Scene 4 Moving My Heart

雨模様

Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「All’s right with the world Ⅱ」


 雨が、降っている。
 連日雲の影さえ稀な晴天が続いていたが、今朝は朝から雨だった。どうやら台風が近づいているらしく、風も強い。子供達は外へ出ることを諦め、リビングで勉強会という次第と相成った。
 夏休みの課題とて、シンジにはアスカが、レイにはカヲルがついているから行き詰まることもなく淡々と片付いていく。だが、そのうちレイが軽く頭を振ると天を仰いだ。
「あー、駄目。目が回るぅ…」
 両手を挙げて降参のポーズをとると、テーブルに突っ伏してしまう。
「カヲルぅ、もう駄目。オーバーヒート気味…」
「どうしたの、レイ…?」
 カヲルが読んでいた本を伏せて、レイの手許を見た。書きかけの解が微妙につぶれた書体になっている。
「別に詰まるようなところでも…」
 言いかけて、レイの少し赤い頬に気づいて手を触れる。異常な熱に気づいて、額に手をあてた。
「レイ、熱があるね…」
 カヲルの言葉に、リビングの一隅…今は夏向きにイグサ素材になっているラグの上でクッションを抱えて寝転がっていたユカリがひょこっと起きた。機敏な動作でキャビネットに走り寄る。
「はい」
 そしてまた小走りでレイとカヲルの傍に来て、差し出したのは体温計。
「あ、ありがとう」
 カヲルが一瞬あっけにとられるほどの気の回りように、シンジが微笑う。
「すごいなぁ、お母さんみたいだ」
 程なく短い電子音がした。体温計は37.8℃を示している。
「目が回るの?あたま痛い?吐き気とか、おなか痛かったりしない?」
 矢継ぎ早なユカリの質問に、レイはゆるゆると答えた。
「目が回るのは数式の所為…頭は…痛いって程じゃないけど重い…吐き気はしないし、おなかも痛くない…」
「おくち開けて。えっと、明るい方へ向けてくれる?…ふーん」
 レイの喉を見て、少し首を傾げる。だが、いくらも間を置かずにカヲルに向いて言った。
「勉強会は一時中止ね。レイちゃんをお部屋へ連れてったげてくれる? わたし、氷枕もってくから」
「あ、ああ。…レイ、立てる?」
「ん、だいじょぶ…」
 ふらふらと立ち上がり、カヲルに支えられて2階へ上がっていくレイを見送るシンジの脇を、ユカリが風のように通り抜けてキッチンへ向かう。体温計は既に片付けられていた。
「…しっかりした子ねえ」
 ユカリの実年齢を知らないアスカが、至極常識的な感想を洩らした。一方、正確なところは知らなくても自分達よりも遙かに歳上であることは知っているシンジとしては、苦笑いするしかない。

「ね、いままでにこんなことあった?」
 部屋で休ませると、それほど時間の経過を待たずにレイは寝入ってしまった。やはり顔は少し赤いが、呼吸は平常通りだ。
 氷枕だけでなく腋下用の冷却剤をハンドタオルに巻いて持ってきたユカリは、それらをてきぱきとレイにあててしまうと階下へ降り、自家製経口補水液のボトルを小さなクーラーバックに入れてもう一度上がってきた。そしてカヲルに向けたのが、先の問いである。
「…研究所にいる間は時々あったようだけど…あそこを出てからはあまり憶えがないな。そういえば」
「うーん…やっぱりそんなもんか」
 ユカリがそう呟いて考え込む。そして徐に顔を上げて言った。
「ごめんねー。解熱剤のストックが無いわけじゃないんだけど…今は多分、ヘンに薬飲まない方が良いと思うの。イサナに言って医者サキに連絡とってもらってる。少し様子を見させて?」
 何やら口惜しいが、この場合他に取り得る手段はないだろう。ユカリの意見の正しさを認めて、カヲルは頷いた。
「ありがとう。…それにしても手際がいいね」
