Scene 2  realtime to paradise



「なーにが『ああ、この大学でしたね』よ。実はわざとでしょ」
 返して貰った身分証を繊麗な指先で弄びながら、レミが笑う。
「まあ、どのみち話は通しておくべきだろうからな。彼女も完璧な部外者って訳じゃない。あれ・・はいい顔をしないだろうが、場合によっては巻き込まれる可能性が十分にあるんだ」
「私達が何者か知ってる段階で、十分関係者だわ。…タカミの件だって、見方によってはこっちが人質取られてるようなものじゃない?」
 レミが不意に足を止め、傍目には無邪気に恋人がじゃれつくように、しかし逃げようのないほど完璧な腕固めをかけ、紺碧の双眸で探るようにマサキを見る。
「今更だけど…正直、よく許したわね?」
 何か意図があってのことか、と問われているのは明確だった。マサキの目許に一瞬だけ苦痛の翳が過ぎったが、韜晦するように苦笑して蒼穹へ視線を抛り投げる。
「…積極的に止める理由がなかっただけだ。…ってか、何気に右腕か、レミ。まったく容赦ないな。痛いぞ、掛け値なしに」
 平静を装う声が、かすかに掠れる。
 マサキが、今は埋まってしまったジオフロントで右腕を失いかけたのはついぞ半年前のことだ。さすがにもう治癒しているとはいえ、これだけ完璧に固められると一瞬呼吸が停まる。
「なんだかんだ言って、甘いわね」
 レミがするりと腕をほどく。大きく息を吐いて、マサキが解放された腕を撫でた。
「大体、いつまでも引き籠もらせとくわけにもいかんだろ。現実との折り合いは自分自身でつけるしかない。俺達だって通った道程みちだ」
「ま、それはそうなんだけどね…」
 些かつまらなそうにすいと距離を置いて、歩き出したマサキに追随する。
「あれの心配ばかりしてる場合でもないぞ。辺塞に寧日なしってな。
 まったく…ゼーレが消えて、ネルフも消えて、しばらくは平穏な生活が出来るかと思ってたのに、とんでもない話になっちまった。…まあ今は、地道な努力が楽園エデンに続く道程と信じよう」
「この地上に足を着けている以上、辺塞どころか楽園にだって寧日なんてものはないでしょうよ。いいじゃない、退屈しなくて」
 些か愚痴っぽくなったマサキに更に追い討ちをかけるようにレミが言い放つ。
「…俺は退屈するぐらいが丁度いいんだが」
 そうぼやいて、マサキは簡素な表示プレートの前で足を止める。

『形而上生物学部 研究室』

 敷地内に幾つもある小さな緑地。そのひとつに半ば埋もれるようにして建っている3階建てほどの校舎は、周囲のそれに比べて決して新しいものではない。木々の作る影にまぎれ、これだけは明らかに新しいプレートがなければ一瞬使われているのかどうか危ぶむところだ。
 見た目ほど立て付けの悪くないドアを押し開けると、すぐ右の部屋は事務室になっている。
 机と積み上がった本の間。早くから出勤したというよりどうやら前日に帰り損ねたというていの研究生らしき娘がいる。茶色味がかった髪を項で二つに分けて括り、赤いフレームの眼鏡をしたまま、事務椅子の背に凭れ掛かった絶妙なバランスでうつらうつらしていた。
「朝早くからすみません。約束アポイントはあるんですが。…碇博士は?」
 多少、声を掛けるのも気の毒な雰囲気ではあったが…マサキが開きっぱなしのドアをノックして先刻の身分証を示す。
「わっ…ふぁい、ごめんなさい」
 娘は慌てて立ち上がろうとして何かに躓き、本の山へ突っ込む。起き上がろうとして更に別の山を崩して下敷きになり、派手な音を立てた。
 惨状にマサキは声もなかった。レミでさえ流石に気の毒になったのか、カウンターから覗き込んで問うてみる。
「…大丈夫?」
「あ、いえ、お構いなく。はい、ユイさんならいますよ。ユイさーん。お客さんですよー! …ええと、どなたでしたっけ?」
