Rudys-雷獣-

 俺は、ブレス=ダナーン。一応剣士なんだが、宮仕えと規律正しい団体行動ってやつが苦手なもんで、護衛・ひと探し・使いっ走りその他諸々厄介事全般をフリーに請け負っている。
 …ま、つまるところ何でも屋だな。
 今回もちょいとした頼まれごとで、この荒涼とした岩山まで来たのはよかった。うん、そこまではよかったんだ。決して簡単な仕事じゃなかったが、俺はちゃんとやってのけた。依頼人の望みのモノを手に入れ、ちゃぁんと届けたんだ!
 …ところがそのあとで問題が起きて、俺はただ働きをさせられたうえに後始末までしなけりゃならなくなった。ついてない。はっきりいって、今回はツイてない!!
「なー、ええかげんに考えなおしぃや、旦那」
「う・る・さ・い!」
 正直言って、俺は頭に来てる。こんな厄介なシロモノとは思ってもみなかったのだ。
「んなつれないこと言いなさんなて。旦那とわしの仲やないけ」
「どんな仲だよ! 大体お前の所為だよ。全部お前が悪いんだよ。叩っ壊されたくなかったら、ちったぁ黙ってろ!」
 俺は背に括った剣を下ろした。そして反発する磁石のように抜けかけている剣を無理矢理鞘に突っ込み、革紐で厳重に封をする。
 …ったく、契約の剣のなかには憑いてる精霊の個性がはっきりしていて、所有者へ語りかけることがあるというのは確かに聞いたことがあるが、これだけ無節操にべらべら喋りまくる契約の剣なんて聞いたこともない。威厳も何もゴナゴナだ。
 …しかもこれが、伝説の豪剣・雷霆剣ルドラだってんだから、世の伝承ってやつはほとほとアテにならない。
 以後、<伝説のなんたら>には絶対手を出すまいと心に誓ったところで、とりあえずこの難物をなんとかしないことには…。

