第Ⅱ章 ”Fill my heart with song・・・”

fill my heart with song

Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」


蝉すらも鳴くのをやめ、聴き入るかのようだった。
古風な弦楽器の音色が、木々の間を滑るように流れてくる。
何とはなく、足が向いた。

Ombra mai fu di vegetabile,
caraed amabile, soave piu; ombra mai fu・・・・・・

優しい旋律。それにどこかで聞いた歌詞を当てはめていたのは、ほかならぬ彼自身であることに気づく。いったい、どこでこの歌を聞いたものか?

di vegetabile,caraed amabile, soave piu?

木々の緑の中に、彼女はいた。
緑の舞台に、セットは二つだけ。銀色の譜面台と、白い椅子。
不意に演奏が途切れる。中断させたのが自分だと気づき、邪魔をしたことを詫びようと言葉を探す。

――――――――彼女はそんな戸惑いを打ち消すように立ち上がり、ただ柔らかく微笑んだ。


Senryu-tei Syunsyo’s Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「und der Cherub steht vor Gott!」


第Ⅱ章 ”Fill my heart with song・・・”

A Part

「・・・・どうにも、驚いたね」
窓枠に腰かけ、なおかつ片足を窓枠に載せた些か行儀の悪い格好で、青年は呟いた。
マトリエルの名で呼ばれる、外見的には20歳前後の青年である。ダークブラウンの髪と緑の瞳という取り合わせ、そして背格好からサハクィエルと呼ばれる青年と紛らわしいが、口数の多さで簡単に識別はつく。しかしこの二人が意外とよく行動を共にしているというのも奇妙なものだった。
屋根裏部屋アティックというには、内装はきれいなものだ。切妻の屋根の形がそのまま分かるので少しせせこましい印象はあるが、パソコンとその拡張機器を置いておくには然程不便はない。むしろスペースとしては丁度良い。
「・・・・・・・」
何のリアクションも得られなかったことに、見捨てられた仔犬のような目をする。だが、彼がリアクションを期待した相手はディスプレイから片時も注意を逸らすことがない。
「・・・・覗き見は感心せん」
「ようやく喋ったらそれかい。ったく、愛想のない」
「私に愛想を求める方が間違いだ」
「いいけどな、別に・・・・。面白いものが見れるぜ、ここから」
「私に同じ事を言わせるな」
「はいはい。・・・でもな、めったに見られる代物じゃないぞ。なんせ、あのカヲルが笑ってる」
数秒の、間があった。
「誰が一緒だ」
「イスラフェル」
また、数秒の間。いや、数十秒。
「ラミエルが行ってから、彼女の演奏を聞いてくれる者もいなかった。彼女も喜ぶだろう」
「故意に話をはずしてんのか、ひょっとして」
「別に」
窓枠に腰かけたまま、わざとらしく吐息する。どだい、「超然」という言葉の生き見本のような奴に、人並みな反応を期待したのが間違いだったのだ。・・・・もっとも、この家にいる者たちのうち、”人並みな反応”とやらの出来る者がいくら居るやら。
「・・・変われば変わるもんだよな。ここに来たころにはてんで人形だったが」
「他者とのかかわりがなければ、反応は無機的になる。人と関わることで、人は人になる。正常な反応だろう。もしくは、人の”振り”ぐらいは出来ねばこれから先が不自由だ。・・・たとえ人形でも」
「おいおい・・・」
「サキエルがあれを連れてきた。サキエルはあれをタブリスだと言った。だから信じた。しかし何の証左があるわけでもない」
「・・・・・そうじゃない、という証拠もないさ。あの笑いを見てると、あいつ以外の何者でもないって思うがね。そのまんまじゃないか」
「 ”見ている方が幸せになるような、何の邪心もない笑い” ?」
「・・・・誰の言い草だったかな」
「それはタブリスの一側面でしかない。それはお前も知っているはずだ」
「・・・・・・・・まあね」
それをきっかけに、ついに黙り込んだ。
そして、もう一度窓の外・・・・緑の舞台の中の二人に視線を投げる。
ヴァイオリン、と言ったろうか。リリンが作り出した楽器の一つ。この家にあった唯一の楽器。誰一人として見向きもしなかったそれに、イスラフェルは最初からいたく執着していた。
彼女はほとんど独学で、ライブラリにあったコンパクトディスクに収録されているものに遜色ない音色を出すようになっていたのだ。
同じものに興味を持つ者の存在が余程嬉しいのか、少年にそれを教える彼女の表情もまた、喜色に溢れている。楽器をはさんで微笑みかわす二人は仲のよい姉弟のようでもあったし、またそれ以上にも見えなくはなかった。
・・・・しかしいずれ、宗教画のワンシーンのような雰囲気であることには変わりない・・・・・。
「・・・・・ったく、眩しいねェ」
そして、無機的なタイピング音だけを刻み続ける相棒のほうを見る。
「何か、収穫はあるかい?」
「収穫と言うほどのものは。ただ、兵装ビルのターミナルには入りやすくなったな。・・・あるいはここらあたりが限界かもしれないが、向こうで起こっていることぐらいは推測が可能だ」
「いつまでもカヲルのエンパシーばかりアテにしておくわけにもいかないってか」
「・・・・それもある。私が”飛ばして”もいいが、微に入り細にわたってというわけにはいかないからな。直接MAGIとやらに介入する手段があればもっと把握しやすいが、ないものねだりをしても仕方がない」
外部接続を切り、すべての機器のスイッチを切る。
「周到だよ、おまえは。俺にはとても真似ができんね。俺ならとっくに匙を投げてるさ。何事も、父なる方の御意志のままにってな」
「私にもお前の真似は出来ない。根が憶病にできているものでな」
そして、椅子の背にゆっくりと寄りかかって天窓越しの空を見上げた。
「私は、滅びたくない。ただ、それだけだ」