 そこでようやく提示された身分証に気づいたように手を伸ばす。だが、娘がそれを手に取るより上階から軽い足音と声が聞こえてくる方が先だった。
「マリちゃん、どうしたの?凄い音がしたわよ…あら」
 見た目は小柄な、普通の主婦といって差し支えない。だがその正体はヴィレを主導し、独走したネルフを木っ端微塵に叩き潰した張本人である。
「お久しぶり。高階さん。…ああ、サー・アーネスト・ユーリィ=サーキスとお呼びすべきかしら?」
 現・形而上生物学部学部長、碇ユイはにっこり笑った。
「こちらこそご無沙汰してます、碇博士。今まで通り高階で結構ですよ。正直長すぎて自分でも綴るのが面倒なくらいだ」
 身分証に記されているのは Ernest Yuriy Serkis Takashina という名で、英国からの留学生という扱いになっていた。
「高階夫人が英国の方だったとは聞いていたけど、サーキス家のお嬢さんでいらしたとはね」
「俺達が調べたときには、もう向こうにはほとんど係累といえそうな人間は残っていませんでしたが。お蔭で諸々、手続きが簡単でしたよ。城ひとつ手に入りましたしね」
 終戦前後、帰国し損ねていた高階博士の欧州潜伏を可能にしたのは、オーレリア・ブリジット=サーキス・高階の人脈あってのことだった。
 英国人であった彼女がドイツにいたのは、あくまでも高階博士の配偶者としてである。高階博士がゼーレの協力者としての立場を離れた後、一介の医師として働きながら欧州に留まったのは、戦時中で何処も医者不足であったことがひとつと、もう一つは高階の祖国の先行きを危ぶんだ彼女が必死に引き留めたという事情が存在した。
 …それが結果としてサッシャ達との再会に結びついたのであるが。
 彼女も医師だった。小柄で、いつまでも少女のような容姿からは一寸想像しにくいほどの女傑だったが、『行き場のない孤児』たちを我が子のように愛した。日本に帰化した後、同じ名を持つアウラ…Aureliaアウレリアに娘としてミサヲという名を与えたのも彼女である。
 彼女の実家・サーキス家は爵位持ちの名家であった。彼女がほとんど家出同様に高階博士に嫁したあと、当主となった兄がその子の代で後嗣に恵まれなかったため、爵位も返上して断絶寸前であったようだ。だからこそ、オーレリアの「娘」である「高階ミサヲ」が現れた時には、管理に手の掛かる古城を押し付ける相手が出てきたとばかりにサーキスの家を丸投げされたのである。無論、裏では事前にリエが資産価値を多少操作したりという下準備もあったのだが。
 かくて、アーネスト・ユーリィ=サーキスという青年が高階の姓を継いで合法的に日本へ渡る下地が出来上がったという次第である。
 決してこの半年ばかりの急仕込みではない。マサキが、自分達の時間が現生人類リリンのそれとは異なることを確信せざるを得なくなった時からだから、少なくとも四半世紀はかかった大仕掛けだ。
「面倒な話ではありますがね。俺達ネフィリム現生人類リリンの世界で上手に生きていこうと思えば、多少の手間は致し方ないでしょう」
「名前を変えたところで、あなたが何者・・であるかは…現ヴィレの上層部には話を通さざるを得ない。それでも?」
「要は、知っている人間をある程度絞り込むことが出来ればそれでいいんですよ。…時間は、俺達に味方する」
 その顔の造作に似合わぬ酷薄な笑みを浮かべて、マサキは言った。それを、碇ユイは少しだけいたましげな苦笑で返す。
「…まあ、そうなんでしょうけど…」
 さて、とユイが手を拍つ。
「ごちゃごちゃしてて申し訳ないんだけど、上がってくださいな。あー、マリちゃん?お茶冷えてたわよね? それと、今日はもう上がっていいわよ」

 コテージのリビングが、今日はレイの勉強部屋になっていた。
 天気は上々だが、涼しい朝の内に課題のいくつかを済ましてしまおうという算段である。夏期講習を受けない代わりに貰ってきた課題ノート、その周りに教科書、参考書の類を侍らせて呻吟するレイの傍らで、カヲルはリビングの一角を占める重厚な書棚から見つけてきた本をめくっていた。