 ──────とにかく、うるさい。

 コトの始めは、「伝説の豪剣・雷霆剣ルドラをコレクションに加えたい」という真面目な剣士が聞いたら頭から湯気噴いて怒りそうな依頼だった。
 俺だって胸中呆れてたが、仕事は仕事だ。それに俺自身、雷霆剣の名は聞いたことがるから、ちょっと興味がわいたのだ。
 在処が分かってるんだから簡単だ…というのは早計である。契約の剣は精霊・妖精との契約により存在するからこの名があるが、その性質は様々である。悪いモノになると魔術者により封印が施されている場合があるのだ。…そうなると、魔法の心得のない俺にはちょっと不向きな仕事になってしまうのだが…。
 ルドラは帝都の西にある山地、その中でも有数の標高を誇る高山の頂きにあった。嵐と雷の神ルドルスを祀る小さな神殿の中に安置されているのだという。
 この時点で、気づくべきだった。何でこんな物騒な剣が、封印も施されずにただ《安置》されていたのか。
 ─────それは、神殿というより祠だった。守り人の一人もいる訳じゃない、本当に、剣の安置だけが目的のような小さな祠。
「結構な値打ちモンだってのに…不用心だよな」
 俺は錆びて脆くなった錠前をナイフで砕き、祠の扉を開いた。
「…ぐえ…すげぇ土埃…」
 だがその中に安置されたものを包んでいるのは、古び、朽ちかけてはいるが法衣にも使われる聖織布だ。だが、確かに護符・封印符の類いは張られていない。
 俺は手を伸ばし、包みを取った。
 注意深く、包みをほどく。何が仕掛けられてたって不思議じゃない。でもこのスリルがあるから、この仕事はやめられない。
 姿を現した剣は、雷霆剣の名に相応しく雷獣の姿を浮き彫りにした鞘と鍔を纏っていた。決して装飾過剰と言う訳でなく、豪剣の名に恥じない威厳を醸すいいつくり・・・だ。だれの作か知らないが、この細工だけでも一財産作れるだろう。
「…ま、刀身ぐらい拝ませてもらったって、バチはあたんないよな」
 俺は柄に手をかけた。まさか錆び付いちゃいまいが、妙に重い。
 力任せに引き抜いた。とたんに、閃光。しまったと思ったときにはもう遅かった。この晴天に、突如として落雷したのだ。
 …当たり前と言えば当たり前。《雷霆剣》が何百年ぶりかに天の下に姿を現したのだ。自身の眷属である雷電を呼んでなんの不思議があるものか。
 直撃だ。だが、俺は意地にかけても握った柄を離さなかった。しかし…これで死んじまったら俺ってひょっとして莫迦…。
「…?」
 俺は恐るおそる目を開けた。雷の直撃をくらって気も失わないだなんて…俺ってそんなに丈夫だっけか?
「旦那、ええ度胸しとるやんけ」
「だ、誰だよ?」
「わしや、わし。ここや」
 俺はぎょっとして刀身を見た。刀身にも見事な雷獣紋が施されているが、その雷獣の両眼が鋭利な光を放っている。
「…雷霆剣…」
「あほ、剣が喋ってたまるかい。わしぁ雷獣ルディス。雷霆剣に雷霆剣としての力を与える者よ。あんた本当にええ度胸してるで。大体の奴はあれで驚いて手放すんやけどな。ん、気に入った。好きにつこォてええで。天下取りでも何でも、とことん手伝うてやるわ」
「…勝手なこと言ってんじゃねぇよ」
 俺はさっさと剣を鞘にしまった。
「むぐ…! 突然何しやがる」
「俺の仕事はな、雷霆剣を依頼人の所へ届けることなんだよ。天下取りなんて肩の凝るマネ、誰がするかい」
「何っ!あんたわしをどこへ持ってくつもりや!? 言っとくがわしはいややで。わしはあんたと契約したんや。どこの馬の骨とでもない。あんたとや!!」
「いつ契約なんかしたよ!?」
「今。ついさっき」
「してねェよ!!」
「うんにゃ、した。言うたやないか、《気に入った。好きにつこてええで》っちゅーて」
「俺は返事なんかしてない!!」
「そんなん関係ないわい」
「無茶苦茶言うなーーー!!」
 俺は剣を元通り聖織布に包み、革紐で厳重に縛り上げた。とりあえず声が止まる。俺はほっと胸をなでおろした。
 冗談じゃない。あんな厄介なものが憑いてる剣とは思わなかった。こうなったらさっさと依頼人にこいつを押し付けて、トンズラするしかない。

