第拾弐話 すべて世は事もなし


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「All’s right with the world」

 始業式だ、入学式だと例年なら新しいエネルギーに満ちた季節も、今年は例の地震の影響で新入生もやや少なめであった。
 クラス編成も変わる。転校していく生徒が多いので、今年から各学年1クラスずつ減ると聞いた。
 ―――――それでも、碇シンジは忙しかった。
 アスカに引っ張り込まれて生徒会を手伝い始めたのはいいが、そのアスカに鄭重に扱き使われて連日目が回るようであった。
 特にこの時期、執行部は新入生オリエンテーションに駆り出される。過熱する部活勧誘合戦の調停もしなければならない。生徒総会に向けた準備も始まっている。
 勿論、調停などという仕事はアスカに回るのだが、その他諸々事務仕事は自動的にシンジの割り当てである。あまりの忙しさに、時々自分が3年生になったことも時々忘れてしまう。教室を間違えることもしばしばだった。
「いやふつう、こういう作業って事務屋さんがパソコンでささっとやっちゃうもんだと思ってた…」
 そんな放課後。新入生の名簿作成作業も一段落、新学期になった今もぽつぽつと出される転出の通知に沿って、シンジは在校生の名簿を修正していた。隣の机でアスカが生徒集会の原稿案と格闘している。
「結構減るよね、クラスの人数。そりゃ、教室が広く使えていいのかも知れないけど、そのうちまたクラス減らさなきゃならなくなるのかな」
「さぁね。アタシたちが心配することじゃないでしょ」
「それはそうなんだけど…」
 ぶつくさ言いながら書類を捌いていたシンジの手がふと、止まる。
 シンジの作業がぱったり止まってしまったのに気づいたアスカが顔を上げると、シンジが書類を掴んだまま硬直していた。
「何目ぇ開けたまま寝てんのよ、莫迦シンジ」
 その声にとりあえず呆然からは解放されたらしい。だが、卒然と立ち上がって駆けだした。
「…何?」
 アスカはシンジが取り落とした書類を拾い上げた。
「あら、珍しく転出じゃなくて転入…はぁ!?」

***

 まさか、まさか。
 シンジは階段を転がるような勢いで駆け下り、その教室へ走った。
 半開きだった教室の扉に危うくぶつかりそうになって急停止。走った勢いのままに扉を引き開けると、存外大きな音がしたものだから教室の中にいた皆がふと話をやめてシンジを振り返った。
「あ、えっと…ご、ごめん」
 一身に視線を浴びることになれていないシンジは、思わず謝ってしまう。だが、一番大きな人集ひとだかりの中心に居た人物に、思わず声を上擦らせた。
「カヲル、君…!」
 その人物は、穏やかに微笑って言った。
「やあ、シンジ君」
 それは、ひどく自然で…つい先刻別れた友人が、また戻ってきたような何気なさで。
「お、今頃来よったでこいつ」
「なんだ、やっぱり気にしてたんだ」
 人集りの中にはトウジとケンスケもいた。
「トウジ、ケンスケ…何で…」
「『何で』じゃないだろシンジ。転出者ばっかりで転入のない昨今、珍しくも3年に転入生が2人も入ったって話をしてたじゃないか。えらく女子が騒いでるし、ひょっとするとひょっとするぞってことで、放課後覗いてみようって言ったのに、お前ってば終礼終わったら一目散に生徒会室行っちまうから」
 ケンスケが呆れたように言った。
「え…そんな話、出たっけ…」
 溜まった仕事で頭がいっぱいになって、そういえばそんな話もあったような気がするが、右から左へ流していた。
「カヲルくん…本当に…?」
 夏服しか見た憶えがないから、詰め襟の学生服がひどく新鮮に見えた。
「うん。正真正銘、僕だよ。…本当に、同じ学年になっちゃったね」
 カヲルがこともなげに笑う。
「何や、休学した後も入院やら自宅療養やらで、結局もう一回3年生やて」
 トウジが笑いながら説明した。いくら出席が少ないと言っても、義務教育期間で、しかも公立の中学校で留年というのは結構珍しい話の筈だが、誰もそのことには突っ込まないらしい。
「よろしく、シンジ君。生徒会の執行部にいるんだって?凄いね」
「そんな…アスカに引っ張られただけさ。それより、あの…」
 訊きたいことが、言いたいことが、たくさんあった。
「君の仕事が終わるまで待ってるよ。よかったら、一緒に帰らないかい?」
 頸椎を傷めそうな勢いで、シンジは首を縦に振った。