 雑多としか言いようのない品揃えラインナップは歴史、自然科学、社会科学、技術、哲学、言語と多岐にわたっていた。年代もISBNすら付されていない技術書から、去年だか今年だかに発行されたSFのショートショート集まで見事にばらばらである。
 タカミは何か思うところがあるようで、パソコンと簡易端末タブレットを広げた部屋から出てこない。ユカリは厨房が忙しいらしい。他の皆もそれぞれに用事があるのか朝から姿を見ていない者もいた。
 潮騒をBGMに静かな時間が流れる。
「…ね、カヲルは提出物ないの?」
 シャープペンシルの尻尾を囓りながら、レイが思い出したように問うた。
 読みかけの本に栞を挟んでテーブルに置き、レイの課題の進捗状況を眺めながらカヲルが言った。
「あるけど、済んだよ。レイがそれ広げた時には、僕もやってたじゃない」
「早っ…」
 他に言うことが見つからなくて、レイが眼を丸くする。そういえば、先ほどまでは何やらノートを開いてはいたのだ。カヲルのほうは夏期講習分がないだけ提出物も少ないといえば少ないのだが、それにしても早い。
 終わってるなら手伝って、と言いかけたレイの機先をカヲルが穏やかな笑みで制する。
「こういうのって、自分でやらないと意味がないからね。詰まったら教えてあげるから、とりあえずやってごらんよ」
「はーい…」
 諦めて課題ノートに向き合うレイの頭を軽く撫でて、カヲルが先程の本を取る。ビアスの「悪魔の辞典 1 」。 レイには何の本だか想像がつかないが、昨日カヲルがそれを手にしているのを見たタカミが「中学生の読み物としては黒すぎないかなぁ」と眉をひそめていた。
 カヲルはレイと違って今の身体に生まれる前の記憶を受け継いでいる。カヲルは「知識としてあるだけで実感がない」とは言っていたが、それにしても膨大な知識量であることには違いない。正直、中学生の学習内容などとうに通り過ぎているのは明らかだった。
 カヲルは何でも知っているし、何だってできる。だから、研究所にいた時から…いつも、カヲルに頼りっぱなしだった。今のレイとしてはそれがすこし心苦しい。やっぱり自分の課題くらいは迷惑を掛けずにこなすべきなのだ。そう思うと、やる気のメーターは跳ね上がる。…残念なことに長続きしないが。
 数字と記号とアルファベットが頭の中で乱舞して、少し気が遠くなったレイがソファの背凭れに身を預ける。その動きで肩が触れて、カヲルが再び本を閉じた。
「何処で詰まってるの?」
 優しく問われて、ただ眠くなっただけとは言えずに頭を掻く。だが、すっと頭の中が冴えた感じがした。
 その勢いで数問を解くと、問題集を手にしたまま再び身を寄せる。
「どうしたの?」
「何か、カヲルにくっついてると問題が解ける気がする」
「何だいそれ…」
 カヲルが笑う。
「まあ、それではかどるものならずっとこうしててあげるよ。そのほうが僕も楽でいいしね」
「うん、ありがと!頑張るね」
 レイが凭れ掛かり易いようにわずかに座る位置を変えて、カヲルは改めて本を開いた。
 どのくらいそうしていただろうか。ダイニングの方から涼やかな氷の音が聞こえてカヲルは顔を上げた。
「いーよ、そのまま動かなくて」
 ユカリだった。トレイに二人分のレモンスカッシュを載せている。
「そろそろ休憩かなーっと思って持ってきてみたんだけど」
 くすくす笑いながら静かにトレイを置く。先程までカヲルに寄り掛かったり、ノートに向かったりを繰り返していたレイは、カヲルに寄り掛かったままうたた寝していた。
「何だか可愛いー」
 見た目10歳の少女に面と向かって言われてしまっては…さすがのレイも困っただろうが、幸いというか起きる様子はない。