 しかし、コトはそう簡単にいかない。
 俺は剣を渡し、報酬をもらったらすぐにおさらばするつもりだったのだが、依頼人が得々として俺の前で剣を抜きやがったのだ!
 …どうやらあいつ、誰か違う人間が抜くごとに試しているらしい。天井も屋根も突き破る雷光に、依頼人はすっかり度肝を抜かれてしまった。あまつさえ、依頼人が剣を取り落としたのを見て、言葉の限りを尽くして嘲弄したのだ。
 お陰で契約のことがバレて、俺は報酬をフイにしてしまった。おまけにこの厄介なシロモノの後始末まで押し付けられたのだ。俺の所為じゃねーっつってるのに!!
 …と、怒鳴ってみたところで始まらない。とりあえず妥当な所で、元の祠にほうり込んでおこうとこの岩山まで戻ってきたのだ。
「わしはいややで。なんでいまさらあんな埃くさい祠にもどらなあかんねん。ええやないか、つこてくれ。損はさせんでぇ」
「もう十分損してるんだよ、この莫迦野郎! 大体な、抜く度に人を試そうってその根性が許せん。てめぇなんぞ岩山の祠が似合いだよ。雷霆剣だかなんだか知らないが、人様に迷惑かけるなってんだ」
「そないなこと言うたかて、目が覚めてしもたもんはしゃぁないわ。ゆうとくけどな、あの祠にほうり込んだかて無駄やで。べつにあそこ自体にもう封印の力はあらへん。わしはわしの意志で眠っとったんや」
「だったらもう五、六百年ばかり寝てろよ」
「それがいややてゆーてるやろが!」
「あーうるさい。じたばたすんな、もうそこだよ」
 そう言って頂上を振り仰いだとき、俺は思わず声を失った。
 祠の前に、少女がいたのだ。
 淡い緑の長衣に身を包んだ、十代後半と見える少女。俺の声に気づいたか、こっちを向いた。
 ───────土埃しかない岩山に、可憐な美少女。うーむ、ミスマッチかと思いきや、結構絵になる。
 白い額には、髪と同じ金のティアラが苛烈な陽をはねていた。猫を思わせる碧眼は、ともすれば可愛らしさに騙されそうになるが、完璧なまでに隙がない。よく見ると、少女の回りを淡い光幕が覆っていた。魔術者だ。
「あなたがルドラを起こしてしまったの?」
「…そうだが、返しにきたよ。もともと俺が必要な訳じゃない」
「そう…素直に眠ってくれればいいけれど」
 不吉なことを言う。俺は構わず、祠を開けて剣をおさめた。扉を閉め、下の町で買ってきた新しい錠を下ろす。
「さぁって…これで終わりだ。それよりお嬢さん、こんなとこで何してんの。女の子が一人で山登りでもないでしょ」
「…ルドラが急に騒ぎ出したみたいだから、何が起こったのかと思って来てみたの」
「じゃ、お嬢さん、あんたずっと前からこの剣のこと知ってたのか?」
「知ってたわ。ずっと前からね。…だから、一度目を覚ましたルドラが何事もなかったようにあっさりと眠りにつくとは思えないのよ」
「不吉なこと言わないでくれるかな。俺、あれのせいで今回えらい目にあったんだから。もうたくさんだよ。ほら、おとなしくしてるじゃないか。大丈夫だよ。さ、下りよう」
 そう言って祠に背を向けたとき、光が裂けた。
「でぇっ!?」
「…やっぱり」
 少女は、泰然として祠に向き直る。二撃目の雷光で、祠が吹っ飛んだ。
「あ、危ねェ!!」
 俺はあわててその少女の前へ出た。俺は石っころなんかへとも思わないが、この少女はそうもいくまい。…と思ったのだが、前に出た俺にも破片は一つも飛んで来なかった。
「何だ?」  
 俺は、先刻少女を覆っていた光幕が俺よりさらに前にあるのに気づいた。…カッコよくねぇの。
「あなた、名前なんていうの?」
 俺は一瞬、ひどく間抜けな顔をしていたに違いない。ようやく何を問われたかに気づいて、言った。
「俺はブレス=ダナーン、これでも剣士だ」
「では、サー・ブレス=ダナーン、あなたルドラに認められたんでしょ。なぜルドラを使わないの?」
「俺は士官してねぇし爵位もないから称号サーつきで呼ばれる謂れはねぇよ。それから、俺はあんな物騒なモノ使わなくたって、これから十分強くなるからいいんだ」
「…いい答えね。それじゃその心意気で、ちょっとルドラ抜いて来てくれる?」
「はぁ?」
「もう一度、ルドラを…雷獣ルディスを眠らせるの。悪い子じゃないんだけど、目が覚めてる間はとにかくケンカしたがるから、魔法で寝付かせるのよ」
「できるのか、そんなこと!」
「できるわよ。相応の力をもつ剣を使えばね」
「剣って…」
「細かいことうだうだ聞いてる場合じゃないでしょ。ここに疾風剣シェリダンがあるから、これを使って術をかけるって言ってるのよ!」
「疾風剣だってぇ!?」
 これ以上聞くと逆に張り倒されそうなので、俺はすべての疑問をタナあげにして砕け散った祠へ向かって突進した。台座だけになった祠から、ぼろぼろになった聖織布の下から雷霆剣を取り出す。
「どうすりゃいいんだ!?」
「抜いて、空へかざして!」
「おう!」
 俺は抜いた。雷獣紋の眼が赤い光を放つ。
 少女が佩剣を抜き放った。呼吸を止めかねない疾風が吹きつけてくる。風系の契約の剣としては最高級と言われる、疾風剣シェリダン。間違いない。
 刀身をルドラのそれに接触させると、ますます風と雷が荒れ狂った。
「いと崇き風精シェリルと、魔法司レクサール=セレンの名において命ず…雷神の仔、雷獣ルディス、いまひとたび・・癒しの眠りに戻れ!!」
 赤い光が衰える。すかさず少女が叫んだ。
「納剣して!」
 そうして二本の剣が鞘に納められたとき、嘘のように嵐が止んだ。
 思わず俺はその場に座り込んでしまった。…が、少女が膝を折ってその場に頽れたのに慌て、弾かれたように立ち上がった。
「大丈夫よ」
 少女は納剣したシェリダンに縋るようにして、辛うじて倒れずにいた。
「あんまり大丈夫そうにもないけどな?」
 俺は、笑って手を差し出した。少女は屈託なくその手をとってくれた。
「ありがとう。助かったわ」
「何の、礼を言うのはこっちのほうさ。お陰でもうあのうるさいのに付きまとわれずに済む。それにしても凄いな。お嬢さん、あんた魔術者かい?」
「そういえば、名前を聞いておいて私は名乗ってなかったわね。私はレティシア=シエナ。フリーデン薬草園を預かる中位魔術師ジェレーター・メイガスよ」
「…じゃ、あんたが薬草園の魔…」
 俺は慌てて口を噤む。本人の前で言うことじゃない。だが、少女は怒らなかった。
「いいわよ、そうなんだもの。ところで、仕事しない?」
「はぁ?」
「仕事しないかって言ったの。うちの護衛剣士。どう?」
「あんたんとこで、護衛剣士が要るのかよ…」
「要るわよ。私だって、薬草園だけ守ってればいいわけじゃないわ。今回みたいに寝た子を起こすようなマネする人がいたりとか、これでも結構忙しいんだから」
「耳が痛いなぁ…」
 吹き飛んだ祠を見遣る。依頼されてとのこととは言え、結局は俺がやったことだ。
「それにね、この魔法だとルドラを眠らせておくにはシェリダンが必要なの。私には前の魔法ほど強力なのはかけられないんだから。
 つまり、もし私がまたシェリダンを使わなきゃならない事態になったら、あなたにルドラのお守りをしてもらわないと、とっても困る訳。おわかり? ルドラの契約者にして剣士・ブレス=ダナーン」
 責めるような調子は微塵もない。声も、顔も、穏やかそのもの。…むしろおもしろがっているようにすら、とれる。
「わかった…」
 俺の負けだ。まあいいか。薬草園の用心棒なら、今度のような間違いをしでかすこともないだろう。
 少女が微笑う。そのまま笑ってれば、お姫様って言っても十分通るのになぁ…。