***

「あら、本当だわ。帰ってきたのね」
 帰る予定にしていた時刻、生徒会室までシンジを迎えに来たカヲルを睥睨し、腕組み仁王立ちのアスカに、カヲルはすこし苦い微笑で応えた。
「お久しぶり、惣流さん。元気そうで何より」
「アンタにはとっくりと説教してやらないと気が済まないんだけど」
 喉元を掴み上げかねない勢いで詰め寄るアスカ。シンジが止めに入ったものかどうかおろおろし始めたとき、アスカはすっと姿勢を戻した。
「加持さんに送ってもらう約束だから、ここでサヨナラよ。じゃあね」
「あっそう…」
 あっさりと風の如く走り去ったアスカの背中を見送り、シンジは立ち尽くす。
「…何か出来過ぎのような…そういえば途中でなんかメールがはいってたっけ…」
「そりゃそうだ。僕が加持さんに頼んだんだから」
「…はい?」
「『少々のことは喜んでいてくれる筈だから、学校の中で困ったことがあったら連絡してごらん』って言われてるんで、とりあえず頼んでみたんだ」
 少し悪戯っぽい微笑にウィンクまでつけられては、シンジは二の句がなかった。
 言われてるって…誰に?っていうか、その、加持さんが弱味でも握られてるみたいな話流れは何?訊きたいことが余計増えてしまった気がしたが、そこは流すことにした。
「それじゃ帰ろう、シンジ君。そろそろ…」
 腕時計に目を遣ったとき、ぱたぱたと軽快な足音がした。
「もーカヲルってば、提出書類みーんな私に押し付けてっ!おまけに教室にもいないから、思いっきり捜したっ!!」
 青銀の髪。快活な声。よく動く小さな身体。
「ごめん、ありがとう。レイがまめに動いてくれるから助かるよ」
 レイが来た方向からは、シンジの姿が一瞬見えなかったものらしい。シンジをみとめて、レイは一瞬、立ち止まった。
「碇、君…」
 そこには、僅かに戸惑うような間があった。
「ひさしぶり、綾波。元気だった?」
 戸惑いは、シンジのほうにもあった。しかし、それをなるべく感じさせないように努めて明るく声を掛ける。
「…ごめんね、碇君。何も、連絡できなくて」
 高階邸で会ったのが最後だった。レイは点滴が終わった後すぐに彼等についてジオフロントへ降りてしまったし、カヲルが救出されたという報は母から聞かされたが、カヲルはもとよりレイにも会えず終いだったのだ。
「あ、うん、それは気にしないで。何か、地震とかあって大変だったしね」
 ぎごちない空気を吹き払うように、カヲルが二人の肩に両腕を回す。
「じゃ、帰ろう!」
 レイは氷が溶けたように口許をほころばせてカヲルの腕に手を添えたが、シンジは瞬間、展開について行き損ねてバランスを崩した。
「…うわ!」
 ―――――生徒会室の前は、廊下を挟んで階段だった。