「ふふー。私はユキノ姉たちみたいにちゃんと免許取ってるわけじゃないけど、門前の小僧ってヤツかな?」
 カヲルの讃辞に、ユカリが素直に笑う。
「とりあえず眠れるみたいだし、寝かしといてあげたら良いと思うんだけど…心配だったらこのままついてあげてて。あ、でもカヲルが籠もりっきりになっちゃうとお客さんが心配するかな?適当なとこで顔を見せてあげてね」
「そうだね、もう少しここに居るけど…後で降りるよ。シンジ君たちはまだ勉強会の真っ最中だし、少しぐらいは構わないだろう」
「うん、そうしてくれる? じゃ、私は昼食ランチの支度するから、あとよろしく」
 そう言って、ユカリは静かに出て行った。いつもはくるくると動き回っている印象があるが、その心遣いにカヲルとしては正直頭が下がる思いであった。
「…どうしたのかな、レイ…」
 自分カヲルもそうだが、レイは普段からやや体温が低く、35.5℃前後であった。37℃台後半となると結構辛い筈である。自分の冷たい掌をレイの額に載せて呟く。
 胸の裡の得体の知れないざわめきが、振り払えない。

 本分にいそしむ学生たちに十時のおやつを供し、昼食の算段を整えてしまうと、ユカリは所在なげにラグの上でころころと寝転がっていた。それでも先程の様子よりはやや物思わしげに見えるのは、レイのことを気に掛けている所為か。
 加持を相手にローテーブルでカードに興じていたミサトが、その様子を見て声をかけた。
「ユカリちゃん、だっけ?なんなら私が勉強みてあげよっか。宿題とか…」
 言いかけて、やや困惑気味なユカリの顔に、ミサトは自分が間抜けな申し出をしたことに気づく。…姿ナリは小学生でも、ネフィリムたる彼女はミサトよりはるかに歳上である筈なのだ。
「…ごめん、つい習性で。余計なコトだったわね。聞き流して頂戴」
 手をぱたぱたと振りながら謝るミサトに、ユカリはひょこっと起き上がって嫌味のない笑みで答えた。
「ううん。ありがと。私が暇そうにしてたからでしょ。一応高校課程までは終わってるんだけど、私の場合あんまり興味持てることがみつからなくって…おウチで料理したり、掃除したりしてるのが性にあってるみたい。お家がキレイなのって、気持ちいいでしょ?」
「…そっ…そーよねっ…」
 最大の苦手分野を、見た目十歳の少女にひどく楽しげに語られてしまい、ミサトがたじろぐ。そういえば昨夜の豪壮なディナーは彼女ユカリの差配だったと聞いた。
「ここはひとつ、ご指南頂いたらどうだい、葛城」
 ミサトの狼狽が面白かったのか、加持が半畳入れる。痛いところを突かれただけに、物も言わずにカードのケースを加持に向かって投げつけるミサト。乾いた音がして、見事に加持の眉間にヒットする。プラスチックケースの、しかも角だから眉間に入れば結構な衝撃だ。
 加持が仰け反り、持っていたカードが宙を舞う。
 宙に舞ったカードが一枚残らず、それとケースが器用に受け止められる。イサナだった。
 受け止めたカードを一瞥して、眉間を撫でている加持の前に差し出す。
「…この手札で勝負コールとは、見かけより勇者だな。それはそうと、タカミを見なかったか?」
「え?いないの?」
 ミサトが声を跳ね上げる。
「あ、榊さんなら、先刻さっき外の様子を見てくるって」
 シンジがシャーペンを措き、律儀に挙手して言った。
「外に…?」
「まだ30分も経ってないけどね。2階の窓から見えたよ。…僕が見てくる」
 そう言ったのは、カヲルだった。丁度、階段を半分ほど降りてきたところだ。
「待て、お前は出るな」
 即答だった。
「イサナこそ…ここにいてくれないと、諸々困るよね?」
 責任者は動くべきでない、という抗いようもない正論を、カヲルが言葉にせず突きつける。
「だが…」
 なおも渋るイサナに、カヲルがかすかに眉を顰めた。
「タカミの様子がおかしいのが何かに引っ張られてる所為だとして、僕じゃ木乃伊取りが木乃伊になるって?」
「…そこまで言わん」