 かくて、俺は薬草園の護衛剣士として雇われることになった。
 でもヒマなんだよね…。うちの管理人、えらく強いから…。


由緒正しい剣と魔法の世界を書こうと思った①

2019.8.14

 Lux Aetrnaというゲームプロジェクトに参画した柳が担当したのは、シナリオおよび諸設定でした。…まあ、実直にそれ以外に能のない身ですので。
 メインストーリーを書いた後、ゲーム世界を固める(…というか広げる?)ために書いたのが、この小説群です。

 「Rudys-雷獣-」はその最初に書いたモノで、実は当時一人称モノというだけで結構実験的だったのです。語調もかなり砕いて、とっつきやすさをかなり意識した記憶があります。…なんてな配慮をしたのはこれ一本きりで、以降はどんどんいつもの柳のトーン…ガッチガチの文章で理屈こねまくる硬い話へ傾いていくのでした。

 飲んだくれの昼行灯、しかし実は無茶苦茶強い剣士サマ…というブレス・ダナーンのイメージを固めるために書いたといっても過言ではないかと。謎の美少女(笑)レティシアちゃんは、INNOCENT SOULシリーズにあるとおりエテルナの子供たちのひとりです。彼女についてあまり書き込んでしまうと後刻首を絞めそうだったので彼女についてはさらっと流しました。