第七話 慟哭へのモノローグ


Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「All’s right with the world」

 第3新東京市を一望する丘陵。よく整備された車道から少し逸れて、駐車スペースがしつらえてあった。夕陽の中に佇むビル群の眺めはなかなか壮観ではある。
「・・・いい風だ」
 ユウキは駐車スペースと崖を隔てる柵を軽く跳び越えて、草の生い茂る斜面へ踏み出していた。
 CX-3の助手席から降りたナオキが慌ててそれを追いかける。
「おーい、び過ぎるなー!」
「いいじゃないか。ナオキが止めてくれるだろ」
「無茶ゆーな! ・・・ったく、べるとなったらおまえ抑えが効かねえから・・・!」
 そう言う先から、草原の中でユウキの姿がふいと消える。
「いわんこっちゃねェっ!!」
 ナオキが柵を跳び越え、草原へ分け入る。草原の中で大の字に倒れているユウキを見つけると、やれやれといったふうにその傍らへ蹲った。
「怖すぎだ、おまえ」
 傍目には意識を失っているようにしか見えないユウキの額に軽く片手を当て、ナオキが呟く。ユウキの表情はひどく穏やかで・・・微笑んでさえいた。

 いわゆる、幽体離脱に近いのだろう。身体を地表に置いたまま、その意識は大空をかける。第二次大戦時にその能力が安定していれば、間違いなくレーダー代わりに頤使されていたに違いない。
 ・・・問題は、これをやると沈着冷静なユウキがおそろしく好戦的・・・というか、箍が外れたように暴走してしまうことだ。攻撃系に属する能力が備わっていなかったのはある意味幸いだった。・・・というか、攻撃が出来なければ自爆さえしかねない過激さを制御出来るのはナオキだけだった。常は真逆なのだが、その二人がほとんど行動を共にするのはそのあたりの事情があった。
「あら、もう翔んでるの」
 運転席から降りたユキノがふわりと柵の上に跳び乗って言った。少なくともマーメイドラインのワンピースでやることではないが、それがひどく似合っている。柵の上に佇立する姿は、まさに舞台に上がったオペラ歌手プリマ・ドンナのような優雅さを纏っていた。
「ユキノ姉は何か感じる?」
 ナオキの問いに、ユキノが軽く目を閉じて微かに唇を動かし、足下の柵をショートブーツの ヒールで軽く蹴る。 反響定位エコロケーションに近いやり方で周囲の状況を把握する能力だが、ユウキの能力が上空からの探索なのに比べて、ユキノの能力は水中・地中に強い。
 ふとユウキが目を開けた。
「ただいま」
 起き上がって、にっこり笑う。
「おう、お帰り。んで、どうよ」
「・・・間違いないね。『彼』はジオフロントだ。その存在を感じるのに、地表で位置が特定出来ないってことは、そういうことだろう」
「ユウキの探索結果に賛成」
 目を開けたユキノが言った。
「でも、ジオフロント内は『結界』の所為かひどくぼんやりして把握しにくい・・・ただ、それだけじゃなくて無数の気持ち悪いモノの存在も感じるわね。そいつらが位置の特定を妨害してる。何かしら」
 ユウキがゆっくりと立ち上がって第3新東京の静かな夕景を指差し、もう一度穏やかに微笑む。
「・・・とりあえず、天井ぶち抜いてみようか? 多分、ATフィールド全開でぶつかれば地表を吹っ飛ばすくらいは・・・」
「待て待て待てっ!!・・・ったく、怖い奴だな。どうしてそう後先考えなくなるんだよ」
「そうかなあ」
「そぉだよっ!! いつもは俺を抑えに回るくせに何だそのブチ切れようはっ! とりあえず落ち着け。そんでもって、サキ達に報告だ。
 ・・・ 標的ターゲットは、ジオフロントだってな」

「・・・やっぱり駄目みたい。寝てるっていうか・・・シャットダウンっていうよりスリープの感じ?」
 ミスズは水槽の縁から乗り出して両手を浸し、暫し瞑目していたが、ややあって顔を上げた。踏台から飛び降りてタイル張りの階段を上がり、段に腰掛けて小さく吐息する。
「ミスズでも駄目か・・・」
 マサキは踏台を片付けながら頭を掻いた。
 感応系の能力では随一のミスズでも反応が拾えないとすると、現状でこちらからのアプローチは難しいのかもしれない。
「言われてみるとぉ、時々アベルの声が聞こえる気はするのよね。でもさ、別にそれは不思議なことじゃないし。アベル、起きるの?」
 これはユカリである。彼女だけは以前より年齢を遡ってしまったようで、昔は中学生程度には見えたのだが、現在の姿は10歳というのもやや強引に見えてしまう。行動・思考様式もそれなりで、アベルのことも「なんだか知らないけどヤなことがたくさんあったから寝てる」程度の認識しかない。
「そうね・・・」
 やや眠たげに切り出したのはリエである。完全な夜型なのでいつもなら寝ている時間だから致し方ない。
「・・・なんていうか・・・膨大な情報をどっかからダウンロードしてる時の感じ?ミスズの言うように、電源落ちてるシャットダウンっていうより待機状態スリープかしら。いいえ、どっちかっていうと・・・タップしようがクリックしようが全く無反応なんだけど、確かに何かが動いてる感じね。むしろ、外からアクセス出来ないだけでものすごい勢いで稼働してるハードディスク? 前までの、ひたすら外界を遮断する感じとは違うわ」
「ダウンロードねえ・・・」
 マサキも終いには階段に座り込んで、コツコツとガラスをノックしながら目を閉じてしまう。
「ねえサキ、アベルが起きるのって悪いことじゃないでしょ?どーしてそんなに深刻そうなの?」
 ユカリがそのマサキの傍にちょこんと座って、マサキの『深刻そうな』顔を見上げる。俄に返事をしないマサキに、何だかよく分からないが色々大変らしい、と感じたのか、伸び上がって労るようにマサキの頭を撫でる。
「いたいのいたいの、とんでけー…飛んでった?」
「ありがとな、ユカリ。まあ、基本的に悪い話じゃない…俺が単に面倒臭く考えてるだけなんだろうが…」
 マサキが苦笑して、なおも心配そうなユカリの頭を軽く撫でる。そして、徐おもむろに立ち上がると呟いた。
「・・・そうだな、見当がつくような、つかないような・・・。まあ、いずれそのダウンロード・・・・・・が終わったら判ることか」