第八話 使徒、襲来

水面の光

Senryu-tei Syunsyo’s Novel Room(Novel-Ⅲ)
Evangelion SS「All’s right with the world」

 外部カメラがようやく捉えた「侵入者」の姿にミサトが愕然とする暇もなく、命令は唐突に、しかも頭越しに出された。
「・・・攻撃開始」
「待ってください、彼は・・・!」
 発令所のスタッフが一瞬、「いいんでしょうか」という視線を投げてくるが、総司令の命令に逆らえよう筈もない。多弾頭ミサイルが発射され 、着弾の衝撃が発令所にまで届いた。
 思わず、ミサトは一瞬耳目を塞いだ。だが、震える声の報告に目を見開く。
「ATフィールドの発生を確認・・・目標、健在!」
「何ですって!?」
 土煙?いや、あれは水煙だ。そして、ミサイル着弾がもたらす熱量が凄まじい量の水蒸気を巻き上げていた。まだ何も見えない。しかし全ての計器はそこに何かがいることを示していた。
「あの水はなに?」
「わかりません、配管を打ち抜いたか・・・」
 そんなつつましい水量ではない。だが、それさえ気にかけてはいられない事象がそこに展開していた。
「続けろ」
 無機的な命令が下され、攻撃は続けられた。だが、重戦車でも木っ端微塵にする火力もほぼ無為であると知れただけだった。全てが、橙赤色の光壁と水蒸気に遮られている。
「・・・こんな、ことが・・・」
「葛城一尉、あれ・・が使徒だ。・・・少しは戦意が湧いたかね」
 既にして天文学的な金額が霧消してしまった筈だが、碇司令の声は全く動じていなかった。何か言い返そうとしていたミサトだったが、コール音に遮られる。
【技術部、北上です。αエヴァ五号機から九号機まで、スタンバイOK】
「よし、出せ」
 有無を言わせぬ。碇司令はミサトの力量を買ってはいるようだが、そのモチベーションの低さについても決して無視していた訳ではないのだろう。だから、作戦部長に据えながら完璧な頭越しに事を進めたのだ。
 気にくわないことこの上ないし、やはりあまりマトモとも思えないが、さしあたって莫迦ではないらしい。だが、そうかといってこの程度のことで「一生ついていこう」などと考えるほど、ミサトは純粋に出来てもいなかった。
 ミサトは言葉を呑み込み、腕組みして正面のスクリーンに向き直った。司令が頭越しを決め込むなら、ミサトに出来ることは何もない。
【了解。エヴァ五号機から九号機、起動。起動完了後、順次ジオフロント指定地点まで射出します】
「制式エヴァは何機出せる」
【・・・3機なら・・・ただ、起動確率が・・・】
 さすがに、技術部オペレータの歯切れが悪くなる。
「構わん、直ちに起動シーケンスに入れ。起動次第、出撃させろ」
【は、はい・・・】

 その昏い水の中で、ずっと、悪い夢を見ているようだった。
 夢から覚めて、また夢を見る。具体的な内容は何一つ憶えていない。ただ、悪い夢。憶えていないのが幸いと思える程の。眠るのが怖い。だが目覚めたくはない。どうしようもない二律背反の中で、ただ狭間を彷徨っていた。
 ――――やっと、見つけた。こんな所で、何をしているんです?
 投げかけられた問いに、カヲルは反応出来なかった。…即座には。
 知った声のような、そうでないような。
 揶揄からかうようでいて、気遣うような。ひどく掴みづらい響きを持っていた。
 それは、カヲルが求め続けた声ではなかった。しかし、カヲルの中で何かが動いた。蓋の上に重石をされたような記憶の底から、何かがノックしている。
 ――――誰?
 意識が僅かに覚醒に向かおうとする。だが、それすらも侭ならない身の上であることに気づかされただけだった。諦めに沈みかけた意識を、また声が引き戻す。
 ――――非道いことを…
 その声から感じるのは、静かな怒りと、深い哀しみ。それは今のカヲルの状況を理解してのことなのか。自分渚カヲルを知っているのか? 息苦しさ、重さ、眠さ…意識を拗伏せようとする感覚に必死で抗う。
 ――――必ず…って…来るから…そ…まで…ないで…
 不快な雑音ノイズが声を遮る。聞こうとする気力すらも遂に失せ、カヲルの意識はまた深い闇の中へ沈んだ。
 あとはただ、黙した闇が拡がるばかり…。