 トレイを受け取ろうと差し出しかけた手をユカリにゼスチュアで止められて、カヲルは苦笑した。手を伸ばせばどうしたところで肩の位置が変わる。起こしちゃ可哀相だよ、ということらしい。
「ごめんね、昨夜ゆうべはつい話し込んで夜更かしさせちゃったから」
「随分楽しそうだった」
「そーなの。うっかり時間忘れちゃうくらい。私もおんなじくらいの年齢としの子と話すのって久し振りだったし、なんだか盛り上がっちゃって」
 コースターの上にレモンスカッシュを置きながら、レイを起こさぬよう抑えめの声でユカリが言った。
「いい子よね、レイちゃん。カヲル、大切な人…見つかって良かったね。離しちゃ駄目よ?」
 そして、小柄な身体で一杯に伸び上がってカヲルの頭をぽんぽんと撫でる。まるで幼い子にするような仕草だが、彼女の実年齢を思えば怒ることもできない。
 しかし、そんな彼女に言われたからこそ…カヲル自身少し驚くほど素直な答えが口を衝いて出てきた。言ってしまってから、頬の熱さを自覚するほどに。
「うん、僕もそう思ってる。…有難う」
 カヲルの返事にユカリが満足そうな満面の笑みを浮かべて頷く。
「うんうん、良い返事!」
 グラスの中で、氷がからり、と涼やかな音を立てた。

 宵闇の中、黒レザーの上下を纏ったリエは、建物に背を着けるようにして立っていた。普段は流れるままにしている漆黒の髪は結い上げて布に包んでいる。
 森と紛う贅沢な敷地の中に、その四角い建物は建っていた。外壁は白いが、ピロティ構造になっているためリエ達が立っている場所には程良い闇が落ちている。
「一応きちんとしたセキュリティだけど…結構つけいる隙は多いのよね」
「その隙とやらがトラップじゃないという保証は?」
 簡易端末タブレットを操作する指先を止めることなく、リエが即答する。
「無いわ」
 撓めもへったくれもない返答に、やはり建物に背を着けるようにして周囲を伺っていたタカヒロがずるずると座り込む。闇に溶ける黒の上下は同じだが、日に灼けてやや白っぽい金髪はウォッチ・キャップに押し込んでいた。
「ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面…ね。教科書かっ!てくらいモダニズム建築 2 。ってかサヴォア邸の模造建築コピー?」
 リエがある種の感嘆を込めて図面に見入っている脇で、タカヒロがぼやく。
「なーリエ姉、やっぱりこれってミスキャストな気がする。こーいう場合、普通イサナとかだよな?何で俺?向かないよ絶対。多分ヘマするから置いてって。ね?」
 終いにはリエに手を合わせかねない調子になっている。
「イサナは今忙しいの。カツミはデコイ組で動けないし、タケルじゃ侵入する前から相手にバレかねないから不可。…何よ、あんた今回やたら弱気じゃない?」
「だってさぁ…ゼーレの爺さん方が機能停止してから、約1年経ってるわけだろ。…ってゆーことは、下手すると死後1年の爺さんのご遺体と対面しなきゃなんないってことだよな?…やだよ俺」
 心底気持ち悪そうにぶちぶちと零すタカヒロの頭に、リエの容赦無い一撃が落ちた。
「…っ痛てーっ!」
 叫びそうになって、更にリエに締められる。
「甘えたこと言ってんじゃないわよ。そんなもん、昔腐るほど見たでしょうが」
「いやま、レアなやつからウェルダンまで見たっちゃ見たけど…。実際腐ってるのも見たことあるけど…さすがに即身仏ミイラ3 までは」
「ヤなもん思い出させないでよ。大体、死んでるとは限らないでしょ。行くわよ」
「やだー…何の因果で海辺のバカンスから一転ヘルハウス探検?」
 情けなさそうな声を上げつつ、ついていくしかないタカヒロだった。
「やっぱり屋上庭園からっていうのが一番無難ね。タカヒロ、ザイル出して。屋上へ上がるわよ。あ、2階部分の壁面、特に窓硝子には接触しないようにね。警報と連動してるっぽいから」
「…あ、やっぱりそーなるのね」
