにある学校に出入りする経験を持ったからだった。
 学年をスキップする時、学校側からできるといわれて深く考えもせず選択した身としては、ニューアークの学校はある意味で新鮮だった。同年代の人間と接触する機会はそうなかったからである。

 その日も、所属する研究施設に顔を出してから学校へ足を向けると、丁度生徒たちがばらばらと校舎から出てくるところだった。
 その中に知己の姿を認めた時、向こうも気づいたらしく軽く手をふって歩み寄ってきた。
「よっ、重役出勤だね、シェイン」
「今日の授業、午前中だったのか?」
「まあね。ケイならまだ教室だと思うぞ。あとで保健室ヘルスルーム寄るって言ってた」
 アンドリュー=シラセという、鉄灰色の髪をした比較的長身の少年は、やはり過去にシェインと同様の選択肢を提示されて断った経緯があるらしい。『特に急いでやりたいことがあるわけじゃないし、今が楽しいから』という、至極健全な理由にシェインはいっそ感動さえしたものだ。
「ありがとう。そう言えば、この間言ってたコース、走ってみたよ。結構アップダウンあったけど、景色は確かによかったな」
 とんと無趣味なシェインにクロスバイクツーリングという余暇の過ごし方を紹介した本人は、その感想に気を良くしたらしい。そばかす顔をすこし悪戯っぽい微笑で綻ばせて言った。
「だろ?もうちょい山側に行くと、また面白いとこあるから。今度教えてやるよ」
「…立ち入り禁止区域とか突っ切ってないコースでよろしくな」
「またぁ…カタいね、若いのに。冒険にリスクは付き物、楽しまなくちゃ」
 晴朗なくせに妙に年寄り臭い物言いをするこの少年は、人嫌いというわけではないにしろ、踏み込まれるのは苦手なシェインにとっていい距離感の友人であった。

 そのシラセと別れて、ケイ=クサカベというハンディキャップドの少年がいる筈の教室に向かった。
 他には誰もいなくなった教室の扉を開けると…黒い髪と焦茶の瞳をした、小柄な少年が着席したまま宙を見つめていた。

 宙を、見ているように見えた。

* ◇ *

「こうしてみると、おまえ縮尺サイズが変わっただけで何も変わってないな」
 しみじみと言われて、ケイが口角をひん曲げる。
「なんだよ、それ」
「済まん、なんで忘れてたんだろう…ってことを、今になっていろいろ思い出すからさ」
 シェインが幽かに笑った。
「彼女は物心ついてからずっとラグランジュにいて、まあ、周囲は大人ばかりだったらしい。親父がどういう意図で地上へ連れて降りたのかは、今以て正直よくわからないが、研究上のことっていうより、彼女に研究以外のものを見せてやりたいと思ってたんじゃないかな。休日はよくニューアークの市内や郊外を連れ回してたから。
…俺も時々付き合わされた」
「ふーん。で、しばらく一つ屋根の下で過ごしてたわけだ」
 ケイが敢えてディスプレイ上の少女のホログラムを眺め遣ってから、少しばかり意地の悪い笑みでシェインを流し見るものだから、シェインは軽く咳払いしてから言葉を続けた。
「一応釘を刺しておくが、あまり色っぽい話は期待するなよ。なんていうか…まあ、世話を頼まれた客、ってイメージだったからな。俺だって木石じゃないが、正直言って距離を掴みかねてた部分もあったし」
 シェインが記憶を追うように額を撫でる。
「L―委員会のメンバー…災厄の七年を乗り越えるための技術を提供したといわれる組織の構成員は、別名先達者ハービンジャーと呼ばれている。信じる信じないは別の話として、現生人類がようやく文明を構築するという時期に地球に逢着し、その文明成立に寄与したと言われる者達だ。
 〝沈黙の大地キシャル〟シファー=セイラルはその一人で…マキはその娘」
「…えーっと、ちょっと待って。現生人類が文明を構築した時期って、ン千年前じゃないの?下手したら万のオーダー? えっと、サヘラントロプス・チャデンシス 5って何万年前だっけ?」
 ケイが頭を掻き回しながら問うから、シェインが苦笑した。
「そこまで遡らんでいい。
 最古といわれる文明で、ざっと紀元前六〇〇〇年前後といわれている。ただ…彼ら・・も正確な年数をカウントしてるかどうかというと結構微妙らしいから、まあ一万年とかそのあたりの理解で問題ないだろう…って聞いてる」
「えーと、その頃地球に着いたってことは…平たく言って地球外生命体ってことだよね?」
「そうなるな」
 さらりと肯定されて、ケイが項垂れる。だが、ゆっくりした呼吸数回分の間を置いた後、意を決して顔を上げた。
「うん、そこは一旦呑み込んどく。で、その人達が俺たちのご先祖サマにいろいろ教えてくれて、今の世界が出来上がったと」
その通りSure
「突っ込むとこ多すぎて、どっから突っ込んでいいかわかんない…」
「それが普通だろ。気にするな」
 シェインが淡い色の髪をかき回し、満腔の同意をこめて吐息する。
「俺だって、母さんにそれこそ子供の頃からずっと聞かされてた話がなければ…とても真に受けられたもんじゃなかったさ。でもな…実際俺が片脚突っ込んでたのはそういう世界で、ASLアプス・センティネル・ラボラトリーってのは本来、先達者が持ってたロストテクノロジーを発掘する組織なんだ。先達者自身が長い間使わずにいて逸失した技術を、記録をもとに掘り起こしてるって訳さ」
「〝門〟の技術とかも?」
「まさにそう」
「うわー……」
 ケイが頭を抱えた。
「先達者の間にも温度差があって、彼らは在来種にどこまで技術を供与すべきかで度々モメてるんだ。父さんが謀殺されたのも、十中八九そのアオりさ」
 そこまで言って、シェインはふとうそ寒そうに自身の腕を撫で…ややあってその仕草を悔やむようにその手をテーブルの上へ戻した。
 テーブルの上のティーカップを取り上げ、一口含んでからゆっくりと戻す。
「あの日、彼女は同行せずにメゾネットにいたんだ。だから難を逃れた。だが、そのまま失踪してしまったと…俺は聞かされていた」
 ケイは口を噤んだままシェインを見た。その横顔は、自嘲と、やるせなさと…寂しさに似たものを宿している。
「あの時、彼女の身に何が起きたのか…本当のところはわからない。だが、何も言わずに姿を消した彼女に、俺はあまりいい感情を持てなかった。ああ、逃げたんだな、ってさ」
「…えーっと…」
 どう返していいものかわからず、ケイは絶句する。
「わかってるさ、俺は理不尽なことを言ってる。彼女だって心細かっただろうし、途方に暮れもしただろう。当然だ。親父がああなった以上、彼女にだって危険が迫っていたことは十分想像出来る。
 むしろ、無事に逃げおおせたことを喜んでやるべきだった…」