 容赦のないことだ。
 雲が下りてきたような水蒸気の向こうに、おそらくユキノがいうところの「気持ち悪いモノ」の気配が出現するのを感じた。
「これが『エヴァ』か・・・3、4・・・5体? 勘弁してくれんかなぁ」
 ややあって、その正体を視認する。大きさとしては、然程ではない。まあ、2メートルは超えないだろう。白ベースで関節部が黒、差し色に赤という趣味のあまりよろしくない配色とデザインの装甲をさっ引けば、素体・・はおそらくマサキよりも小柄なのかもしれない。
「・・・で、やっぱり持ってるか」
 火器の類は持っていない。だが、それよりさらに厄介なものを携行しているのが判った。
 ――――――槍だ。ひどく禍々しい紅の、細い槍。
 囲まれたら終いだ。
 一体でも多く破壊し、できるものなら撤退する。・・・かなわなければ、その時は。
 時間は浪費できない。マサキはそのうちの一体に向けて走った。姿勢を下げ、拾ったミサイルの破片で駆け抜けざまに片脚の膝窩部を薙ぐ。損傷を与えるには至らなかったが、その一体に膝をつかせて槍を取り落とさせることは出来た。
「外部制御ってのは・・・反応速度にまだまだ問題ありだな?」
 皮肉な笑みを閃かせるとすかさず槍を拾い、膝をついた一体の項部から胸部を刺し貫く。核を貫通した手応えを得ていたから、余計な時間はかけずに引き抜き、噴き出す液体から飛び退すさった。
 引き抜くときに引っかけたか。頭部の装甲が脱げ落ちた。装甲の下・・・素体が露呈したが、マサキは敢えてそれを見なかった。・・・見たくなかった。
 しかし、その僅かな揺れが深刻な遅れを生んだ。
 槍を携えたまま、手近なもう一体へ向かって走る。二度も奇襲が効くとは思えないから、真っ向から突っ込んだ。
 その兵器エヴァは、全く防御ということをしない。
 繰り出した槍の穂先は易々とエヴァの喉元を貫通したが、コアを外してしまったのか倒れない。失敗を悟ったマサキが体勢を整えようとしたとき、それは起こった。
 全く防御を考慮しない動きというのは、予測がつけられない。退くタイミングを狂わされ、無造作に突き出された相手の槍を避け損ねた。
 橙赤色の光壁が一度は槍を防ぐ。だが、その間に背後を詰められ、そちらへ意識をとられた一瞬に2撃目がマサキの脇腹を貫いた。
「・・・!!」
 自慢にもならないが、こんなモノを複数一度に相手できるほどの喧嘩巧者ではないと自分で認めていた。だが、気がついたときには各個撃破するにはあまりにも間を詰められすぎていた。
 ―――――撤退がかなわなければ、その時は。
 最悪のシナリオというべきだった。・・・出来るなら回避したいと思っていた。
 いくつかの過去、いくつかの未来。観測した時間の流れの中で、どんな姿をしていようと最初に消えるのが自分であることはほぼ共通していた。
 だから、自分が死ななければ・・・少なくとも子供達がほふられることはなくなる。確証はないが、そのことだけが今までマサキを支えていた。
 死ねない理由があるとしたら、きっとそのくらいだろう。もう随分前になるが、ミサヲにだけはその話をした。そうしたら『理由なんてどうでもいいから、とりあえず死なないでよ』と笑われた。
 全く、何を間抜けなことをやってるんだろうな。そんな愚痴を口の中に溜まった血と共に吐き捨て、瞬間、槍の形態を長斧槍ハルバードに変化させて目の前のエヴァの頸部を薙いだ。
 やはり、形態の制御が可能だ。模造品フェイクとはいえ、よく出来ている。・・・感謝する気にはなれないが。
 頭部を喪えば、さすがにエヴァも槍を取り落とす。その間に自身に刺さった槍を引き抜いたが、要した僅かな時間で完全に包囲されていた。
 後側方から投擲された槍を防ごうとして光壁フィールドを展開したが、止めきれていない。空中に静止した槍は、振動しながらフィールドを侵蝕している。
 加えて首を刎ねた筈の一体も、核を潰せなかった為か再生を始めていた。
「・・・やっぱり、こうなるのか・・・」
 次に飛来した槍は止めきれず、フィールドを貫いて右の鎖骨を砕いた。
 それでも手にした槍を離すことはしなかったが、マサキは思わず空を仰いだ。
 ―――――その時、ジオフロントの覆われた空を…強烈な閃光がはしった。