***

 暮れなずむ空に、散り際の桜が舞っていた。
 日は長くなったし、もうマフラーがいるような季節でもない。夕刻そぞろ歩くには丁度良い頃ではあった。
「本当にごめんね。あんなことになるなんて思わなくて」
「いいんだ。僕が勝手に転んだんだし。階段が下りじゃなく上りで良かったさ。さすがにあの段数落ちてたら、絆創膏じゃ済まなかったかも」
 シンジの額には、幅広の絆創膏が貼られている。結局、転んだ拍子に上り階段の段鼻で擦り剥いたのだった。
 前に向かって倒れた訳だから、我ながら手が出ても良さそうなものであった。事実、自然な反応として手で庇ったのだが、転んだ先に階段があったのが不幸であった。
 あの後すぐに保健室へ走って退勤直前だった養護教諭を捕まえることに成功したレイが、気遣わしげにシンジを見上げる。
「大丈夫?頭くらくらしない?他に痛いところ、ない?」
 微かな違和感に気づいたのは、二人同時だった。
「…碇君、背が伸びた…?」
「あ…うん、多分」
 あの初夏に、シンジとレイはほぼ同じ身長だったはずだ。そのレイからわずかとはいえ見上げられたことで、最近の計測結果を思い出すまでもなく、シンジはレイの言葉を首肯した。
「…なんか口惜くやしい」
「…え? ええっ!?」
 思わぬ事でむくれられてしまい、あたふたするシンジ。
「でもまだ、僕のほうが高いな」
 カヲルがそう言ってシンジの頭の上に手を置く。
「いちおう頭打ってるし、今日はこのまま家まで送るよ。いいだろう?」
「い、いいよ。打ったっていうより擦っただけだし、回り道だろ?」
「構わないさ。今日は遅くなるって言ってたから。ねぇレイ」
「ええ。疲れてご飯つくるの辛そうだったら、外食するか何か買って帰りなさいってお金預かってる」
 レイがごそごそと財布を取り出そうとするのを押しとどめて、カヲルがぼやく。
「…また…とことん信用されてないな」
「そこは『心配されてる』って言おうよ、カヲル」
「…まだ、本調子じゃないの?」
 今度はシンジが気遣わしげに見上げる立場だった。
「普通に日常生活するぶんには、問題ないと思うけどね。…うちの保護者はすこし過保護気味で」
「あー、また言ってる…」
「保護者って…高階医師せんせい?」
「サキならいないよ。今は欧州。他の皆は時々帰ってくるみたいだけど、自分高階マサキはある意味マークされてるから、僕の近くには顔を出さないほうがいいって」
「…そうなんだ」
 ヴィレ、そしてネフィリムたちの事情については母から一通りの説明は受けたが、大人の世界の微妙な力関係までは理解できないし、したくもない。…当面、カヲルやレイとまた学校で一緒になれるということだけで、シンジには十分だった。
 カヲルが足を止める。
「シンジ君…碇博士に、挨拶しに行ってもいいかな?」
 もともとそう大層な距離はない。気がつくと、もうマンションの前まで来ていた。
 マンションの一室を神妙な面持ちで見上げるカヲルを見て、シンジに諾以外の返事が出来るわけもなかった。