 彼女の行方を捜すため、情報を渡してもらうという目的ではあったが、先程からシェインの地雷という地雷を踏み抜き散らかしているケイとしては、何とか別の方向に話をもっていけないものか必死に考えた。
 そして、ようやくひとつの出口を見つける。
「彼女の親っていう…シファーさんだっけ?その人が匿ったとかいう線はなかった訳?」
先達者ハービンジャーたちのうち、〝沈黙の空アンシャル〟〝沈黙の大地キシャル〟〝沈黙の海エンキ〟の三人は、Lー委員会に名を連ねてはいるが、長く所在を明かさずASLとも一定の距離を保って何のアクションも起こしていない。だから、〝キシャルの姫〟マキ=セイラルが初めてラグランジュに現れた時には相応に騒ぎにはなったらしい。皆、その意図を読めなかったからさ」
「所在を明かしてない…ってことは、連絡もとりようがない?」
「〝裁定者アストライア〟アウレリア=アルフォードや〝王権を握る者オジマンディアス〟ダミアン=マルブランシュとは事情が違うと考えた方がいいだろう。極端な話、実体をもって動き回っているかどうかさえ、怪しい。」
「――――……」
「さっきも言ったが、先達者ハービンジャーってのは途方もなく昔に地球に逢着した者達だ。でも確かに現在も生存している。生命体として、一体どんなようかって話だ。だから、彼女がシファー=セイラルの娘といったって…俺たち在来種ネイティヴの親子関係みたいなものを想像しないほうがいい」
「なんかアタマ痛くなってきた…」
「はっきり言えるのは、彼女は出自がどうあれ、俺たちと同じ在来種ネイティヴには違いないってことさ。だから、このホログラムからプラス十年分ぐらいは成長してる筈だ。…マリクが渡してくれた資料に、シュミレーションがあった筈だが…」
 シェインがテーブルの一隅をタップすると操作パネルが開いた。そこへ指を滑らせ、目的のファイルを呼び出す。
 ホロディスプレイ上の少女が消え、新しい映像が浮かび上がる。
 それを目にしたケイの口から、素直な賛嘆の声が上がった。

――――To be continued

  1. クロスバイク……自転車の中でも、ロードバイクやマウンテンバイクほどゴリゴリのスポーツ向けではないけれど、ママチャリよりは軽くてサイクリングにも使えるタイプ。
  2. ラグランジュポイント…二つの天体系から見て第三の天体が安定して滞在し得る位置座標点。それぞれの惑星について、L1~L5が存在する。ここでは地球と月におけるラグランジュポイントを言い、L2は地球中心から約 44万5,000 km、月の向こう側の位置。ちなみに地球と月の間であるL1は地球中心から約 32万3,049 kmあたり。L3は地球から見て月の反対側、L4およびL5は地球と月の距離を一辺とする正三角形を描いたときのもう一つの頂点にあたるそうな。(要は地球から見た月軌道上の、60°先と60°後)
  3. メゾネット…集合住宅の住戸形状の一種で、1戸が2階以上の層を持ち、中が内階段でつながっている住居のこと。簡単に言えば「内階段のあるマンション、アパート」
  4. アースポート……軌道エレベーターの地上駅。赤道上へ設置される。
  5. サヘラントロプス・チャデンシス……中部アフリカのチャドで化石が発見されたサヘラントロプス属の種名。約700万年前に生息。類人猿と分かれた最初期の人類の祖先とする説がある。