 ぼやくのにも倦あいだか、もはや口答えせずにタカヒロが右手から黄金色の光条を抽き出す。安定した動きモーションで3階にあたる屋上庭園の手摺に向かってそれを投げると、光条は黄金色の虹が掛かるようにすいと伸びて、手摺を捉えた。
「ちょっと、目立つわよ。光消せないの?」
「注文多いよリエ姉! はい、上がるからねっ!」
 リエがタカヒロに掴まると、光条は縮んで二人の身体を瞬時に屋上へ引き上げる。屋上庭園に降り立つと同時に、光条は雲散霧消した。植え込みの間に一度身体を潜めたが、警報の類が鳴る様子はない。
「とりあえず成功か。よしよし」
 リエがウォッチキャップの頭をぐりぐりと撫でる。
「何それ今更。さっきの滅茶メッチャ失礼な発言については撤回ナシ?」
「だから褒めたげたじゃない。細かいわね。さて、テラスから屋内に入るわよ」
「…はいはい」
 屋上庭園からはスロープで2階部分のテラスに降りられるようになっている。もう一つの螺旋階段は直接屋内へ通じているようだが、ホールへの扉はきちんと施錠されていた。
 テラスに面した部屋は白い扉ひとつを残してほぼ全面がガラスであったが、今はブラインドが下ろされている。内部の灯は落とされているようだ。
「どーすんの、これ」
「入るのよ、勿論」
 白い扉の前で姿勢を低くして、リエが電子ロックの制御盤を操作する。程なく、軽い音がして扉が動いた。
 ブラインドの内部…おそらく位置からして本来はリビングとして使われる部屋なのだろうが、そこは病室と同じような体裁を成していた。
 ただし、ベッドはひとつだけ。感染制御インフェクションコントロールのため2重のテントの中に収められ、モニタや輸液ポンプ、そして幾つもの画面やキーボードに傅かしずかれたベッドの上に、確かに何か・・がいた。
 タカヒロが声を上げかけて飲み込み、慎重に後退あとずさる。
 リエはそのまま進み、テントの外に引きだされたモニターに目を走らせた。
「…やっぱり、生きてる」
 往年の恰幅の良さは影を潜め、幽鬼の如くとは言わないが痩せ衰えているのは否めない。自身で寝返りを打つことも出来ず、機械制御で定期的に除圧されることで褥瘡を防がなければならない状況ではあったが…モニターが拾い出す生命兆候バイタルサインを信じるなら、それは確かに生存していた。…ただし、これでは。
 かつてゼーレという組織のトップに居たその老人は、キール=ローレンツ議長と呼ばれていた。
「どういうことなの…」
 意識があるとは思えない。何らかのコミュニケーションエイドを使用できていた可能性も含めても、「ゼーレ」として機能できる状態ではないのは明らかだった。
 リエは革手袋の上から薄手のプラスチック手袋を嵌め、老人の傍らに傅く器械の数々からコミュニケーションエイドに該当するものを探り出した。指示を求める入力インプットに対して出力アウトプットを返す。外部通信デバイスを備えているから、その場での遣り取りだけでなく、遠隔での指示授受も可能だろう。
 しかし、その出入力履歴を開いたリエは唸ったまま立ち尽くしてしまった。
「どしたの、リエ姉。やっぱり幽霊?」
 タカヒロが遠巻きに、しかもおそるおそる問うた。リエが何かを振り切るように画面を閉め、器械から離れるとプラスチック手袋を始末しながら呟いた。

「なーんか…面倒なことになりそうね」

  1. 悪魔の辞典…アメリカの新聞記者アンブロース・ビアスが新聞のコラムとして連載、ベストセラーとなった本。皮肉とブラックユーモアの大百科。面白いが中高生に読ませるにはちとアクが強すぎ…。
  2. モダニズム建築…1920年代に成立した機能主義、合理主義建築。工業生産による材料(鉄・コンクリート、ガラス)を用いて、それらの材料に特有の構造、表現をもつ。サヴォア邸はその代表例。
  3. 即身仏…僧侶が土中の穴などに入って瞑想状態のまま絶命し、ミイラ化したもの。