***

「ただいまー」
 珍しく、母が普通の時刻で帰宅しているのは知っていた。だから、キッチンに居るであろう母に聞こえるように、帰宅を告げる声はこころもち大きい。
「はあい、おかえりなさーいシンちゃん」
 夕食の支度と思しき芳香と、低めのTVの音。それに混じって、軽快なユイの声が返ってきた。
「「お邪魔します」」
 カヲルとレイの声が綺麗に重なる。…と、ガラガラとシンクにボウルか何かが落ちた音がした。
「か、母さん大丈夫!?」
 シンジが靴を揃えるのもそこそこにキッチンへ走りかけたとき、エプロンを掛けたままのユイが走り出てきた。
「カヲルくん、レイちゃん…!」
 そう言ったきり、絶句してしまったユイに、カヲルが静かに言った。
「ご心配をおかけしました、碇博士。今日から登校できることになりました」
「そう、よかった…良かったわ」
 そして、両腕で力の限りカヲルとレイを抱きしめる。
「ごめんね…無事は知ってたけど、立場上会いに行くわけにもいかなくて…でもよかった。もう大丈夫なのね?」
「えっと、私達こそ、連絡できなくてごめんなさい…」
 若干気恥ずかしいのか、レイが頬を赤らめながらぼそぼそと言うのへ、ユイは勢いよく青銀の髪を撫で回しながら何度も頷く。
「いいの、いいの!あなたたちが元気になって、本当に良かった!」
 カヲルがさらりと退いたものだから、レイひとりがユイの些か荒っぽいハグを受ける次第となったが、レイのほうも満更でもないようで大人しくされるままになっている。
「…なんだか、ホントに親子みたいだよね」
 シンジは笑ったが、返したカヲルの笑みはやや複雑であった。髪や瞳の色を除けば、レイとユイはよく似ている。レイが生まれるにあたって、ユイがその遺伝子を提供したのだから当然と言えば当然なのだが、それは今此処で言うべきことではなかった。
「そーよ、もともとあなたたち兄妹みたいなもんなんだから、此処で暮らしたっていいのよ。子供が1人から3人になったからってどうってことないわ」
 ユイの豪快な申し出にレイは目を丸くするばかりだったが、カヲルはやんわりと言った。
「それはできません、碇博士。…ここには、もうひとり迎えなければいけない家族が居る。そして僕らは、その人とは暮らせない」
 その声音は穏やかではあったが、確固としていた。ユイは瞬間呼吸を停め、ややあってゆっくりと息を吐く。
「…そうよね。あなたたちの顔を見たら嬉しくなっちゃって、私ちょっと舞い上がってたわ。ごめんなさい、あなたたちの気持ちも考えないで」
 ユイは少し哀しげに微笑んだ。…しかし。
「でも、今夜うちでお夕飯食べていくくらいのことはいいわよね!?」
 この素晴らしい割り切り、切り替えの早さは、余人の追随を許さない。有無を言わせない迫力に、カヲルでさえ半歩退いたのを、シンジは見た。
「え、でもいきなり人数が倍ですよ?」
「大丈夫!何とでもするわ。見てらっしゃい」
「あ、私、手伝います」
 キッチンへ突撃してしまったユイを、鞄を置いたレイが追いかける。
「…母さん、何だか楽しそう」
 それを見送って、シンジは自分が笑っていることに気づいた。
「ごめんね、うちの母さん、ちょっと押しが強くて。吃驚した?」
「そうだね、研究所の博士のイメージが強かったから、少し吃驚したかな」
 実際には研究所を出てから暫く碇博士と3人暮らしだったから、カヲルも彼女がキッチンに立つ姿も見たことがないわけではない。しかし、直後から徐々に衰弱して動けなくなったため、その印象は決して今のような活力に満ちてはいなかった。
「…シンジ君、幸せは、見つかったかい?」
 やはり同じようにレイを見送ったカヲルが、不意に問うた。シンジは少しの間考える。
「…よく、わかんないな」
 笑って答えた。自信などこれっぽっちもなかったが。
「…いろいろあって…いろんなこと考えた。まだ答えが出てない気もする。だけど、とりあえず今日一日をがんばってみようかなって。…答えになった?」
 花が咲くような、という形容が、シンジは初めて理解出来た気がした。カヲルが返したのは、そんな笑みだった。
「…十分だよ」
 キッチンから聞こえてくる楽しげな騒音に耳を傾けながら、カヲルは言った。

