――2004 A.D.
ミサヲは、かたりという音で自分が書いている途中のペンを取り落としたことを知った。
ここのところ、少し調子がおかしい。ミサヲはその原因に心当たりがあった。
「…なにも、このタイミングじゃなくても…」
立ち上がると、ペンを拾い上げる。そんな僅かな動作にも吐息してしまってから、ミサヲはしまったと思った。
書斎の扉のところに、マサキが立っていたのだ。
開いたままの扉をノックしようとして、機会を逸した様子が明らかだった。マサキが静かに青ざめていくのを看て取り、ミサヲは微笑が苦笑になるのを止められなかった。
「…大丈夫よ?」
それを聞いたマサキが何かを言おうとして結局口に出すことが出来ず、小さく頭を振る。ミサヲはそれを見ない振りで重厚な椅子にゆっくりと身を沈め、ペンを机に戻して昂然と顔を上げた。
そして…可能な限り力強く宣する。
「大丈夫よ、サキ。まだ時間はあるわ」
――――大丈夫。あなたも、この島も、私が守る。
EVER AFTER
Sleeping Forest
第3東京市建設予定地 地下空洞
人工進化研究所 第3分室
そこは、水槽だけが薄ぼんやりした灯に照らされていた。周囲を囲む配管や壁、床、天井さえも闇に沈んでいる。
橙赤色の液体を湛えた水槽の中、小さな身体に無数のモニター端子を取り付けられた童女がゆらゆらと漂っている。その身体は色素に乏しく、白皙の膚に青銀の髪、時々見開かれる双眸は深紅であった。
ふと、童女の小さな世界を取り囲む闇に…沁み出るように光が浮かび上がる。
光は少年の像をしていた。時間と共にゆっくりとその輪郭は明確になっていくのに、ひどく淡い。それは立体映像のような不安定さで、だが確かにそこに在った。
その証拠に、水槽の中の童女は明らかに、その幻像のような少年の姿があるほうへ注意を向け、手を伸ばしさえしていたのである。
少年は微笑んだようだった。その半ば透けた手で水槽の壁に触れ、額を寄せる。
――ここに、いたんだね?