 イサナが憮然とする。
「感応系でないタケルを捜しに出しても良いことにはならんだろうが、かといって目下で一番標的になりそうな者が、こんな日に一人で出歩くのは…無用なリスクを発生させるとは思わんか?」
「否定はしないけど…」
「じゃあ、俺が随行ついていく。それで問題解決だ」
 そう言って立ち上がったのは、加持だった。カヲルも少し驚いたようではあったが、イサナに向き直って言った。
「…いいよね?」
「まあいい、怪我するなよ」

 雨は止んでいた。しかし、相変わらず風は強く、時々呼吸さえ停めるほどの風圧を感じる。
「…静かでしたよね」
 カヲルの言葉に、加持は思わず風によらず呼吸を停めた。なかば面白がるように見上げる紅と目があってしまい、思わず目を伏せる。
 此処に到着した日のことを言われているのは明らかだった。
「話してくれるのは葛城先生だけで、あなたは何一つ話してくれなかった」
「…俺から話せるようなことは、何も無かったからな」
 加持がようやくそれだけ言うと、カヲルはすいと先に出て歩き始めてしまう。
「お、おい…」
 時折立ち止まり、何かを聴き取ろうとするように空におもてを向け、また歩き出す。彼等特有の感覚でその所在を探っているのだとは理解はしても、疎外感は拭えない。
「…また、遠くまで…」
 小さな呟きで、カヲルが確かに対象を捕捉しているのは判る。だから、加持に出来るのは周囲を警戒しながらそれに随行ついていくことだけだった。
 ある程度ペースを掴んでしまうと、随行ついていくのはそれほど難しいことではない。
「…余計なコトだったかな」
「何です?」
「俺が、こうしてついてきたことさ」
「どうして?」
「どうやら俺は、彼にあまりいい感情を持たれていなかったみたいだからな」
「タカミが?あなたに?」
 足を止め、意外なことを聞いた、というふうなカヲルの口調に、加持は却って軽い驚きを禁じ得なかった。
「イサナは僕一人じゃ出してくれなかったでしょうからね。…加持さんの機転に感謝はしていますよ、僕としては、一応」
 そしてまた、歩き出す。
「タカミは畢竟、底なしのお人好しですよ。…あれに何をしたんです、一体」
「…こっちが訊きたい」
 思わぬ風向きに、思わず天を仰いでしまう。
「最初から…彼は、俺が君に関わること自体にえらく難色を示していたように見えたんだが」
 高階マサキは日本を離れる前に、カヲルとレイの後見にミサトと加持を指定した。その時の加持に対する榊タカミの態度はよく言って鄭重な無視、悪く見れば…他でもない高階の指示でなければ、顔も見たくないというレベルに思えた。
『…まあ、そうじゃなければ僕は絶対に反対したけどね』
 彼は柔らかい物言いで覆い隠そうとしたようだが、棘は確実に存在した。少なくとも碇ゲンドウと同じ意味で嫌ってはいないと明言しながら、加持がカヲル達と接触を持つことに、少なからず抵抗感があったことは間違いない。
「…あぁ、そのことですか」
 桟橋とその周囲、少なくとも水際にその姿が無いことを確信してか、カヲルはコテージ裏手の斜面に視線を投げていた。
 舗装こそされていないが、遊歩道程度の幅をもった道がついている。
「そのことって…」
 事も無げに…言ってみれば何を今更、という反応リアクションである。
「加持さん…気づいてます? 葛城先生がさっぱりしすぎだっていう話もあるかも知れませんが…ものすごく遠巻きですよね、僕に対して。レイには…そこまでないみたいですけど」
「…っ…!」
 言葉に詰まる。判っていたこととはいえ、見透かされるとこたえる。
 急峻な斜面につけられた細い道を先に立って上のぼっていたが、カヲルはふと足を止めて加持を振り返った。強い風に銀色の髪が踊る。紅瞳に射抜かれて、加持の足が止まった。
「…僕が、恐ろしいですか? まだ…」