――――――――カヲルがアティックに現れ、サハクィエルにパソコンの扱いについて教えを乞うたのは二日ばかり前のことだ。
拒否する理由もない。だから、教えた。
そして、思った。この、タブリスの名を持ち渚カヲルを名乗る者は、急速に「成長」しつつあると。
彼らが15年かけてゆっくりと身につけたものを、この者はほんの数日で吸収しつくそうとしている。知識も、経験も、そして感情も。サキエルは何も言わないままに行ってしまった。だが、セカンドインパクト以降彼がどんな環境に置かれていたのか、サハクィエルには凡その見当がついていた。
――――――――恐ろしい。
理由はない。いや、強いて言うならあの笑い。おそらくマトリエルが見たのとは全く別のものだ。
しかし、それもまた間違いなく、”タブリス”。
エデンに生まれた最後の天使。あの・・リリスにもっともちかい、『自由意志』の天使。

 ―――――――外は雷雨。
 抑えめの照明のなかで、白い頬はディスプレイの光を受けてやや青白い。
 カヲルの無機的な紅瞳はディスプレイに現れる文字列だけを追っていた。しかし、マウスに添えられていた右手の横へ、突如として置かれたマグカップに注意を逸らされる。
「・・・・・?」
「よく飽きないな。感心するよ。時には目を休めな、頭痛くなるぜ? ここのディスプレイ、何つったか旧式であんまり目に優しくないらしいぞ」
 そう言ってマトリエルは自分のコーヒーを口に運び、ディスプレイを覗き込んだ。
「・・・・・ありがとう」
 そう言ったカヲルの表情はまだまだぎごちないものだった。しかしマトリエルは笑みと頷きで応じる。どうも、カヲルの反応を見るのが面白くて仕方がないらしい。
「ここは・・・地下サーバとは接続がなかったね?」
 マトリエルはカヲルが何を言っているのか一瞬理解できずにきょとんとしていたが、たった今上がってきたサハクィエルは無表情に肯定した。
「ここだけはな。その代わりに、旧式の回線ではあるが外部接続がある」
「じゃ、ここにも一応アドレスが存在する?」
「メイルをよこす者などあるはずはないが、一応は」
 カヲルはしばらくディスプレイを見つめていたが、やおら向き直って言った。
「・・・メイルが着信している」
 即座にサハクィエルの顔色が変わり、そのことが何を意味するかに一拍遅れて気づいたマトリエルがマグカップを取り落としかける。
 送信者の名は、「榊タカミ」となっていた。
 心当たりを問うようなカヲルのまなざしに、サハクィエルは顔を横に振ることで応え、メイルを開封した。

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To Angels
Where are you?
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真摯な問いかけとも、今の彼らを嘲笑うものともとれる。それに大体、”To Angels”とは何事だ。彼らを知るものが、彼ら以外にいるとでも言うのか?
一様に黙り込む。雨の音ばかりが、高い。