***

 コトコトと、断続的な物音がしている。外ではない。家の中だ。
 眠りを妨げるほどの音量ではなかったが、差し込む朝日にうっすらと目を開けて、時計を見る。まだ時間に余裕はあったが、カヲルはゆっくりと身を起こした。
 今日も天気は良さそうだ。
 向かいのベッドで、レイがまだ熟睡している。
 起こさないようにそっとベランダへ出ると、心地好い微風が感じられた。
 遠くで鳥が啼いているのが聞こえ、いっぽうで動き始めた列車の音もしていた。
 動き始める。人も、街も。
 聞くともなしにそうした音を聞いていて、ふと、先刻の物音の正体に気づいた。洗濯機だ。もう止まったようだった。
 朝食の準備をする間に回せばいいと思っていたから、特段にタイマーセットなどしなかった筈と思いながら、ランドリーに足を向ける。途中リビングを経由して謎が解けた。「今夜遅くなる」という話が結局日付を大幅に越えてしまい、朝の支度を終えてしまうまで粘ろうとして力尽きたらしい、『保護者(代理)』がローソファで沈没していた。
「…朝の支度ぐらい、任しといてくれていいと思うんだけどね。自分だって学生の癖に」
 そういえば昨日の時点で、明日は午前中休講だと言っていたような。それでこの時間か。
 緩やかに上下している肩にブランケットを投げかけて、カヲルは仕事にかかった。
 洗濯物を干して、朝食の支度をほぼ終えたところでレイを起こす…のが一番大変で。しかし今朝は洗濯も朝食の支度も半分程は終わっていたから、時間的には余裕がある。
 それでも、レイは1回目のベルを抑えたままの格好でまだ伏せていた。
 目覚まし時計のスヌーズ機能を使うのはやめたほうがいい、とは言ったのだけど…。
 結構な力でマットに沈められている目覚まし時計を救助すると、アラームを切ってベッドサイドテーブルに戻す。丸っこい輪廓の時計にしたのが、良かったような悪かったような。 カドがないのでどんな角度で抑えていたとしても余り痛くないらしくて、大抵、枕で包むようにしてそのまま寝ている。
「…レーイ。そろそろ起きたほうがいいよ」
「うー…」
 これは、一寸大変そうだ。
 昨夜、碇家でご馳走になった夕食の後のことである。アスカが自家製のアップルパイ持参で乱入してきたので、俄にお茶会が始まってしまい、碇家を辞去したのは10時前だった。
 最終的にはユイ博士が車で送ってくれたのだが、寝んだのが11時を回っていた事を思えば、レイが眠いのも致し方ない。
 女三人寄ればなんとやら。レイとアスカはともかく、ユイ博士は文字通り母娘ほど年齢が離れているというのに何故ああもとめどもなく話題がみつかるのか謎と言えば謎だった。結局、シンジがうつらうつらし始めたのをアスカが見咎めて一悶着起きそうになったので、ユイ博士がようやく時間に気づいたという次第であった。
 唸りながら藻掻いているレイの髪に、そっと触れる。
 身長を測った訳ではないが、昨日の話…シンジとの身長にわずかながら差が出てきたということは、レイの成長が停止ないし停滞を始めている可能性はある。無論、実際にはシンジの成長のほうがスパート期に入って急激に伸びているという可能性のほうが余程現実味があるのだから、下手なことを口にしてレイを不安がらせたくはない。
 それでも、考えずにいられない。半世紀以上前から同じ姿のネフィリム達。自分も、レイも、いずれそうなる。彼等と同じように、一つの場所で暮らすことは難しくなるだろう。
 この街に居られるのも、そう長いことではないのかも知れない。
 あまり良くない方に傾きつつある思考を切り替えようと、カヲルは立ち上がって窓を開けた。

 視線を上げれば、至高天の蒼セレストブルー。空には、雲一つ無い。
 皓い月がその蒼のなかに静かに浮かんでいる。
 晴れの日も、曇りの日もあるだろう。勿論雨の日も。
 それでも小さな願いを、一つずつかなえていこう。

「・・・God’s in his heaven神は天にいまし, All’s right with the worldすべて世はこともなし…か」

 此処で生きていく。今はそれでいい。

 かたり、と音がした。振り返ると、レイが半身を起こしてもう止まっている目覚ましを必死に止めようとしている。
「…あ、おはよ。カヲル」
 眠い目をこする、いはけない仕草に思わず笑みが零れた。…すべて世はこともなし。

「…おはよう、レイ。朝ごはん、できてるよ?」

第拾弐話 すべて世は事もなし