 一時よりは穏やかになった、というミサトの評を、加持はまだ首肯出来ない。それは紛れもなく、自分はまだ赦されていないという後ろめたさなのだろう。
渚カヲルは…アダムと呼ばれた始祖生命体が、この惑星に順応するために自ら組み上げた遺伝子を元に生成され…さらにその魂を定着させることで生まれた。…その事実に、何も変わりはありません」
 冷然と告げられ、加持が思わず目を伏せる。
「…でもね、僕自身はこの世界に生まれてたかだか十五年やそこらの…世間的に見たらまあ、まだ子供と判断される存在に過ぎないんですよ?」
 カヲルの声には、少なからず苦笑に近いものが含まれていた。
「理解ってます。僕だって悪いんですよ。たかだか十四、五歳の子供ガキが、いっぺん人生渡ってきたようなフリをしていたんですから。
 …そう、掛け値なしに子供だったんですよ、僕は」
 喉奥から、抑えながらも抑えきれずに漏れる笑声。
「確かに僕には膨大な記憶がある。でも、それは経験ではない。知っているとわかっているのは別物なんです。どれだけ膨大な記憶があろうと、それが経験と結びつかなければ巨大な外部記憶に過ぎない。
 タカミにはそれが理解ってたから、僕の態度を真面目に叱ったし…その態度から受けた印象のままにしか接しないあなたに本気で苛立ってたんですよ。
 無理して大人ぶってるってことに関しては、決して他人のことは言えないのにね」
 要は、カヲルに対して年齢相応な対応をしていない、と見られていたわけである。…正直、二の句が継げなかった。胸奥を氷塊が滑り落ちるような感覚に襲われる。
 榊タカミとはそれほど多くの言葉を交わしたわけではない。僅かな間にそれだけ見通されていたとすれば、自分の態度は余程酷かったということなのか。
「…あぁ、すみません。タカミは僕の記憶の中の加持さんを識っているんです。ジオフロントから戻って、覚醒と昏睡を繰り返してた時にね、僕を安定させるために手を尽くしてくれたらしいから。
 『子供として扱うな』…僕がそう望んで、あなたはそれに応えた。それだけのことです。
 それにね、タカミはあなたのことを、『葛城さんと同じくらい僕たちのことを気に掛けていた』『ただ、手段を探しあぐねてたってだけ』『償う機会を欲してる』って。…そこは、間違ってないでしょう?
 ただ僕が、素直にタカミの言うことをいてないだけ…」
 ようやく、加持は顔を上げることができた。そこにあるのは、翳りを残しながらもやや悪戯っぽい微笑。
「認めますよ。僕はまだ子供だ。僕一人でレイを護っていける訳じゃない。それどころか、まだ誰かに支えて貰ってようやく歩いてるだけの弱い存在だ。そこを認めることから始めようって…そんなことが、ようやくわかってきたところなんです。
 そういうわけで加持さん、今更ですけど…もう暫く、力を貸して貰っていいですか?」
 物柔らかに問われ、瞬間、返答に詰まる。
 正直なところ、カヲルの述懐のすべてが納得できたとは言い難い。既にして…自分の能力の程を知り、目的のために他者の助力が不可欠であるなどと…普通なら生意気盛りの少年に到達出来る境地ではないからだ。
 それでも、加持は言った。
「…俺で、できることなら」
 カヲルは完爾として、歩を進めた。
「じゃあ早速、ちょっと助けて下さいね」
 一陣の風。何かを感じたのか、秀麗な目許が卒然と険しくなった。そして、決して足下が良いとは言えない急斜面の細い道を、カヲルはかなりのスピードで駆け上がっていく。

「さっきの話…榊君、どうかしたの?」
 ミサトが流石にカードを片付け、高窓から見える曇天を睨むように見上げていたイサナに訊いた。
「あれの傷を見ただろう。…此処に来てからこっち、多少様子がおかしいのは確かだ。傷を負った猫にさえ引っ張られる・・・・・・奴だから、何を拾ったのか今の時点で見当もつかんが…」
「えーと…それって、榊君が周囲の思念を拾っちゃぁ同調シンクロしちゃうってこと?
 …そりゃ大変ね」
「能力の所為か体質の所為か、あるいは単に性格なのかは知らんが。本人も一応それについてはわかってはいるし、ある程度はコントロールも出来ている。
 ただ、不意討ちにはあまり耐性がないな。だから性格お人好しの所為かというんだが」
「うーん、確かにタカミが本気で構えてたら、私でも読めないもんね」
 あいかわらずクッションを抱えてごろごろしつつ、ユカリが言った。
「カヲルも同じようなことができるようだから、俺としてはヴィレの跳ねっ返りどもの件を除いても、単独行動をさせるのは多少不安ではある。カヲルの言い方じゃないが、木乃伊取りが木乃伊というのもあながち無い話ではないからな。そこらあたりはカヲルも自覚してる。
…まあ、あれカヲルは基本が強情っぱりだし、一人でなければ取りあえず大丈夫だろう」
 遠慮会釈ない言いようにミサトが苦笑いする。だが、その笑みを消して問うた。
「ひょっとして、ゼーレの幽霊の件…関係してると思ってる?」
「…現時点では、他にあり得んとは思ってるな、俺は」
 イサナが認めた。
「あいつはこの十数年というもの、MAGIのインターフェイスAIとして作られた『タカミ』とほぼ完全に同調シンクロしていた。あいつがAIの成長に一役買ってしまったのは確かだろう。意図してのことかどうかは多分本人にも判ってないが、身体ハードウェアを消し去ることで同調シンクロが解け、あいつはその十数年分の知識と経験を持ったまま帰ってきた。…だが、件のAIは何処へ行ったというんだ?」
「ちょっと待って…じゃ、ゼーレの幽霊ってのは…」
「AIとはプログラムだ。ネットワークの海で影無く姿無く…しかし今も確かに存在するはずだ。MAGIの桎梏を振り切り、生存を目的として身体ハードウェアを消し去った以上、消滅する謂れはない。…夏の事件から一年。冬の一件からしても半年。
 本来のAI『タカミ』は何処で何をしている?」

 1年前の悪夢が、そこに顕現していた。
 コテージの背面から登る道をどのくらい走っただろう。ひらけてはいるが、さほどの広さはない。背後は急斜面…というよりもはや崖だ。その向こうには、いまだ雷雲が駆け巡る空と、やや昏い色彩の海が見えている。
 自分渚カヲルと同じ顔。それが、目前で海を背に佇立して透明な微笑を浮かべている。
 襟元に赤い二等辺三角形をあしらったスタンドカラーのジャケット。既視感があるのは、それがネルフの制服に酷似していたからだろう。
 それほど、現在のカヲルと背丈が違うようにも見えない。だが、濃紺色のジャケットと同色のスラックスの所為か、カヲルよりも年齢を重ねているようにも見えた。…それが更に不快だった。
 ほとんど反射的に、カヲルは右手に橙赤色の雷火を発生させていた。だが、それ・・に斬りかかろうとした瞬間でその足下に倒れているタカミに気づき、雷火を打ち消す。傷を負っている様子はないが、ぴくりとも動かない。
 カヲルが飛び出したため、援護のために加持が咄嗟に拳銃H&K USPを抜いた。だが狙点を定めようとして、銃口の向こうの顔に思わず上へ逸らしてしまう。その間に、対象はすいと木立の間に姿を消してしまった。
 追うべきなのか、と加持が眼で問うたが、カヲルは首を横に振った。
 強風に乗って再び雷雲が押し寄せ、大粒の雨が落ち始める。
 カヲルが倒れているタカミに触れる。脈も呼吸もある。だが、全く反応がなかった。